28 邪悪
かなり心配したんだが……当の本人はローズウィップからもらったお菓子を頬袋一杯にため込んでご機嫌だった。
「はれへいひふひはっは!」
「口にものをいれてしゃべるな、って具合のほうがどうなんだ?」
するとローズウィップのプリースト ミルフィが言いにくそうに口を開く。
「あのですね、このぐらいの年齢では急激に魔力を消費すると一過性の魔力欠乏症が起こりやすいんです。でも後遺症もなくすぐ元気になりますから。まあ、あれだけ強大な破壊呪文を唱えた後ですらかね」
「無事なんだなユキノ?」
「ご、ごめんなさい、はりきりすぎちゃった」
「いいんだ無事なら……良かった」
思わず膝をついてユキノの頭を撫で無事を喜んだ。
「えっと、あの……ごめんなさい」
「お前が無事でいてくれたらそれでいい、辛い思いをさせて悪かった」
すっと踵を返し俺はアイオンたちの元へ急ぐ。
既に城門前では駆けつけてくれた冒険者たちに多くの兵士や義勇兵たちが感謝の言葉をぶつけている。
中には感極まって泣き出す者たちもいて、2パーティーとも浮かれるのではなく決意を新たにしていた。
「アイオン! 物資は運び終えたので後はこれからの打開策だな」
「感謝の言葉は終わった後に喉が裂けるまで叫んでやるからな! 後はお前の言う通り進めるのみだ!」
主だった者たちが集まり、軍議を行うがこのあたりには未管理のダンジョンが数基あるらしく、そこから溢れてくるパターンや古戦場に埋もれる多くの浮かばれぬ魂がアンデッド化しているケースが考えられるらしい。
そうなると根本的な解決法はあるのだろうか?
「迷宮を封鎖する方法はあるのか?」
その問いに答えたのはヘブンズバードのリーダーで戦士のジョセルだった。ラングワース出身であり危険を顧みず駆けつけた20代後半の若者だ。
「迷宮最深部で迷宮主を倒すことでコアが停止する。その際に迷宮内のモンスターが不活性化し中には消滅するものもあるが、該当ダンジョンが分からないので対策も立てようがない」
その後も様々な対策案が出されたが全て対処療法的なものばかりであるのは仕方がないだろう。
っとここでふとユキノが言っていたあのことが頭を掠める。
確認したいことがあると席を立った俺はユキノの元へと走った。
「ユキノ! お前、ちょっと前に森から変な気配がって言ってたよな」
お菓子を飲み込みながらうんと頷くユキノは少しばかり得意げになって立ち上がる。
「あれからね、やることないんで集中して気配を追っていたのだ! ぐはははは! 」
「……」
「お父さんの真似してみたけど、まあいいや。気配はやっぱりあの北側に広がるっていう森の一か所から来てると思う。それにアンデッドたちは強制的に呼ばれているんじゃないかな?」
俺はユキノを連れて今の話を軍議でさせてみた。
通常ならば追い払われるところだが、あのフレイムバーストを放った本人だということでその発言力は無視できなくなったはずだ。
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アイオンがしばらく腕組みをし考え込んでいたが、しばらくすると意を決したようにテーブルへ手をついた。
「普通なら、特にクレイトンとかいうアホだったらユキノちゃんの指摘を無視しただろうよ。だが俺たちはその目で魔法の才能を見せつけられているからな、信じない理由を探すほうが難しいな」
すると警戒監視にあたっていたイクスが戻り、ユキノが抱きついている。
アイオンが指示した地図を見ていたユキノはある一点を指差しここが怪しいと言ってのけた。
「この辺で間違いないと思う」
するとジュセルがあっと声をあげそのポイントに心当たりがあると言い出した。
「俺はラングワース出身なんでこのあたりには土地勘があるというか、子供の頃の遊び場だよ。たまに魔物が住み着くってんで近寄るなって言われてた古い砦跡だ」
「それってオルド砦か、さもありなんってとこだ。むしろあそこなら……」
アイオンとジュセルの話によれば古代遺跡の遺構を利用して作られた砦で、邪教徒が隠れ潜んでいるなど様々な噂が絶えない場所であったという。
「誰かに確認してきてもらう必要があるな」
「俺たちが行こう! レイジとイクスさんに活躍を持ってかれっぱなしだからな。俺たちヘブンズバードにも取り分よこしてもらうぞ」
「そいつは聞き捨てならないね、ローズウィップも参加させてもらうよ」
