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第15話 ヘアピン

 その日、昼休み辺りから音海の様子がおかしいことに気づいた。


 昼食をとろうと適当に買ったパンとおにぎりを机の上に出していると、隣の音海は机の中を覗いたり、鞄の中を覗いたりと何かを探しているようだった。

 念入りに探し終えると次は立ち上がり、教室を出ていった。


 どうしたのか気になったが、昼休みの教室にはクラスメイトや、他クラスの奴が昼食をとりに来ており、音海に話しかけることなどできなかった。


 昼休みもあと10分というところで音海は落ち込んだような顔で教室に入ると次の授業の準備を始めた。

 僕はどうすることもできず、パンの包装袋を、半分以上ゴミが入っているゴミ箱に少々荒っぽく入れた。


○●○


 放課後、鞄に荷物を入れ背負い部室へ行こうと教室を出る。

 教室の出入口から振り返ると音海はまだ何かを探しているようで、僕は先に部室に行くことにした。


「もうイライラするから捨てちゃった」

「えぇ、マジ?」

「やりすぎでしょ~」


 廊下の途中で横三列で並ぶ女子にイラついた。

 いつもなら気持ち悪いと思うものだったが、今はその声に気分の悪さより、苛立たしさを感じている。


 音海のために何もできない。

 探し物すら手伝えない。

 一緒にいるところが見られたり、話してるところが聞かれたりするのを音海は嫌っているのだ。

 だから、手伝うよの一言も言えない。

 そんな自分にイライラするから他の物も何もかもが気にさわった。


 

 いや、違うな。



 僕は多分音海に話しかけたせいで周りから視線を受けるのが嫌なだけなんだ。

 音海のためみたいに思った自分に吐き気がする。


 部室に着き、机に鞄を置くと本を取り出した。

 けれど、いつものようにつまらない。

 それどころか文字を追うだけでムカムカしてきて、イライラしてくる。カルシウムが足りないのかもしれない。


 自販機に行こう。

 少し部室を空けてしまうので貴重品を鞄からポケットに入れておく。

 そして行くついでに、今日渡された課題に必要な参考書を忘れたような気がするから教室に取りに行こう。

 少し考えが及ばない僕は鞄にその参考書があるかもしれないのに確認せずに教室に行ってしまおう。


 そんな馬鹿みたいな事を、いや、実際馬鹿だな。まあ、そんな事を頭の中で考えながら教室に戻ると音海はまだ何かを探しているようだった。


「音海」

「っ、四季くん!? る、ルール……」

「誰もいないだろ?」


 教室を見回すけれど、音海と僕以外誰もいない。


「隣の教室にも誰もいないぞ」


 一応理系棟のクラス全部を確認したが誰もいなかった。

 いつもはいる吹奏楽部も、今日はいない。

 理由は簡単、期末テスト前の部活動禁止期間だ。

 けど、何故か文芸部の部室は開いてたんだよな。管理適当過ぎないか?


