第14話 ゲーム
放課後、部室に入ると先に来ていた音海に軽く声をかけてドア側の椅子に座る。
文庫本を鞄から取り出すと文字を目で追う。
いつものように過ごそうとするが、どこか動きが固く、ぎこちない感じが拭えなくて居心地の悪い時間が流れる。
いつも無意識にしてることを意識的にしようとしているからだろうか? いつものように振る舞おうとする度に、いつもとの少しの差異を感じてしまい、結局偽物っぽさが残る。
いつもは気にならない静寂が気になって、話しかけるべきかどうかを悩むあたり、やっぱりいつもとは変わってしまった今が気持ち悪い。
「そんなに気にしないでよ四季くん」
多分、そんな空気を察したのだろう。音海は笑顔でそう言った。
けれど、その笑顔も固く、気にしないなんてことはしづらかった。
「ああ、そうだな」
少しかすれた声で答えるとまた静寂が訪れる。
気にしないなんて無理なのだ。
昨日の事が忘れられず、気がつけば自分は何ができるのかを考えている。
「いつも通りは難しいか。じゃあさ、議題について話そうよ」
確かに、このままずっといるのも気が滅入る。
「そうだな。今日の議題は?」
「今日の議題はゲームだよ!」
「ゲームか、意外だな」
「今回の議題はませてないよ」
あの言葉気にしてたのか。
ゲーム、ゲームなぁ。
「ゲームか……。これ何について話せば良いんだ?」
ゲームと言われても、僕はそれほど詳しい訳じゃない。
中学時代、家庭用ゲーム機やら、携帯ゲーム機、pcゲーなど色々したが高校からはあまり楽しめず、今ではあまりやっていない。
「ゲームについて……。ゲームってやってると馬鹿になるって言うよね」
「漫画とか、アニメも、そういう娯楽やってると学力下がるとかどっかで見たな。まあ、そういう事もあって馬鹿になるって言われてるんじゃないか?」
「どうしてなんだろうね? 脳に影響があったりするのかな?」
「脳に影響があるかどうかは知らないけど、学力が下がるっていうのは、まあ、普通の事なんじゃないか?」
「どうして?」
音海は不思議そうに首を傾げる。
「単純に考えて勉強時間が減るから」
「なるほど」
実際、僕も一時期夢中になりすぎて成績が少し下がった事がある。
テストとかの成績っていうのは勉強時間に比例するものだろう。
結局、大体のテストは暗記力を確かめてるような物なのだ。
そして、暗記っていうのは使う時間が多ければ多いほど上手くいくものだ。
そういう点で見ればゲームとかをやってる時間を勉強に費やせば学力は上がるだろうし、逆に勉強時間の一部をゲームに使えば学力が下がるのも理解できる。
「けど、ゲームじゃなくても別の物に時間を割く人もいるんだから、それだけでゲームをするだけで馬鹿になるっていうのはおかしいよ」
確かにそれだけで『ゲームをすれば馬鹿になる』というのが生まれるのはわからない。
運動とか、読書、他にも色々と勉強以外の時間利用法というのはあるだろう。
その中でゲームとかが非難される理由。
「ゲームとかって特に覚えても役に立たないのが多いからじゃないか?」
読書をすれば読解力とか漢字とかを学べるし、運動は健康に良い。
それをする事のデメリットが少なくて、メリットが多いから他のは非難される事がないのだろう。
しかし、スマホやらゲームやら、そういうもので覚えて役に立つ物はあんまり無いだろうし、それに、ゲームというのは依存性があり、ゲーム依存症というのもたまに耳にする。
そうやってデメリットが大きい割にメリットはあまり聞かないから世間はあまり良く思わないんだろう。
「それに、人間っていうのは楽な方に逃げようとして、それを自分自身で止めるのが偉いと思ってる節があるしな」
誰もが何かに耐えた自分を多少なりとも評価をするだろう。
だからこそ誰かが楽に逃げるのを非難して、誰もが逃げたいのに、誰もがそれをさせまいと目を光らせている。
誰もが得をしていないのに、けど、集団に異を唱えるのは怖いから誰かが動き出すまでなかなか誰も動こうとしない。
誰もが最初に動く誰かを待っているのだ。
「何かそう聞くと皆面倒くさいんだね」
「まあ、僕はゲームって良いものだなと思うけどな」
首を傾げる音海に何を言うか頭の中で軽くまとめる。
「ゲームって話題づくりとか、発想力、他にもストーリーゲーなら読書と同じようなメリットがありそうだし」
「確かに悪いことばっかりじゃないよね」
「何よりやってて楽しいだろ」
そもそもゲームというのは、メリットデメリットを考えてするものではない。考えるとしても面白いか面白くないかくらいだ。
「何かを楽しむって大切なことだろうし、好きな物ができるっていうのは良い事だと思う」
確かに視力低下だとか、依存症とか、色々と健康的な問題や、他にも僕の知らない問題があるだろうけど、その前に起点に戻って考えてみてほしい。
健康とは元気に生きるために重要な物だ。
じゃあ、元気に生きるのは何のためか?
それは人生を楽しむためだ。
その人生を楽しむという行為の中にゲームも存在すると僕は思う。
だって、何気ない日常が幸せとか言うだろう?
だったら、ゲームをしている何気ない日常から少し楽しさレベルの上がった状況が幸せじゃない訳がない。
つまりは、幸せであるためにゲームというのは存在するのだ。
故に、ゲームというのは幸福製造機と言っても過言では無いだろう。
けどまあ、何度でも言うけれど、そんな面倒くさいことを考えて、正解か不正解すらわからないどうでもいい単語の羅列を脳内で展開する必要なんて全くない。
ゲームというのはただ人を楽しませるものであって、プレイする時は楽しいとか面白いを感じるだけでいいのだ。
そういうところがゲームの良い点なのだろう。
「つまり、どういうこと?」
「ゲームっていうのは人生を少し楽しくするための道具の一つなんじゃないか?」
音海はそっか。と呟くとそれ以上は何も話さなかった。
最初の方と比べればぎこちなさは少なくなったが、まだ少しだけ残っている。
けど、これで良いのだろう。
僕にできることは今日みたいに適当な理論とも呼べないような物をこねて音海に提供するくらいなのだろう。
きっと音海の問題は僕がどうにかできるような物でもなく、音海も僕が首を突っ込むのを避けているようなのだから。
それが頼りにされていないということであっても、誰かが話を聞いてくれるという状況は無いよりはましだから。
少し寂しくても、この場所は音海が来ても良い場所なのだと示し続ければいいのだ。
それが僕が音海にできる最大限の手助けだと思うから。
いつものようにはまだちょっと遠いけれど、気が楽になれる場所に戻れるようにと──。
そうやって自分が介入しないでいい言い訳を考え続ける自分に嫌気がさした。
けれど、自分ができることを探せない自分に腹立つ。
僕は音海のために一体何ができるんだろう。




