第11話 感情
「今日の議題は感情だよ!」
部室につくと、今日は先に来ていた音海が早々、今日の議題を教えてくれた。
「前々から思ってたけど音海が持ってくる議題ってなんというか、ませたような物ばっかりだな」
「そ、そんなことないよ!」
「まあ、まだ三つ目だから断言できないけど、それでも『幸せ』と『性別』と今日は『感情』だろ? もしかして将来の夢は哲学者か?」
それか性差別問題とかそういうのに発言する政治家だろうか? まあ、こう思うのは失礼かもしれないが、どっちにしろ似合ってないな。
「私の夢は哲学者じゃないよ」
「じゃあ何なんだ?」
「……笑わない?」
人の夢を聞いて笑うような人ではないと自負している。余程の事を言わない限り笑わない。日本国大統領とか言ったら多分笑う。
「…………めさん」
「え?」
「だ、だからお嫁さんだってば!」
頬を染め、目をうるませながらそう言う姿はなんとも形容しがたいが、絶対に言えることは可愛い、だろうか。……語彙力の無さが悔やまれる。
「ま、まあ、いいんじゃないか? 人の夢は人それぞれだし」
そんな顔を直視できるはずもなく視線をそらす。
「何か納得いかない……」
「今日の議題は感情なんだろ? 感情って言えば何があったか」
今も拗ねたような顔をしながら見てくる音海を意識から外しつつ考える。
……あまり見ないで欲しいなあ。
「まあ、代表的な物を言えば好きとか嫌いなんだろうな」
「…………四季くんって好きな人とかいるの?」
「人があんまり好きじゃない」
「それ以前の問題だった!?」
人は苦手なのだ。
苦手=好きじゃない、とつながるのは不思議なことじゃない。
「あ、そっか。人間恐怖症だったよね」
少し申し訳なさそうにしている音海に苦笑する。
「気にするなって。好きじゃないって言ったけど別に嫌いな訳じゃないんだから」
実際、両親は自分のことを大切に思ってる事がひしひしと伝わってくるので嫌いじゃない。好ましいと思う程だ。
音海の事だって嫌いじゃない。どちらかと言えば好……
「違うからな!」
「え? 何が!?」
「これはそういうあれじゃなくて、そう、人として。人としてだから」
そう、人として好きなだけだ。恋愛感情とか絶対に無い。断じて無い。それに音海も僕の事をそういう風に見ている訳がない。話せる人がたまたま僕なだけだ。なのに自分だけ盛り上がるのはなんというか滑稽だ。絶対そういうのじゃない。
「四季くん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。問題無い」
好きという感情を考えていると思考が明後日の方向にララバイするからやめておこう。
嫌いについて考えることにしよう。
これならさっきみたいな事には多分ならないだろう。
「嫌いと言えば、他の人に聞いたことがなくて気になってた事があるんだ」
「気になってた事?」
「『嫌う』のと『嫌われる』のってどっちがマシだと思う?」
「ネガティブな質問だね……」
「そういう思考回路なんだ、仕方ない」
音海は数秒程考えると答えが出たようだ。
「私は『嫌われる』方がマシかな……。もちろん嫌われるのは嫌だよ」
「何でそう思ったんだ?」
意外に思い聞いてみるとまたもや考える姿勢に入る。
「うーん、だって『嫌う』って思うってことはその嫌いな人が目に入ったり、話しかけてきたりしたら多少は嫌な気分になるでしょ?」
「まあ、嫌いな人ならそうなるだろうな」
「そうなるとその人を見るたびに悪口とか考えちゃいそうで嫌なんだ。だから『嫌う』のは嫌い」
そうだろうか。
けど、それでも僕は……
「僕は、『嫌う』方がマシだ」
「そっか」と少し残念そうに音海は言った。
「僕は『嫌われる』のが嫌なんだ。嫌う分にはそれを気づかれない限り特に何もない。嫌われて陰口を言われたり、いじめられたりするよりは、心の中でけなしてる方がマシなんだ……」
ああ、多分僕は本当に弱い人間なんだろうな。
自分で言ってて何であんなことを聞いたのか少し後悔してしまう。
嫌われるくらいなら嫌った方が楽なのだ。
その点、音海は強いのだろう。
嫌われる事がどれだけ辛いか、酷い噂が流れてる彼女が知らない訳がない。それでも『嫌う』より『嫌われる』方がマシと言えるのが凛々しく思えた。
「音海は強いな」
「女性に対する褒め言葉じゃないよ。けど、ありがとう」
妙な空気になってしまった……。
もうそろそろ下校の時間だろうか?
早くチャイムなってくれないか?
