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第9話 幸せ

 今日も放課後、文芸部の部室では会話はあまり無かった。


 けれどそれは気まずい雰囲気を生むような状況ではなく、ただ会話をするつもりが二人とも無いのだ。


 それもそのはずで、音海は手元にある本をじっと読んでいて時々笑ったり、少しおかしそうにしたり、かと思えば悲しそうにしたりと百面相をしていて、それを僕は眺めている。


 ころころと変わる表情が魅力的で物語が展開されない読書よりよっぽど楽しかった。


 次は少し恥ずかしい場面に入ったのか頬を染めている。


「あ、あの四季くん」

「ん?」

「そんなに見られてるとちょっと……恥ずかしいよ」

「えっ、あ、ごめん。楽しそうに読んでるなぁと思って」


 顔を本で隠しながら上目遣いでそう言う姿も直視できないくらいに可愛いので目をそらしてしまう。


「ところで急だけど四季くんは幸せってなんだと思う?」

「本当に急だな」


 幸せか。そういえば音海が借りていった本にも幸せとは、みたいな話があった気がする。


「幸せか。相対的なものかな」

「相対的?」


 どういうこと? と首をかしげて聞いてくる音海に言葉を続ける。


「そう。相対的なもの。『これがあれば』、『こういうシチュエーションなら』、そういう絶対『これ』があれば幸せってものはなくて過去との対比でできる差が幸、不幸って感じさせてるんじゃないか?」

「うーん、つまりどういうこと?」

「桜って綺麗だと思うか?」

「え?」


 いきなり話題を変えられて頭に疑問符を浮かべている。


「まあ、いいから言ってみ」

「綺麗だと思うよ」

「有名な話だけど桜は春に咲くから綺麗なんだよ。いつも咲いてなくて春にだけ咲くから綺麗なんだ」


 そう言うと音海は必死に理解しようと頭を回すが、いまいち理解できないのか、なかなかなるほどとはならない。あまり良い例じゃなかったか。


「それじゃあ、宝くじで考えよう」

「次は宝くじ?」

「当たると嬉しいか?」

「嬉しいよ」


 今回は特に不思議に思わずそう答えたようだ。


「次は宝くじは夢を買うものっていう有名なものに繋がるの?」


 少し自慢気に言う様子に申し訳ないがそうではない。


「いや、それは関係ない」


 不服そうに頬を膨らます音海に苦笑しながら続ける。


「例えば、すっごくお金持ちの人が宝くじを当ててもそんなに嬉しくないだろ?」

「お金持ちじゃないからわからない」

「想像してくれ。ちなみにそのお金持ちは今お金で買えるもの全部買っても大金が残るくらいの大金持ちだ」

「それほど嬉しくないと思う」

「そんな感じで幸せっていうのは自分の過去とか今までの当たり前との差異に感じるものなんじゃないか? だから誰もがそれをする事で幸せになれる絶対的な『何か』は存在しなくて、結局は相対的なものなんだってこと」


 なんとか理解出来たのか頭から煙が出てそうな考えている顔を崩して、今度は不満そうな顔をした音海はこっちをじっと見ている。


「えっと、どうした?」

「ロマンがない!」

「え?」

「何か理論的で面白くない!」

「そうは言われても、いつもこんな風に考えてるんだから仕方ないだろ」


 さっきの幸せ理論は中学の時に読んで感じた事だったので今考えた訳ではないが、基本的にこういう思考回路なのだ。今さら直せるものでもないし直そうと思っている訳でもない。


「何かこう。ロマンチックな答えを予想してたのに」

「そんな答えは無理かな」


 しかし、自分の持論を否定されてるままだと釈然としない。


「じゃあ、音海は幸せってなんだと思うんだ?」

「それはもちろん……」

「もちろん?」

「……す、好きな人と側にいたら皆幸せだよ」


 恥ずかしそうに、けれど信じて疑わないと言った感じに言った。

 けれど残念ながら僕はその反例を知っている。


「四季くんだってきっとそうなると幸せだと思うよ」


 人間恐怖症の僕からすれば多分好きな人と並んで座っても、きっと嬉しさとかより気分が悪くなるだろう。


「そうでもないと思う」

「人間恐怖症だから?」


 素直にうなずく。


 実際、こうやって音海と一緒にこの部室にいるだけで気分が少しずつ悪くなっている。


 お互い座ってる席は机の周りに置いてある対角線上の席に座っている。


 僕はドア側で音海が窓際の席だ。


 会話は楽しいのだが、それでも気分が悪いの

だ。たとえ好きな人でも側にいるのはあまり幸せとは言えなさそうだ。


「それなら人間恐怖症治そうよ」

「え?」


 それは思いがけない言葉だった。


 人間恐怖症を治す?


「治そう。徐々に慣れていけば絶対治るよ」

「そう簡単にはいかないぞ」


 僕だって何もせずに治すのを諦めた訳じゃない。


 両親に協力してもらって人と触れるように訓練しようとした。


 そして何回も失敗した。


 何度も触る度に気持ち悪くなって胃にあるもの全て吐き出したことが何度もあった。


 吐き出すものが無くなれば胃液を吐き出した。


 何度やっても慣れることなんて無かった。


「何回やってもどうにもならなかったんだ」

「うーん、それじゃあ、何で人間恐怖症になったの?」


 そう聞かれた瞬間、あの日のことがフラッシュバックする。


 脂汗がだらだらと流れ血の気が引くのがわかった。


 心臓が痛いほど拍動を激しくし、吐き気がする。


「ご、ごめん。立ち入り過ぎたよね」


 そう言って近づこうとする音海を手で制する。


 こんな状況で近づかれると吐きかねない。


 さすがに友人の前、しかも女子の前で吐くのは避けたかった。


「だい、じょうぶだ。少し休んだら大丈夫だから」


 ゆっくり息を吸って吐く。


 数回すれば心も落ち着いてくる。


「ごめん。人間恐怖症の理由はあんまり言いたくない」

「ううん。こっちこそ聞いてごめん」


 それからは気まずくてどちらからも話しかけられなかった。


 人間恐怖症の理由は言いたくない。


 怖いから。


 思い出すことは怖くない。


 気分が悪くなるが怖い訳じゃない。夢でよく見るので怖さはもうない。


 けれど音海に自分が人殺しだと知られたくなかった。


 知られたらこんな関係も無くなってしまって


 また友達に拒絶されるから。


 あんな気持ちはもうしたくないんだ。


 あんな目で音海に見られるのが怖いのだ。


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