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君と輪廻の結び方  無適正者と鬼姫の異界捜記  作者: 鈴片ひかり
第四章 結びの章
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41 命滅の霧花

 薬草店の親父は三日に一度は山に入って薬草採取や狩りをしてくるらしく、ここ一週間ほど森をうろつく黒髪の少女を見かけているという。


 最初は同業者かと思ったが、奇妙な服を着て山の中腹をうろついているという。


「そこには何かあるんですか?」

「あると言えばあるが、正直近寄ろうなんて物好きはおらんよ」


 その言葉がきっかけであったかのように、縁結びのお守りがピン!と激しく撥ね、火傷しそうなほどに熱くなりはじめる。


 だが気になるのは心臓の鼓動のような激しさと熱さが同時に起こっているということだった。


「おじさん、どうして村の人は近寄ろうとしないの?」

「村人だけじゃないさ、ベテランの冒険者もあそこは避けるよ、希少な薬草類が採取できるポイントはあるんだがな。何故かって? すぐに霧が出る上に足場が非常に悪い。うろつくのはニャニャムぐらいなものだ」


 このニャニャムとは、崖や山に住む山羊に似た野生動物らしい。


「だからよ霧の中に黒い髪の女がいたときは驚いたよ、そんなとこいたら危ないべ! って叫んだけど聞こえてないみたいだったな。狙った薬草でもあるのかと思ったよ」


 霧か……


 イクスがマップデータを取得しつつ目撃ポイントを細かく聞き出してくれた。

 このメンバーなら大丈夫、俺は焦る気持ちを抑えこのまま山の中腹を目指すことにする。


 だがその様子を見ていた薬草店の親父が慌てて俺たちを引き留めた。


「あんちゃんたち! 急ぐにはそれなりの理由があるだろうが、まだそんな歳の子を連れて今から山に昇るなんて自殺行為だべ!!」

「私だったら大丈夫よ。これでもレベル40超えてるんだから」


「ぬあ! 40だってな! そりゃすげえけどよ、出るんだべ! 山には魔獣が出て何人も命からがら逃げかえってるべよ」

「魔獣!?」


「霧降りの峰は元々人が近づかねえからよく分からんけどしばらく前から巨大な魔獣が住み着いて、夜になると麓近くに降りてくることがたまにある見たいなんよ!」


 イクスによる提案で、目撃情報と周辺地図に関するデータを集め出現予測ポイントのあたりをつけるべきという意見に従うことにした。

 どうやら俺は少々焦りすぎている感がある。


 そういえばユキノの体調などもあまり考慮に入れていなかった。

 なんて奴なんだ俺は、情けない。


 自己嫌悪でうなだれていると薬草店の親父が店先の丸太で作った階段に座る俺にある物を差し出した。

「ほれ、これでも飲んで落ち着け」

 出されたのはニャニャムの乳を温め木の実と砂糖で味付けしたこの村で飲まれている定番の飲み物らしい。


 ニャムティーという名前であるが、やや匂いがきつい。

 せっかくの好意なのでがんばって飲んでみると、チャイに似た風味で非常においしい。


「なあにここ一週間ほどはよぉく目撃されてるで、半日やそこら遅れても問題ないべよ」

「たしかに親父さんの言う通りだ。ありがとう」


 バルトという薬草店の親父に紹介してもらった宿に部屋を取ると早速イクスから通信が入った。


 <マスターへ、目撃地点は大きく分けて3か所になります。何かを探し回っているように見えるという印象を持った人が多いようです>


 この情報を聞いただけでも勇み足にならずに済んだとほっとしている。

 このままじゃだめだ、思考を冷静に……葵衣のことを考えすぎるあまりわきが甘くなってやがる。ユキノとイクスまで危険に巻き込もうとしてるんだ……


 そうだ……この世界に来る前に、小角や神仏たちから念を押されていたことがあった。



 襲い掛かる理不尽や殺意に対しては毅然と、そして堂々と立ち向かえ!


