二十九幕 継ぐ者
短い!
「もはや懐かしいの」
行く準備は既にできておる、便利な魔術がいくつも開発されたお陰で、準備と言う面においては凄く楽になった。
「……ザック、四日前」
むう? そうじゃったな、そういえば四日前もここに来たな。
「この歳になると全てが懐かしく見えるんじゃよ、ほれ、時間がない、行くとするか」
大丈夫じゃ、まだボケてはおらん。
かつて儂が勤めて居た研究棟、国立の研究機関に足を踏み入れる、儂の研究室は地下だった。
「はぁ……はぁ……ザック教授!」
研究棟では考え事をしながら歩く者が多い、だから走るのはマナー違反なのだがのう……。
「これ! いつも廊下は走るなと言っておろうが! そんなに焦らんでも逃げはせんわい」
どうにもコヤツは落ち着き無くてならん、ずっと指摘し続けているのにのう……。
「はぁ……教授は逃げるじゃないですか! 何も言わずに旅に出るし、顔を出さずに訪問者を押し付けてきますし!」
そりゃ一々報告するわけなかろうに、もう儂は一線を退いておるのじゃぞ?
「それで、今日は一体何を押し付けに来られたのですか? まさか旅に出る連絡じゃないですよね?」
まったく……一体儂を何だと思っておるのじゃ。
「旅に出る報告じゃ、それだけでも無いがの」
後を託すにはまだまだ心配じゃが……人は成長するものじゃ、心配ばかりしてもおられん。
「そんな……バカな……教授がわざわざ連絡しに来るなんて……明日は快晴ですかね?」
何十年も太陽が顔を出さないせいか、あり得ないことの例えとして「明日は快晴だ」という言葉が生まれておる、悲しいのう。
「そうじゃな快晴になればいいのう、さて、詳しい話はお主の部屋で話すとするわい、入っても構わんな?」
「ええ大丈夫です、丁度整理したところでしたのでスペースも空いてますよ」
昔儂が使っていた部屋はコヤツに引き継いだ、だからかのう……整理に関しては煩いのじゃ。
「……ザック、片付け苦手」
ええい笑うでないわ、アリスだって何も言わんかったじゃろうに。
「それではこちらです」
研究発表の評価は普通といったものじゃった、じゃが儂はコヤツを真っ先に選んだ。
どこか見ている先が他の者と違ったのでのう、面白いから選んだと言うのが本音じゃ。
まさかここまで成長するとはのう、不思議なものじゃ。
弟子の背中を見ながら感慨しく思う、コヤツ、いやブランカは立派な研究者になった。
もう儂が伝えるものは無い、そう思うのじゃがブランカは儂の下から離れようとせん、独立して自分の研究をすればよいものを。
「それでは中へどうぞ」
そんなことを考えていたら部屋についた。
「それじゃお邪魔するかの」
ブランカは儂が最も信用する研究者じゃ、引き継いでも問題なかろう、必ずや世の中に役立てる、若しくは封印してくれるはずじゃ。
「それで、旅以外の要件って何ですか?」
長いこと共に研究してるためか、どうにも考えが読まれがちじゃな。
「これを、渡そうと思っての」
儂はポケットから一つの鍵を出す、魔術的な施しがあるものの、いたって普通の鍵じゃ。
「この鍵は……もしかして棚の裏の扉ですか?」
「察しがよくて助かる、そうじゃあそこの扉じゃ、それとこれを渡しておく」
儂は反対のポケットから半透明の石を取り出す。
「? これは分かりませんね、一体なんでしょう?」
「その鍵の先に全てをおいてある、ブランカなら分かるじゃろう、どうするかは自由じゃ、後は任せたぞ」
儂がここに来た理由は研究を託すためじゃ、これでもう心残りはない。
「ああ、そうじゃ扉を開けるのは一週間後にするといい、そうした方が何かと都合がいいのじゃ」
見たら何を言われるか分からんからの、儂らが出てからの方がよい。
「? ……分かりました、今確認してまいります」
コヤツ聞いておったのか?
「待て、そう急ぐでない」
「いいえ今入らせて頂きます、教授がわざわざ来ることもそうですが、何か嫌な予感がします、止めても入りますからね」
むぅ……不味いの。
「それでは、無駄だと思いますが言っておきます、ここから出ないで下さい」
ガシャーン!
整理したばかりのはずの棚を豪快に薙ぎ倒し、強引に扉までの道を作って扉の向こうに消えていった。
「だからってここまでする必要は無いじゃろうに……アリス、逃げるぞ」
お言葉に甘えて逃げるとするかの、まぁ三日四日じゃあの量は読みきれんじゃろ。
残り字数を計算していませんでした。
そして悲報 ストックが完全になくなりました。