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君と輪廻の結び方  無適正者と鬼姫の異界捜記  作者: 鈴片ひかり
第二章 濫觴
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5 異界始②

 早朝、日が昇った直後からタルポ、メノ、トリトリという三人のノームの案内で森を出ることになった。

 彼らはすばしっこく、飛ぶように森を駆けていくので追うのでも精一杯だ。


「人間にしては中々の動きじゃないか。ゾルバなど腹が出ているせいで森亀とどちらが早いかと論争にまでなったほどだぞ」

「なかなかだな」

「うん、なかなかだ」


「おほめにあずかり光栄だよ」


 皮肉めいたことも言えるほどには余裕が戻りつつあるのだろう。

 殺すことだってできたはずだ。こうして利用しているのはある意味信頼の証だと理解している。


 半日をかけて魔物にも遭遇することなく森を抜けることに成功した。

 さすがに息が上がり、近くの座れそうな岩に腰かける。


「人間にしてはタフだな」

「うん、見所があるぞ」

「見所がある」


 しかし彼らは疲れすら見せていない。森がホームだとしてもこの耐久力は想像以上だ。

 もっと脆弱な生物だと思っていたことを恥じるばかり。この世界の住人たちも皆必死に生きているんだ、安易に上だの下だの知識をひけらかし小馬鹿にする真似だけはすまいと固く心に誓うことにしよう。


「この野原をしばらく行くと街道が見えてくる。わしらは街道から外れてお前の後を追うから時折止まって確認するんだぞ?」

「「確認するのだ」」


「了解だ」


 足首ほどの草原が広がり、その先の丘向こうが街道だという。

 ノーム族は木が無くなってくると同時にやたら歩みが遅くなった。


 ある程度ペースを合わせて歩き、石畳の一部残る街道が見えて来た頃だった。

 ノーム族のリーダータルポが甲高い声で俺を呼びつけた。


「人間!ちょっとこっちきて!」


 何やら声色からただならぬ事態のようだが?


「……」

 死後数日経っているであろう初老の男性が草むらの中にうずもれている。


「もしかしてこの人が商人のゾルバさんか?」

「……へらず口ばかりでノーム族の秘酒をねだってくる欲深い奴だったよ。だからみんなこいつが大好きだったのさ」


 商人がこなかった理由―――ここで行き倒れ……ん?

