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君と輪廻の結び方  無適正者と鬼姫の異界捜記  作者: 鈴片ひかり
第三章 ヴァイス・レイジ
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32 靡く黒髪

 気持ちの良い朝だ。

 シュリアというダークエルフのおかげで回復できた俺たちは改めてお礼をと引き留めたが、次の使命があるらしくたくさんの食糧を抱えてすぐに飛び出していってしまった。


 セクシーなダークエルフとの出会いと別れにやや残念な気持ちを引き摺りつつ、病み上がりでなまった体をほぐし鍛錬をせねばと思いデクスターの誘いで郊外の空き地を訪れていた。


 まずは型から体をほぐしていくと、デクスターはまったく見たことのない剣の流れに戸惑いつつも見様見真似でコツを掴もうとしている。


 しばらくすると謹慎中のキャスが差し入れを持って現れた。


 この頃、食い物の毒見をイクスが念入りにするのでどこまで心配性なんだと思うが俺のためにやってくれていることを考えれば強く言うこともできない。


「なるほど、キャスとデクスターは騎士学校で同期だったんだな」


「僕はこの通り背が低くて剣も弱い。デクスターは実戦剣術を引退した冒険者から学んでいたから学校でも一番の腕前だったんだよ」


「まあ俺は勉学のほうはからっきしだったからな、俺が剣を教えてキャスは勉強を教えるっていう関係ができたのもその頃さ」


 キャスの持ってきてくれたお菓子はひどく甘いが疲れた体に染み込むようだ。


「僕は学校でもいじめにあっていたけど、デクスターだけはそういう奴らを追っ払ってくれたり剣術勝負でぼこぼこにしたりしてくれてね。あの頃からの憧れでもあるんだ」


「何言ってんだ、お前こそ戦術基礎研究で最優秀賞もらうような秀才じゃねえか」


 良い関係だな。

 だが俺のせいで彼らは……

「すまない、俺に関わったばかりに二人は辞めさせられそうなんだろ?」


「ああそれな、俺は昨日辞めてきたからもう自由の身さ」

「ごめん……」

「何謝ってんだよ、あんなクソみたいな任務やるぐらいなら冒険者にでもやるさ」


 その後、俺と手合わせしたデクスターは一本もかすることさえできず叩きのめされた。

「まいったぜ。これほどの腕でも倒しきれない魔界の剣士イシュバーンだっけ? どんだけつえーんだよ」

「強いというよりタフさと魔剣がやばいな」


「なあ、悪魔の貴族や魔界の剣士なんて話はさ、ここ数百年で一回聞くか聞かないかの話だぜ。もしかして何かとんでもないことが起ころうとしているんだろうかね」



 ◇◇



 イクスによると昼夜問わず監視している奴らがいるのだという。


 考えなくても黒幕が分かるし、正直どうでもよかったがラングワース伯が王都のコネを利用し最大限に抗議してくれたおかげでバカ息子たるクレイトンもあまり派手な行動はできないだろうとのことだ。


 聞けばこのラングワース伯、手持ちの資産を供出してラングワース復興のための人材や資材を買い付けているらしい。


 アイオンが指揮官として手腕を発揮できた背景にはこういった目立たない実力者として活躍する人がいるんだと気付けたことは大きい。俺を高速馬車で搬送してくれた人だからな。



 その日の夜のこと。

 番頭のケインと一緒に近くのレストランで食事をとっている時だった。


 彼の部下でありドジだが人の良いキャルという女性事務員が飛び込んできたのだ。

「ケインさん! それにレイジさん!!」

「キャル、ここはお店なんだから静かにしなさい。旦那様に迷惑がかかるぞ?」


「す、すいません!でも大変なんです、レイジさん! ”黒髪の少女”に関する目撃情報が入ったんです!!」


「まじか! どこなんだ!!」

「えっととりあえず商会に戻りましょう、僕が会計を済ませておくから」


 ケインの気遣いで商会へと戻ると、キャルは北にある港町からの交易品に同封されていた目撃情報が記載された報告書を見せてくれた。


 目を皿のようにして報告書を確認してみたが……



 ”

 通告にあった < 黒い髪の少女 > を見たという船乗りと商会員が出会ったらしい。船乗りの情報では西方大陸 魔導王国ラザルフォードにて出会ったとのこと。


 再度目撃情報を精査しようとしたが既に船が出航してしまっていた。


 裏付けをしようと西方大陸からの船乗りたちに情報を当たったが、3名ほどから黒髪の少女を見たという話しを確認することができた。


 名前その他の情報は不明ではあるが、冒険者であり容姿端麗、非常に強いと評判であったという。


 ”


