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第七話 播磨先生

 第七話 播磨先生


「それじゃあ、灯くん頼んだよ。お兄さんには、こちらから連絡しておくからね」

「はい、よろしくお願いします」


 教頭先生に一礼し、灯は職員室を後にした。すっかり話し込んでしまっていた。兄の話ですっかり盛り上がってしまった。

 教頭先生は、兄がこの学校の高等部にいた時の担任の先生だった。兄は何かにつけて先生に武勇伝を残していったらしい。

 会う度にそれらの話を聞かされ、妹として恥ずかしいような申し訳ないような気持ちで一杯になる。


 はぁ、とため息をついてそっと胸を下ろした。仕事の話になるとどうも妙な緊張が走ってしまう。それは慣れ親しんだ場所であっても変わらない。しかも、兄の代理の仕事だ。あんなちゃらんぽらんな兄でも優秀な【浄霊師】なのだから、気を引き締めていかないと……。


 灯は一度教室に戻って荷物を取りに行くことにした。教室に入ると、もう誰もいないのか、人気のない空間は夕陽を吸い取ったようなオレンジ色に包まれていた。

 何もかもがすべて同じ色。まるで、個性など元々無かったかのように染め上げられていた。


 灯の席は窓際の一番後ろの席だった。幸か不幸か、霊が見える灯にとってはいい場所だった。後ろからクラスメイトのことを見渡すことが出来るし、何よりもそのクラスメイトを助けるために【お札を使用】しても特にバレないからだ。


 この教室も数え切れないほどの霊や妖怪が出入りする。それは例え扉が閉まっていようが、窓に鍵がかかっていようが彼らには関係ない。

 一番厄介なのは体育の時間だ。

 女子の着替えを覗きに来る男子生徒はほぼいないが、霊や妖怪は透明な存在なのだから否応なしに入ってくる。

 しかし、それに対して悲鳴をあげるものは誰もいない。実際問題、それが見えているのは灯だけなのだから……。


「ええっと、鞄は一応持っていこうかな……あと、巾着と鏡と……」


 机と床のワックスに反射した光を浴びながらせっせと準備をする。眼鏡の隙間から入り込む光が少し鬱陶しい。必要な教科書のみだけをしまい、簡単に中身をまとめた。動き回るのだから最小限の荷物に抑えないといけない。


「……黄昏時が終わる前にやらないと」


 そう呟いて、灯は鞄を肩にかけた。ふと窓の外を見ると、地に入り混むような夕陽が不気味な赤色に染まりつつあった。赤い絵の具と表現しようとしてやめた。普通の赤色ではなかった。

 まるで、『誰かが血を零した』かのように、じわりじわりと色を変えていたのだ。

 本来ならば、茜色に染まるはずの空が鳥肌が立つほどに気味悪く感じるのは、何かの予兆なのかもしれない。


 重いため息を吐きながら、ふとグラウンドを見た。下校中の生徒や、運動部の様子が見れる。吹奏楽部の個人練習もしているようで、思ったよりも賑やかだった。

 その中で、灯は一人の生徒が目に止まった。後ろ姿しか見えていないが、それは朝出会った男子生徒だった。


「あの人は、確か、朝の……」


 私の体に取り憑いていた悪霊が肥大化したその瞬間、彼が私に触れた時、その悪霊はいなくなっていた。

 そもそも、ただの人間が悪霊を追い払うなんて芸当、出来るはずがない。『彼が私に触れたから』出来たことだった。

 偶然なのかそうじゃないのか、一瞬だけ見た彼の必死そうな表情がどうしても偶然に思えない。

 つまり、少なくともあの人は私に何かが【取り憑いていた】ことが、視えていたということになる。

 それに、あの人が触れてから今日一日、【御守り】なんかに頼らず過ごすことが出来た。奴らと目が合ったとしても、怖がって誰も取り憑こうとはしなかった。

 例え、偶然だったとしても彼は私から奴らを消し去ってくれたのだ。

 そう、それは、一時的に【浄霊】をしたかのように……。


 私はふと、指先で自分の髪飾りを触った。兄から貰った、球体で出来たお守り。

 天然の紫水晶を加工して、【御守り】として誕生日に兄が渡してくれたものだった。

 ひんやりとした感触を指の腹で撫でる。鏡のように窓に写る紫水晶を眺めながら灯は一つの結論に辿り着いだ。


「……もしかして、同業者……?」


 ポツリと呟き、思わず彼を目で追っていくと彼の行く先がある場所に向かっていることが分かった。


「なんで……旧校舎に……?」


 最初は見間違いかと思ったが、見間違いではない。彼は確かに旧校舎に向かっているのだ。

 旧校舎はもはや、灯が知っている姿とはまるで違っていた。所々が古くなっているのはもちろんの事、旧校舎自身のそのものが原型を留めていなかった。

 多分、これが見えるのは、この学校では彼女くらいだろう。黒くモヤモヤした煙のようなものに包まれ、黒い鎖か何かをリボンのように巻いて美しくないラッピングをされていたのだ。

 下手したら【匂い】までここに来そうなくらい、揺らめいては動いていた。匂いは一番危ない。

 匂いを分からない者、要するに普通の人間が、これを認識しないで吸っていると『元に戻れなくなってしまう』のだ。


 現代社会にある、うつ病や精神疾患の一種にはこれが関わっていると言っても過言ではない。悪霊や妖が人の体内に潜り抜け、面白がって体内に匂いを残し、今まで普通に過ごしてきた人間をおかしくさせる。

 皮肉にも、目に見えない細菌テロと言うものが完成してしまう。


 彼は、それを分かっていて向かっているのだろうか……?