「四季くんは『好き』になるのと『好かれる』のはどっちがいい?」
そんなことを考えていると音海が窓の外を見ながらそう言った。
顔は見えない。何を思ってそう聞いたのかはわからない。
「僕は……好きになる方がいいかな」
振り返った音海は意外そうな顔で振り返った。
「大した理由じゃない。好かれているとしてもその視線が苦手なんだ」
好かれるという事は周りから興味を持たれるという事だ。そうなれば視線がこっちを向くのは自然なことで、僕は視線が苦手だ。
けど、理由はそれだけじゃない。
好きになるということは主観の話だ。
残念ながら好きになるという経験をしたことがないので実際はどういうものなのかはわからないが、誰かを好きになれば世界が変わるような気がするからだ。
その人が視界に入るだけで見ていた世界は色づいて、こんなつまらない世界も、退屈する暇もないくらい面白いものになってくれるかもしれない。
そう思うから僕は好きになる方がいいと思った。
まあ、恥ずかしいから絶対に言わないが。
「音海はどっちなんだ?」
「私も好きになる方がいいかな」
そのまま理由を続けようとした時、校内放送が流れる。
「帰ろっか」
「そうだな」
少しもの足りなさそうな声に促されるまま図書室を出る。
理由が気になったが、それでも好奇心はそれほど大きくなくそのまま家に帰った。
『好き』でいる方がいい理由。
けどそれは相手側にどう思われているかどうかによってはやっぱり儚いものでもあって、自分だけの一方通行というのは切ないものでもある。
世界が色づいてもそれは一時的なものかもしれないし、小説やドラマのように世界が輝いて見えるほど素晴らしいものですらないかもしれない。
それでも僕は『好き』でいる方が良いのだろうか?
人間恐怖症を置いておいて、『好かれる』という方が良いのではないだろうか?
……けど、それはなんとなくつまらない。
多分、僕は面白いものが好きなんだ。
『好かれる』のが面白くならないとは言わないけれど、それでも『好き』にそれ以上の可能性を見ているのだろう。
そう結論づけて今日の課題に取り組もうと思った時、ふと考える。
好きになるということが世界を変えるかもしれない。いや、世界の見え方を変えるだろうか? まあ、そうだとすれば僕は音海と会った時に世界が色づいたのは、一緒にいると楽しいのは……そういう事なのだろうか?
……………………………………
違うよな。多分違うよな。
そうだ。僕には好きな人どころか友達すらそんなにいなかったんだ。
ならこの楽しさとか、世界の見え方とか、そういうのが変わったのは友人と呼べる存在ができたからなんだろうか? そうだな。友人、音海は友人だ。
うん、なんかしっくりきたような気がする。
間違いないな。
その日、宿題はおろか、その他家事(洗濯くらいしかしないけど)色々と手につかなかったのは動揺した訳じゃないと言っておく。
僕は誰に言い訳してるんだ?
○●○
家に帰ると自分の部屋に戻るとそのままベッドにダイブする。
『好き』の方がいいのは、多分私が四季くんを好きだから。
あの瞬間から世界が変わったような気がしたのだ。
好きとか、好かれるとかそういう事を考えているとやっぱり思い出してしまうのは四季くんだった。
いじめられてから誰も私に話しかけなかった。
それはいじめられてる私と距離を取りたかったり、下手に関わっていじめられるのを避ける為だったりで避けられていた。
けどそんな私に声をかけてくれた。
いじめられてると聞いても話し相手になってくれた。
親切心だとか、同情心とかそういうものなのはわかってる。
けど、それでも期待せずにはいられなくて、一緒にいるだけで鼓動が早くなって、話している時も腫れ物扱いしないでいてくれるのが嬉しくて、何より楽しかった。
今までで一番楽しいかもしれない今を、大切にしたくて
だから告白だとかそういう事はやっぱりできない。
今の関係が壊れてしまうかもしれないし、それ以上に私もこの気持ちがそういうものなのかわからない。
好きというのも恋愛的な好きと決まった訳じゃないんだと思う。
友達といるときも楽しかったし、ドキドキしてるのは相手が男子なだけかもしれないし、それにいじめられてから、初めて普通に話せているから、四季くんじゃなくても別の誰かだったらその人に対してもこういう感情を持つかもしれないから。
それを恋とはあんまり言いたくない。
けど、最大の理由はやっぱり四季くんを傷つけたくないっていうのが大きかった。
もしもそういう関係になれたとしても弱い私は甘えてしまうから。
そして、四季くんは優しいからなんとかしようとしてしまうだろう。
それはダメだ。
巻き込んでしまうのはダメ。
だから多分この気持ちはもし、恋であっても実る事はない。
実るのは私自身が許せない。
許してはいけない。
今年は色々忙しくなるので投稿頻度がすごく下がると思います。
それでもよければ是非読んでいただければと思います。
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