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君と輪廻の結び方  無適正者と鬼姫の異界捜記  作者: 鈴片ひかり
第二章 濫觴
6/49

6 葵衣編①

挿絵(By みてみん)

そこは雪深い山頂付近の洞窟を利用し建築された砦、古城といった類のものであった。

 一つ一つの石材や加工レンガの細工、彫刻が繊細であることから、建造当時の栄華はいかほどであったのだろう。

 中には赤銅色の肌をした大柄の人影が百数十人ほどひしめきあい、身を寄せ合っていた。


 だが砦内部に異変が起きているようで洞窟部分の地下広場中央に人だかりができている。


 彼らは一様に革鎧や金属鎧を身に着けており、その体躯も逞しく2m近い者ばかり。

 人間ではないオーガ族の一団だった。


 彼らが口元の牙と前頭部から生えた角を寄せ合って床で眠る一人の人間の少女をどうしたものかと眺めていた。


「親父殿、この人間の娘どうされるのです? 邪魔なら私が麓に捨ててきますぞ」

「それはやめい。感じぬか? この黒髪の娘が発する異様な力を」


「たしかに我らが使う鬼力に似た力は感じますが、同じとは思えませぬ。魔力のような計りかねる力です」


「有無……我らがあの剣の英雄ヴェンディダールとの約定を結んでから300余年、人を襲わず食わず領域を守り抜いてきた。だがこの種族絶滅の危機に突如現れたこの娘に危害を加えてはならぬ、そう感じてならないのだ」

 ローブ姿の長老は、優しい目で眠りこける少女を見つめていたが突如思い出したように女性オーガへ少女をベッドで寝かせるように伝え守るよう厳命した。


「我が息子バディルよ、戦える者はいかほど残っておる?」


 金属鎧と大剣を担いだ凛々しい若者バディルへ問いかける長老の声は悲しみに満ちている。


「この砦へ逃げ込むまでに散り散りになった者も多いですが、戦いに耐えられるのは多く見積もっても30名程度でしょう」


 オーガ族は今、絶望の淵に立っていた。

 その中で眠りこけるのが、あの……日月葵衣である。


 すやすやと気持ちよさそうに涎を垂らしながら熟睡している姿に、護衛役を任されたオーガ族の女性マイはその容姿の美しさと本能が訴える強者としての感覚に戸惑っていた。


 たまに発する寝言は理解不能な言葉を発しており、先ほども。


「あぶらなしヤサイカラメマシにんにくすくなめ……」


 と意味不明な呪文のようなことを言い出している。

 マイが寒かろうとわずかに残されていた毛布をかけてあげると、うれしそうに毛布にくるまる姿がかわいらしいと思った。

 その時だ、何かが建物に激突し天井や壁が揺れ土埃が落ちてきた。


 何かが砕ける轟音と振動は、明らかに奴らの仕業でありマイの諦めに似た怒りが胸を締め付ける。


 しばらくしてオーガたちの勇猛果敢な雄たけびが響き争っているような声が聞こえてきた。

 だがマイは先の戦闘で右腕を骨折してしまっており、まともに戦える力はない。


 グルルルウ……


 はっとして病室の入り口に視線を移すと、青黒い肌と長い爪を持つアンデッド――グールが腐った目でマイと少女をとらえ醜悪な吐息を漏らしていた。


「お、おのれ! 汚らわしいアンデッドめ!」


 左手に取ったショートスピアで応戦するが、腹部に突き刺さった槍を握られ取り戻すことができず武器を奪われる形になってしまった。


 顎が大きく開きその牙で噛みつこうとしたのは倒れこむマイではなく、すやすやと眠りこける少女のほうであった。


「まずい! 逃げて! 起きなさい!!」


 足元に転がった椅子を投げつけるも動じることなく、グールはぺたりぺたりと涎を垂らしながら日月葵衣の喉に食らいつこうと迫っていく。


 マイが全力で体当たりをかけてみたが、容易に避けられ鋭い爪で背中を切りつけられてしまった。

「うぐっ! か、体が……」


 グールの爪には即効性の麻痺毒があり、マイも全身に力が入らず崩れ落ちてしまう。

 あの腐った目が、一瞬だけマイを一瞥したが次はお前を食ってやるとばかりに興味は葵衣に向けられた。


 声をあげることすら困難なマイの心の叫びが通じたのか否か、突如羽交い絞めにしようと伸ばした両腕がポトリと床に落ちた。


 キシャアアアア!


 叫びなのか、それとも呻きなのか、両腕を失ったグールは腐った血をぼとぼとと垂らしながら数歩あとずさりしたが、諦めることなく噛みつこうとした瞬間、その頭部が何かに切断され転がっていく。


(な、なにが起きたのだ!?)


 マイの混乱も当然であろう。何かが煌めきガンッと葵衣の目の前に突き刺さる。


 神々しいまでの輝きを見せる一本の剣? 細身だけどなんて美しさなのだろう。

 それにしても勝手に現れてグールを切り倒し、それに奴の死体が灰になっている?


