30 鬼神乱舞
レイジ、鬼神となる。
全身に走る激痛。イシュバーンの野郎にやられた傷が泣きたいほどの痛みで体と心を抉ってくる。
だがイクスはやっと起き上がれる状態で戦闘は無理、ユキノもぐったりイクスへもたれかかっていた。
ここを狙われたらまずい。
その焦りが思考を鈍らせる。
ユキノを背負い、イクスの肩を引き寄せこの場を離れることにしたが二人を傷つけてしまったことへの罪悪感が凄まじい。
こんな幼い子を巻き込むなんて、やはり止めればよかった。
イクスにも無理をさせすぎてしまっている。
激しい後悔と自責の念が傷ついた魂に塩水のように染みていく。
「ごめんな……ユキノ、イクス」
「マスター……警戒して……ください」「!?」
二人に意識を向けすぎていたためか、後方に出現した巨大な気配に思わず倒れ込んでしまう。
『ぬほほほほ! 哀れな人間共、このバイカウント・バルシェマルンが無様に逃げるなどあり得ぬでありますよ』
「にげたのではなかったのですね、マスター!?」
「ユキノを連れて出来る限り距離を取れいいな、命令だ」
「イエス……マイマスター」
背後にいたのは肉片がこびりついた3mほどの巨大な人型生物だった。少なくとも俺にはそう見えた。
『逃げたふりをして安心したあなた方の絶望を喰らうために決まってるじゃありませんかぁ。しかしあらまあ魔力もない癖に私に歯向かおうなどと、まあ蛮勇とは儚いものでありますね』
「蛮勇? そんなカビの生えたけち臭いもんじゃねえさ」
腰を落とし鞘を引き寄せ柄へと手をかける。
周囲には砦の破片が散らばっているが、ちょうど帯状に奴と俺の間は枯葉が地面を舗装しているようだった。
黒い傷んだ羽が二枚、その水死体のように膨れた肉体から不格好に生えている。
手は四本あり、それぞれに剣や槍、杖などを持ち爪は非常に長くどす黒い。
頭は細長く前後に複数の目が飛び出し垂れ堕ちそうに揺れており、嫌悪感を増幅させてくれた。
膨張した腹には奇妙な文様が描かれ、脚部は山羊のような毛むくじゃらの足……
あの体格とバカにしてはだめだ、あの足では相当な機動力を持っているかもしれない。
『ぬふふふ……果たしてお前ごときが私を傷つけることができるかのう? 今まではただの腐肉の衣を纏っていたにすぎぬのよ、どうじゃ我の素晴らしい体は』
「自己評価が高いようで安心したぜ、てめえが今回の元凶で間違いないな?」
『元凶、元凶ねえ、まあ魔獄の王から直々に召喚されたのでありますから、目的遂行のために力をたくわえようとしただけでありますのよぉ』
奴の悪臭が鼻につく……イクスはどの辺だろうか。
この程度時間が稼げれば、多少は距離が取れたと思いたい。
「一応聞いておく。ローズウィップとヘブンズバードの連中はどうした?」
『おほほほほ! たっぷりと絶望を味合わせてもらいましよぉ! 一本ずつ手足を切り落としていく時の絶望の叫びといったらもう!』
脳裏にミネアのミルフィの、ユキノに優しくしてくれた彼女たちの悲鳴が鮮血が飛び交った。ヘブンズバードの気の良い連中が泣き叫ぶ姿が胸を抉る。
怒りに震える体と心の乖離が激しくなってきた。
全身に激痛が走り、満足に動けるか不安だった。
だが左手から流れる熱い血潮が思い出させてくれる。みんなの仇!!そして……
そうだ、そうだった! 俺には枷がある。
否! 枷があった!!
<< 明確な敵意や殺意の行動がある時以外、人に退魔法を向けてはならない 使ってはならない >>
ノーム族と俺を襲った盗賊たち相手に摩利支天幻影斬を使ったのは、あくまで防衛行動の一環だ。
本来であれば不浄の邪妖・悪鬼羅刹を調伏するための法。
ではあるが、この状況を仏法の守護神たる阿修羅王が黙っている訳がない。
そう……目の前にいるのは悪魔そのものだからだ。
醜悪な牙が突き出した口が鼻上あたりまで裂け、奇怪な舌がぬるぬると俺を挑発している。
『その目、怒りに満ちたその目……ああたまりませんねぇ!さあ我にもっと絶望と怒りを捧げなさい……むむ?』
俺の中の怒りが阿修羅王の力と融合し全身を駆け巡る。
「ノウマクサンマンダ ボダナン ラタンラタト バラン タン!」
かつてないほどの活力と力、そして破壊衝動が迸っている。
『ぬう!? 魔力ではない!? この力はいったい!!? オマエ何者だ!』
刀を抜き、下段に構えながら奴との距離をはかりおもむろに叫ぶ。
「ただの日本人だ!」
大地を蹴って斬りかかった斬撃が奴の右腕の一つを切り落とした。
『ぎゃあああああああ! な、なぜじゃあああああ! アストラルボディーの我を切れる剣などあり得ぬ!!!』
蛍光緑の血液が傷口から噴き出しているが、気に留めるでもなく口から黒い火炎球を連続で撃ちだした。
『喰らえええええええええ!』
避けたつもりだったが誘導性能付きの火炎球に左腕がじりりと火傷を負ってしまった。
「くっ! まだだ!」
俺は大木を蹴って後方に回り込みながら真言を唱える。
「オン イダテイタ モコテイタ ソワカ!! 韋駄天覇迅脚!!」
自身の認識限界を超えるような速度で移動し、次々と悪魔へ斬りかかるがそれでも奴は剣撃の8割を打ち払い避けていく。
恐るべき身体能力であるし、脇腹を軽く切り裂かれてしまう。
それでも圧倒的な速度と手数で奴の動きを上回ってはいる、しかし殺しきれない!
