第一話:二人で教会は無理だな
以前はこちらのサイトに投稿していましたが、最近は出版社のライトノベル大賞などに応募していました。しかしこれからは小説家になろうで執筆していこうと思います。
小説の執筆は数ヶ月ぶりで、これは復帰作です。至らない部分もあると思いますが、よろしくお願いします。
半壊した薄暗い聖ミルド教会の聖堂の中でミリィは膝を抱えていた。ススで薄汚れたブロンドヘア。蒼い瞳は虚ろだった。疲労の色が彼女の顔にははっきりと浮かんでいる。
「明日には世界が終わるって本当なの?」
薄々そうなるのではないかと予想していたアキラにとって、彼女の言葉大して驚くことはなかった。ただ、明日という言葉は予想外だった。
「誰がそんなこと言ってたの?」
ミリィの横で壁にもたれかかっているアキラは、小刻みに揺れるランプの灯火を見つめながら聞いた。聖堂の中を照らすのは月光を透過させたステンドグラスの寂しい温もりと、二人の間に置かれた一つのランプだけだ。
「師父様たちが集まって話しているのを聞いたの。どこかの偉い学者様が計算したら、明日の朝には世界が終わるんだって」
悲壮。絶望。恐怖。
それらの合わさった声でミリィは呟いた。
「終わるって、どんな風に?」
「……分かんない」
長らく続いた戦争で疲弊したこの国を連日のように大地震が襲うようになったのは、終戦協定が締結されてすぐのことだった。他国でも同じように地震が発生し、地震のない国では異常気象が多発していた。同時に世界中が未曾有の異常気象に晒されていたのだ。
「分かんないよ、そんなの……」
膝を強く抱いてミリィはもう一度、今にも掻き消えてしまいそうなか細い声でそう言った。ステンドグラスを介して差し込む虹色の月光が怯える彼女を照らし出す。
「ミリィは気にならない?」
アキラはわざと明るい口調で言った。少しでも彼女の恐怖が和らぐように。もう、この教会には二人しかいないはずだった。頼れる大人なんていない。だから、今ここにいる幼馴染のミリィを頼り、また彼女に頼られて生きていくしかなかった。
「なにが?」
彼女は俯いていた顔を上げた。蒼い目はランプのオレンジ色を帯びていた。
「僕はずっと気になってるんだ。世界がどんな風に終わるのか」
相変わらずアキラはランプを見つめながら話していた。光の加減でそう見えるのか、どこか彼の表情は輝いているようにすら見えた。
「世界の終わり……?」
「うん。どうやって終わるのか。それを見に行きたいんだ」
ススで汚れたアキラの顔の中に二つの輝きがあった。
「見に行きたいってどこに?」
「……始まりと終わりの谷――サン・シエロ」
ミリィは目を大きく見開き、そして小さく息を呑んだ。
彼女が驚くのも当然のことだ。驚かないほうがおかしいのだろう。サン・シエロは辺境の地にある未開の谷だった。そこは軍によって厳重に封鎖されていた。有刺鉄線のついたフェンスがどこまでも続いているという。さらに中は複雑に入り組んだ地形をしていて、入った者は命を落とすとも言われている。
「そんなところに見に行ってどうするのよ!?」
「確かめたいんだ」
「……何を?」
「理由を。どうして僕だけが生き残ったのか。どうして世界は終わるのか。何も知らないまま死ぬなんて嫌だ。それを知ったところでどうなるわけでもないけど、でも何もしないで死を待つだけなんて嫌なんだよ」
確固たる決意を持った言葉だった。
理不尽なこの世界。不公平なこの世界。両親と妹の死が意味もなくただ運が悪かっただけ。自分が生き残ったのは運が良かっただけ。そんな言葉だけで済まされてしまうのがどうしても嫌だった。三人が死んで自分が生き残ったことの意味を見つけたかった。そうでなければやりきれない。
「僕は神様なんて信じちゃいない。師父さまたちみたいに神にすがって死んでいくのは嫌だ。ミリィはこれからどうしたいの?」
「……私?」
「もうすぐこの世界が終わるって言うのなら、何かしなくていいの? 何もせずにこのまま膝を抱えて死ぬの? そんなの僕は嫌だよ」
「私は……」
アキラはそっと尋ねた。
「怖い?」
ミリィは何も言わなかった。どこか迷っているようにも見える。アキラも怖くないと言えば嘘だったが、今更「やめた」とは言えなかった。仮にも女の子の前で見栄を張ってしまったのだ。それを貫き通すしかない。それに、世界の終わりを見たいという気持ちに偽りはなかった。
「バイク借りていくね」
