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君と輪廻の結び方  無適正者と鬼姫の異界捜記  作者: 鈴片ひかり
第二章 濫觴
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7 葵衣編②

 骨までも凍りつきそうな雪風が、荒れ果てた古城の門扉の前で一人立ちはだかる日月葵衣に容赦なく吹き付ける。

 周囲を取り囲む不浄のアンデッドたちは寒風などものともせず、死霊術師たちの指示に従いじりじりと包囲を進めていく。


 門扉の内側から引きはがし連れ戻そうとバルディたちが必死に対応してくれているが、間に合いそうもない。


「不浄なる死霊共。降魔の炎で浄化されなさい・・・・」


 すっと両指を組み合わせた葵衣が印を結んだ。まるで舞踊のごときその優雅さに思わずオーガ族たちはその手を止めてしまうほどだ。


「ナウマクサンマンダボダナン センダマカロシャタ ソワタヤウンタラタ カンマン」


 レイスがグールが、スペクターがまさに葵衣へ飛び掛かり生命を吸い取ろうと、血肉を喰らおうとした奴らの醜悪な牙がわずか数mまで肉薄した時であった。


「不動明王火炎呪!!!」


 葵衣の印から噴き出した紅蓮の炎は瞬く間にアンデッドたちを巻き込み、うねりを上げて回転し火炎竜巻となって全ての不浄を焼き尽くす。

 不動明王の降魔の炎は不浄なるモノたちを許さぬとばかりに建物や葵衣を避け飲み込んでいく。

 炭化し灰となって浄化されていくのにかかる時間は、わずか数秒でありその火炎は獰猛な蛇のように意思を持ってその背後に控えていた者たちにさえ襲い掛かった。


「「「ぎゃああああああああああ!」」」


 いくつもの悲鳴が巻き起こり、黒いローブと禍々しい装飾品を身に着けた死霊術師たちが火炎竜巻によって消し炭へと姿を変えていた。

 黄金の輝きとなって浄化された魂が幾重にも踊りながら火炎の海から飛び出していき、全てを焼き尽くし行き場のなくなった炎の竜巻が崩れ始める。

 葵衣が手を横に払うと同時に炎は消え去り、あたりにはあまりの高熱によって溶けた山頂の地面とかがり火のように残り火が燃え盛る木々があるのみであった。


「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 あれほど苦戦し追い詰められていたあのアンデッドと死霊術師を一撃で葬り去った葵衣の実力と、見えてきた希望の光にオーガ族は咆哮を上げていた。


 鬱屈し追い詰められた反動なのか、希望が見つかったことへ咆哮なのか、仲間たちの仇が打てたことへの感謝であるのか‥‥少なくとも葵衣にはその魂の叫びが生きようとする決意に聞こえていたことだけは確かだ。


