第24話 変化
夏休みが明け、課題テストも終わると浮き足だった空気が校内に蔓延していくのを感じる。
理由は多分来週に迫る学校祭だろう。
学校祭の準備は夏休み前から行われているが僕は特に手伝いはしていない。音海も多分そうだろう。
別にさぼっている訳じゃない。いや、結果的に見たらさぼっているのかもしれないが、楽しそうな雰囲気に入っていって邪魔したくないのだ。
だから基本的に準備なんかで出たゴミを入れる袋がきれたら事務室に取りに行ったり、応援旗を描くための水を応援旗担当の人の横に一言言って置いてたりしている。
応援旗は字の通り応援のための旗である。
僕の通っている学校は文化祭と体育祭をまとめてやるので応援旗は後の体育祭のために描いているものだと思う。もしかしたら違うかもしれないがあまり興味はない。
文化祭といえばクラスの創作ダンスなんてものも強制参加で行われるのだがそれも僕は目立たない立ち位置なのでクラスメイトに遅れない程度にそこそこできるように頑張っているだけだ。
まあ、そんなこんなで僕は準備にはそれほど参加していない。ああいうのもきっと学校祭を楽しむ一つの手段なんだろうけど、僕にはあまり仲の良い人なんていないし、現実に僕みたいなぼっちを気にしてくれる委員長なんて存在しない。
楽しそうではあるけれど、やっぱり僕には届かないものなのだから横から眺めるくらいしかできない。
音海も同じなようで端っこでクラスメイトが色んな作業をしている様子を眺めている。
特に興味をひくようなものも無く、文化祭準備の時間である今をトークで乗り越えられるような友人もいない僕の視線は行き場を探すように教室内をさ迷っていると音海に止まった。
あれから音海のクラス内での立ち位置は『いじめの対象』から『ただのクラスメイト』に変わったようで良くも悪くも音海に話しかける人はいない。ただ、人はそう簡単に劇的な変化はできず、まだちらほらと視線を向けているのが分かる。
音海も僕と同じで何をするでもなく、自分の席に座っていた。
無駄な時間というのは過ごしていていい気分ではない。
やることも無いし、勉強でもいいから何かしたいところだが、今は文化祭の準備時間なのだ。他の人が何か頑張っている中、自分だけが自分のためだけに何かをしているというのは見ていて気持ちのいいものじゃないだろう。
自分は働いてるのに、何でこいつは何もしてないんだ。みたいな視線は受けたくない。
かといってずっと隅でぼーっとするのも限界だ。暇だし、さすがにこれ以上このままだと仕事してないのがバレてしまう。
どうしたものかと考えているとそろそろゴミ袋が足りなさそうだったのが見えた。
教壇の中にあるゴミ袋を取り出そうと覗いてみるが無い。
そういえば隣の担任がさっき来て持っていってたな。
隣のクラスはどうやらお化け屋敷をするようで、飾りやら何やらで大量にゴミが出ていたので渡した何枚かのゴミ袋は帰ってくる事は無さそうだ。
事務室から取ってくるか。と立ち上がると音海と目が合った。
少し疲れたような笑顔が見えたので、外に出ようという意図を込めて外を指差すとちゃんと伝わったようで、先に出ると音海もついてきた。
学校祭準備の時間と言っても一応授業中なので廊下に出れば静かだった。
各クラスから笑い声が聞こえてくるが、それらはどこか遠くの出来事のようで、他人事のように見えてしまう。
中学時代はそこそこ楽しみながら過ごしていた気がするのに、今ではどうやって楽しんでいたのか思い出せなかった。
「置いてかれてるような気がするよな」
話題の出し方には少し雑だったような気もするが、音海が気にした様子は無く、そうだね。と呟くと、廊下にある椅子に座り隣に座るように横をポンポンと叩いた。
そこから少し離れたところに腰をおろすと不満そうな顔をしたが、すぐにもとに戻る。
「でもそれで良いと私は思うよ」
「え?」
「置いてかれても別に良いと思う。皆とはどこかずれてる。そういうのはいつも周りから拒絶されたり、否定されたりするかもしれないけど、周りに迷惑をかけてないんだったら良いと思うんだ」
