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君と輪廻の結び方  無適正者と鬼姫の異界捜記  作者: 鈴片ひかり
第四章 結びの章
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45 結び③ ホツレ結び

 ホツレごと顕明連によって胸を貫かれていた糺次。まるで挿絵ように制止していたシーンは見る者の目に焼き付いていた。

 がっつりと抱き着いたまま離れないホツレを引き剥がそうとしても、もはや糺次にその余力は残っていない。


 胸を刺し貫かれ、イクスが破壊され……ユキノが頭部を貫かれて即死している状況。


 大切な掛けがえのない二人を同時に失い、仇でもあるホツレによって絶望の淵に追いやられた糺次の心は折れかけている。


 力なく、胸の激痛と魂の痛みに泣き叫ぶ気力すら失われていく。


 心を循環する血液が全て流れ出てしまったかのように、思考が停止していき、情動の波が凍っていく。


 終わるのか……


 神仏の支援を受けこの世界に来たのに……葵衣を取り戻すこともできず、イクスとユキノを失い……



 ドクン……



 胸が疼く。


 こうやって苦しみのうちに死んでいくのか。


 葵衣ごめんな。こうなる前にお前を助けられなくて、抱き着く手の感触と小ささは以前の面影が残っている。


 ちくしょう! 憎しみさえ、怒りさえ、凍り付いていくみたいだ。


 終わるってこういうことを言うのか。


 胸に空いた穴、そこに何かが流れ込んでくるみたいな……!?

 突如心臓を鷲掴みにされたような、それ以上の衝撃が俺を襲う。


 ショックで体が激しく痙攣し、思考が拡散していく。

 痛みですら、生きているというフィードバックとしてすがりたくなるほどの衝撃だ。



 消えゆく意識と身体感覚。


 待っているのは死ではない。


 俺には輪廻転生に必要な転魂の糸がないからだ。



 消滅。 それこそが行きつく先。


 消えてたまるか……消えたら何も感じないから楽だぞ……消えてたまるか!!


 楽になろうぜ。もういいじゃないか、何も感じなければ罪悪感も痛みも何もないんだぜ。


 俺は葵衣と……葵衣を失った悲しみで狂うこともないんだぜ? 葵衣が恋しい……


 葵衣だってもう死んでるんだぜ?



 そんなのは関係……待てよ? 何だこの感覚は? 傷口の痛みは激しいが、そこから染み込んでくるのは?



 ◇



 ああ……レイジ。レイジ……今すぐ抱きしめたい。抱きつきたい!


 前よりかっこよくなってるし、その鎧めっちゃ似合う!!…・・・・でもだめなの。


 私はあなたと戦わなければならない。


 苦しい、苦しすぎる。大切な人を、この手で傷つけなければいけないなんて。


 糺次はやっぱり強い。

 須弥山での動きよりさらに実戦を重ねて強くなっている。


 そして何なのよ京羽!? そのミニガンってひどいじゃない!


 対抗措置がこの方法しかないのね。

 大地に仕込んだ呪符が発動しが競り上がって京羽をとらえると一気に圧し潰してしまう。


 切断された腕が火花を放ち、レイジが……絶叫していた。


 私の時も同じぐらい悲しんでショックを受けてくれるのかな?


 なら、もう一人も。


 あのエスメラルダ姫の頭部を触手で貫いた。容赦なく、


 あのレイジが、血の涙を流し狂ったような攻撃を続けていく。


 私の声で唱えた真言に、激しく反応している。


 そうか! 私のこと忘れないでくれているんだね。

 良かった。


 そしてチャンスが来た。

 マイの言っていたあのタイミング。


 200年の準備期間が今全てこの一瞬のために用意された。


 できない……あなたのためなのに……私の中のほんの少しの憎しみをレイジに向けなければ。


 怒ること……私をすぐにからかうこと。

 不器用だって笑ったり、料理が下手だって……うどん作ったらしょうゆ漬けだってバカにされた!!


 すぐに天女の水浴び覗きに……おいちょっと待てレイジ!

 そうだ、そうだった!! 


 散々貧乳だってバカにしれくれたよね?


 そういえばロナって子の大きな胸見て興奮してたって……鬼影衆が話していたような。


 むかむか……むかむか!!


