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第21話 優しさ

 教室の真ん中で端的に言ってしまえばヤバい行動をとった僕は案の定周りから変な目で見られていた。

 けど、もう気にしないことにする。いちいち反応するのは面倒だし、こういうのは反応してしまえば負けなのだ。基本的に、人を馬鹿にしてる奴にとって一番つまらないのは無反応なのだから。


 まあ、これが嫌がらせとは思わないし、全員が悪意でこっちを見ている訳ではないだろうからこれには当てはまらないかもしれないけど、それでもずっと変わらない物に意識を割くほど高校生というのは暇じゃないだろう。

 数日くらいで忘れてまた別のことに興味が引かれるだろう。

 そもそも音海に対していじめは一種の集団心理だろう。乗り気じゃない奴が一人もいないというのは無いだろうから一人また一人としなくなればいじめ自体無かった事になっていきそうだ。


 そもそも集団心理なんて


 赤信号

  皆で渡れば

   怖くない


 の原理だろう。

 皆でやれば、一人じゃないから、他の奴もやってるし、ちょっとくらい。

 そういうものが行動を助長しているのだからその元が少し崩れてしまえば脆い物だ。


 昨日の一件から音海への視線もあるようだが、何かしてやろうといった話も聞かないし、そもそも音海自身も特に何かやられたような様子はない。

 まだあれから少ししか経っていないのだからこれでいじめが無くなったとは思わないけど、それでも何か意味があったと思いたいからこんな事を考えてる。


 帰りのSHRのすぐ後のことだったから望月先生にも聞こえていたようで、今日一日は先生から音海に話しかけるところをちょくちょく見かけた。

 話しかけたと言ってもいじめについては触れておらず、世間話みたいで音海も笑顔だった。

 音海に対する不躾な視線もそのおかげで弱まってる気がする。望月先生は生徒に好かれてる数少ない先生だからだろうか?

 もしかしたらそういうことも狙って先生は音海に話しかけているのかもしれない。


 前までは少し頼りない先生と思っていたが、あの時の相談からそういう風にも見える。

 まあ、聞いてもいないし、聞く気も特に無いので本当はどうなのかはわからない。


 そんなこんなで放課後になればさっさと荷物をまとめて部室に行こうとすれば後ろから肩を叩かれる。

 振り向けば音海が鞄を持って立っている。

 どうしたのか首を傾げてみる。


「一緒に行こうよ。もう隠す必要も無いんだから」

「まあ、そうか」


 そんな事しか言えず、一緒に部室に向かう。

 クラスを出ても受ける視線は減ることは無く、気持ち悪いが、それ以上に隣に音海がいるのが新鮮だった。

 いつもは特に気にしなかったのだが、音海は結構身長が小さく、顔の高さが僕の肩くらいだった。

 整った横顔に少し……いや、少しじゃないかもしれないけど見とれているとそれに気づいたのか音海はこっちを見ると首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 なおも首を傾げる音海に誤魔化すように続ける。