アキラは静かに立ち上がって外へと通じる扉へと歩いていく。振り返ればミリィは膝を抱えて座り込んだままでいた。
彼には何も言ってやれない。
後ろ髪を引かれる思いでアキラは聖堂をあとにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
外は静けさに包まれていた。世界の崩壊なんて知らずに夜空には多くの星が輝いていた。この光景だけ見ていれば世界の終わりなんて嘘のように思えてくる。
しかし、ふとアキラは思った。
むしろその異様な静けさが世界の終わりなのかもしれない。
聖堂を裏口から出て教会の入り口のほうに戻ってくると、ぽつんと忘れ去られたように一台のバイクが停まっていた。サイドカー付きの二人乗りバイクだ。荒涼とした大地に月光の影を落としてただそこに存在するそれは、さらにも増してアンティーク感が漂っていた。だが走行に関して全く問題ないことは、普段からサイドカーに乗っている彼自身がよく知っていた。
アキラは目に焼き付けるように周囲をゆっくりと見回すと、静かに挿されたままのバイクのキーに手を伸ばした。キーをひねろうとしたそのときだった。
「待って」
ミリィが一〇メートルほど後ろに立っていた。
「ミリィ……? 見送りなんていいのに」
「違う。私も行く」
毅然とした態度でミリィは言い切った。
「えっ?」
「あんた操縦が下手なんだから、サン・シエロに着く前に死んじゃったら可哀想じゃない。それにそのバイクは命の次くらいに大事なものなんだから、壊されるようなことになれば死ぬに死ねないわよ」
そうどこかおどけた調子で彼女は言うと、突然うつむき、腕を抱えて明後日の方向を見ながら小さな声でさらに付け加えた。
「それと、一人で居るほうがもっと怖いから……」
「じゃあ一緒に行こう」
アキラはうやうやしく右手を差し出した。
「恥ずかしくないわけ?」
「なにが?」
あきれた。
そう言わんばかりにミリィは大きく肩をすくめてみせる。
一向に出した手を戻そうとしないアキラを見てついに諦めたようだ。
「もう知らないわよ」
気恥ずかしそうに彼女はアキラの手に自分の手を重ねた。
その手を取って深々と一礼してバイクまで彼女をエスコートする。始終彼女の顔は真っ赤だった。
ミリィはバイクにまたがり、アキラはサイドカーのシートにすべり込んだ。
一気に緊張が高まる。こんな急ごしらえな計画でサン・シエロにたどり着けるのだろうか。万全な準備なくして無事に世界の終わりを見れるのだろうか。心配事は多かったが時間もなかった。
ミリィがエンジンを噴かした。マフラーが唸り声を上げる。その音に反応するかのように荒涼の乾いた土が舞い上がる。
ミリィが複雑な表情をして背後の聖ミルド教会を振り返った。いろいろな感情が混ざり合った彼女の顔からは、今何を思っているのかアキラには分からなかった。
「寂莫の思いってやつ?」
アキラはおどけた口調で尋ねた。
「別に。ただ、色々あったな、と思って……」
ミリィは対照的に沈んだ声で答えた。
「私たちの帰る場所はもうないわ」
彼女の視線の先には半壊した聖堂があった。次の地震で間違いなく倒壊するだろう。二人の帰ってくる場所はここしかない。
「もし世界が終わらなければまたここに戻ってきたっていいし、前みたいに二人で違う町に行ったっていい。師父さまたちが戻ってこなかったら、教会を作り直して二人でやるのもいいな。そう思わない?」
「冗談。神様の存在なんて信じてないんでしょ? それじゃインチキ教会よ」
「そりゃそうだ。ミリィは神様を信じてるわけ?」
教会ということもあって、彼女に今までそんなことを訊く機会なんてなかった。ただ彼は常々訊いてみたいとは思っていた。もしそれが師父さまたちに見つかれば咎められるのは間違いない。
「居ればいいとは思うわ。何でもかんでも、嫌なことはあいつの責任にすればいいんだから楽よね」
神様をあいつ呼ばわりする時点で彼女の信仰心が薄いことは明白だった。
「やっぱり二人で教会は無理そうだ」
「そうね」
ミリィはおかしそうに答えた。
「じゃ、行こうか」
「ええ」
一段とバイクの音と緊張が大きくなる。
ただアキラには、二人でならサン・シエロまでいけるような気がした。根拠もなにもなかったが、不思議と恐怖はそれほどなかった。
さあ、世界の終わりを見に行こう。
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