やる気のある役回りの取り合いというのが新鮮だったのか、アイオンや他の兵士たちも笑顔で見守っている。
ここは先輩たちに花を持たせようと椅子に腰かけ水筒の水を飲み、ユキノがぱくついていたお菓子をひったくって口に放り込んだ。
ユキノは怒るでもなくこれもお食べとマドレーヌに似たお菓子を差し出した。
疲れた体に糖分がうれしい。
そっと側に寄って来たイクスも、何か情報をシュミレートしているようだ。
「ってお前スカート短くなってね?」
<現在構築中の試作型銃器用資材が足りなかったため、ミスリル糸製のスカートを分解しフレーム強化に利用しました>
って……ごくり……ひざ下だったスカートが、ひざ上になってしかもスリットあるから……おいおいなんて俺の好みドストライクついてくるのよ。
「レイジの視線が嫌らしい……イクス気を付けてね」
「い、嫌らしくねえし!?」
「マイマスター……見たいのであれば見たいとおっしゃってくれれば」
「み、見た……見たくない、です」
この時、見たいとどれだけ言いたかったか! 血の涙を流しながら耐えた俺の精神力を……生涯褒めたたえたいと思う。
最も余力があり名乗り出た2パーティーがベテランクラスの入り口とされるBランク冒険者だったこともあり、俺とイクス、ユキノの3人は休憩を命じられる。
「もうすぐ早朝で奴らの動きも鈍る。お前らの活躍で大分数が減ったから今は休んでおけ……本当にありがとうな」
アイオンの指示で俺たちは近くの宿屋に用意してくれたベッドへ倒れ込むように横になる。
「うぅ~さすがに疲れたぜ」
「マスターが寝ている間に霊子力のチャージを済ませておきますので、ゆっくりお休みください。異常を検知次第すぐに起こします」
「頼む……イクスにも負担かけて悪かったな、たすかったよ……」
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◇
◇
夢も見ることもなく心身共に酷使したため起こされた時、イクスが何を言っているか理解できなかった。
寝ぼけ眼をこすりながら、差し込む朝日に目を細めながら問いかける。
「ん?・・・・おはよう・・・・どうした」
「マスターレイジ、非常事態であります。ユキノの探知した異常ポイントへ向かったヘブンズバードとローズウィップが壊滅したと2名の生還者が訴えております」
「……なんだと!?」
一気に脳が覚醒する。
壊滅だと!?
ベッドから勢い余って転げ落ちながら俺は指揮所へと走る。
人だかりができており、血まみれの……ヘブンズバードのレンジャーである色男のスレイが腹部を引き裂かれながらも瀕死の状態で逃げ延びていた。
もう一人は、ローズウィップのプリースト、ミルフィだ。
だが……
ラングワースに滞在していた僅かなヒーラーたちが必死に治癒呪文をかけているが、顔の右半分がひどく抉られ、背の傷から出血が……左手が肘先から失われている。
ユキノに見せるなとイクスに言いかけてすぐ、へたりこみながら嗚咽する彼女の姿を見つけた。
「ユキノ!」
「レイジ! レイジ! やだいやだよ!! 優しかったみんながなんで! どうして!!」
俺は魔法の袋に入っていたヒールポーションをアイオンに手渡そうとした。
だが、アイオンはそっと押し戻す。
「非情だと罵ってくれていい、だがこれはお前が今後立ち向かう何かに対して使うべきだ」
「アイオン……何が起きたか教えてくれ」
・・・・・・・
彼らが出発してから2時間後、悲鳴と絶叫が聞こえ近くで待機していたアイオンの部下たちが駆けつけると瀕死の状態で逃げてきた二人を保護したのだという。
二人とも意識を失っており状況は不明。
ただレンジャーのスレイだけが、全滅したとだけ・・・・
「レイジ! お前が何を考えているかなんてすぐに分かるぞ!? だがな、甘ったれるな自分が行っていればだと?」
「安心してくれ、どう考えてもあそこまで消耗した俺が出張っていったところで役に立たなかっただろうさ」
「そう考えられる頭があるなら大丈夫だ、あのユキノという子のフォローだけをしっかりしてやれ。可能なら仇討ちをさせてやるんだ」
「意外だな、そっとしてやれって言うのかと思った」
「いいか、仇討ってのはよ何も生まないって奴もいる。それもある意味正しいだろうが仲間にとっては立ち向かうべき対象がいるってだけで救いになることがあるんだ」
分かる気がする。理由はどうあれ裁判沙汰に持ち込む犠牲者家族に似たような気配を感じることはある。ケースバイケースで何が正しいとか間違ってるとか言うつもりはない。
