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第13話 先生

 今日も今日とて放課後までいつもと変わった事はなく、先生が少し長めの帰りのHRで、あと一週間と迫った定期テストについての説明をしているのを聞き流しながら今日は何を話すのか、楽しみにしていた。


「あ、四季君、ちょっといいかな?」


 鞄を背負い、部室に行こうとした所を先生に呼び止められる。


「何ですか、望月先生?」

「君だけだよ。名字に先生つけて呼んでくれる生徒は……」


 少し遠い目をしている望月香織(もちづきかおり)先生は僕のクラスの担任だ。


 若い上に僕のクラスが初めて受け持つ担任らしく、色々と苦労をしている先生だ。

 わからない事を生徒に聞いたり、ちょくちょくとミスをするので生徒との距離感が近く、結果、大体の生徒は先生のことを名前で呼んでいる。


 ちなみに今日のHRが長かったのは先生がプリントを職員室に忘れてきたからだ。

 さらに明日の時間割変更を忘れていたようで合計二回職員室に行って帰りの時間が遅くなった訳だ。


 僕は『先生』という生物との距離のとりかたがあまりわからないので無難に名字+先生と呼んでいる。

 そもそも人を名前で呼ぶのは苦手なのだ。


「先生、用事あったんじゃないんですか?」

「あ、そうだそうだ。ちょっと運ぶの手伝って欲しくて」


 先生はそう言うと教卓に視線を移す。

 教卓の上には大量のプリントとノート、そういえば今日は進路プリントみたいなの書かされたっけ?


「わかりました。あれを先生の机まで持っていけばいいんですね?」

「そうそう、助かったよ。今日は皆用事とか、病院とか部活とかで忙しいみたいで」


 ああ、多分これ仕事押しつけられるの嫌で逃げたやつだ。

 けど、そんな考えには至らないのか、「高校生だし毎日楽しまないとねー。青春だー」とのんきに言っている。


「じゃあ持っていくんで先生先に行ってていいですよ」

「それは悪いよ! 私もちゃんと持っていかないと」


 その言葉に少し嫌な気分になる。

 さっきのは先生を気遣った訳ではなく、ただ単に一人の方が気楽なのだ。

 生徒とすら話ができない僕が先生と話すのなんてできるはずもないのだから、職員室まで無言で歩き続けるという居心地の悪いことを避けたかったのだ。


 仕方なくノートを持って、プリントを持った先生についていく。


「四季君はもう学校に慣れた?」

「いえ、あんまり……」

「そっかぁ」


 ちなみに望月先生は僕の人間恐怖症のことや、わざわざ遠くからこの高校にやって来たことを知ってたりする。

 僕が言った訳ではなく、両親が伝えたそうだ。


 両親の考えとしては、僕の人間恐怖症のことを知ってる大人が近くにいれば色々と安心だそうで、望月先生も僕のことを気味悪がったりしないでいてくれるのでまあ、僕としてはなんだかんだ良い先生だなあと思う。

 まあ、人間恐怖症の理由は両親もさすがに言ってないと思うけど。


「頼りない先生だけど困ったら気軽に頼っていいからね」

「ありがとうございます」


 それからは先生が自分の高校時代の話をしたり、先生をしてて嬉しかった事などを軽く話してくれたから職員室までの道のりを気まずくならずに歩く事ができた。


「ありがとね四季君」


 ノートを先生の机に置く。

 そんなに時間は経ってないが、音海を待たせるのは悪い。


「いえ、じゃあ僕は部活があるので」

「部活あったの? ごめんね」


 少ししゅんとした先生に苦笑する。

 こういう所が生徒との距離をつめてるんだろうか?


「大丈夫ですよ。特に忙しい訳でもないですから」

「それはそれで部活としてどうなんだろう? けど、まあ、部活頑張ってね」

「はい、じゃあ」


 職員室を出ると教室に置いてきた鞄を取りに行く。



 教室に戻るとまだ話してたり、スマホをいじってたりしている生徒が残っていた。

 自分の席の上の鞄を取る時、生徒の会話が聞こえてきた。


「さっきの見たか?」

「ああ、あれだろ?」

「何か気味悪いよな」


 嫌な予感がした。

 廊下に出て部室に向かう途中、トイレから出てくる人影が見えた。


「音海?」


 呼びかけると肩をビクッと震わせて、恐る恐ると言ったようにこちらを向いた。

 その顔は不安そうで今にも泣いてしまうような顔だった。

 頭から水をかぶったように全身はびしょびしょで放っておけるような状態じゃなかった。


「四季くん……これはちょっとトイレで盛大にこけたら奇跡的に蛇口が捻られてそれからその水が思った以上の水圧で、それで……」

「音海、何があったんだ?」

「だから、水道水の勢いが思ったより大きくて」


 必死でごまかすように身ぶり手振りをまじえながら説明する姿に胸がしめつけられる。

 それに気づいた様子もなく未だわたわたと説明している所に女子三人が通りかかると音海は話すのをやめ、うつむいた。


「何してんのあいつ」

「廊下でびしょ濡れとかキモくない?」

「何で学校きてんの? 帰れよ」


 頭に血がのぼるのがわかった。

 知り合いが、クラスメイトが、何の落ち度も無い友人が貶されるのに怒りが沸いてくる。


「やめて」


 追いかけようとすると遠慮がちに、弱々しい声が聞こえた。


「音海、ああいうのは」

「大丈夫だから」


 そう言われれば何もできなかった。


○●○


 音海は保健室で着替えると言うとそのまま濡れた状態で保健室に行った。

 一緒に行くと言えば音海は弱々しい笑顔で「ルール1、誰かがいるところで話さない。大丈夫だから」と言った。


 そう言われれば何もできず、部室で待つぐらいしかできない自分が情けなかった。


 モヤモヤした気持ちのまま部室で待っていると音海がやって来た。

 服装は上下共に長袖の体操服で、サイズが大きいのか両手は袖から出ておらず、いわゆる甘えんぼ袖になっていた。


「ごめんね遅れて」

「いや、いいけど……」


 会話が続かない。居心地が悪かった。


「その、ルール追加していい?」

「追加?」


 音海はうなずき、また、何かを隠したような、我慢してるような笑顔を顔に貼り付けて言う姿に胸が痛くなる気がした。


「その、ルール自体を増やす訳じゃないんだけど、ルールを破ったら、破った人は言うことをなんでも一つだけ聞く」

「それは……」

「お願い」


 多分これは牽制なんだろう。

 僕が踏み込み過ぎないようにするための足かせなのだ。


 それを否定はできない。


 これは音海の問題なのだ。


 僕は何も口を出せない。出していいのかもわからない。

 だから


「ああ、わかった」


 否定しない。間違ってない。

 音海は自分でどうにかしているんだ。それを僕が邪魔をするのはダメだろう。


「ありがとう四季くん」


 これでこの話は終わりと示すためにか、音海はパンッと手を叩いて鳴らした。

 けれど、そう簡単に気持ちを切り替えられない僕は何も話せず、音海の言葉にぎこちなく返すだけだった。


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