第12話 夢
「四季くんって将来の夢ってあるの?」
特に話すこともなく、二人そろって文庫本を手に座っている中、音海はそう話しかけてきた。
今日は特に議題は思いつかなかったようで、文芸部らしく(特に何も書いてないから文芸部らしくはないかもしれないが)本を読んでいた中、突然の声に何も考えず答えてしまう。
「あるよ」
「えっ!? あるの?」
しまったと思っても、もう遅い。
いつもなら、ないと言って終わらしていただろう質問だった。
自分の夢を語るのは好きじゃない。
だってそれは叶えようとも思ってない『夢』なのだから。
「ある。けど話す気もないし、叶えるつもりもない」
「えー! 私は夢言ったのに!」
不満気な顔を隠さずにこっちを見てくる音海に少し苦笑する。
僕の夢は中学からのものだが、もうその夢を叶える気は一切無いのだ。
それほどなりたいと思う気持ちがない……という事はないと思う。
その程度ならとっくに捨ててしまってるだろう。
その夢はなかなか忘れる事はできず、いつまでも心の中に住みついている。
それをやるには勇気とか吹っ切れるような力とか他にも才能だとか努力だとかそんなのが必要なのだ。
けど、そんなのは自分に無いから。
それに理由はそれだけじゃない。
叶うかもしれない。その可能性が少しでもあるなら僕は努力したい。
頑張って夢を叶えたい。
だけど、それはできないんだ。
「四季くん?」
「え?」
「どうしたの?」
不安そうに見る音海を見て、言ってしまってもいいかと思った。
どうせ叶える気はないのだ。
だったら笑ってもらってきっぱりと諦めてしまいたい。
夢っていうのは重いのだ。
「僕の夢は小説家だよ」
『夢』っていうのは叶えることができるものと、叶えられないもの。それから叶えてもいいのかわからないものがあるんだと思う。
叶えられる、叶えられない。それらはやっぱり努力とか才能とか、そういうものがいるのだろう。
けど、僕の夢はそれ以前に叶えてもいいのかわからない。
昔、小説家になりたいと両親に言った事があった。
まあ、予想通りあまりいい顔はしなかった。
それもそうだろう。中学生で、もう三年生にもなって、高校とかそれからの大学、就職というものに焦点を当てなければいけない中三が一般的に見て、収入とかいつまでも続けられるかとかそんな不安定そうなものになりたいと言えば苦笑が出るのは理解できる。
けど、それでも僕は小説家になりたかった。
今もなりたいと思ってる。
夢を捨てられずにいる。
けど、もし小説家になって、デビューしたとしてもいつまで小説家として生きていけるかわからない。
僕はいつまでも人気でいられる自信なんてなくて、それでも読者全員の好きな本となってくれるような作品を書きたくて
他にも、大ヒットして大金持ちになりたいだとか、映画化されて周りの人に自慢したいだとか、そういう野望も少なからずあって
でも、そんな自分になるイメージができないのだ。
そんな風になれず、不安定になれば両親はどう思うだろう?
無理をしてまで僕に一人暮らしを許して、人殺しの両親だと言われても僕を大事にしてくれた。
恩返しがしたかった。
けど、夢を叶えてもきっと心配するだろう。
心配してしまうのだ。
親孝行すらできない夢なんだ。
それに、今なら両親は許してくれるかもしれない。
許してしまうのだ。優しいから。
でも、それは僕があんなことになったから。それで許されても意味なんかない。
だから、きっと僕の夢は叶えるべきじゃない。
叶うかもわからない。叶っても後が心配。
そんな夢は捨ててしまうのがいいのだ。
夢なんていくらでもある。
プログラミングに少し興味があるし、プログラマーが夢でいいだろう。
なのに
「そっか。最初の作品は私が読んでもいい?」
何でそんなに楽しみそうに言うんだ。
「冗談だ。笑ってくれよ……」
「そんな事できないよ。だって四季くん本当になりたそうなんだもん」
それじゃあ、ダメなんだよ。
叶えちゃダメなんだ。
「私は四季くんがどういう理由でなるのを諦めようとしてるかはわかんない。気軽に『夢に向かってひたすら努力すればいい』なんて言えない。でも悩んで悩んで、それで何がしたいかを決めればいいんだと思う」
そんな事言われたら、諦められないじゃないか……。
「叶えてもいいのか?」
「全部全部ひっくるめて叶えたいと思えたら、頑張ればいいんだよ」
叶わないかもしれない。
夢を叶えるのに努力した時間が全て無駄になるかもしれない。
後悔してしまうだろう。
昔の自分を憎むかもしれない。
両親に無理をさせるかもしれない。
だけど……
それでも自分は叶えてもいいんだろうか?
頑張れるだろうか。
「まだ……わからない」
「そんなにすぐ答えが出るならきっと四季くんは迷ってないよ」
夢は重い。
けどその重みはきっと苦しみ以外にも楽しさだとか、嬉しさ、不幸と同じくらい幸せも存在しているかもしれない。
それに向かってする努力に、費やした時間は無駄になるかもしれない。そうなればきっと後悔する。
けどその時間は楽しくて、苦しくてもつづられた文字は様々な世界を自分に見せてくれる。
酷い評価をもらって落ち込んだり、やめてしまいたいと思うかもしれない。
でも応援してくれる人がいるかもしれない。また書こう。次はこんな世界を作ろう。そんな気持ちが沸いてくるかもしれない。
可能性だけの話なら、どちらも無制限に存在していて、非難も賛辞も、失望も希望も、他にも色々と渦巻いているのだろう。
まだ答えは出ない。
でも、一つ区切りがついたような気がする。
一歩前へ進めた気がする。
「これからも悩んでいくよ」
「そっか」
満足気にそう言われれば少し気恥ずかしい。
「お嫁さんになるなら料理とか、洗濯とか、他にも色んな家事ができるようにならないとな?」
「恥ずかしいから言わないで!」
「ありがとな」
「え? 今何て言ったの?」
「忘れた」
そう言って荷物をまとめると部室のドアを開ける。
「何て言ったの! 今大事な事言われた気がする!」
「忘れたからそんなに大事じゃなかったと思うぞ? じゃあまた明日」
何か言われる前にドアを閉めてしまって階段を降りた。
重しは無くなってない。
軽くなった訳でもない。
けど、それでもしっくりきたというか。
あるべきところに置いたというか。
まあ、そんな感じで大事なものがパズルのピースみたいにあるべきところにはまった気がした。




