第26話 学校祭2
今日は学校祭最終日の体育祭だ。
ちなみにアニメとか小説みたいに夜のグラウンドでキャンプファイアはしない。火による事故とか、夜まで生徒を学校においておくというのもあまりよろしくないのだろう。
ただ、その代わりなのかどうかは知らないが体育祭の終わりにフォークダンスがあり、三年生達はグラウンドで踊るらしい。
現実の学校というのは色々と制約があって少しつまらない。
そして体育祭だが、もちろん僕は自信など無い。
出場競技は障害物競争になっているがそれもただの人数合わせなので結構気楽にやればいいか。
午後の競技なので午前は暇なことこの上ない。
開会式を適当に聞き流し、ラジオ体操も終えると早速競技が始まっていく。
そんな様子をクラステントの中から眺めるくらいしかできないのが暇だ。
クラステントには、それぞれの友人クラスにでも行っているのだろうかあまり人はいない。
音海も今は競技待ちのようで、テントにはいなかった。
競技はスムーズに進んでいき、次は1年女子の100メートル走らしい。
スピーカーからは前の競技の退場曲が流れており、競技が終わった人達は喜んでいたり、悔しがっていたり、結果など気にしない様子で知り合いと話していたりと、各々の様子でテントに戻っていた。
そんな様子を片目に、100メートル走者の入場を見ていると緊張しきった様子の音海が見えた。
本番に弱いのかさっきから深呼吸を繰り返──あっ、むせた。
高校の、それも最後という訳でも無いのにそこまで緊張できるのは逆に難しい気もするが、音海らしいと言えば音海らしいだろうか。
「あっ、あいつだろ? 噂の奴って」
そんな言葉が耳に入ったのは、なんと言えばいいのか。予想外だった。
あれから全く聞かなかったからもう誰も覚えてないものかと思っていたけれど、そう簡単には上手くいかないみたいだ。
わざわざ学校祭の日まで持ち出さなくてもいいじゃないか。
「噂の奴? ああ、あの6組の女子か?」
「そうそう。あいつ」
けれど、人の意識というのは伝播するもので、自分達が話していない話題でも少し聞こえてしまえば話をそちらに傾けてしまうことがある。
それはどんどん広がって、でも今日はあの時程ではない気がした。
その話は長くは続かず、少し経つと会話は途切れてしまう。
誰かが小石を投じ、話を広げようとしても苦笑いができるだけ。
変わっているのかもしれない。
僕があの時行動したから……なんて自惚れはしないけれど、あれ以降望月先生がちょくちょく注意をしているのを見かけ、自分勝手な正義感を振りかざす人間は減っているのかもしれない。
変わっているのだ。あの時とはほんの少しだけ。
変われるのだ。どんなに小さな出来事、それこそ同級生が教室の中心で語るという痛い行動でもほんの少し変えてくれたのだ。
けれど、それはほんの少しに過ぎなくて、これを止めるにはまだあと一手足りなくて
でもそのくらいならできる。
傾いているのをほんの少し押して倒すようなものだ。
口から空気を出し、鼻から土の匂いがする空気を肺一杯に吸い込む。
ほんの少しのきっかけでいいんだ。
「頑張れぇぇぇぇぇぇえぇ!」
今までで一番大きな声を出したかもしれない。
声はかすれて、なんとも様にならないエールだが、それでいい。問題ない。
その声に周りの視線が少しこっちに向くのを感じた。
そりゃ、いつもは黙って教室の隅っこで本を読んでるような奴がいきなり大声で応援するのだから、異質な状況と言えば異質だ。
けど今日は体育祭だ。祭りだ。フェスティバルだ。
そんな奴がちょっとおかしなテンションになるくらいあり得るだろう。
気分の悪さに堪えながらも送った声援には意味があったようで、周りの奴も応援を始める。
別に音海にしている訳じゃない。100メートル走者の一人、知り合いとか友人とかそういうのに彼らはしているんだろう。
けど、そこはどうでもいい。
流れは声援に変わった。
ここでまだあの話を掘り返すような空気の読めない人になりたい奴など噂に流される奴にいないだろう。
久しぶりに大声を出したからか、喉が少し痛い。
喉を押さえながら競技を見ようと目を向けると音海がこちらをぽかんとした様子でこっちを見ていた。
なんだよ。いいだろ。今日は体育祭で、学校祭最終日だ。
この後に残っている行事なんて球技大会くらいで、冬の球技大会はサッカーとバスケなのだ。
チームを作れない僕にとってはこれが1年最後の行事みたいなものなんだからこれぐらいはめをはずしてもいいじゃないか。
そんな言い訳じみたことはもちろん音海には届かず、けれど少し嬉しそうな笑みでこっちを見る目に鼓動が早くなったのは多分気のせいじゃないんだろう。
