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第5話 すれ違い

 朝の教室で目があってからは特に何もなく、今日もいつもと変わらないつまらない日常を過ごしている。


 あれからは特に見られる事もなく、また今のところ、別の誰かに奇異な目で見られるような事もない。誰にも言ってないのだろうか? それなら安心なのだが。


 隣の席を見ると今日も変わらず窓の外を眺める姿があった。


 どうやら音海結菜というこの女子には不思議な事に友達がいないようだった。


 昼休みも自分の席から動くようなことはなく、ただ一人でお弁当を広げて黙々と食べて誰とも話すことなくいつもの日課なのか窓の外を眺めていた。


 これ以上観察しているとただの不審者になりそうなので次の授業の課題に戻る。


 ノートに問題を書き、数式を立て解く。単純作業は簡単に集中できるから助かる。他に何も考えなくていいから。


 次のページにいこうとめくろうとした時、消しゴムが落ちた。


 拾おうと手を伸ばすと多分落ちた消しゴムを取ろうとしてくれた誰かの手に触れられた。


 その瞬間体に悪寒が走り思わず距離を取ろうと立ち上がると驚いた顔でこちらを見る音海結菜と目があった。


 拾おうと伸ばした手には触れられた感触が残っていて、その温度が、感覚が体中に鳥肌を立たせた。


 そしてそれはあの日、あの時を思い出させ、あの目を思い出させた。


 胃からさっき食べた物がせりあがってくるのを感じ、机や椅子につまずきながら急いでドアに駆け寄り、廊下に出ると邪魔な人を押し退けてトイレに駆け込む。


 瞬間、堪えきれず何もかもを戻してしまう。


 どれだけ吐いても気分は治らず、悪寒は収まらない。体はガタガタと震えている。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い


 口の中が酸っぱく、脂汗がだらだら流れているのを感じた。胸のあたりにムカムカとした不快感を感じ、しばらく動けずにいた。


 吐き出すものがなくなり、少し落ち着いてから鏡を見てみると朝以上に顔色は酷かった。


 トイレから出ると予鈴がなり、廊下にいる生徒もぞろぞろと教室に戻って行くなか、重い体でなんとか保健室まで行くと熱を測らされ、ベッドで休む事になった。


 目を閉じても眠れそうもなく、ただ無機質な冷たさを求めてベッドの枠組みに触れる。


 触れられた箇所からあの感覚を忘れさせるように手の甲を金属部分に押しつけた。


 けれどそれはなかなか消えることはなくて、心臓は激しい動きを止めることはなく、耳鳴りはいつまでも消えてくれなかった。



○●○



 拒絶だった。


 それはどうしようもないほどの拒絶だった。


 目があった時は少し避けられているだけだと思っていた。


 けど今回は違った。


 あの目は他の人以上に嫌悪感を感じた。


 嫌っているのではなく憎まれている訳でもなく、ただただ私という存在を認識しないように否定しているような気がした。


 落ちていた消しゴムを拾おうと手を伸ばすと手と手が触れあって、まるでマンガのようなシーンにときめく暇もなく彼は驚いたように距離をとると顔色を変えて教室から出ていった。


 一瞬静かになった教室はざわざわと一斉に思い出したかのように音をたてた。


 「またあいつかよ」「あぁ、あの噂の奴じゃん」「何やったんだ?」うるさい「知らね」「気味悪いな」うるさい「何であんなのが学校来てるんだよ」うるさいうるさい「自分がどういう風に思われてるかわかってないんじゃない?」うるさいうるさい「うわっ、キモっ」うるさいうるさいうるさいうるさい。何も知らないくせに勝手に噂で決めつけて、知ろうともせずにそういう奴だと思い込んで、こんなのどうしようもないよ。


 一つ一つの視線が針のように体に刺さってくみたいだった。


 誰も何も聞こうとしない。


 多分こうなんだろうって決めつけて。


 それを誰かに話してしまえばそれは他の人にも伝わって。


 止める術なんて私には無くて。


 誰もその話に疑問を覚えなくて。


 いつの間にか嘘はみんなの本当になってて本当は私の嘘になってて。


 だからもう変えられない。


 足は駆け出して、色んな人にぶつかりながら目的地もなく走り続けた。


 注意された気がした。怒られた気がした。けどそんなの耳には入らなくて、どこか一人で泣ける場所を探していた。


 しばらく走り続けていると足は重くなって、走ることはできなくなっていた。


 ああ、もう逃げることもできないんだ。


 今さら教室に戻る気にもなれず、廊下に人影がないことからどうやらもう授業は始まっているようだった。


 無断欠席したら先生に怒られるのだろうか。面倒くさいな。もう学校行きたくないな。何であれだけでこんなことになるんだろう。何で私ばっかりこんな目にあうんだろう。


 とぼとぼと一階を歩いていると保健室が見えた。


 もうサボるのだったらとことんサボってしまおうか。


「失礼します」


 そう言って入った保健室のベッドは3つのうち窓際の一つが埋まっており、作業用のデスクだろうか? そこに保険の先生が座っていた。


 調子が悪いと言うと体温計を渡された。


 ピピッという電子音を出した体温計は38度を示していた。走ったかいはあったかもしれない。


 ゆっくり休むように言われるとベッドに横になり、枕に顔を埋めた。


 声を押し殺すように泣いた。


 ゆっくり泣ける場所とは言えなくても、人目は気にせずに泣くことができるだけで心がほんの少し楽になった。


 まだ不安だけど、また聞こえないふりをすればいい。


 だからもう少しだけ。


 もう少しだけこのまま泣いていたい。


 そうすればきっと明日も頑張るから。もう両親に心配はかけたくないから。


 だから頑張れ私。


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