「それで、何探してるんだ?」

「ヘアピン……」

「ヘアピン? つけ忘れて来たとかじゃないよな?」

「そ、そんな事無いよ! 体育の時外したの覚えてるもん」


 音海はヘアピンを外す仕草をすると、頷いて「置いたの覚えてる」と繰り返した。


「いつから無いんだ?」

「多分、体育が終わってから……」

「心当たりのあるところは全部探したのか?」

「うん、教室は昼休みに探したし、更衣室も放課後すぐに見に行ったよ。トイレとか、他にも今日行ったところは全部探したよ」

「それじゃあ、もう見つからないんじゃないか? それにヘアピンくらい……」

「あのヘアピンは!」


 買い直せば良いんじゃないか? という言葉は音海の声にかきけされた。


「あのヘアピンは大切なの……」

「そんなに大切なら……いや、ごめん。まあ、探すの手伝うよ」


 男子にはわからない何かが女子にはあるのだろう。おしゃれとかの装飾品に至ってはその最たる例だろう。


「け、けど、どこにも無かったし、それに四季くんに悪いよ」

「別に面倒とか思ってないから」

「でも……」

「大切なんだろ?」


 その言葉に音海は頷いた。


「なら僕ぐらいこき使っても良いだろ。と、友達なんだしさ」


 なんだろう、自分で言うのはすごく恥ずかしい。

 今のセリフ気持ち悪過ぎないか? 帰ったらまた、布団にこもって叫ぶことになりそうで憂鬱だ……。


「ありがとう、四季くん」


 少し複雑そうな顔で音海はそう言った。けど、その顔も崩れてすぐに嬉しそうな顔になってくれた。

 それからまず、教室を探すも全く見当たらなく、一応ゴミ箱の中も見たが、ヘアピンどころかゴミが一つも入ってなかった。


「なあ、音海」

「どうしたの?」

「更衣室のどこにも無かったんだよな?」

「そうだよ」

「その……ゴミ箱とかも?」

「ちゃんと確認したよ」


 苦笑しながら音海は答えた。


「ゴミ箱の中って他に何かあったか?」

「ううん、何もなかったよ」

「ゴミ一つ?」

「ゴミ一つ」


 はぁ、この予想はあんまり当たって欲しくないな。けど、それ以外に何か。


「音海、落とし物入れとかに無かったのか?」

「あっ……」

「音海?」


 あははと笑いながら音海は目をそらす。


「まさか、落とし物を探してるのに落とし物入れを見に行ってないとか言わないよな?」

「行ってないです……」

「はぁ……」

「そんなため息つかないでよ!」




「無かったのか?」

「……うん」


 しょんぼりとした様子で教室に戻ってきた音海は大きなため息をついた。


「手分けして探すか。とりあえず心当たりのある場所をもう一回探そう」

「うん、じゃあ私は更衣室とかトイレを探すから四季くんは一応もう一回教室を探して」

「ああ、わかった」


 音海が更衣室の方へ走っていったのを見届けると教室をもう一度探す。

 一回り調べるもやっぱりヘアピンは見つからなかった。

 教室のヘアピン探しはもう十分やっただろうし、これくらいで良いだろう。


 カーテンを開けて窓の鍵がかかっているのを確認して電気を消すと、教室を出た。


○●○


 手伝ってくれるのが嬉しいのと同時に申し訳なかった。


 更衣室の隅々まで探しながら罪悪感に苛まれて、ここにはいない、多分今は教室の中を探している四季くんに謝る。

 二回目の更衣室の中の探索を終えると三回目に入る。

 ロッカーの中を一つ一つ開け確認し、ロッカーとロッカーの隙間も探す。

 ロッカーの上も、近くの足場になりそうなものを持ってきて確認したがホコリが積もってるだけだった。

 床も隅から隅まで探し、ホウキを掃除用具入れから取り出して色々なとこをはいて探しても見つからない。


 三回目も空振りに終わり、更衣室から出る。

 廊下の窓から射し込む光はもうすでに大きく傾いており、長い影を作り出す。

 それでも、手伝ってくれている人がいるのだから諦める訳にはいけないのだ。


 けど、何で四季くんはあんなに手伝ってくれるのだろう?

