アイスクリーム
「あづーい。」
脳みそが溶けだしそうな暑さ。いつ鼻からこぼれ落ちてもいいように鼻を押さえている俺はきっと馬鹿なのだろう。
「なあ、アイスとか食べねぇか。」
「いいな、アイス。」
給料日後の財布は少しばかり紐が緩いらしく、いつもならしないような贅沢も許してしまう。
「どっちが買いにいく?」
「正々堂々じゃんけんで決めるとかどうよ。」
負けた方がコンビニで買ってこいよ、と後で文句を言われないように念を押しておく。
「最初は……」
「「グー」」
「おい、それはずりぃだろ。」
最初はグーの部分は定型文なのだから、変えてはいけない。そんなこともわからなくなってしまったのだろうか。
「という訳で行ってらっしゃーい。あっ、ガリガリ君のソーダ味な。出来ればでいいけど。」
「ほいほい。わかりましたよー。って言うと思ったかー!」
「んじゃ、ババ抜きでもするか。」
床に散乱したトランプ。本当にすべてのカードが揃っているのかすらも怪しい。
「jokerはそこな。ささっと終わらせようや。」
十分後、俺は見事なまでにコテンパンにされていた。お互い無表情のままで行われるそれの中に心理戦などという高度な思考はない。ただ、惰性でカードを引き続けるだけ。
「ほい、上がり。それじゃ罰ゲームにアイス買ってきて。」
「まだだ、まだ俺は納得していない。」
「仕方ないな。ここにトランプがある。プレーヤーは二人。もちろん大富豪のルールは知らない。」
こいつ、ちょっと前にぼろ負けしたからってそれはないだろ。
「ダウト。嘘はいけない。」
「わーった。ダウトするか。」
使うカードは五十二枚にしたいところなのだが、そんなことをしていると一生ダウト地獄になってしまう。なので、手持ち十枚でスタートすることにした。
「1。」
「ダウト。」
一枚目から早速ダウトの宣言が入る。俺はしぶしぶカードを裏返す。書いてある数字は3。なぜバレたのか、それは神のみぞ知ることである。
「2。次どうぞ。」
「3。」
さっき手元に戻ってきたカード。今度は帰ってくることなく場にとどまる。
「4。」
「ダウト。」
「残念だったな。これは正真正銘4だ。」
俺の手持ちは十二枚。プラス3枚というペナルティー。序盤だからそこまでダメージは大きくない。そして来る俺のターン。
目まぐるしく変わる戦況、それは主に俺のミステイクが産み出したものだった。増えるカードに上がる気温、思考回路はショート寸前。
「7。上がり。さすがに次はないから。」
「ダウトだろ。」
「残念ながらこれは7だ。異論は認めん。さあ、諦めて行ってこい。」
「ここで愚痴ってるようじゃ男が廃る。諦めて行きますよ。」
100均の財布をズボンのポケットにねじ込み、キーホルダーを指でくるくると回す。
自転車置き場には簡単な屋根がついている。そのはずなのに、黒いサドルは鉄板のように熱い。目玉焼きくらいなら簡単に作れそうだ。
「あっつい。めっちゃ暑い。5月ってこんなに暑かったっけか。」
結局自転車には乗らず、歩いて行くことにした。俺だって焼き肉にはなりたくない。そしてほんっとどうでもいいけど鰻重食べたい。
すれ違う女子高生が背負っているのは教科書で膨らんだリュックサック。彼女は、時折恨めしそうに太陽を睨み付けながらとぼとぼと歩いていく。
コンビニは意外と遠い。同居人が溶け出す前にアイス、買わないとな。