だが、そういう対象として砦に潜む何かがユキノの助けになるならば……
俺は泣きじゃくるユキノを立たせると頬を軽くパンパンと叩く。
はっとして俺も見つめるユキノ。
「いいかユキノ、俺はこれから消息を絶った砦に向かう……言っている意味が分かるな? お前が選べ、どうするか」
「行く! 私を連れてけレイジ!」
怒れるってことはまだユキノの心は折れていない。目が復讐の炎に燃えているほうがこいつには似合う。
「だったら顔を洗って準備をしてこい、次は失敗するなよ」
「やってみせるよ」
涙を何度も拭いながら井戸場へ向かうユキノ。
イクスがそっと俺の側へとやってくる。
「マスターレイジ。オーラリアクターチャージ率100%、各銃器及びカートリッジの準備完了しております。並びに新装備であるオーラガトリング砲の試験運用が可能です」
「よし、砦で何かが起こったら遠慮なくぶちかませ、みんなの仇だ」
「はい」
ユキノと俺は軽食を無理やり押し込むと、そのままあぶく玉を放り込んで戦闘準備を整える。
と、言っても刀を差しホルスターのハンドブラスターをチェックするぐらいだ。
「その変な武器いいな、あとで私にもちょうだいよ」
「お前には10年早い」
「けち!」
そう悪態をつける程度の余裕があると、ユキノは言いたかったのだろう。
目元が赤く腫れているが、前を向こうとする姿勢は見事だ。
ラングワースの北側にある城壁の扉から出発する俺たちをアイオンが見送りに来てくれた。
「お前ら、危なくなったら逃げてこい。いいな? 勝てない戦いに無理に挑む必要はないんだからな?」
「ありがとよ、そう言ってくれるだけで気が少し楽になるよ」
アイオンはユキノの肩を軽く叩き見送った。
案内役に志願したのはアイオン直属の兵で名をラモンという。
草色の髪がくるくるの癖毛で愛嬌のある顔立ちをしているが、アイオンと共に死線を潜り抜けた肝の据わった目つきをしている。
「イクス、反応があればすぐに知らせてくれ。ユキノもオルナと魔力の流れを頼むぞ」
「分かってる、この方向だよますます強くなる……」
ぐっと握られた拳がローズウィップのみんなへの思いが込められているはずだ。もしかしたら生きている可能性だって……と考えたくなる気持ちもわかる。
「マスター」
イクスの声で皆を止めると、足跡、それに血が続いている。
「このあたりで保護されたのでしょう、方向的にはこのまま森を通るこの道になるはずです」
「イクスさんの指摘通り、我らはここで血だらけの二人を保護しました。追手はいなかったようですが混乱がひどくすぐに意識を失ってしまい……」
「追手がいないか」
これは逆にまずい流れだと直感がそう伝えている。警戒を促す縁結びのお守りが細かくそして非常に強い振動を発している。これは今までになかったことだ。
「ユキノ、イクス、これだけは言っておく。これから立ち向かう相手は今までの奴らとは比較にならないはずだ、一切の遠慮は無用! オールウェポンズフリー! ユキノは一過性の魔力欠乏症だけには注意しろいいな!」
「森で火属性魔法使ってもいいの?」
「状況次第で必要だと感じたら迷うことなく撃て! 迷ったら死ぬと覚悟しろいいな?」
こくりと頷いたユキノの目に尋常ならざる決意がにじむ。
これが魔族の王族たる覇気なのだろうか。
「イクス、お前が頼りだ」
「イエス! マイマスター!」
「ラモンさんはここまでで結構です。これ以上は恐らく死地になる」
俺たちの決意に、ラモンさんは震えを抑えようと隠そうとしていたが何度か頷き走り去っていく。
焦ることなく、悠然と歩く俺たちは目の前から漂うただならぬ気配に覚悟と気迫を高めていく。
「ユキノ! これ乗り切ったら新しい服買ってやるぞ、かわいい奴だ」
「やった! じゃあせっかくだからレース付きのワンピースがいいな」
「イクス、お前にも欲しがっていた発掘ユニットを買ってやるぞ」
「オーラリアクター効率が2,5%上昇しました。これがやる気という奴なのでしょうか?」
「イクスがやる気になってるな、おもしろくなってきやがった!」
目を通してくれた方、少しでも興味を持ってくれた方々に心から感謝申し上げます。
忙しく辛い日常の中で、私如きの作品ではありますがほんの数秒でも息抜きや忘れられる時間が提供できたのならこれ以上の喜びはありません。
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