 期待してはいけないと思うけれど、それでも考えてしまう。


 四季くんは優しいんだ。

 本当にお人好しなのだ。

 だから多分これも親切心で同情心なのだ。

 私と友達でいてくれるのも、話をしてくれるのもそうなのだ。

 だから、期待しちゃいけないんだ。

 頼り過ぎちゃいけない。


 人の優しさに頼り過ぎれば呆れられてしまう。

 そうすればこれまでのように部室で話せなくなってしまう。


 本の話で盛り上がったり、他にも色々な議題で好き勝手に話し合うなんてこともできなくなる。

 もしかしたら、四季くんも他の人達と同じように距離をとってしまうかもしれない。


 そうなるのは嫌だから。


 トイレにもヘアピンは見つからない。

 一応他の階のトイレも探したけれど、どこにもヘアピンは無かった。

 日はいよいよ中庭の向こう側の校舎に隠れて窓から光は差し込まなくなった。

 赤い空を見ながら、もう遅いし帰ろうと決める。


 ヘアピンが見つからなかったのは残念だったけど、それより、これ以上四季くんの時間を奪ってしまうのいけないから。

 教室に戻ろうとした時に、教室の蛍光灯の光が見えなかった。


 心が揺れる。

 苦しい。

 辛い。


 ああ、もう手遅れだった。

 きっと四季くんの私に渡せる優しさの限界値を今回で越えてしまったのだ。

 だから、これは何もおかしくない。

 それに多分、教室の全体を探して見つからなかったのだろう。


 けど、そっか。

 仕方ない。

 仕方ないのに……


「何で泣いてるんだろう……私……」


 だって、考えてみれば当たり前だったのに。


 ただのクラスメイトで、高校で初めて会って長い間友達でいたわけでもないのに、探すのを少しでも手伝ってくれたのだけでも満足しなきゃいけないのに

 私を待たずに帰ってしまっても何もおかしいことなんてないのに

 それなのに何で私、こんなに悲しいんだろう。

 だから、期待しちゃダメだって自分に言い聞かせたのに


 期待しちゃってたんだ。

 だからこんなに悲しいんだ。


 もう、帰ろう。

 昇降口へ一歩一歩歩いていくたび、涙がこぼれそうになる。

 勝手に期待して、勝手に裏切られたのに。

 そんなの押しつけられても困ってしまうだろう。


 こんなのだったら、ヘアピンは早々に諦めてしまえばよかったのだ。

 それなのに、四季くんの優しさに全部任せてしまって、楽しい日々も、大切な思い出も、どちらも捨てきれなくて、だからどっちも失ってしまった。

 『二兎追う者は一兎も得ず』という言葉はこういう時に使うのだろう。

 本当に、滑稽だった。


「音海」


 その声は、今一番欲しい声だった。


「四季、くん?」



○●○


「えっと、四季君。もう一回言ってくれる?」

「ゴミ漁りしたいんでゴミ捨て場の鍵借りれませんか?」


 そう言うと望月先生は少し考えるともう一度こっちを見た。


「その、少しなら貸してあげれるから、ちゃんと大人を頼って良いんだよ?」

「お金に困ってる訳じゃないですよ?」

「学校にも仮眠室があるから一晩くらい私が言って開けてもらおうか?」

「寝床に困ってる訳でもないです」

「じゃあ何に困ってるの!?」

「すみません。僕の言い方が悪かったです」


 ゴミ漁りは言い方が危なかったか。


「間違えて大切な物をゴミ箱に捨てちゃったんですよ」

「ああ、なるほどね。よかったぁ」


 そんな一悶着もありながらゴミ捨て場の鍵を借りると靴を履き替え、校舎の北西側にあるゴミ捨て場へ行くと鍵を開ける。

 中には当たり前だが大量のゴミ袋があり、うんざりする。


「まあ、一つ一つ調べるしか無いよな……」


 一番近いゴミ袋を引っ張り出しながらそう呟いた。

 できれば当たって欲しくない予想だが、ヘアピンが自分で動いたり、常温で蒸発したりしない限り、あれだけ探して出てこないのは不自然だ。


 ちなみに僕のプリントとか、問題集の答えは蒸発はしないが、自立はする。あいつら部屋に適当に置くとすぐにどっか行くんだよな。

 小説はちゃんと管理してるから行方不明者、もとい行方不明書は出ていない。プリント達の生還を祈ろう。


 話がそれてしまったが、ヘアピンがある場所について僕のあまり良くない頭が思いつくのは二つの可能性。


 一つは、誰かが音海のヘアピンを盗んだ事だ。

 だけどこれはあまり考えられない。

 音海は噂やら、いじめやらであまり好まれていない。

 近づくだけでも嫌だという雰囲気を感じるくらい嫌われている。盗むなんてあまり考えられない。

 まあ、ゼロでも無いが、盗まれたとして僕ができる事は全くない。


 ならもう一つの可能性、捨てられたという可能性を調べるしかない。

 けれど運悪く、今日は結構ゴミがたまってたみたいで掃除の時にゴミ袋の交換がされたのだろう。

 それで昼休みの時にそこそこたまっていたゴミ箱も放課後は空っぽだったのだ。

 更衣室で捨てられたのか、教室で捨てられたのかはわからないが、わかったところであんまり関係ない。

 どうせ全て探さなければならない。


 ゴミ捨て場の袋を片っ端から開け、中身を何回もチェックしてからまた、別のゴミ袋を手にする。

 今まで学校に残っていた生徒が自転車で後ろを通る度に視線を感じる気がして気分が悪い。

 ゴミの匂いも相まって吐き気がする。

 まあ、ゴミ袋の前だから万が一の時も一応処理できる。

 そんな事を考えていると何か固く、小さい物に手が当たる。


 取り出してみるとそれはヘアピンのようで、端に花が象られていた。


○●○


 教室に戻ろうと昇降口に行くと音海の後ろ姿を見つけた。


「音海」


 呼びかけると、音海は固まり、ゆっくりと振り返った。


「四季、くん?」


 声はかすれていて、目は少し赤くなっていた。


「どうしたんだ?」

「な、何で四季くんがここにいるの?」

「ヘアピン探してたからなんだが」


 何を言っているのだろう?