 違和感が鼻の奥をついたような気がする。


 おかしい。

 死体の周りが血で濡れた痕跡ではないな、周囲の草に血しぶきが広がっていた。


 何かに襲われ逃げようとしてもがき、ここで息絶えたように見える。


 両手を合わせ冥福を祈ると、小太りのゾルバの遺体を見分してみた。

 背後からの切り傷、これは剣―――刀の類ではない直剣特有の雑な切れ味。


 容赦のない一撃で切られながら、なんとか数mもがき逃げた痕跡が草にかかった血によって理解できる。

 背中に踏みつけられた跡があり、恐らくそのまま心臓に剣を突き立てとどめを刺したのだろう。


 物取りの犯行なのか、着古した衣服以外は全て奪われていた。


 物取り、いやそんなコソ泥のする手並みじゃないな、野党や盗賊のような容赦のない殺意を持った奴らの仕業に違いない。


「人間! 何か調べていたようだが」

「俺の見立てでは、盗賊に襲われ必死に逃げようとしたが殺されてしまったとみている。背中を踏みつけ剣を突き立てた跡があった」


「ゾルバ………」

 残りのノームたちも、思わぬ彼の最期に心を痛めていた。

 彼の遺体に近寄り、ノーム族特有の両手を天に掲げる祈りを捧げている。


 弔いの儀式でもしようかなと思った矢先だった。

 思えばうかつな行動だったかもしれない。


 首筋を鋭い殺気に刺された感覚が走る。それを裏付けるように縁結びの守りが細かい振動を発し始めていた。


「お前ら、すぐに身を隠せ、ゾルバを殺った奴らに囲まれている」

「「「!?」」」


 戦闘慣れしていない彼らが即座に身を隠すための体勢を整えるまでの10数秒。


 風下にいた奴らが待ってくれるはずがなかった。


 10人以上の盗賊たちが俺とノームを包囲してしまっている。

 しかしなぜ面倒なことをしたのか!? 目の前の脅威よりもわざわざ出待ちまでしてくれていたわけだ。


「おいガキ! そこのノーム族を捕まえてくれば命だけは助けてやってもいいぞ」


 文殊印が熱く反応する。

 公用語らしいが、理解できるし話せるだろう。


「身を隠す呪文とかないのか!?」

 小声でささやくと、慌てながら3人はうんうんと必死に頷き隠れるための呪文があることを俺に伝えてくれた。


「ノーム族を捕まえてどうするつもりだ?」

「そんなのてめえに……いや教えてやろうじゃねえか!なあ?」


 盗賊たちの下品な笑い声が草原に響く。


 何日風呂に入っていなのだろうか、風上に回り込んだ彼らから漂う悪臭で鼻が曲がりそうだ。

 少なくともノーム族は皆綺麗好きで洞窟内も花の香が満ちていたことから考えても、ノーム族に加勢する以外の選択肢は頭になかった。


 生き延びるために、葵衣と再会するためには震えるノーム族を捕まえるほうが楽なのかもしれない。

 だが毛ほども頭を掠めなかったことは、まだ自分の心が壊れ切っていないことを教えてくれたような気がした。


「頭! こいつ言うことを聞く気がないみたいですぜ?」小柄で火傷の跡が目立つ男がボスに進言している。

「ちっ面倒増やしやがって、囲んでそのガキは殺してノームは一匹だけは生かしておけよ! 財宝の隠し場所を吐かせるんだからな!」


 なるほどそういうことか。

 タルポは必死にかぶりを振ってそんなものはないと否定している。


 どっちだっていい。

 ここで恩人を見捨てるような真似をする俺を、葵衣は絶対に許さないし、俺の心がそれを許せない。


 じりじりと様々な獲物を手にした盗賊たちが迫ってくる。

 四方から囲むように。


「お頭、こいつレベル1だぜ! せっかくだから仕立てのよさそうなあの服を売っぱらっちまいましょうぜ」

「まあできるだけ血で汚すなよ、やっちまえ野郎ども!!」


「「「「おおおおおお!」」」」


 目測8人が手槍や小剣、長剣、手斧など様々な武器を振りかぶって襲い掛かる。一方的殺戮ではなく自衛のための戦い、ならば迷うことはない。


「オン マリシエイ ソワカ……」


 ◆◆


 ノーム族のタルポたちは必死に草と木の根による防御呪文を唱えて展開した。

 大地の精霊の血を引く彼らだからこそ行使できる呪文であり、この擬態と防御を突破するにはかなりの手間暇をかけなければならない。


 むしろ草と木に守られていたから彼らは生き延びてこられたのだ。


 そしてその防御結界の中から、タルポたちは信じられないモノを見た。


 あの人間が自分たちを捕まえることなく、10人近い盗賊たちと戦う決意をしていたのだ。

 声にならずただ見守ることしかできない無力な彼らの目に映ったのは……


 構えを取り四方から同時に襲い掛かる盗賊たちの攻撃を……

 剣が、槍が、斧が、人間の体を切り裂き突き刺さり……


「なんだぁ!??」


 たしかに剣が切り裂いたように見えたが、血も出ず弾かれもせず、盗賊たちが一瞬だけ驚いた表情を見せた瞬間だった。

 長剣持ちが顎を砕かれ吹き飛んだ。


 槍の柄ごと腰骨を砕かれ手槍持ちが草原を転がり、手斧持ちの顔面がひしゃげて地面に叩きつけられる。


 他の盗賊たちもほぼ同時に頸部や胸部を砕かれ、手足がねじ曲がった状態で……8人が吹き飛んだ。



 何が起こったのかボスとその副官らしき2人でさえ理解できなかった。


 すーっと人間だった彼の姿がゆらりと抜け出たように現れ、静かに構えながら周囲の様子を探っている。


 盗賊のボスと副官は腰を抜かして、事態を受け止めきれず口を開けて呆けていた。


 それはタルポたちも同じことで、ひ弱な人間だと思っていた少年が、盗賊を倒した? 倒したのか?