 だがこの世界の住人たちを不当に陥れ殺害することは許されない。


 あちら側の人々を尊敬し、尊重し、互いの世界を大切に思うように。かの地に住む人々にとってその世界こそが生まれ育ち巡る母なる世界なのだから。



 もっともだと思う。

 正論である、現代知識を振りかざして得意げになるなど俺の性には合わないし、するつもりもない。


 だからこそイクスとユキノという二人が大切だったし、これ以上俺の側に引き寄せてしまうことに罪悪感があった。


 俺の目的事態はこの世界にも悪影響を与えているであろうホツレを滅し魂を取り戻すことだ、

 ならばこの目的について共に行動するのは神仏の教えに反しているとは思えないし、守り抜きたい。


 思考がぐちゃぐちゃになっているからこそ、本当に大事なことを常に意識しておく。

 いや正直に言えば、冷静な思考を維持しようと意識しなければ胸の苦しみがどうにかなってしまいそうなほどだった。



 翌日早朝、何か思う所のあった薬草店の親父が途中まで採取がてら送ってくれるという。

 きっと焦る俺の姿を見て善意で申し出てくれたのだろうな。


 麓からしばらくの間は採取ルートになっているようで歩きやすい道になるが、一時間もするとごつごつした岩場を縫うように歩くことになった。


 こんな場所で襲われてはたまらんと思うが、イクスも小動物の反応ぐらいしかないという。


 やがて霧がかかったエリアになったところで親父は引き返す気はないのかと、改めて訪ねてきた。


「親父さんありがとう。俺は行かなくちゃならないんだ」


「私だってそうよ。いざとなれば霧を晴らすことだってできるし」

 イクスは静かに頷くだけだったが、その決意は変わらないようだ。


「そうか……じゃあ無事に探し人が見つかるとええのう。気をつけてな」


 親父さんの姿が見えなくなるまで見守った後、すぐにイクスへスキャニングとマップデータの観測を頼む。


「たしかに起伏の激しい地形ですが、問題なく歩けるルートも複数存在します。ここは私が先導してもよろしいですか?」


「いや、むしろイクスに全部任せる以外に俺たちは手段を持たないから……いつもすまないな」

「マスターのお役に立てることが私の存在意義です!」


 まるでお手伝いを褒められた子供の用な笑顔をしながらイクスは手足にライトを点灯させ、霧をものともせず歩き出した。


「ユキノ、ロープはきつくないか?」


「うん、大丈夫……でもすごい場所だね。何かで引き裂かれたみたいな地形に見える」


 そう……元は普通の岩肌だったのかもしれない。それが苦しみもがく何者かが爪で引っ掻いたような跡にさえ見えてくる。


「1km先、熱源反応・・・・」

「正体は分かるか?」

「該当データなし、向こうも気づいたようですがここは足場が悪いのでこの先にあるやや広いエリアまで急ぎましょう」


 イクスの跡を追って早足で岩場を歩く俺たちだが、ユキノはぴょんぴょんとうさぎのように軽やかに駆けていく。

 魔族の血統はすさまじいなと思わせてくれる。



 やや傾斜のある草地に降り立った俺たちの元に……すとんと軽やかに着地する何かがいた。


「なっ! 待ち伏せしてやがったのか!?」

本能的に刀を抜いた俺はイクスとユキノの前面に立ち、体の奥底から噴火しそうなほどの怒りと憎しみに身を焦がした。



 灰色の体と紅い八枚羽……


 頭部に顔はなく、その代わり長い黒髪が腰まで……騎士甲冑のような装甲になっている体表面の灰色……


 え?


 腰まである長い髪が……そしてその手には、握られていた。


 見覚えのある金細工の見事な装飾がされた古色匂い立つ飾り太刀!?


「なんでお前が顕明連を持ってやがる……」


 全身の震えが止まらない。


 それが確信に変わったのは奴の黒髪が山風に吹かれ靡いた時だ。


 一部だけを、右側だけに軽く編んだ三つ編みに白いリボンを結ぶのが好みだった。


 そう……葵衣は。



 唐突に黒い髪が、触手のようにうねると俺のいた足元にザクザクと突き刺さる。


 本能的に飛び下がり切り払いながら、思考が目の前の奴以外のことを捉えられなくなっている。

 憎悪という念が形作る刃を抜きながら、この化け物をどうやって切り刻み地獄の苦しみを与えてやるか、もうそのことしか考えられない。


 分かってるさ、そうやって現実から逃げなきゃ俺は……俺の心はぁ!!!