「よくわからないんだが」
「私たちは私たちでいいんだってこと」
珍しく私が語っちゃったね。と少し恥ずかしそうに言った。
「なんか変わったな」
「そうかな?」
「ああ、変わった気がする」
どこが変わったかはちゃんと言葉にできなくて少しもどかしいけれど、音海は変わったと思う。
なんというか、自分をしっかり出せるようになったというか、そんな感じだ。
やっぱり言語化が難しい。
「それじゃあ今日の議題は『人は変われるのか』とかどうかな?」
「音海が変わったんだから『人は変われる』と思うんだが」
「じゃあ変わる方法とか考えようよ」
とりあえず考えてみるが、人が変わる方法なんてすぐに出てこない。
そもそも人が変わるのなんて必ずしもその人が望んでるって訳でもない。
僕だって好きでこうなった訳じゃない。
変わる原因はあるけれど、方法、手段と言っていいものじゃない。
人が変わるためにか……。
「僕は思いつかないな」
「あれ? 珍しいね」
「そもそもそれを考えたことが全く無いからな」
これまでの議題に全く考えたことがたまたま無かったから今まですぐに答えれたが今回は全く無いのだ。
いや、性別とか感情とかそういうのをいつも考えてる訳じゃないぞ? ニュースとかそういう番組をチラッと見かけた時に軽く考えてしまうのが昔からのくせというか、習慣なんだ。
今回はそういうのが無かった。
人が変わるためにすべきことなんて考えたことは無かったのだ。
そもそも──
「人って変わらなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
僕は人は変わる必要なんて無いと思ってるんだから。
犯罪とか、人に迷惑をかける性格っていうのがあるならそれは変えるべきだとは思うけど、それ以外の自分の考え方とか、そういう生き方って言うんだろうか? そういうのは変えなくても良いと思う。
いつかのロリコンについて考えた時とかも思ったけれど、自分の好きを偽る必要も無いし、自分の考え方も変える必要は無い。
「人が変わるって言うのを主観が変わることと仮定すると、主観が変わるってことは考えたとか好みが変わることだと思うんだ。だったら変わらなくてもいいんじゃないか?」
「そんなに深く考えなくても……」
少し呆れたような、でもどこか楽しそうな声で音海はそう言った。
「変わるって言ってもそこまで大きな変化じゃなくて、ほんの少しだよ」
「ほんの少しってどのくらいだ?」
「うーん、人の意見も受け入れて少し視野を広げるくらい?」
「そんなのでいいのか?」
「そのくらいがいいんだよ」
確かに変わっていると言えば変わってるけれど、そんな少しの変化なら別にしてもしなくてもあまり変わらないんじゃないだろうか?
「変わるのはほんの少しでいいんだよ。人って急に大きくは変われないから。少しだけ変わって誰からも変わったって気づかれなくても、自分すらわからなくても変わったことで何かちょっとしたいいことがあればいいんだよ」
「ちょっとしたいいことって?」
「少し優しくなれる?」
「なんというか音海らしいな」
優しくされるならわかる気がするけれど優しくなれるは考えつかなかったな。
「けど、結局人って変わった方が良いのか? 変わらない方がいいのか?」
音海も話始めた時には置いてかれるのも良いと言っていたけど、変わるのも悪い訳じゃないのだ。
結論どっちなんだろうか?
「それは変わり方とか変わる前とかによって違うと思うよ」
「どっち付かずだな」
「変わる変わらないは重要じゃなくて、自分が良くなるために行動するのが大切なんだよ」
珍しく今日は音海が語って終了のようだ。
いつもは自分が話しているからこれはこれで新鮮で面白かった。
人の意見を聞く時に感じる新たな視点っていうのもなかなか面白いもので、また今度何か話してくれないだろうか。
なんて考えながらふと廊下にある時計に目を向けてみれば時刻は授業終了の五分前を示していた。




