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第17話 大人

 あの日から音海とは話していない。

 関わらないでと言われたあの日から。


 僕が何も知らず踏み込んだせいで音海はあんな態度をとった。もしかしたらとらせてしまったのかもしれない。

 また間違ったのだ。


 授業中、休み時間、いつ音海の方を見ても音海は外を見上げるだけで、僕は声をかけられない。

 関わってはいけないから。


 音海が関わらないで欲しいと思うのなら僕は関わるべきじゃない。

 そう何度も何度も、毎日言い聞かせるも、やっぱり納得も理解もできなかった。いや、多分納得も理解もしたくないのだ。


 それをしてしまったら音海に話しかけたあの日が間違いになってしまう。

 色づいた世界を否定して、灰色の世界を肯定することになってしまう。

 それは、多分間違ってる。


 そのはずだ……。


○●○


 放課後、音海が来なくなってからも毎日行っていた部活に行くにはもう気力が残っておらず、鞄を背負い、今日は帰ろうと決める。


 期末テストが終わり、全校生徒はもう夏休みを楽しみに予定なんかを決めている声が聞こえてくる。


 教室を出るともわっとした熱気に、ベタつく不快感、放課後というのにいまだ太陽は熱気を放つのを止める気はないようだ。


「四季君、ちょっといい?」


 昇降口へと向けていた足を止め、首だけ回せば望月先生が少し申し訳なさそうにこっちを見ていた。


「どうしたんですか?」

「ちょっと手伝ってもらっていいかな?」


 望月先生は苦笑いしながら教卓に視線を移せばそこには大量のノートやら、プリントが置いてあった。

 またか。と思いながらも先生に了承の意を伝えると「助かったよー」と情けなく言った。


 ノートを持つと望月先生はプリントを持って廊下に出た。 テスト明けだからか、生徒達は部活に行ったり、いつもより早めに帰ったりしていたので廊下には僕と望月先生のふたつしか人影が無かった。


「四季君、最近元気ないね? 先生が話聞くよ?」


 先生の言葉に驚きを隠せず視線を向けると「その反応はあったかぁ」と呟いた。


「まあ、ちょっと色々あって」

「先生には相談しづらいこと?」


 その言葉に、考えてみればそういう訳ではない。

 というかもう僕だけの頭ではどうしようもなく、だからといって他に助けを求められる人はいない。


 だからだろうか。口からは思ったより簡単に開いて、言葉がこぼれ落ちていた。


「先生、仮にですけど、誰かがいじめられてるとします」

「いじめられてるの!?」

「仮にって言ったじゃないですか」


 いきなり出鼻をくじかれてしまった。仮の話だと念をおしておく。


「それで?」

「僕はその人を助けたいんですけど、その人がそれを望んでないみたいで、関わらないでって言われるくらい嫌われちゃって……」


 言葉にする度に胸に何かが降り積もっていくような気がした。

 ああ、やっぱり僕は怒らせてしまったのかもしれない。辛い思いをさせたのかもしれない。それなら関わらないでと言われるのも頷ける。


 やっぱり僕は間違ったのだろう。


 先生は少し考える様子をするとこっちを見た。


「それって本当に嫌われてるの?」

「え?」

「四季君の言ってる人が誰なのかは……まあ、予想はつくけど、その人は四季君が巻き込まれるのが嫌なんじゃないかな?」

「関わらないでって……」

「いじめってね、いじめられてる人の次は誰がいじめられると思う?」


 急な話の転換に頭がついてこず、そのまま思ったことを口に出す。


「……わかりません」

「勇気を持った人だよ」

「え?」


 少し悲しそうに先生は目を伏せる。


「勇気を持って止めようとした人、勇気を持っていじめられてる子を助けようとした人、おかしいよね。正しいことをしようとした人が一番辛いなんて。周りにあわせて生きていくのが面倒なことを知ってるのに人は周りにあわせて、自分の意見も持たずに人を評価してる。それに人は自分の悪い所を簡単に認められない。だから指摘されれば聞こえないふりをして言われないように距離をとったり、いじめたりする」


 なんだよそれ。

 そんなの……。


「……子供かよ」

「高校生はまだまだ子供なんだよ。それに社会人にも子供はいっぱいいる」


 先生の見たことのない顔に少し驚く。その顔は今まで見てきた先生とは全く違う、強い意思を持ったような、大人な先生がいた。


「私もその一人。だけど子どもらしく今も大人ぶってる。皆が皆自分の理想の大人ぶって、それで他の誰かを傷つけちゃう。だからね四季君」


 振り返った先生はすでにいつもの、少し頼りなく、だけど優しい顔だった。


「四季君しか知らないんでしょ? だったら四季君が助けなきゃ。四季君にしかできないことなんじゃないかな?」

「それは教師として言ってもいい発言なんですか?」


 こういう問題は教師側も解決しなければいけないのではないだろうか?


「私には難しいかな」


 申し訳なさそうな声音を聞くと、仕方ないと思うしかない。

 先生も努力はしているのだろう。けど、学校としてはいじめの存在自体があまりよろしくないのだろう。


 看過して取り返しのつかない事になる方がもっとデメリットが大きいのに、そんなことに考えが及ばないことからも、『社会人にも子供が多い』の意味がわかった気がする。


 先生が言ってくれた言葉を思い出す。

 僕にしかできないこと。


 それは自惚(うぬぼ)れかもしれない。

 先生が優しさで言った言葉かもしれない。


 それでも


 だとしても


 自分はどうしたいか。

 あの時決めたじゃないか。


 日の射す保健室。

 現実にしては少し異状な出会いだった。

 小説にしてはなかなか見ない風景だった。


 泣き顔を見た。安心したような寝顔を見た。何かに堪えるような笑顔も見た。少し恥ずかしがった顔を見た。悩む顔も、怒る顔も、そして思い出すのは何もかもを諦めてしまったあの笑顔。


 関わらないでと言ったあの顔。


 それでも僕は嫌だった。

 好きなようにする。

 だって、音海が僕に色をくれた。

 貰ってばっかりだった。

 僕には、返したいという思いが残っているのは当たり前だった。

 だったら僕がすべきことなんて決まってるだろう。


「先生、このノートってここでいいですか?」

「うん。四季君はもう大丈夫そうだね?」

「はい」


 もう迷いなんてない。

 迷う必要は無くなった。


「ところで四季君。明後日から夏休みなのわかってる?」

「……え?」


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