○●○
「四季くん、応援ありがとね」
昼休み、昼食は基本教室でとるようになっているが、先生も学校祭の日くらいは見逃がしてくれるようでグラウンドのテントで食べようが、部室で食べようが、特に何も言う気は無いらしい。
そして僕はお言葉に甘えて部室で昼食をとっていると音海が部室に入ったとたんにお礼を言ってきたのだ。
「まあ、同じクラスを応援するのは当たり前だろ」
素直にお礼を受けとるのはなんとなく気恥ずかしいのでそんな風に流すと音海は笑みを深めるだけだ。
なんだろうこの、素直じゃないねと言われているような感じは。非常にいたたまれない。
「四季くんは障害物だっけ?」
「ああ、とりあえず頑張る」
「じゃあ私はお返しに応援するよ」
今日も運動するからだろうか、昨日と同じサイドポニーで、少し動く度にひょこひょこと動いているのが可愛い。
体育は男女別なので体操服姿の音海は新鮮だった。
四肢はほどよく引き締まっており健康的な印象を与え、首もとからは鎖骨が少し覗いており、かといって顔を見るとなると黒い宝石のような目とあうとすぐにそらしてしまう。
という訳で視線はさ迷った末に自分のコンビニ弁当へと帰還した。
今日は食堂が開いて無いのでパンも買えないのだ。
「なんかお祭りってあっという間だよね」
「まだ終わってもないだろ?」
「そうだけど、この三日間すぐに過ぎちゃったなぁと思って」
この三日間……、ダメだ。文化祭が印象に残り過ぎて他に何も思い出せない。
「来年もあるだろ?」
「じゃあ来年も一緒に回ろうよ。文化祭」
来年も……。
それは凄く魅力的で
今にも飛びつきたい考えで
それでも僕は答えが出せなかった。
音海の横に自分がいられるのか。
……いや、違う。そうじゃなくて僕は──
「四季くん?」
「ん? あっ、もう午後の競技始まるな」
「そうだね」
ゴミを片づけてゴミ箱に入れてグラウンドに向かう。
今考えることじゃない。
そうやって目をそらしている自分に気づかないふりをしてグラウンドに向かった。
○●○
障害物競争は午後競技の初めの方にあり、昼休みが終わるとすぐに集合して競技待ちしなければならなかった。
一つ前の競技も終盤で、長い棒を持って走っているのはすでにアンカーマークのゼッケンを着ていた。
間もなく最下位のクラスもゴールし、障害物競争の番がやってくる。
ああ、確かにこれ結構緊張するな。あの時の音海の気持ちがわかった気がする。
ヤバい。ちょっと気持ち悪くなってきた。
目も回ってきたようで少しフラフラする。
少し食べ過ぎたのか、胃もごろごろしているような気がしてきた。
「四季くん、頑張れぇぇぇぇぇぇえぇ!」
その声は不思議と騒がしいここでも耳に入ってきた。
これまでの人生で応援されるようなことが少なかったからだろうか。その声援は新鮮で温かくて
目は向けない。なんというか、今向けてしまうと何かに気づいてしまいそうで、向けずにいる。
ただ、もう気分は悪くない。
一人、また一人と前の人が走っていくが、それもあまり気にならない。
自分の番が来ても、いつものように気だるげに立って、少し息をつく。
用意。という声にスタンディングスタートの構えをする。クラウチングスタートなんてやったこと無いからこれでいいだろ。
不慣れな奴ほど奇をてらうって奴だ。……違うか? 違うか。
パンッという音がなった瞬間、地面を強く蹴り、一番最初の障害物、平均台を素早く走り抜けると、次は網の下をくぐる。
それから麻袋に両足を入れ、思い切ってこけるくらいの勢いでジャンプし、白線まで行くとさっさと脱ぎ捨てる。
最後にラケットの網目のとこにテニスボールを二つ入れ走ればゴールしていた。
普段運動していなくても意外といけるものだ。なんて思いつつ係の人についていって座る。
終わってしまうとあっけないもので、でもほんの少しだけ達成感を感じていた。
順位は8クラス中3。
……まあ、我ながら微妙だなぁ。
その後も綱引きやらリレーやらで大盛り上がりの体育祭だったがそれほど覚えていない。
ちなみにクラスの順位は8クラス中4位だった。
けれど、そんな事はもうどうでもよかった。
『じゃあ来年も一緒に回ろうよ。文化祭』
答えは出ない。
いや、答えは決まっているが、それを言う勇気が無いのだ。
まだこの場所にいたい。
まだこの関係でいたい。
でも──
もうこの関係で居続けるのが難しいかもしれない。
だから今は楽しもう。
そうやって目を背けて、問題にはなっていないと言い聞かせておこう。
そうしないと何もできなくなってしまいそうだから。
僕は音海と一緒にいていいのだろうか?




