第16話 失敗
音海のヘアピンを見つけた日から、クラス内の空気が少し変わったような気がした。
いつも通りのような気もするが、音海に対してこれまで以上に冷たい態度をしているような気がするのだ。
今まで以上に距離を置き、これまでは視界に入るだけで嫌な気分になるといった感じだったが、今ではその空気に拍車がかかっているような気がする。
それに気づいている音海は、部室に来ても何かを隠すような笑いしかせず、楽しそうとは言えなかった。
今だって、授業と授業の間の十分休みの間、いつも通りの休み時間のように見えて、ふとした時に音海に向く視線が不愉快だった。
その視線は友好的とは言えず、悪意がそこにはあるように思えた。
けど、それは結局僕が思っているだけで、実際は違うかもしれない。
だから何もできない。いや、違わなかったとしても僕は動けない。動かないだろう。
だって、行動を起こすというのは良くも悪くも誰かの目にとまってしまう。
それが怖い。
誰かに見られるのが怖い。
ただ、それでも助けたい。
助けたいんだ。
力になりたかった。
○●○
放課後、今日は音海が先に部室に行くことになっていたが、その音海は部室へは行かず、全く逆向きの方向へ歩き出した。
それが気になって悪いと思いながらもあとをつけた。
ついた所は人通りが少ない校舎裏だった。そこには先に来ていた三人の女子生徒がいた。多分見覚えがあるからクラスメイトの人だ。
遠くだからよく聞こえないが、怒鳴り声が聞こえてきて、それが聞こえる度に音海が肩を震わせるのが胸を締め付けた。
知らぬ間に一歩下がった足に気づき舌打ちする。
一番怖がってるのは音海だ。
それなのに僕がこんなとこで見てるだけで怖がっていたら助けるなんてできない。
助ける方法なんてわからない。けど、それでも僕は音海を助けたい。
視線を受けても?
ああ、そのくらい堪えられる。
それならここで動くべきだ。
動かなくちゃいけない。
下がった一歩を前に出す。
その時、音海と目があった。
そして僕を見て笑顔を向けた。
それは安心したようなものではなく、大丈夫だからと言っているようで、そしてこれ以上僕が踏み込まないようにと諌めるような意図があるように思えた。
その顔に足が止まる。
だけど、そんな小さな体を震わせながらそんな顔をされても心配なんだ。
もう一歩足を出そうとした時、その笑顔は誰かの拳に打ち付けられた。
頭が真っ白になった。
「何してんだよ!」
その言葉に気づいた女子三人がこっちを見た。
「何こいつ?」
「そんなの今はどうでもいいんだよ!」
その言葉にこの場にいた全員が怖じ気づく。
「お前ら──」
「四季くん、だっけ?」
その声はいつもと全く違うかった。
今までのような、優しくて暖かい声じゃなかった。
冷たくて、何もかもを拒絶するような音だった。
他人行儀なその声に目を向けると音海が冷たい目でこっちを見ていた。
「おと、み?」
「気安く呼ばないで。正義感か同情かは知らないけど鬱陶しいだけだから」
何で?
どうして?
頭が回らない。どういうことか理解できない。
笑い声がした。
僕を馬鹿にする笑い声がした。
蔑むような視線を感じた。
けど、今の僕にとってそれは全てどうでもよかった。
何で拒絶されたのかわからなかった。
○●○
女子三人は僕の馬鹿馬鹿しくて、勘違いな行動を見て笑い、満足したのかいつの間にかいなくなっていた。
そこには音海と僕、二人だけが立っていた。
遠くからは掛け声や、野球部がボールを打つ小気味の良い音が聞こえてくる。
二人きりなんて、いつものことだった。
けど、今の状況は今までで、一番気分が悪かった。
「ごめんね。四季くん」
その声はすでにあの声に戻っており、けれどやっぱりどこか悲しげだった。
その声に何も返せず音海を見る。自分がどんな顔をしているかわからない。けど、多分ろくな顔ではないだろう。
「四季くん。約束覚えてる? 言うことを一回聞くって約束」
「ああ」
「じゃあ、私の言うこと一つ聞いて」
そう言って振り返った音海は笑っていた。何もかもを諦めたような笑顔だった。
今にも泣きそうな顔に一歩距離をつめた。
そんな顔はしてほしくなかった。
「四季くん。私ともう関わらないで」
「……ぇ?」
前に出した足は止まった。
何を言われたのか理解できなかった。
悲しそうに笑う彼女は儚げで、今にも崩れ落ちそうな存在に、僕は何もできなかった。
自分勝手に助けようとして、結局何の力にもなれなかった。
ただ、傷を増やしただけだった。
自分ならできると勘違いしていた。
これまで何もできなかった自分が、誰かの心の支えになれていると勝手に思って
結局支えられてたのは自分の方で
それなのに調子にのって助けようとすれば彼女を余計に傷つけただけだった。
それから音海は部室に来なくなった。
○●○
これで良かったんだ。
何も間違ってなんかいない。
今まで通りのままで大丈夫だ。
これで多分四季くんに矛先が向かないのだから。私は慣れてるけど、四季くんは視線を受けるだけで気分が悪くなるって言ってたんだ。
悪意なんて向けられたらどれだけ傷つくかわからない。
だからこれでいい。
これでいいはずなのに。
頬を伝うものが止まらない。
目からは今もあふれでて、止められそうになくて
ああ、こんな気持ちになるなら四季くんに話しかけなかったら良かったんだ。
あんなに暖かい気持ちになれたのは初めてで、だから欲してしまったのだ。
こんな気持ち、知りたくなかった。
知らなかったらきっと堪えれてた。
けど、知っちゃったから。
忘れられるような薄い記憶でもないし、忘れられるほどどうでもいい記憶でもない。
ちょっとした瞬間に胸が高鳴って
ふとした時に頬が熱くなって
たまに見える笑顔が私の心を鷲掴みにして放そうとしない。
「もう、無理だよ」