 そんなに……

 そんなに……




 < そんなに巨乳が好きかああああああああ!!! >




 顕明連が私の心臓を背中から貫き、抱き着いたレイジの胸に突き刺さっていく。


 ああ……私たちようやく一緒になれたね。


 糺次の血潮が熱い。火傷してしまいそう……


 ショックと痛みで力が入らない……ごめんね。


 でもこうするしかなかったの。




 あなたを殺すには。




 顕明連がやってくれた。

 あなたがいなければ全ての計画は成り立たなかったわ。


 三千世界を貫くと言われるその刃によって、私の中にあったあの……


 転魂の糸を……ようやく糺次に渡すことができる。



 私の思い、大好き! 大好き!! 200年も待ったんだからね。


 その思いを大好きな気持ち全部あなたに受け止めて欲しい。


 黒霊病の病魔を乗せた矢であなたを撃たせたのは私。


 そうしないと魂へ転魂の糸を定着させる亀裂ができないもの。


 大丈夫……これで……これで。



 糺次くんは輪廻の理に戻れるわ。



 こんな方法しか取れなくてごめんね。


 転魂の糸を受け入れてもらうには、心的外傷とも言える衝撃を与え亀裂から広げるしかなかったの。


 そのために……京羽、いえイクスと呼ばれているのね、そしてエスメラルダ姫にはああなってもらうしかなかった。


 全てこの時のための仕込み。


 糺次君を消滅させないためなら、私はどんな悪行にだって手を染めてみせる。それがたとえ……マイたちが用意した幻影であっとしても。



 黙っていてごめんなさい。


 私……本当は転魂の糸を失ってなかったの。小角師匠には固く口留めしてあったし。


 そうしたらあなたは絶対に一人で行くって聞かないから……

 同じときを過ごしたいって思っただけなのに、一緒に冒険したかったのに!


 でも……レイジ君が消滅しなくて本当によかった。


「これしか方法がなかったの…… 君と輪廻の結び方 ……」


「あ……お……い」



 ◇



 そういうこと……だったのか。

 お前の気持ちが流れ込んできたよ。


 もしかしたらって思いはあった。


 俺のために嘘をつくなんて……自分は転魂の糸、無事だったのかよ。


 全部……全部お前の思いがしたことなんだな。


「今、転魂の糸が、俺の魂の隙間にそっと融合していくのを感じる。なんだか心に田植えされてるみたいだ」


「レイジ……」


「葵衣……俺たちの未来のためにお前はイクスとユキノを殺したのか?」


「レイジのためなら、どんな責め苦だろうと悪行だろうと! 私は背負ってみせるわ!!」

「葵衣、その罪は俺も背負う。二人を……くっ……ごめん、ごめんイクス、ユキノ!! あおい……それでもこんな非道をするお前でも俺は、葵衣を嫌いになれない、大好きだ!」


「ああああ、レイジごめんなさい。私は私は、犯してはいけない罪を……でもどんなに罪に塗れても私はレイジが好き……大好き!!」




 慟哭と鬼哭が鳴り響いていたが、それが悲しみと喜びの混じった奇妙な叫びが霧の谷間に流れていく。


「やっぱりバカップルは見ていて飽きませんね」

「ほんと見てられないわ!でもよかったねレイジ」


「マスター……葵衣様、私は全てを思い出しました。それで分かったことがあります、やっぱりお二人のお側にお仕えすることこそ私の願い」


 ふと聞きなれた声が葵衣とレイジの聴覚を刺激する。

「え!?」


 ドヤ顔で手を振るユキノと無事な姿のイクス、そしてオーガ族? の女性がそこにいた。

 その後ろには、巨大な白い魔獣の姿が!