『これが人間に可能な動きなのかあああ! このくそぼけがあああああ! ぶっころしてやらああああああああああ!!!』
消化液に黒炎球、それと武器による攻撃を間断なく繰り広げるバイカウント・バルシェマルン。
投げつけられる折れた大木や俊敏な動きに跳躍してからの黒炎を放つその戦闘能力、どれをとっても凄まじい!
最強の敵に違いない。
しかし負ける訳にはいかねえ!!
みんなにせめて安らかに天に昇ってもらうため。
雄たけびを上げながら上段からの叩きおろしを間一髪避けると懐に潜り込んで剣を切り落とし、槍を左手首ごと切り払い対抗する。
そこで呻き体勢が崩れた奴の隙を見逃すへまはしない!
韋駄天覇迅脚によって飛躍的に高まった脚力で跳躍すると宙で刀を収めながら、毘沙門印を結び光の三叉槍を背後から撃ち込んだ。
「ナウマク サンマンダ ボダナン! ビシラバナヤ ソワカ!! 毘沙門天 破邪三叉撃!!」
奴の不浄の肉体を切り裂き、光の三叉槍がジュウジュウとその身を焼き焦がしていく。背中から光る柱が突き出しているようにさえ見える。
『ぎゃああああああ! いでええええええええ! くそがああ!!!』
「クソはてめえだ!」
苦し紛れの衝撃波を避けそこない、肋骨数本をやってしまった。
「ぐっ! ぐは!」
転げながらも駆け出し、奴の消化液をかわす。胸が肺が焼けるように痛み酸素を渇望する肉体的な叫びが脳髄を刺激していく。
だが今の俺は枷がない、そうだ悪魔を倒すためだからだ!
「戦闘鬼神 阿修羅王よ!! 悪鬼悪魔を倒すため、そのお力をここに借り受けん!!」
縁を結んだ神仏たちの力を借り受け、今ここに破邪顕正をなさん…… ふとシュウさんの優しい笑顔と厳しい面立ち、そして空を見つめる悲しみの横顔が脳裏をよぎる。
「オン マリシエイ ソワカ!! 摩利支天幻舞闘印!!」
すっと陽炎に溶け込んだ俺に対し、奴が憤怒と憎悪の罵詈雑言をぶつけながら大地を抉り木々をなぎ倒し、咆哮している。
太陽と月を自在に操ったと言われる阿修羅王の力、今ここに……
すっと陽炎から飛び出ると、刀に宿った日輪の力が暗く淀んだ森を閃光となって覆い尽くす。
「阿修羅王! 日輪斬!!」
摩利支天の幻影によって歪められ俺を見失っていた奴の脳天から股座までを一気に、破邪の念を込めて振りぬいた。
日輪の光が悪魔の肉体を滅し切り裂いてく。内部から逆流した光が光条となって放出されていた。
『ぐっぼへぇええええええぎぎゃごおおおおおおおお!』
「はぁはぁはぁ!」
肩で息をしつつも、傷だらけになりつつも、目の前の悪魔が両断され、最後に何かを言おうとしていることだけは伝わった。
『貴様……なにものだ……まさか、そのち……から!?』
シュウシュウと悪魔の肉体が朽ちていくが、それでも夥しい瘴気が溢れだそうとしている。日輪斬で大方の瘴気を滅して尚この状態だった。
「だめだ、まだ倒れるわけにはいかない!!」
拭ってから刀を持って目の前の不浄を払うべく意識が飛びそうになりながら俺は唱える。
「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!!!」
剣気によって空間に刻まれた九字方陣が猛烈な濃度としてとどまる瘴気へとぶつかった。
霊力が持っていかれる! かなり消耗したが、ぎりぎりいけるか!?
「ぐう!」
大地には黒い粘液のような醜悪な液体が残ったが、ほぼ浄化はできたように思う。
後は、プリーストに聖水などで浄化……をして
まだだ。イクス! ユキノ!!お前らを守り抜いてやる!そして……
「葵衣のおっぱい揉むまで死ねるかあああああ!!!」
目を通してくれた方、少しでも興味を持ってくれた方々に心から感謝申し上げます。
忙しく辛い日常の中で、私如きの作品ではありますがほんの数秒でも息抜きや忘れられる時間が提供できたのならこれ以上の喜びはありません。
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