『……分かってるわけないでしょ。分かってるのに、あんな所に行ってたら自殺行為に決まってるでしょ?』


 そう後ろから耳元で囁かれ、灯は思わず後ろを振り返った。いつの間にか、太陽が地面に潜り込んでいたようだ。教室は徐々に色を取り戻していき、その人物をしっかりと視認することが出来た。


 そこには、白衣を着た男性が立っていた。少し天然パーマの入った亜麻色の髪は襟足がちょっと伸びている。瞳は髪と同じ色をしており、透き通るような輝きを放っていた。骨格から鼻筋までが、外国人モデルのように整っていた。銀のフレームメガネが、より一層その顔の良さを引き立てていた。


 見た目の美青年さからとは裏腹に、男性は口角を上げ妖艶な笑みを浮かべていた。彼は首からネームプレートを提げており、そこには『鬼灯ヶ丘学園 保険医:播磨(はりま) (つづる)』と書かれていた。全く、保険医らしくない表情をしているものだ。


「……播磨先生?毎回、急に現れると心臓に悪いので、やめては頂けないでしょうか?」


 灯はニコリと笑顔を見せながら、でもその言い方と声のトーンは嫌悪感で満ちているようだった。それを分かっているかのように、播磨は煽るように灯に話しかけた。


「なーにそれ。そこまでアンタに邪険にされる覚えはないんだけど?」

「邪険などにはしていませんよ。ただ、仮にも先生として、その態度は如何なものかと思っただけですよ」

「……相変わらず、オレに対しては可愛くないね」

「播磨先生に可愛いと思われなくても私は結構ですので」


 頑なにその笑顔を崩さない灯に飽きたのか、目を横に細めて「はあ……ほんっと」と言い、ため息をついてこう言った。


「うちの『主様』は手厳しいことで……」


 灯のことをしっかりと見据え、播磨はそう言った。当の本人である灯はそんなことを言われても微動だにもしない。まるで最初から言われ慣れているかのように、播磨の言葉を聞き流していた。

 それを予想してか、播磨は灯の横に立ち、目で追うように旧校舎に向かう男子生徒を指さした。

 横髪のせいか、そこからではその表情を読み取ることは出来なかった。


「オレよりも、あの男の方が気になるんだ?」


 下手などの少女漫画よりも滑稽な言葉ね。と言いかけた言葉を灯は喉の奥へと押し込んだ。余計なことを言って煽らせては、彼は面白がって倍にして相手を煽ってくる。彼の思う壷だ。

 触らぬ神に祟りなし。いや、この場合は『化け狐』と表記するのが正しいのかもしれない。

 そう皮肉に思いながら、灯は華麗にその言葉をスルーした。


「……ねぇ、播磨先生。どうして彼が分かってないって思うんですか?」


 そう言って播磨の方を見ると、「質問に質問で返すとはねぇ」と頭を掻き、彼は身振り手振りをつけながら役者のように大袈裟に説明した。


「思うも何も……彼は霊が視える体質なだけであって、主様のような浄霊能力なんて一切ないんだもの。

 言わば、ほんとにただの一般人Aってわけ」


 ほんとに人の心があるのかと思うほど、ふふっと嘲笑った。新しい玩具を見つけて恍惚としているようなその表情はゾッとするほど気味の悪いものだった。


 しかし、今度は灯がそれに驚いた反応を示した。驚いたのは播磨の態度ではなく、播磨が言った事実についてだ。


 そんな筈は無い。確かに彼に触れられた時、全ての災いが取り払われた。その感触は今でも残っているし、何よりもあの時の必死そうな彼の顔が忘れられなかった。


「オレがデタラメ言ってるよう見える?」


 そう言う播磨の顔は先程と変わらない態度だったが、目線と表情が違っていた。己の目で見て彼が見出した答えなのだろう。そこには彼を分析する真剣な眼差しが見受けられた。


「……でも、あの男。浄霊能力は無いけど、不思議な力は持ってるみたい。アンタが朝、あの男に触られて、奴らがいなくなった感じしたでしょ?それがその力」

「……でも、浄霊する力がないのにそんな事って出来るんですか?」

「さぁ?少なくともオレが長年生きてきた中では、見たことがないけどね」

「……播磨先生が見たことないってことは、相当特殊な能力ってことですか?」

「特殊って言うのか、なんて言ったらいいんだろう。浄霊師としての器はあるけど、でもそれには相応しくないというか……」


 そう言うと、播磨は腕を組みながら気難しそうに眉をひそめた。


「……ただ、あの男の力はかなり厄介みたいね。便利であるけど便利ではない。どちらかと言うと今のままでの使い方じゃ、痛い目に遭うって感じかも」

「……」


 珍しく意味深に言う播磨の言葉に灯は聞き入ってしまった。あまりにも一度に情報がありすぎるからだ。その情報を整理しようと考え込んでいると播磨は灯の肩を小さく叩いた。


「ねぇ、主様。考えるのはあとにた方がいいんじゃない?

 早くしないと彼、旧校舎に入っちゃうよ?」


 そう言われ、灯はハッとして窓を見るともう既に、彼が旧校舎に入る直前まで来ていた。いけない!と灯は急いで鞄を抱え、教室のドアへと走り出した。走ったら危ないよ~、という播磨の声も聞かずに、灯は一心不乱に旧校舎に向かったのだった……。





pixiv連載から約一年ぶりの更新です。

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