「さて、動けるのはお前らだけのようだが」

 草原を歩む少年の顔は怒りの色がはっきりと滲んでいた。


 あれだけの盗賊たちを叩きのめしておきながら呼吸も乱れず、声も落ち着ている。


 圧倒的不利な状況に置かれていたその少年が怯むことなく、いやむしろ颯爽と盗賊たちに近づいてくるのだ。

「ジルガ、てめえがやれ! 早くしろ!!」

「ひいいいい! いやあああ!!」


 火傷で爛れた顔を涙で染めながら逃げ出したジルガは頭たるボスに背後から切り殺されてしまうのだった。


 背中を踏みつけ心臓に突き立てた剣が血に濡れ、それを少年に向けて再度構えている。

 野原には小男の断末魔の余韻が微かに残り、頭と少年の戦いにおける前座のような響きを発していた。

 

 盗賊の頭をはるだけあって、それなりに強いようではあるがその表情は焦りと混乱から抜け出せずにいた。


「そうか、ゾルバさんをやったのはお前だな?」

「だ、だったらどうだってんだ! あいつはなぁ! ノーム族の秘宝を探す手伝いをしろって脅しても一切言うこと聞きやしねえ! 殺すしかねえだろがボケが!」


「ゾルバさん……あんたは立派な人だったんだな。こいつを片付けたら弔いをさせてもらいます」


「けっ! このレベル1ごときが俺様に勝とうなんてな生意気なんだよおおおおおお!」

 素早い斬りかかりではなかった。


 上段に振りかぶった長剣を力任せに振り下ろすだけの簡単なお仕事。


「破っ!!」


 少年の腕から練り上げられた気弾が淡い光を放ちながら、がら空きになった腹部へ直撃した。

奴はかなり手前で吹き飛ばされ、血反吐を吐きながら草むらでのたうち回った。

「おげええええ! ぐぼっはぁ! いでええええ! だずげえええええ!」

 恐らく内臓が破裂し、口と鼻から溢れ出す黒っぽい血の量から見ても確実に致命傷だろう。


「金剛式気功破・・・・お前相手には過ぎた技だ。今まで殺して奪ってきた相手の顔を思い浮かべながらゆっくり死んでいけ」


 タルポたちはとんでもない奴を助けてしまったと焦ったが、すぐに気を取り直すと結界を解いて姿を現し3人は決意を込めて頷いた。


 ノームたちに声をかけようとした少年を一瞥すると、まだ息のある盗賊たちを3人がかりで短剣を使い急所を一突きにしていく。

 一瞬だけ止めようとした少年は、すぐに何かを感じたようでその様子をただ、見守ることにする。

 盗賊の頭は、ノームたちが手を下す前に苦悶の死に顔を晒したまま動かなくなっていた。


 ◇◇


 返り血にまみれたノームたちは、ホラー映画に出てくる呪われた人形を思い起こさせるような不気味な姿をしていた。


「人間よ、まずは礼を言わなければならない。助かった」

「それはお互い様だよ。俺を助けてくれた礼ができてよかったよ」


「なぜ残りの盗賊たちを全員殺したのかを聞かないのか?」

 手にしたノーム用の短剣から滴る血がポタポタと草を濡らしていく。


「村を守るためだろ?秘宝がどうとかは知ったことじゃないが、この秘密を持った盗賊が逃げ延びるリスクを考えれば殺すという決断をしたあんたらを尊敬するよ。命をかけて仲間を家族を守ったんだ」


「人間にしては中々良い考えをする」

「「よい考えをする!」」


 その後、俺とノームたちは最後まで村の場所を守り抜いたゾルバの遺体を手厚く葬り簡素ではあるが墓を建て祈りを捧げる。

 落ち着いたら村の者たちで葬儀をやるそうだ。


「それにしても人間よ、あの不思議な呪文は何なのか? あれはいったい何なのだ?」

「「何なのだ!?」


 それはきっと、あのことを言っているんだろうな。


「摩利支天幻影斬・・・・幻影拳か。幻影術を応用したカウンター技だよ」


「よ、良く分からないが見た目のレベルでは分からない強さがあるのだな・・・・」


 そう、この世界にはレベルという理があったのだ。




次回は葵衣編になります。 


目を通してくれた方、少しでも興味を持ってくれた方々に心から感謝申し上げます。

忙しく辛い日常の中で、私如きの作品ではありますがほんの数秒でも息抜きや忘れられる時間が提供できたのならこれ以上の喜びはありません。

右上のブックマークや最新話下部の評価ボタンで応援してもらえると、本人は小躍りし跳ね回り喜び、モチベにもなるので、気が向きましたらよろしくお願いします。

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