第8話 物語
『始めよう。ここから』
なんて決心したのはいいのだが……
文芸部の部室は少し重苦しい雰囲気が漂っていた。
特に何かあった訳ではなく、というか何も無いからこそ二人がただただ無言で何をするでもなく座っているという状況になっているのだ。
一応努力はしたのだ。
一足早く部室に到着すると大量の本を眺めて、何かヒントがないかと音海が来るまで考えてはいたのだ。
けれど現役高校生の話題にふさわしい物などわかるはずもなく今にいたっている。
なんとも居心地が悪い。
今までどうやって人と話してきたのか不思議なくらい何を話せばいいのか全くわからない。
「四季くんって文芸部なんだよね?」
居心地が悪すぎてもう帰ってしまっても良いだろうか? と考え始めていた時に音海は話しかけてきてくれた。
「一応だけど」
そんな質問にこんな答えしか返せない自分が情けない。
中学の時は色んな本に出会えるからと選んだ文芸部だが、高校でこの部活を選んだ理由は部員が少ない事と活動がほとんどなく人との距離をおける場所だったからだ。
ちなみに、この高校では一年生は絶対に部活に入らなければいけないので帰宅部という選択肢はない。
「本が好きなの?」
「まあ、好きか嫌いかで言えば好きかな」
昔は好きと即答していただろう質問にそう答える。
「どんな本が好きなの?」
その返答に少し悩む。
自分が好きだった本はなんだっただろうか。
最近読んだ本は全てあまり面白いと感じられなかった。
その本が面白くない訳ではなく面白く感じられない原因は自分にあるのだ。
文字を目で追うだけで、まともに物語の世界へ行けず、ただただ小説の中での出来事が記憶の中に入っていくだけ。
だから今好きな本というのはない。
けど、せっかくの話の種なのだ。これを大切にしたい。
という訳で中学の頃を思い出しながら口を開いた。
「ホラーとかスプラッタな表現が無ければ基本的に何でも読んでたなぁ。好き嫌いならジャンルじゃなくてそれぞれに感じてたかな」
「それぞれ?」
「例えば感動系の小説を一つ読んでそれが面白かったとしても感動系が好きって事にはならなくてあくまでもその本が好きってだけ」
「なるほど」
うんうんと首を縦に振ってるが多分理解してないな。まあいいや。
「まあ、だから『こんな本が好き』ってものが無いから書店に行って何を買うかとかは、ふと目に入ったからとか話題になってる作品とかそういう適当な理由なんだよな」
「四季くん好き嫌い無いんだ」
「本に至っては好き嫌いがあっても良いと思うけどな。食わず嫌いはもったいないと思うが」
そう言うと音海は少し考える様子を見せるとこちらを見た。
「私も小説読んでみたいな。何か四季くんのオススメってある?」
「音海はどんなのが好きなんだ?」
「活字は苦手」
「オススメできる小説は無いな」
「諦めないで!」
オススメできる小説どころか小説をオススメできないレベルだな。
「うーん、ラノベとかだったら挿絵があるから読みやすいかもな」
「何か私でも読めるような作品ある?」
「ちょっと探してみるか」
そう言って図書室に行き、ライトノベルコーナーに足を運ぶ。
今日は図書室には誰も来ておらず閑散とした空気が満ちていた。
ライトノベルコーナーでは意外と多くのラノベが置いてあった。
「どれがいいんだろう?」
「なんとなくで良いと思うぞ」
適当に手を伸ばして本棚から一冊取り出し音海に見せる。
「図書室なんだからお金がかかる訳じゃないんだし、気楽に選べばいいんじゃないか?」
そう言うも整った眉を寄せながら悩んでいる様子は少し可愛らしい仕草で少し頬が緩んでしまう。
けれどいつまでも悩ませるのはちょっと可哀想なので記憶に残っているタイトルを見つけると音海に渡す。
「これとかどうだ?」
表紙には少し儚い雰囲気の色で女性が描かれた絵がある。
中学の時好きだった作品だ。
音海は小説を受け取り、表紙を少し眺めてから大切そうに胸に抱くと
「ありがとう四季くん」
本当に嬉しそうな笑顔でそう言った。
不意打ちに心臓が跳びはね、鼓動が早くなっていくのを感じる。
頬が少し熱く、「ああ」と答えて目をそらす。
最近、人と全くコミュニケーションをとらなかったからだろうか。なんというか、慣れない感覚に戸惑いつつも、それほど気分の悪いものではないのがわかる。
けど、むず痒い感じだ。
そんな状態に気づく様子もなく音海は借りだし手続きをするとその本を持って部室に戻っていった。
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