リストヒズエイド
私は夢を見ていたのだろうか?
いや 夢を見ているのだろうか?
自分の魂の剥れ者だというこの男を
間然に信用したわけでもない、
しかし、話を交わすうちに
不思議な感覚がするのだ。
それは私が疎まれてもいないということ。
意を払われてもいないということ。
今まで疎まれるなり
嫌悪を示されるなり
私は何時でも誰かの視界に入っていた。
必ず視界に入る誰かの明らかな敵対心、
いや、不快感を示されることに、
人一倍、敏感に生きてきたのだ。
出来るだけ誰かの視界に入らないように、
可能な限り、誰かの阿弥陀くじに入ってしまわないように、
いつも折檻を喰らう餓鬼の様に、
ビクビクと震えながら隠れ続けてきた
私がそう感じるのだ。
彼は、私を意識してもいない。
かといって見えていないわけでもいない。
不思議と私がかかわりを
繋ごうとする瞬間
彼は私を見つけるのだ。
それは、きっと、
機械に近いのだと思う。
私がボタンを押さない限り、
彼は自分の世界から出てこないのだ。
「貴方は私を犯そうとかそういう考えは無いの?」
とくに不安な訳でもない。
私は、先刻まで死のうと決めた人間なのだ。
ただまた
時期を逃してしまった其れだけだが、
少し 気になるのだ。
人間として私は、肉として私は存在しているのかと、
彼は目を瞑り聞いているのか分からないように
静まり返っていたが、
もう一度言い直そうかと考えたとき、
小さくしかしはっきりと答えた。
「先が無い人間を犯してどうするの?」
「セックスがしたい」
「それは本能の延長線上ですよ。
だったら子孫を残せない可能性に、精を出してどうするのですか?」
確かにそのとおりだ。
しかし肉慾とはそういうものなのか?
男の子とは分からないが、
セックスをするという欲望の先に子孫があり、
子孫が欲望とイコールで結べるものではないと思うのだ。
「そんなの、どうでもいいんですよ。」
「僕は貧血で頭が痛い。」
男の子で貧血なんてはじめて聞いた。
そもそも、霊ならなぜ貧血なんて概念があるのだ。
「僕は貴方の腕です。
貴方がそれだけ血を流せば僕だって貧血になりますよ。」
嫌味なのか、笑顔で言われてしまった。
私はそんな風に言葉を掛けられたのは
初めてでとても戸惑ってしまった。
いやな顔されるのは慣れているのだが
その分だけ笑顔が怖い。
「でも腕を切ったのは確かだけど、勝手に傷跡奪って
どういうつもりなの?私はそんな霊なんて望んでないし、
傷跡を消されることにも納得してない。」
「そうですか、それでも私は貴方が起こした意識で生まれてしまったのですよ」
それは、貴方が車を運転して事故を起こした。しかし相手が死んでも
殺すつもりは無かったのだから私は悪くないといえますか?」
たしかにそうだけれど私はどうしても納得できない。
死ぬことを決意したのに邪魔をされてしまった
だから 悔しいという気持ちもあるんだ。
「だけどあんたが、生まれてきたのは勝手で
貧血なんてあんたの勝手じゃない!」
私の腕は私のものなのだ。
「けれど、貴方は自分自身で生まれてきたわけじゃない。
父と母がいるから生まれたんじゃないですか。
貴方を言い負かそうとすれば、少し雑ですが
こちらには最後の手段があります。
それを使わせないでください。」
そんなもの私の勝手だ
あいつらが勝手に生み出して
苦しませているだけなんだ。
生んだのはあいつらでも。
自分で飯を食い
育てたのはあたしなのだ。
そんなこと詭弁だ。
正論過ぎてくだらないの。
正論じゃ世界は変わらないし
私を慰める言葉にもならない。
私は正論で、
相手が誰でも、邪道であろうとも
私は正論で生きてきた
負けないように、
人を苦しめないように、
それが裏切られたのだ。
正論なんて机上だ。
正義なんて無いのだ。
腕を切ろうと
死のうと私の勝手だ。
なんで邪魔をするの。
私は人に迷惑掛けてないし、
人を傷つけてるわけでもない!