 門扉をこじ開け抜けだしてきたバルディとマイ、ガイガスは葵衣の前に傅いた。

「あ、葵衣様!! ご助力ありがたく!!」


「気にしないで、私を助けてくれたお礼よ。それにこっちだと呪力の力が高まって使いやすいのもあるわ」


 ガイガスが喜色を隠しつつ葵衣を中に入るよう促した。


「葵衣殿! あれほどの大魔法を放たれたのだ、一時中に入って休まれよ!」


「大丈夫よたいして消耗してないし、それにね来てるわよ本命のでかぶつ共が」


 腹の底に響くような地響きがいくつもこちらに向けて駆けだしている。

 巨人族が憤怒の形相で古城へ突撃をかけてきていた。


「一つだけ聞くわ。巨人族があなたたちを襲う理由は何?」

 マイが進み出て涙ながらに叫ぶ。


「オーガ族を殲滅し人間たちの王国に攻め入ろうとしているのです! 我々は通り道で邪魔だからと!!我らからは一切巨人族に手出しはしていませんでした!」


 皆が悔しそうな呻きを漏らし震えている。

 ガイガスが付け足すように申し出た。


「未確認の情報ではありますが、魔族が協力していたのは魔王か悪魔族の命によるもので巨人族の国ボルディアスは傘下に入ったのだそうです」


「分かったわ。あとは私に任せて避難準備を進めてね」


 にこりと、まるでここが戦場であることを忘れたような笑みに皆が引き込まれ素直に従う。先ほどまで撤退を渋っていたあのバルディでさえ。


「父上、私は葵衣様を見届けます。この負傷の身では役に立ちませんゆえ」

「分かった……葵衣様の邪魔にならぬようにな」

「はい!」


 すたすたと葵衣は散歩にでも行くかのような軽いステップで古城前の無事な石畳を歩く。時折残った雪で雪玉を作っている。


「葵衣様、しょ、勝機があるのですか?」


「勝機うんぬんより、奴らの狙いを聞き出そうと思ってね。だからマイは後ろで下がっていてね」


 邪魔になってはならぬということで、身を潜められる瓦礫に隠れると地響きがけたたましく耳をつんざいていく。


 体長10mクラスの青白い肌の巨人たちが規格外にでかい戦槌や兜に身を包み、通せんぼをするように立ちはだかる葵衣の前で迎撃態勢を整えていた。


「人間の女!? 貴様何者だ! 魔族の死霊術師を全滅させるなどあり得ぬ!」


 マイは見ているだけで気を失いそうになるほどの恐怖に襲われている。オーガ族でも手錬の戦士たちが10人がかりでも倒せぬほどの巨人族の精鋭、それが10体以上も一人の線の細い少女を取り囲んでいるのだ。


「ねえ、なんでオーガ族を攻撃するのよ?」


「はぁ? 悪魔族との盟約によるからだ! それにな、オーガ族は肉が締まっていてうまいのだ、特に子供の肉は格別だ。我らの保存食として むっ!」


 葵衣の発する力が爆発的に膨れ上がった。

 あの巨人族の精鋭たちが思わずあとずさりするほどの威圧感。マイはそれが自分に向けられていないことがどれだけ幸福なことかを嚙み占めることになる。


 静かに手を合わせた葵衣が、凛々しくも美しい声音を響かせる。


「南無本尊界摩利支天<<なむほんぞんかいまりしてん>> 来臨影向 其甲守護令給え!」パンっと手を叩き合わせる。


 見る者を、聞く者の心を引きつけ目を釘付けにされるような圧迫感が巨人たちを襲う。

 先頭に立つ指揮官が、体を震わせるようにじりじりと近づいてきた。


「こともちろらぬ しきる ゆゐつわぬ」


「バカにするなよ小娘がああああ!」

 一切集中を乱すことのない葵衣の祝詞。マイが思わず叫びそうになったとき、腰からするりと抜け出たあの光閃が巨人族の目の前で弾けた。


「そをたはくめか うおえ にさりへて」


 青黒い血液が大量に吹き出し雪を染めていく。


「うごおおおおあああああああ!」


 ぽとりと落ちた両手首と戦槌に後方の巨人たちが呆然としている。


「のます あせゑ ほれけ ・・・・・」


「お、俺様の・・・・手、手えええええええええ!」


 きっと目を見開いた葵衣の力が左手と共に突き出された。


「乾坤招雷 唸れ、若雷!」


 霊力であったのか、それとも妖力であったのか、鬼力とも言えるのかもしれない。

 放たれた雷球はプラズマと化して巨人族たちの中央で弾け、容赦なくその雷撃と高熱で奴らの肉体を蒸発させていく。


 悲鳴を上げることさえできず、瞬時に炭化した何かへと姿を変える。頭部から胴体が消滅し千切れるように吹きとぶ腕さえも雷撃がかすっただけで炭化されていく。

 まさに全ての巨人族を焼く尽くした雷球が消え去った後は、圧倒的な熱量のためにかき回された大気が轟音を上げてうねり狂い、余波でさえ周囲の木々を吹き飛ばす破壊力である。