 ◇◆◇



 糺次がホツレと叫ぶ化け物との戦いは、唐突に始まっていた。


 今まで見せたこともないほどの反応速度と打ち込み、そして連撃の数々。

 イクスでさえモニターやセンサーを駆使してその速度をようやく追えるレベルであった。



 ユキノなどにはもはや何が起きているか理解する術がなく、弾け砕ける岩や木々。そして時折、霧の中に咲いたような花にも似た血煙が舞う。


【 オン アミリティ ウン ハッタ 】


 糺次が受けた衝撃は、その身を引き裂かれるほうがどれだけましかと思うほどに彼の心を深く斬りつけた。


 思わず膝を付き胸を抑える糺次に向けて、ホツレの右腕から迸る青緑の光から無数の大蛇が放たれる。

 手足に噛みつきその牙で肉を抉っていく姿に、イクスが牽制射撃をするも打ち出された大蛇に締め上げられ身動きを封じられてしまう。


「レイジ!! イクス!! 」


 ユキノが状況を打破しようと低出力のウォーターショットを放とうとした瞬間だった。彼女の背後から忍び寄った何者かがバインドロープの呪文を放ち彼女を拘束してしまう。

「くそお! 誰よ!?」

「だめですよ姫様、そのような言葉遣いは」「お前!!……!?」


 糺次は転がり肉を抉られながらも、呻くような憎悪の叫びを雄たけびをあげていた。

「くそがああああああああ!!」


 踏み込み、刀で襲い掛かる触手を切り払いホツレの左わき腹を斬りつける。 噴き出す鮮血と同時に引き抜いた太刀が空中へ投げ出される。


 だが古色匂い立つ飾り太刀は空中で一瞬静止するとレイジへと斬りつけるのだった。

「ぐっ!!」


 身に受けた傷と太刀の攻撃で地に転がりながらも、咆哮を上げホツレに斬りかかる。


 だがその声は、嗚咽と涙と、苦悶の叫びが混じった 悲鳴のようにも聞こえていた。


「なんで! どうしてその声で!! その化け物の体から葵衣の声がすんだよ!」


 右袈裟に切り抜けようとするレイジの動きを邪魔しながら、顕明連が宙を回転しホツレを守ろうと打ちかかる。

 激しい撃ちあいの中で糺次の太ももとを左手を斬りつけ、霧に咲く紅の花弁が咲いては消え、咲いては霧散していった。


 黒髪の攻撃をカウンターマフラーが弾きサポートしてはいるが、それでもなお激しいの攻撃の前に負傷が増えていく。


 <マスター!後12秒で脱出可能になります。マスターは思いのままに行動してください、私がミニガンで隙を作ってみせます>


 イクスの目がとらえていたのは、血の涙を流しながら襲い掛かる触手を切り払うも、伸縮し振り乱される黒い髪でしたたかに背中を斬りつけられるマスターの姿だった。


「ぐはっ! だが負けねえ。てめえだけは八つ裂きにして地獄へ送ってやる! いや二度と復活できねえように細切れの肉片にして滅してやる! ぶち殺す! あおいいいいいいいい!」


 その時だった。ホツレが一瞬だけ体と触手の動きを止めた瞬間があった。

 糺次の正体を探ろうとしたのだろうか?


 その隙を見逃さなかったイクスが位相空間から取り出したミニガンが火を噴いた。


 凄まじいマズルフラッシュの中、圧倒的な破壊力を生み出すオーラバレットがホツレへと突き刺さっていく。騎士甲冑に似た外装を抉り黒髪を切り裂いていく。


 このまま押し切れるとユキノでさえ思った瞬間だった。


 目もくらむような強烈な衝撃音が轟いた時には切り立った岩盤が剣のように突き出し巨大なアギトのごとくイクスを両側から挟み込み・・・・叩き潰してしまっていた。


 砕け散るミニガンのパーツとそれを握る白い腕が火花を散らしながら宙を舞い転がる。


「イクス!!」


 黒い髪が何振りもの刃になりレイジを襲い、切り払う刀が手から吹き飛ばされカランと斜面を転がった。


「いやぁあああ! イクス! 返事してよ、へんっ……」


 ロープで拘束されていたユキノの声が突然止まり、憎悪と混乱の極みにあるレイジの視線の先には側頭部から伸びた何かがユキノの頭に・・・


 違う……ありえない。

 そんな、嫌だ! ユキノ!? 嘘だろ!?


 宙に浮いているのではなかった。

 側頭部をホツレの触手が貫き、そして放り投げられたユキノの体が岩肌にぶつかりそのまま谷間へと滑る様に落ちていく。


「うああああああああああああああああああ!」


 腰に差していた鬼凛丸を発刃させたレイジは、絶叫と雄たけび、血の涙を吹き出しながらホツレを追い詰めていく。

 ホツレの背中が、黒髪が切り裂かれ斜面を血に染めていた。


 なんと凄惨な戦場なのだろうか。

 死と悲しみが支配するこの場にはもう言葉はなく、憎悪とホツレの放つ悪意。


 果たして悪意と呼んでよいものなのだろうか?


「てめえだけはあああ! よくも俺の大切な人たちを! 葵衣を、イクスを、ユキノを! ぐっ俺にはもう何もない、だから容赦なく魂果てるまでてめえをぶった切ってやる!!」


 あまりの憎悪に阿修羅王の左手が拒絶反応を出し始めている。

 ぶるぶると震え、意志に背き剣を押さえつけようとしていた。


「くそ! なんでここで邪魔すんだシュウさん!」


 その隙をついたようにホツレが跳躍し空中で加速するとレイジへ向け突進してきた。

 左手の制御でバランスを欠いたレイジの正面に着地したホツレは……がっしりと両手で抱き着くと、奴の背中ごしに顕明連が二人の体を貫いていた。


「……ごはっ!」


 抱き締めるその手は、葵衣のモノだった。

 形だけでも、その手の中で死ねるなら、消滅できるなら俺は本望なのか……ごめんな葵衣、あの時手を放してしまった。


 ごめんなイクス……お前がいてくれたから俺は今まで生きてこれた。魂がない人形なんて思ってごめん。お前は立派に悲しみ喜び、恥ずかしがる素敵な女性だ。


 ごめんなユキノ、ダルギーバ族との戦いに手を貸すつもりだったが、ボッシュにはなんて詫びればいいのだろう。

 辛いを思いをたくさんさせてしまったように思う。


 もっとお菓子を買ってやればよかった。


【 やった……成功した これで 】


 また葵衣の声で何か言ってやがる。


 魂が消滅するって、死ぬってこういうことなのか。


 ああ……みんなごめん。





自分で書いておきながら、胸が痛くなる思いでした。


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