「間違いない葵衣だ!!」


 本能的な確信が迸っていた。

 目の前に葵衣の残り香が通り過ぎ、脳髄を刺激したような錯覚さえ感じるほどに……


 胸の奥の情動や蓄積した愛しい思いが爆発しそうなほどに胸の中で猛っていた。

 早く抱きしめたい。その温もりを感じ、笑顔を見つめたら俺はきっと泣き出してしまうだろうな。


 そう考えたたけで涙が出たし、報告書を持つ手が震えている。


 可能性としてイクスが指摘してくれたことがあった別大陸にいるケース……その通りだった。


 だがここまでの道のりは遠回りはあったかもしれないが、大外れじゃない!


 俺が歩いてきた道は葵衣へと続いているし、これから歩く道は!!


「葵衣……」


「レイジにそんな顔をさせる人なら私も会ってみたいな、もちろん一緒に行くからね。私を守るって約束したんでしょ?」

 木箱に寄りかかりながらユキノがドヤ顔で微笑んでいる。


 だが俺は知ってるぞ。メアリーと別れなくてはいけない寂しさを堪えてくれているって。


「私はどこまでもマスターと共に。では夜ではありますがこれから出発に向けた準備を開始したいと思います」


「あ、ああ頼む! ユキノ……ありがとな」


「な、なによらしくないじゃない! まあ、私がいないと色々苦労すると思うし~」

「そうだな、頼んだぞお転婆姫」


 ダイクさんは自分のことのように喜び出発を支援してくれるという。

 翌日、旅に必要な保存食やこの日のために取り寄せてくれた新型のテント及び物資をすぐに用意してくた。


 また予約が中々とれない高速馬車を3人分確保し料金まで支払い済みだという。

「気にしないでください。ただ港町エルファベールの商会支部にいくつか荷物を運んでいただければ」


 荷馬車約20台分の荷物を詰め込んでもまだ余裕が感じられる・・・すごいものだな。


 そして必要物資の料金その他を相殺し、依頼料として30万レーネを俺に渡すのだ。

「こんなに!? もらえませんよ」


「いいえこれは輸送費用と輸送時間の短縮から得られる利益のうち、レイジさんに支払われる正当な対価です。ここは商売であり感情が入る余地はありませんよ?」


 さすがバーミリオン商会を大きくしただけのことはある、歴戦の戦士並みの気迫に満ちていた。

「申し訳ありません、侮辱するつもりはなかったんです。必ず荷物をお届けします」


「さすがレイジさんだ。だが妻は感情を抑えきれなかったようですね」

「ユキノちゃん……あなたが旅立つ日が来るんじゃないかと思って仕上げておいたフード付きのマントなの。魔法抵抗とか衝撃?に強くて守ってくれるそうよ」


「かわいい!」

 ユキノに似合うスノーホワイトとコアブラックのラインがピンク髪を引き立ており汚れ防止の機能もあるようで仕立ての良い品だ。


「ありがとうお婆ちゃん!」

 思わず抱き着いて甘えるユキノにとって、いつもメアリーと一緒に優しい時間をくれた夫人が大好きだと言っていたからな。


「俺の我侭に無理やりユキノを付き合わせているんじゃないか……なんて思ってんでしょこの神経質、陰湿、粘着質の器ちっちゃ!!」

「おい……」


「私は私の意思でレイジに付いていくって決めてるし、ボッシュにもそう言われてるから寂しいけど寂しくないもん! 馬鹿にすんなよ!」


 ユキノの気遣い優しさにどうこたえてよいか分からず、ただ頭を撫でることしかできなかった。

 だがそれでもユキノは頭を預けていてくれたし、イクスは何故か俺の手を取って頭を撫でろとばかりに額に押し当てる。


 やれやれ……


 俺は良い仲間に巡り合ったな。



 ◇



 俺たちはドラグライナーが猛スピードで引く高速馬車の車内にいる。

 高速道路を走る乗用車並みの速度で目まぐるしく過ぎていく景色に思いを馳せながら、デュランシルトでの生活が思った以上に早く終わったことに妙な寂しさを感じていた。

 ロナやグニールたちにはサファイア経由で手紙を預かってもらっていたし、ユキノはもらった小遣いの中からメアリー用のプレゼントをキャルと一緒に悩んでいたようだ。


 出発当初は多少涙ぐんでいたユキノだが、今では毅然と呪文コントロールの訓練をしたり覚えたばかりの生活魔法の練習に余念がない。

 イクスは警戒用のユニットを馬車の屋根に取り付けているのでそこからの情報をモニターしつつ、あのミニガンの補修とフレーム強化などの改造をしている。