 あまりの熱量に雪が蒸発し、古城へ続く石畳が融解している有様だった。


 その雷撃は遠く、ドワーフ王国でも観測され神の雷として恐れられたという。


 ここに巨人族と死霊術師たちの攻撃部隊は壊滅した。

 駆けよるマイにふらふらの葵衣が支えられる。


「葵衣様! 葵衣様!」

「だ、大丈夫よ……少し、いえかなりお腹が減っただけだから」


 ◇


 脱出の時間が十分に稼げたため、オーガ族の生き残りは麓への間道を抜けドワーフ王国に庇護を求めての脱出に賭けることにしていた。

 巨人族の陣地に残されていた食糧を、と言っても獣肉や酒などの食せる物だけを奪い山を下り親交があったドワーフ王国を目指すかなり現実的な逃避行になるだろう。


 葵衣は同行することを決めていたし、彼らからも懇願されている。


 霊糸の衣を防寒具仕様の巫女服へ切り替えぬくぬくしながら皆と一緒に雪の峠道を下った。

 途中傷つき命を落とす者も少なくなかった。


 オーガ族の覚悟は凄まじい。滅びの運命から、一族の未来をつなぐための決意として女子供と優秀な若者たちを生き延びさせることに全精力を傾けていた。

 歩けなくなった年長者や中年の男たちは足手まといになる前に、親しい友人に介錯を頼んだ。


 その覚悟の凄まじさに、葵衣は胸を抉られるような痛みを必死に堪えた。これがレイジだったら、あの人が同じ目にあったらと考えるだけで全身の震えが止まらなくなる。


「葵衣様、悲しんでいただけるだけで我らはうれしいのでございますよ」

 バルディが気遣ってくれるが、本当は私が気遣わなければいけない立場なのに。


 古城から脱出してから5日目のこと、狩り用の中継小屋として作られていた洞窟にたどり着くと皆泥のように眠った。

 暖が取れ、食料備蓄もあったことで女子供たちも多少の休養ができたように思う。


 マイが差し出してくれたのはオーガ族の伝統的な飲み物で山草を煮出したお茶らしい。

 ありがたくもらうと体があたたまってちょうど生姜湯に近いなと感じる。


 そこにバルディ、ガイガスが集まり一息入れている。


「葵衣様、一つ聞いてもよろしいでしょうか」

「何度も言ってるけどその様づけはやめてよね」


「は、はぁ なんといいますか、様をつけないなどありえないという気持ちが湧き上がってくるのです。なぜなのでしょう」

「恐らくオーガ族すべてに言えることでしょう」

 ガイガスまでが諦めて受け入れなさいと目で訴えている。


「あの、葵衣様はどのような目的があってあの場所に現れたのでしょう」

「バルディ様、葵衣様はレイジ様という恋人の行方を捜しておられるのです!」


「ちょ、ちょっとマイ! ち、違うってば! あ、あんな奴こいびととかじゃないし! エッチでからかってばっかりでいっつも悪戯ばっかりで」

「「なるほど」」


「何納得してんのよ! もう」

 ふくれっ面の葵衣を見て3人に笑顔が戻っている。少々不満ではあったが初めて見た3人の笑顔に、恥ずかしながら我慢することにする葵衣だった。


「レイジくんを探してるのは本当だけど、もしもの時には大きな都市で合流しようって決めてるの。だからドワーフ王国って都市に行くのは賛成かな」

「もし無事に王国へ到着した暁には、我ら一族の力を結集しレイジ様の捜索にかかりましょう!」


「ありがたいけど、あなたはオーガ族を率いる使命を忘れてはいけませんよ?」

「はっ……ははぁ!!」


 平伏祭り。一事が万事この状態なのだ。


「あの葵衣様のお力はいったいどのようなスキルを獲得されたのでしょう?」

 ガイガスが干し肉を差し出し答えを期待しているが、餌付けにも思える。


 しかしさっと干し肉に食らいつく姿は犬か猫のようにも見えなくない。


「あなたたちが私にそういう態度をとってしまう元凶はきっと、血筋から来るものなのかもしれないわね。遠いご先祖様に鈴鹿御前という鬼の姫がいたのよ」


「「「なんと!」」」


「私はその血を最も強く受け継いでるって言われてて、まあ修業させてもらった場所も恵まれていたからかもしれないわ。あとこの刀は顕明連<<顕明連>>っていうご先祖様からの授かりもの」


「鬼姫! 鬼姫様であらせられたのですね! これは戦神ティールが我らの願いを聞き届けくださったからに違いない! おおおお!」

 バルディが勝手に感動しているようだが、葵衣には鬼の系統であるらしいオーガ族の血に引き寄せられたのだと感じていた。


 すると子供のオーガとその母親が葵衣を呼びに来た。

「葵衣様、奥に冷たいですが湧き水があるので水浴びされてはどうでしょう? 」

「水浴び! 冷たそうだけどせっかくだから体洗っておきたいよね、マイ行こうよ」


「あ、はい! お供いたします!」


 いつしか葵衣の周りには一緒に遊びたがる子供たちであふれ、あれほど荒み切っていた表情に笑顔が戻っている。

 一人の少女がこれほどまでに希望を運んでくることがあるものだと、バルディは不思議な思いでいっぱいであった。


「鬼姫のご加護があるのだ、我らは必ずドワーフ王国へ辿り着いてみせよう」




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