 通常の武器では倒せても火で焼かないと復活する恐れがあるため、聖なる武器や聖水、プリーストのターンアンデッドが必須となるのだ。

 故にオーガ族は苦戦を強いられている。

 もしや聖なる属性が付与された剣?


 しかも……


「もう舐められないよ……」

(何を!?)


 自分の置かれた状況が最悪なこと以上に、なぜかこの子のことが気になって仕方がない。

 このままじゃきっと自分は押し寄せてくるアンデッドたちに食い殺されるだろう。

 生きながらに。


 でも、そのことよりなぜかあの子を無事に守らなければという湧き上がる思いがある。


 年齢的には20歳前後という年頃の娘であるマイは、他のオーガに比べて小柄で腕力も低い。戦闘で役に立たないまでもなんとかこの砦まで逃げてきた。

 何世代か前に人間の血が混じったことがあるせいだと一時は呪いもしたが、そのために肌の色も赤身のある肌色程度であり一族のために近くの村や町へ薬の買い出し担当などで活躍できることがあった。


 それはマイにしかできないことであったので、密かに彼女のアイデンティティーを維持する誇りとなっていたのも事実だ。

 しかしこの追い詰められた状況で腕が折れている。何の役にも立たない自分が情けない。


「う~ん……ふぅ~」


 まったくこんな状況なのに呑気なものだと呆れていると、目が覚めたのか急に立ち上がり当たりをキョロキョロし始めた。


「あれ? ここはどこ? ってレイジ! レイジくん!? どこなの!?」


 突如取り乱したかのように誰かの名前を叫び始める。まるで父親とはぐれた子供のように泣き出しそうな顔をしていた。

「あなた!? ねえ大丈夫? 怪我してる……

これ邪悪なものにやられた傷ね。ちょっと待ってて」

 倒れ動けないマイを発見した少女は、眼のあたりを拭い両の指を組み合わせ親指と薬指だけを立てた状態で呪文のようなものを唱え始めた。


「オン マユラ キランデイ ソワカ」


 ふっと暖かく清浄な風がマイを包むとそれがグールに切りつけられた傷口に染み込んでいくようだった。

 心地よく優しい思いが流れ込んでくるようで、不思議と涙が溢れ出していた。


「むっ・・・・か、体が動く!??」


「よかった! ねえさっそくだけど聞きたいことがあるの! レイジくん見なかった!?」

「あのレイジという人物がどのような人なのか、こちらはまったく分からないのですが・・・・」


 ”そ、そうよね、えっとね、髪は私と同じで黒くて、そしてちょっとだけ癖っ毛で、でもその癖の感じがいたずらっ子みたくてかわいいっていうか。

 でもそんなに悪戯好きなタイプでもないんだよ。目は二重でどこか悲しい陰がにじんでる当たりがちょっと庇護欲をそそられるっていうか。キュンときちゃう感じで。

 体形はね、178cmだけど会った頃は170cmなかったんだけど修業で鍛えるうちに大きくなってすっごくかっこよくなったの!!

 引き締まったタイプでスリムだけど筋肉は結構いい感じ! 胸鎖乳突筋から鎖骨、肩口から二の腕にかけてのラインはちょっとね……やばいっす!

 でもやっぱり性格は、ちょっとエッチなのが玉に瑕かな! 天女の水浴び覗いてよく傷だらけになってるけどさ!

 なんで私のは覗かないのよ、ねえちょっと聞いてる? やっぱりさ、おっぱいか!おっぱいなのか! どうせ私はA……じゃなくてBだし、全然余裕だし!

 ってなんであなたそんなにおっぱいおおきいって……まじで大きくて形よくっていいなぁうらやましいなぁ……

 でもいざってときに危険を顧みず飛び込んじゃうような無鉄砲さはあるけど、それって誰かを守るためだったりするから怒るけど許しちゃうっていうか、私のことだって命がけで助けてくれて……

 反則的にかっこいい王子様みたいな人なの!”