なぜ 守ることですら、許されないのか、
あまりにも酷いよ。
「では、貴方は人を傷つけてないのですか?
自分の大事な人間を切ってないんですか?」
当たり前だ 私は、一人で
行ってるだけなんだ。
私が死のうと関係ないじゃないか、
誰かが死ぬわけでも
親が悲しんだとしても死ぬわけじゃない。
友達なんていないから悲しみもしない。
正論はもう飽き飽きなんだよ
自由にさせてよ
最後くらい、
私はもう、自分が分からなくなり
叫び続けた。
今まで泣かなかったけれども、
死ぬことすら否定されて、
助かる見込みも無いのに
死ぬまで苦しめといわれているんだ、
そんなのあまりにも
あまりにも、
言葉につまり私は泣きじゃくる。
「そうですか、
最後の言葉ですね。
私は貴方の左腕です。
貴方が切るたびに傷みを感じていました。
貴方が普段コップを持つとき、
字を書くとき、
髪をとかすとき、
髪を触るとき、
自分の頬に触れるとき、
私は貴方の言うことを聞いてきました。
僕を生かしてくれている貴方の髪に触れるとき、私は愛しかった。
だから僕は貴方が僕を切ることで 気が済むのなら、
いくらでも耐えていたし、貴方に痛みを伝えれば僕自身は痛みを和らげられるのに
私はあなたがそれで楽になるなら、そう思っていてあなたの痛みを背負い込んでた」
「あなたはあなたでも心臓はあなたが命令していますか?
瞼は強制させていますか?
剃刀を持つ右手は?
そして切られてる僕は?
貴方だけが貴方という人間じゃないんですよ。
私は貴方です、貴方は僕なんです。
僕が傷ついてるのは貴方も一緒なんです。
いつも切るたびに貴方の心だって感じています。」
「たまにで良いんです。
私たちを愛でてください。
私たちは貴方から離れないでしょ?
周りに敵がいても私は貴方を担ってるんです。
切られても僕たちは貴方から逃げません。」
「貴方を大事にしてくれなくても貴方は貴方のことを
どこかでは愛してるんですよ。陳腐な言葉ですけど、貴方が生きてるのは
傷にも辛さにも負けずに貴方が貴方を愛してるからですよ。」
「貴方はでなければ当に死んでいる。」
私は
泣き続けた。
瞼が泣いているのだ
私は泣いていない
私は変な宗教男にそれを教えられた
私の傷を奪った男に。
私の心臓が苦しいときは
心臓がよわっこいせいなのだ。
怒りに掌が震えるときは右手が怒っているのだ。
涙が溢れるときは瞼が悲しんでいるのだ。
私は私ではない。
けれど
彼らを私が認めてあげなければ私は
誰が認めてあげればいいのか?
それは
脳である。心でもある
私がしなくてはいけないのだ。
瞼の為に涙を拭い
心臓のため自分を慰め、
手の為に怒りをぶつけ、
私だと思って卑下してはいけない。
彼らの為に私は
私を否定する人間に勝たなくてはいけないのだ。
人は生まれながらに母なのかもしれない
母が子供を守ってあげなければ
誰が私を守るのだ。
私を折檻する人間を憎まずに誰を憎むのか。
私は一人じゃないなんて言葉は使い古されている
だからこそ
私は一人だけじゃない。
腕をなでると
懐かしい傷みが帰ってきていた。
そしてあの男の子は
居なくなっていた
いや私の中に帰ってきたのだ。
お帰りと声をかけ。
私は包帯を巻き
眠った
私の為に。
私を休ませてあげるために