「それより今日の議題って決まったのか?」

「うーん、一応」


 それを何か聞こうとした時にはもう図書室の前に着いていた。


○●○


「人って何で優しくできるんだろうね?」

「それが今日の議題か?」

「うん、なんとなく気になって」


 優しくできる理由か…。


「人って基本的に自分に利益が無いと動けないからな。気になるのはわかる気がする」

「ひねくれてるね」


 僕も言ったあとにそう思った。


「今日の議題は『優しさ』だよ。それで、四季くんは何で人が他人に優しくできるのか考えた?」

「そうだな、ちょっとまとめるから待ってくれ」


 そう言うと音海はわかったと言って本を鞄から取り出した。

 その本は僕がすすめた物で、あの時女装したかいはあったのかな、なんて考えてしまう。二度としないが。

 とりあえず今は優しくする理由について考える。

 しばらくして少し息を吐くと音海がこちらを見る。


「まとまった?」

「一応な」

「聞かせて」


 音海はどこか真剣そうな顔で聞いてきた。


「人が人に優しくするのに何の利益が出るのか考えてみたんだ」

「もうその考え方がナンセンスだよね」


 本当にナンセンスだと僕も思う。けど、やっぱり優しさには裏があるようにしか考えられないようになったんだ。あの日から。


「それでそれで?」

「まあ、人って言うのは自分より下がいると安心する生き物なんだ。昔からある差別とかも特に理由もなく、もしくは理不尽な理由で下に見てるだろ? 理由もなく下に見てるってことは下に見たいから見てるってことだ。だから人は誰かの上に行きたい。上じゃなくても、下に誰か置いておきたいと考えてるんだ」

「どういうこと?」


 長々と話すと音海は頭の上にハテナマークを浮かべる。

 こんなやりとりも久しぶりで口角が上がるのがわかった。

 やっぱり僕はこういうやりとりが好きなんだろうな。


「だって理由が無いなら別にわざわざ下に見る理由も無いってことだろ? それなのに下に見てるってことは人は下を求める生き物なんだ。理不尽な理由で見下してるのも、例えば部落差別とかも出身地だけで見下してるってことだろ? 下に人が欲しい人にとって集団での差別意識の理由、部落差別の場合は出身地だけど、そういう便利な言い訳にすがって差別してるんだ。確かに、集団から弾き出されたくないっていうのもあるかもしれないけど、それでも差別し始めた人に至っては下に人が欲しいっていうのが存在すると思うから、結論としては人は下が欲しい生き物だって事だ。僕だって成績順位とかで最下位になるのは嫌だって気持ちがあるし」


「人っていうのは下が欲しい生き物か……。あれ? 今日の議題って何だっけ?」

「優しさの理由だろ?」

「その曲私好きだな。……じゃなくて! そうだよ。優しくできる理由だよ! なのに何で差別がいまだに残っている理由になってるの?」

「え? だから、人に対して優しくするっていうのはその人のその行動はその人だけじゃ出来ないから、その人より上な自分が手伝ってあげようってことだと思ったんだが」

「それはさすがに人を悪く見すぎだよ」


 音海は少し呆れたような目でこっちを見ている。

 まあ、確かにこれは言い過ぎただろうか。


「じゃあ音海はどう思うんだ?」

「うーん、私が優しくする理由でいい?」

「理由なんか考えながら優しくしてるのか、見損なったぞ」


 少しからかうような意図を含めながらそう言うと予想通り音海はわたわたしだした。


「違うよ! さっき必死に考えたんだよ! 四季くんと違って優しさに裏があると思ってる訳じゃないよ」

「そんなに言わなくても」


 からかうタイミングは考えることにしよう。これ結構なダメージで返ってくる。

 自分で自分のダメなところを理解していても人に言われるのとは違うのだ。後者の方が辛い。


「と、とにかく、私が優しくする理由は……」


 話を戻そうと音海はそう言って少し考えてから口を開いた。


「多分、人と繋がっているって実感したいから。それか、誰かのために何かできる私はいても良いんだって思うためかな」


 その理由は少し、僕には悲しい理由に思えた。


「今までは違うかったと思うけど、今はそう思う。思っちゃうんだ……。だって、他の人と仲良く一緒にいられないのって寂しいんだもん。だから私は他の人に『いてもいいよ』って言われるのをずっと期待してるんだ」


