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第6話 すれ違い2

 ベッドで眠れずにいると誰かがドアを開ける音が聞こえた。


 入ってきたのは生徒のようでピピピッという電子音のあとに、隣のベッドに誰かが横になったのがわかった。


 それから先生は何か用事があるのか保健室から出て行く音がすると少し声が聞こえた。


 静かな保健室にすすり泣くような声が聞こえてそれは隣のベッドからだった。


 誰かが泣いているのを盗み聞くような今の状況に罪悪感を覚え羽毛布団を頭からかぶり何も聞こえないようにした。


 どうすれば正解かわからない。


 聞かないふりをすればいいのか、何か声をかけるべきなのか、そっとしておくべきなのか他にも色んな選択肢がある中で、何を選べばいいのか、何が一番良い答えなのか。


 だから今もどれが一番かわからないから自分が傷つかない選択肢をとっている。


 あの時も他に選択肢があったかもしれないのに自分は間違えた。


 それも最悪に近い選択肢をとった。


 また思い出しかけて吐き気を感じた。


 さすがに隣に誰かいるのをわかっていながらここで袋に吐くという選択肢は存在しないので音をたてないようにスリッパをはき、そっとカーテンを開くと横顔が見えた。


 目元は少し赤く、髪も乱れているけれどそれでも凛とした眼差しに光は残っていて、窓から射し込む光がそれを際立たせていた。


 またほんの一瞬、まばたきの合間に消えてしまうような儚い時間だったけれど、それでも確かに色づいた。


 勘違いでもなんでもなく、確信を持って思えた。


 ベッドに腰かけて寝る訳でもなくただ両足を床につけずにいる彼女の横顔にみとれていると宝石の瞳はこちらをとらえ、同時に顔が朱に染まっていくのが見えた。


 ばっと急いでカーテンの内側に顔を隠した音海結奈は少し慌てたような声で問いかけた。


「み、みた?」

「えっと……うん」


 何を見たのかは聞き返さずに言うとうわぁという消え入りそうな声と共に柔らかいものをポフポフ殴る音が聞こえた。


「それじゃあもしかして私が泣いてたのも聞こえてたりした?」


 ……


「聞こえてなかった」

「今の間は何?」


 それはまあ聞こえたか聞こえなかったかを言うべきか言わないべきか迷った間だ。とは言えず適当に何か考えているとまたポフポフと音が聞こえてくる。言わなかった意味はなかったようだ。


「そういえば何で音海さんは保健室にいるの?」


 そう聞くとポフポフ音は消えた。


「四季くんはさ。私の噂知らないの?」

「噂?」


 音海結奈について僕は特に何も知らない。というか中学校がここから遠いおかげでこの学校に話す人がいない。だから噂なんかも聞いたことはない。


「本当に知らないの?」

「知らない」

「それなら、何で……」


 音海さんはそこで少し息を吸うと続きを口にした。


「何で私のこと避けたり、手があたっただけで逃げたりしたの?」

「音海さんを避けてた訳じゃない。僕は……僕は、人間恐怖症なんだ」

「人間恐怖症?」


 カーテンの向こうで不思議そうな声が聞こえた。この事を他の人に話すのは両親以外ではじめてかもしれない。


「昔ちょっと色々あってそれがトラウマで人に見られてるって感じたり、誰かに触られたりすると気分が悪くなるんだ。音海さんが嫌いだった訳じゃない。嫌な思いをさせてたら謝る。ごめん」


 考えてみるとクラスメイトを見たり触れたりしただけで避けられるっていうのは結構胸が痛い物だろう。

 本当に申し訳ない事をしてしまった。


「そっか……避けてる訳じゃなかったんだ…………」


 少し安心したような口調でそう言った音海結奈はカーテンを少し開け顔をその隙間から出した。人と話す時はいつも相手の顔を見るようにしているのだろうか? 律儀な人だ。


「そういえば噂って?」

「多すぎて全部は知らない。知ってるのは私がビッチらしい事と同級生をいじめたり……友達の好きな人を奪ってからふったりエトセトラ。皆何も考えずにそれをそうだと信じきって疑わずに私をそういうものだと決めつけてるんだ」


 自嘲気味に笑う声が聞こえて、そんな彼女に僕は何も声をかけられなかった。


 また正解のわからない選択肢の中、何を選べば良いのかわからない。


 けど、これまで通りの選択だとこれまでと変わらないような気がした。


 だから僕は……


「僕は音海さんがそういう事する人なのか知らない……。だから多分これから決めてくよ」

「決めてく?」

「音海さんがそういう人なのかどうか……ってごめん。なんか偉そうだよな」


 何を言ってるんだろう僕は、気持ち悪い男子が一層ひどい事になった気がする。


 また間違ったかもしれない。


 そんな風に思って気まずさが増し、目を背ける。


 しばらく何も言わない事を不思議に思って視線を戻すと驚いたような顔が見えた。そして目から涙が流れていくのも。


「ご、ごめんやっぱり偉そうだった。本当にごめん」

「え? いや、これは違うの……本当に違うから……」


 制服の裾で涙をぬぐいながらなんとか絞り出したような声でそう続けると彼女は僕の手をとると静かに呟いた。


「ありがとう……」


 そのぬくもりが体全体を包み込んでいき、優しい感覚に守られているような……気は全くせず、今までと同じような感覚がし、嘔吐感が込み上げてくるのをなんとか止めようとするが、抑えようとすればするほどその感覚は強くなっていく。


「ごめん、その、ちょっと離れて……」


 そう言うも離れようとしなく、見てみると僕の右手を持って、座ったまま寝ているようだった。

 起こさないように、かつ素早く離れると急いでトイレに駆け込んだ。


 やっぱりこの感覚はそんな簡単に消えるようなものじゃない。


 けど、それでも何かこれまでと変わったような気がして


 だから僕は何かを彼女に期待しているようだった。


○●○


 暖かかった。


 久しぶりに人と触れあえた気がした。


 人の暖かさが昔から好きだった。


 誰にも信じられなくなって、誰からも話しかけられなくなって、避けられて、拒絶されて、誰も私を知ろうとしてくれなかった。


 けど、彼は、彼だけは決めつけなかった。


 これから決めていくと言ってくれた。


 初めてだった。


 あの日からこんな事が起こるのをずっと待っていた。


 涙は溢れだして、止まらなかった。


 さっき流したばっかりなのに止まる様子はなくて、それでも久しぶりにこんな涙を流したような気がした。


 悲しいものなんかじゃない。


 安心するとこれまでの疲れが一気に出てまぶたが重くなり、意識が朦朧とした。


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