「ぷに太……良かったね。二人はやっと出会えましたよ」

「グルルルゥ」


「レイジに転魂の糸を渡すにはこうするしか方法がなかったの。ごめんなさい。幻影だとしても大切な人を傷つくことを見るのがどれだけ辛いか」

 抱き合っている葵衣の体から灰褐色の鎧と羽のようなものがずるりと滑り落ちる。


 制服姿になり疲れた表情ではあるが、そこにはあの時と同じ葵衣の姿があった。


「お、お化けじゃないんだよな?」

「生きてるわよバーカ! バーカ!!」


 糺次は嗚咽を上げながら葵衣と抱き合い、その温もりと会えなかった時間を埋めるように頬をこすり頭を撫でていた。

「イクス、ユキノ無事で本当によかった。守れなくてごめんよ葵衣、二人を殺さないでくれてありがとう! 会いたかった……何度夢に君を抱きしめただろう」

「レイジ! レイジ! レイジ! ああもううれしくて、もう……」


 残された余力で……消えゆく命の灯を使って。


 そして。


 二人から顕明連がゆっくりと引き抜かれていく。

 血を吐きながら崩れ落ちる二人。


「葵衣様!!」

 イクス京羽 が葵衣を抱き留める。


「マスター! ?ヒールポーションを!」「ああ……」


 ポーションに手を伸ばすが、糺次の手も震え葵衣をその手で抱きしめるように倒れ込む。



「いったいどうなってんだよ!! 糺次くん!? 」


 霧の谷に突然響き渡るその声はファルベリオスだった。


 糺次によりかかるように上体を起こした葵衣の顔は出血によりもう白い陶器に似た白さになりつつあった。

「糺次には、分かってる……よね?」

「ああ、そのためのファルベリオスだったんだな」


「糺次は帰り道をお願い……はぁはぁ……ぐっ……もう限界が近いかな」

「ファルベリオス、やることは分かってるな!?」


 霧の海の中でファルベリオスは泣いていた。


「どうして!! どうして僕がそんなことしなくちゃいけないんだ!!」

「頼む……葵衣はこの世界の人たちの手で殺されることで元の世界へ戻れるんだ。自然死ではこっちの世界の理に魂がしばられてしまう!」


 腰の剣を岩に叩きつけ投げ捨て、そして吠えた。

「なんで!! 親友の恋人を殺さなければいけない!! ボクにそんな業を押し付けるな!!」


「おねが……い……またレイジと一緒にいられるように」

「・・・・・・・・」


 糺次は目の前で葵衣が殺されるところを見なくてはいけない運命に呪いの言葉を投げつけたいほどだった。


 一緒に帰って、100万の魂を送り届けるため・・・・


「糺次……真言を……」


「ああ ナウマク サンマンダ ボダナン アビラウンケン」


 静かに万感の思いを込めて、大日如来の真言が唱えられる。


 異界への道が開きかけていた。湾曲した空間が周囲の景色をゆがめ始めていく。


「ファルベリオス! 頼む! 俺と葵衣がもう一度一緒にいられるように! オマエは揉め事解決人だろうが!」

「違うって言ってんだろ! ……ちくしょおおお! レイジと葵衣さんに! 僕とイクスさんの結婚式に出て欲しかったのに!! 友としてもった語り合いたかったのに!!」

 ファルベリオスの涙は悔し泣き……いや怒りの涙だったのだろうか。


「短い間だったけど、レイジくんとは友達になれたと思っていた。運命とか予言とかそんなの知ったことか!!親友の頼みだからやってやる!!」


 胸元から取り出した書状を破り捨て、ファルベリオスの咆哮にも似た詠唱が霧を染めていく。


「レウムデキラアルガオース・・・・・ミラーソード! クリスタルゴッデス! っぐぅ!」


 輝く剣がファルベリオスの目の前に出現した。


「葵衣様!! マイは! マイは! 葵衣様に出会えて幸せでした!!」

「糺次!バカ糺次! ボッシュには私から謝っておいてあげるんだから!!」


「マスター! 葵衣様!! 私は必ずまたお二人の元に辿り着いてみせます!」


「エターナルブレイク!」「ありがとう……」


 葵衣の胸にとどめとなるルーンソードが突き刺さった。

一瞬だがその剣が葵衣に刺さろうとしたことに耐えきれなかった糺次はその身で剣を受けようと前に出たが、ファルベリオスの決意により軌道を変え……

 短く震えた後、葵衣は糺次に抱きついてから唇を重ね……最後の力を使い果たしてから……糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 慟哭の叫びと葵衣への思いを込めたレイジの咆哮が響く……何度も頬を撫で手を握り、子供の用に泣きじゃくっている。


「葵衣様あああああああああ!」

 泣き崩れるマイ……

 ファルベリオスは膝を付き、糺次をぐしゃぐしゃの顔でぼんやりと見つめている。


「葵衣……一緒に帰ろう……任務は全て完了。お前のおかげで俺の輪廻は結ばれたよ」


 葵衣の体に封じられていた100万の魂と1つの桜色をした魂が糺次の頬を撫でるように漂う・・・


「世話になったなファルベリオス、大預言者、ユキノ、いつまでもお転婆がすぎると……ふぅ……嫁のもらいてがねえぞ。イクス、これからは自由に生きてくれ、みんなありがとう」


 日輪の染みのようなゲートが葵衣を抱きかかえた糺次ごと飲み込むと音も無く姿を消した。


 霧の谷には……しばらく嗚咽と悲しみの叫びが木霊していた。






ようやくタイトルを回収できた・・・・そう思うと寂しい気持ちが溢れてきます。

ここまで読んでくれた方ありがとう・・・・


もうちょっとだけ物語は続きます。

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