「あっ、見つけたんだけど、これって音海のか?」


 これで違うかったらゴミ漁り再開なのだがそれは勘弁して欲しいな。

 そう思いつつ手渡すと音海は両目から涙をぼろぼろと流し始めた。


「え、違うかったか? ごめん、期待させるようなこと……」

「違う、違うよ。四季くん」

「ごめん。もう一回探してくるから」

「そ、そうじゃなくて!」


 音海は涙を袖で拭いながら嬉しそうに笑った。


「これだよ。ありがとう四季くん」


 その言葉にほっと息をつく。

 これでゴミ漁り続行は避けれた。さすがにもう身体的にも精神的にも限界だったのだ。


「その、よかったら何でそんなに大切なのか聞いてもいいか?」

「これは、その……。親友だった友達と一緒に選んだの。お揃いだったんだ……」


 遠くの愛しい物を思い出すように音海は言った。

 だった……か。


「そうか……」

「うん」

「さて、それじゃあ帰るか」

「あ、待って」

「どうかしたか?」

「これって、捨てられてたの?」


 これは肯定するべきだろうか。けど、大切な物が捨てられていたなんて、多分傷つくだろうし……


「本当の事を言って」


 真っ直ぐとした瞳に、嘘をつけるはずもなく。


「ああ、ゴミ捨て場で見つけた」


 そっかと呟くと音海はヘアピンを鞄に大切そうにしまうとこっちを見た。


「ありがとう。四季くん」

「手伝うって言っただろ。それじゃあ、また明日」


 そう言って今度こそ職員室に行こうとすると、背中に何か当たった気がして、首だけ回して見ると音海が頭を背中に押しつけていた。


「……音海?」




くぅ~




……



「おと──」

「何も聞かないで!」


 そういえば昼食食べてなかったな。

 それから数秒程その状態でいたあと顔を上げた。


「さ、さっきの忘れて! それじゃあまた明日!」


 顔を赤くして言い逃げした音海の後ろ姿を見て、さっきのは何だったのだろう? と考えるが、まあ、答えは出ない。それよりも


「気分、悪くならなかったな」


 音海に、触れられた。という感じではないが、頭を当てられ、気分は悪くならなかった。

 背中にはまだ当てられた感覚が残っていて妙に落ち着かない。


 これはあれか? ゴミの匂いと視線に耐えた結果レベルが上がったとかそんな感じなんだろうか? けど、そんな感じでもなく。


 ただ、音海だったから大丈夫だったのだろうか?


 モヤモヤしながら職員室に鍵を返し、部室にある鞄を持って帰った。


○●○


 だ、大丈夫かな? 変に思われたかな?

 けど、あんな気持ち初めてで、どうしていいかわかんなくて、けど、四季くんの近くにいたくて、そう思ったら背中に頭擦り付けちゃったみたいになってて

 というか、あのタイミングでお腹がなるのはダメだよぉぉぉ!


 さっきから頬が熱くて、頭もぐるぐる回って何も考えられない。

 こ、これは、恋という物なのだろうか?

 だって、あんなにカッコいいことされちゃったらもう仕方ないよ!

 そりゃ、その……教室にいなかった時は本当に悲しかったし、辛かったけど、それは別の場所探してたから仕方なかったんだし、どうしようどうしよう。やっぱり頭当てちゃったのは変だったかな。変だったよね!


 うわぁ、明日からどう接したら良いんだろう。

 顔ちゃんと見れるかな。

 け、けど、これはもしかしたら恋じゃないかもしれないし。


 でもぉぉぉ。


 ある程度落ち着いてくると、自分の現状が見えてきて、また少し冷たい気持ちになる。


 そうだ、忘れちゃいけないんだ。

 この気持ちが恋だとしても、叶わない。

 叶えちゃいけない。

 もう一度深く考え直す。

 胸がちくりと痛んで、なかなか消えない。

 けど、それでもいつも通りにいかなきゃいけない。


 胸を押さえるともう大丈夫だった。

 もう大丈夫だと思うしかなかった。


鍵を返しに行った職員室


「先生、ありがとうございました」

「お疲れ様、手伝えなくてごめんね。探し物は見つかった?」

「はい」

「ならよかった」

「先生、ちょっと手出してくれませんか?」

「え? こ、こう? って何で握るの!?」


 ……


「やっぱり気持ち悪い」

「先生だって傷つくんだよ?」


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