「えっとあなたがそのレイジさんという方を好きなのは分かりましたが、ここにはそのような男性は来ていないと思います」

「す、好きだけど好きじゃないし! べ、別に心配してあげてるだけだから!」


「めんどくさ……って、はいそうですね長老たちにもあなたの……お名前まだ聞いてなかった」


「あ、私は、日月葵衣。あおいって呼んでね」

「私はオーガ族のマイ。百人隊長ガイガスの娘マイです」


 葵衣は床に突き刺さった煌めく太刀を手にとった。愛おしそうに鞘を撫でると……

「顕明連、あなた来てくれたのね。レイジくんを探すのを手伝ってねお願いよ」


 ◇



「くっなんとか凌げたが、奴らは本気じゃない」

 バディルたち迎撃部隊が崩れかかった砦の門扉で倒れ込むように荒い息をあげている。

 あたりには傷つき倒れていった仲間たちの遺体が20以上横たわっている。


「……バディル隊長もう俺たちオーガ族は滅びるしかないんですかね」

 これまで健気に付き従ってきたモイルという若者は、バディルの腕の中で息絶えようとしていた。


「まだだ! こんなことがあってたまるか! なぜ我々が滅ぼされなければならぬ!」

「隊長……すいません、俺……ここまでみた……」


「モイル! くぅ、よくここまでがんばったな。安らかに眠ってくれ」

 腹部が大きく抉られ、右腕も食いちぎられたような傷。よくここまで持ちこたえたというべきだろう。


「次、奴らの本隊が来たらもう我らは……」

 わずかに生き残った者たちも傷だらけの状態。それでも彼らは進言した。


「バディル隊長、あなたと長老、そして女子供だけでもなんとか逃げ延びてください。生き残れば一族が生き残れば我らの勝ちです!」

「ガイガスよ、お前の気持ちはありがたいが逃げ延びる隙さえ見つからぬ状態だよ」


 2mを超える巨体のガイガスはそっとバディルの肩に手を置いた。

「バディル殿のような勇敢な隊長の下で戦えて幸せでありましたぞ、あとは我らが突撃を駆けますのでどうかその隙に逃げ延びてください」


 右目に包帯が巻かれ、鎧もぼろぼろ。いかに前線で命を削る闘いをしてきたか。

 百人隊長のガイガスとその部下たち10名が、決死の覚悟で残された武器を手に門扉を開けようとしている


「待て!」

「さきほど長老様にお許しをいただいております、脱出の準備もすぐに整うでしょう。動けない者たちは置いていくことになりましょうが個々の命より一族の命をお考えくだされ!」


「む、無念だ。おのれ巨人族共め! だがお前たちだけを行かせてなるものか!!」

「バディル殿! あなたが次の長になるのです! 長が生きていれば一族は再興できましょう!」


「ちょっと、そこどいてもらえます?」


「「は?」」


 聞きなれない女の声に虚を突かれた二人、そしてその場にいた者たち全てが彼女から視線を動かすことができなかった。


「マイから聞いたんだけど、ようはアンデッドを呼び出す死霊使い<ネクロマンサー>と巨人族の精鋭を潰せれば生き残れるのよね?」


 黒地に白い縁取りの入った制服はこの場ではかなり浮いた格好だ。

 そして白い光に包まれて現れたこの娘がようやく目を覚ましたのだということも、戦いですり減った神経の中ようやく気付くことができた。

 腰にはさきほどまではなかった奇妙な細い剣を吊り下げている?


「お前は! ?いや、人間よ早くマイと共に逃げよ! 我らが捨て石になれば恐らく……活路は」


「無理よ、だって式を放って周囲を調べたけど動く死体や悪霊もどきが逃げ道ふさいでるわよ。あなたたちはあのレイスって奴の相手が苦手なんでしょ?」


「ど、どうやって調べたのだ!?」

 バディルとガイガスは突拍子もない発言に明らかに動揺している。


「巨人族だかはよく知らないけど、死体を操る連中は明らかに私の敵。まずはそいつらと死体をやっつけてくるからそれまで相談でもしててね」


 腰に反りのある曲剣を下げているように見えるが、そんなものでレイスやスペクターが倒せるとは思えない。

「葵衣さん!待って!」

 奥からマイが駆けてくるが、ひょいっと門扉の隙間を乗り越えて飛び降りてしまった。


「父さん! どうして葵衣さんを一人で行かせちゃったのよ!」

「い、いや我ら一同、完全に気圧されていた……何だこの震え、いやこれは?」


「ガイガスよ……お、俺もだ。歯向かう気が失せていくのだ」


 葵衣は飛び出した後に、外がかなり寒いことに気づいたが霊糸の衣のおかげでそこまでの寒気を感じなくて済んでいる。


「あらら、山頂に密接した小さい古城って感じですごい素敵なのに……こんなに死霊共がいては風情もくそもないわね」


 グルルル………


 葵衣の漲る生命力を感じ、周囲のアンデッドたちが取り囲み始める。

 雪景色に佇む古城の周囲には奴らによって打倒された木々が亡骸のように転がっていた。


 目測で300体。

 半数をゾンビと骨だけのアンデッド、スケルトンが占め、残りをグールやレイス、スペクターなどの悪霊が埋め尽くしていた。




目を通してくれた方、少しでも興味を持ってくれた方々に心から感謝申し上げます。

忙しく辛い日常の中で、私如きの作品ではありますがほんの数秒でも息抜きや忘れられる時間が提供できたのならこれ以上の喜びはありません。

右上のブックマークや最新話下部の評価ボタンで応援してもらえると、本人は小躍りし跳ね回り喜び、モチベにもなるので、気が向きましたらよろしくお願いします。

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