 胸中では葵衣の様々な表情が脳裏をよぎり精神が慌ただしくなっている気がする。


 行動が早かったためか、イクスによると夜のうちに見張りが消えたらしく……この隙に脱出しようということになった。

 クレイトン一味に命を狙われながらの旅というのも面倒なので一気に引き離し追撃不可能な状態を作ってしまうほうがいい。


 御者役は二人で一人は髭もじゃだがまだ若いドワーフ族の青年と相棒のレプラコーン族の少年だった。

 二人ともこの野生のドラグランナーを捕まえ、高速馬車の仕事を始めたらしい。


 馬とは違うがやはり鱗を掃除されるのは嫌ではないらしく、足の汚れや鱗を拭いてあげると肩を甘噛みしてくるかわいいやつだ。目がくりっと大きく愛嬌がある顔立ちをしている。


 ユキノはおっかなびっくり遠目に見ているだけだが興味はあるようだ。


「しかしお客さん、ここまでドラグランナーが気を許す人も珍しいですぜ。威張り散らす貴族が怒らせて噛みつかれることはたまにありますがね」

「馬の世話を仕込まれたおかげかもしれないですね。でも目がかわいいなぁ……いつもありがとな」


 首筋を撫でてやると気持ちがいいようでもっとやれと胸元をくいっと俺に向けてくる。

「こっちを撫でて欲しいのか、しかたないなほれほれ」

『キュィイ~』


「あれま、おらたちでもあまり触らせてくれない首元を触ってるよぉ……」

「この兄さんは生き物に好かれる何かを持っているのかもしれんなぁ」


 たしかに意味もなく野良犬が懐く、野良猫がすぐ肩に乗ってくる、頭にも……、逃げた文鳥が何故か俺の肩に止まって動かないので盗まれたと誤解されたことがある。


 おいしそうな匂いでもするのだろうか?

 嫌われるよりはまあいいか。


 目的地は、ヴァルジェリス帝国へ入国しそのまま宿場村的な宿泊地を経由して港町エルファベールとなる。


 デュランシルトの北にある帝国とリシュメア王国は200年ほど前に戦争になったが、双方が疲弊したためデュランシルトを国境にすることで手打ちに。

 その後は静かな対立をしつつもこれまで大きな争いはない。


 デュランシルトからヴェルジェリス帝国国境までの道のりは小麦畑が続く非常に安全が確保された道のりだ。

 周辺には街道の安全にあやかった農村が点在し、王国も魔物退治への依頼を多く出している地域でもあった。


 国境は古の遺跡を利用した門があり、ダイクが手配してくれた手形を通すとあっさり荷物チェックもされず通される。

 これには御者たちの顔が広いことも関係したように思う。


 本来であればこのまま帝国首都を観光してみたいところだが、今回は急ぐ旅。

 一つの馬車だけ道を外れて港町へ直行するルートをとることになった。


 御者たちは高額の報酬を受けており態度も良くプロ意識も高いが、この街道に入ってからはかなりびくついているのが手に取るように分かる。


「旦那ぁ!?本当にみなさんお強いので?? 疑ってるわけじゃありませんがこの街道はかなり危険で隊商でさえ避けるって言われてるますぜ?」


「索敵は任せてくれ、イクスは周囲の気配を読む天才だ」


 高速馬車の車体は振動軽減のために車輪と車体の間が浮いた状態になっている。

 魔法による処置であり、このためかなり快適な移動が約束されていた。かなりの悪路であればやや振動やぶつかる音も聞こえるがそれでも通常荷馬車のなだらかな道より快適なほどだ。


 速度があるということはそれだけ魔物にも捕捉されにくいため旅に出て4日目であるが未だに戦闘を避けることができていた。


 イクスが情報をサーチするとすぐ御者に速度を上げて振り切るように指示を出し、タイミング悪く出て来て呆然としているゴブリン集団を観察することはできた。


 はやる気持ちを抑えながら、港町エルファベールまでの道のりはまだ半分ほどである。




とうとう葵衣様の目撃情報が!?  


もし私の作品で嫌なことや辛い日々の出来事をほんの一瞬でも忘れることが出来たり、楽しんでもらえたのならこれ以上の喜びはありません。


そういった方、そうでない方、モチベーションになりますのでブックマークなど頂けたらうれしく思います。

新年度始まりましたが、どうか無理せず自分を追い込まないでくださいね。

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