 何かを思い出すように、けれどそれはもう返ってこないことを理解しているような、そんな様子で音海は言い終えた。


「あっ、ごめんね? 何か変な感じにしちゃって」

「『いてもいい』ってまだ僕には言えない」

「え?」


 それはまだ僕には重い言葉で、今の僕、つまらなくて、基本的に一人で、特に得意なこともなく、それでも変な理屈をこねてるような僕が口にしてはいけないような気がする。

 だから──


「だから……、『いてもいい』とは言わないけど、いて欲しい。僕は音海にいて欲しいんだ」

「それって私を下に見たいから?」


僕の言った優しさの理由のことだろうか? 今日僕の優しくできる理由を聞くときに真剣そうにしていたのはこういう事だったのだろうか。


「違う」

「じゃあ、今の優しさの理由は何なの?」


 逃げることは許さない。そう言ってるような気がした。


「利害の一致。僕は音海といて楽しいんだ。だからこれまでのもこれからのも、僕のは優しさなんかじゃなくて、友達でいようと努力してるだけなんだ」


 そんな音海に僕はこんな回答しかできない。けど、多分『逃げ』ではないと思う。グレーゾーンな気もするが。


「なんかプロポーズみたい」

「……え?」

「だって、これまでもこれからも、ずっと優しくしてくれるんでしょ?」


 い、いやいや、プロポーズってもっと回りくどい物じゃなくてストレートな物だと思うんだが、それよりも


「僕のは優しさじゃなくて──」

「理由は優しさじゃなくても私から見たら四季くんのそれは優しさだよ。ちょっと冷たそうだけど四季くんは優しいよ。私と一緒にいてくれるんだから」


 優しい笑顔でそう言われれば否定するのも難しくて


「まあ、音海が嫌じゃないならだけどな」


 負け惜しみみたいな言葉しか出てこない。

 勝負じゃないから負けとかじゃないけれども。


「嫌じゃないよ。全然嫌じゃない。ずっと一緒にいて欲しい」

「それこそプロポーズみたいだな」

「えっ?」

「あっ、いや、今のは……」


 失言だった。

 けど言った言葉は飲み込めなくて、理解した音海は顔を背けている。

 耳が赤いのはどう考えても僕の言葉のせいだろう。


「あー、えっと、ルールのことなんだが」


 そんな空気に堪えられるはずもない僕の豆腐メンタルはこの空気を変えようと話題を変えることにする。


「ルール?」


 いまだに頬が少し赤いのはもう気にしない。


「ほら、僕と音海のルール。あれってもう無しでいいよな」

「え? うん。いいけど」


 そう言った音海は心配そうな目をこちらに向ける。

 僕が視線に弱いのを気にしてるのだろうか。

 けど、もう僕は気にしないことに決めたのだ。そもそも高校生にもなって視線に堪えられないのだったら大学でも、社会に出ても色々と面倒だろう。

 だったらここで治しておいた方がいい。


「それじゃあ、このルールは今ここで終わりだな」


 補習は三時間なので日はまだ高いが、今日の部活はこのくらいでいいだろう。

 そう思い鞄を背負う。


「だったら私、四季くんの言うことを一回だけ何でも聞かないといけないね」

「……え?」

「だって私今日話しかけたから」

「いや、あれはもうノーカンでいいだろ」


 そう言うも音海的には納得いかないのか、一つだけ何でも聞くというのを譲らない。


「それに、私四季くんに酷いこと言っちゃったし……」

「それはもう気にしてないって」

「それはそれで傷つく……」

「じゃあ悩んだ末になんとかしようと頑張ったって」

「あれ? それどこかで聞いたような……」


 っ、まずい。さすがにこれだけで年月渚=四季湊という構図になるとは思わないけど、それでも僕に女装経験なんてあると思われる不安は全て消しておきたい。


「わかった。また考えとくよ」

「うん。よろしい」


 なんとか女装疑惑に持っていかずに済んだ。

 けど、何でもか……。年頃の男子高校生にそう言うのもなんというか危機感が足りないというか……。

 そんな新たな悩み事にため息をつくのだった。


ブックマークが6に増えてて嬉しい今日この頃です。

最近投稿頻度が下がっていますがこの作品はなんとか終わりまで持っていきたいので頑張っていきます!

なんかまとまらない感じになりましたが、とりあえず読んでくださった方々ありがとうございます。

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