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■12 ブリキの月

稜太とYUI 逃げる。

■吉祥寺・路上


稜太とYUIは、走っていた。

井の頭公園からYUIの手をとって走り出した稜太は、脳内で生み出される興奮物質に乗っ取られていた。


「なんだこれ。俺はいったい何をしている……」


自分が何をしているのかわからない。


稜太はずっと夢の中にいた。



あのアイドルYUIと手をつないで走っている時点で十分信じられない事態だが、YUIが殺人の犯人であるということも、まだ信じられずにいた。


放置してきた殺人の現場は、どうなっているだろう。

噴き出た血。放り出された死体。凶器のナイフ。


いずれ誰かが発見してどこかの刑事ドラマに出てくるような一般女性が


「キャーーーーーッ!!」


と叫び周囲の全員が事件が起きたことに気づく。


警察が呼ばれ、あたりに黄色いビニールのテープで非常線が張られるのだ。

それはいつだろう。

まだ発見されていないのか。

それとも、もうパトカーがうじゃうじゃいるのだろうか。


凶器のナイフも現場に置いてきてしまった。

ナイフについた指紋を調べれば犯人が特定されるかも知れない。


いや。


YUIの指紋が警察になければ犯人の特定には手こずるはず。

唯一の目撃者である自分は、いま犯人と手をとって逃げているのだから。


猿田社長を恨んでいる人も、おそらく大勢いたのではないだろうか。


しかし、あれこれ考えても結局はいずれ見つかる、そしていずれ捕まる、という結論に到着した。



稜太とYUIは、稜太の住むアパートいなば荘を目指していた。





■吉祥寺・居酒屋


さんざんケンカしまくって疲れ果てて、店員が飲み放題ラストオーダーを頼みにくる。


「ハイボール」

「水」

「ウーロン茶」

「ナマ」

「コーラ」


そんなラストオーダーだった。


松田「くそ…なりてーなープロに」


ストラト「………わかる! わかるよ、あたしもそうだった…」

松田「え?」


ストラト「描け! それしかない。描くんだよ!

     その作品が採用されるかどうかわからない。

     不安だらけ。

     でも自分を信じて、自分の作品を信じて描くんだよ。

     描いて描いて描きまくれー!!」


最後は、熱くなって立ち上がって絶叫しているストラト峰子。


一同 ストラト峰子を見上げて次の言葉を待った。

さきほどまでデビューすらしていない漫画家志望たちを

上から目線でさんざん説教しまくっていたくせに、

今は、涙ながらに応援しているかのようなセリフを吐く。


「この人、多重人格だ…」


高瀬がつぶやく。



ストラト「じゃっ、あたし帰るわ」

一同「えっ?」

進藤「あのっ、注文まだ来てませんよぉ」

ストラト「あ・げ・る、じゃーねー」


一同「お疲れ様でしたー」


「稜太、来なくて正解だったな。はぁ…疲れた」

進藤がぼそりと言うが、誰も答えなかった。


プロの漫画家というのは、どこか常人とはかけ離れた感覚を持ち合わせていなければ就けない職業なのだろうか。

たった一人の漫画家の参加によって、高瀬の祝勝会は、彼女の独演会へと変更された。

それにしても喋る。


高瀬、松田、進藤の三人の若者は、その毒気にさらされてなかば呆然と最後の一杯を胃袋に流し込んだ。






■吉祥寺・路上


YUIが先に歩き、稜太がその後を追う。


YUIの歩みは頼りなく、歩く速さもめちゃくちゃだった。


大股で速くなったかと思えば、うつむいてとぼとぼと歩き、

そのうち立ち止まってしまったり。


稜太にうながされてようやく歩く出すが、どこに向かっているかさえ認識していない様子だった。


YUIを現場から引き離すときにはっきりと説明した記憶が稜太にはあった。


「死ぬなんてダメだ! きみはYUIなんだよ! 全国の、全世界のアイドルなんだ。

 キミは完璧な存在なんだ! 僕の目の前でキミを死なせる訳にはいかない。

 キミのことは僕が全力で守るから僕と一緒に行こう!」



どこかのドラマやアニメのセリフをそのままパクったような事を

稜太は舞台俳優のように夜の公園でまくし立てた。


「俺の言葉は嘘ばっかだ」


稜太は言いながら心の中でもう一人の稜太がそう言うのが聴こえた。


いや、嘘じゃない。

言ってることは全部ホントなのに…どうして、どうして嘘に聞こえるんだ。


それに、こういう時に、どんな感じで言えばいいのかも知らないから

こんな…舞台俳優みたいに喋ってる。


めっちゃ恥ずかしい。


自分でやりながら心の中で笑ってる自分もいた。


そもそも、殺人現場なんて夢の中のような状況に冷静でいられる方がおかしい。

どうすべきなのか? 自分の気持ちはどうなのか?

YUIをどうしたいのか? 


判断しなければならないことが山ほどあるのに、考えられなかった。


だけど、YUIが自分の喉にナイフを突きつけたとき、ダメだって思ったのは確かだ。


いや、思う前に体が動き出してたんだ。

そのダメだって気持ちは、たぶん本当。

よってその延長であるこの行動は間違ってない!


なんとかそんな論理展開をまとめた稜太は、


「YUIを死なせない。何とかしてやらなければ」


と結論を出した。

今できる最善の策は…


逃げる!


どこへ?


俺の部屋。



それが最善の策なのかどうかは、わからない。


「YUIに自分の部屋に来て欲しい」


という気持ちが無かったかというと嘘になる。


それにあの部屋は、俺のモノじゃないし…

大家の稲葉さんに借りてる部屋だし…


そんな部屋に犯人をかくまっていいのだろうか。


「ダメだよな」


さんざん家賃滞納して、田舎から両親まで召喚されて、

あげくに犯人隠避に使ってしまうなんて。


ばれたら、即刻退去だろうな。


はぁ。




稜太は、もう考えるをやめた。


これから、たぶんいろんな事があるだろう。

だけど、考えるのは終わってからにしよう。

なるようになれ、だ。


行くところまで行ってやる。

まだ俺は若い。


それに、どうなったってマンガのネタになる。

マンガにすればオッケー!



雲一つない夜空に、ブリキの円盤みたいな月が光る最高の夜だった。





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