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第四話 おつかい

 第四話 おつかい


 _____鬼灯の花言葉は【偽り】と【ごまかし】。

 大きな果実のわりに、中は種しかないと言われるのが由来だ。世間一般的には。

 しかし、【こちら側】の世界ではまた意味が変わってくる。

 こちら側での鬼灯をさす意味は、元と見た目はさほど変わらないのに、中身が【憎悪】だけに満ちた狂気じみた存在のことを指す。

 そして、その鬼灯に魅入られた者末路の大半は、そのまま憎悪という種に飲み込まれ【悪霊】と化してしまう…。

 その悪霊化した存在をさす言葉、隠語として【鬼灯に魅入られた】と言う言葉を使っている。

 それは大昔、霊や妖達が発祥した言葉とも言われ、現在も使われている言葉だ。

 もちろん辞書で引いてもそんな言葉は出てこない。

 知っているのはあいつらと、俺らみたいな霊が視える、一部の神社や寺の者だけ。


 それだけ、【鬼灯に魅入られた】というのは、口に出すことも聞くこともできない、禁忌とされる言葉なのだ。

 それゆえに、幽霊だろうが妖だろうが、ましてや人間だろうが、鬼灯の身に堕ちてはいけないのだ…。



 …しかしまぁ、皮肉なことにこの学校の名前は【鬼灯ヶ丘学園】というのだからまた厄介である。

 こちら側の言葉の意味として捉える人間は少ないにしてでも、実際、花言葉としては悪い意味を持つのだからいい加減やめるべきだと声を大にして言いたい。

 実際、俺は鬼灯は嫌いだった。花言葉云々、こちら側の世界の言葉云々というより、単純に嫌いだった。理由なんて特にはない。

 たまに花屋で見かけるとうっ、と嫌な気持ちになるが花の鬼灯には罪がないのだからこれもまたなんとも言えないものである。


「…失礼しまーす、2年の秋山です。日誌を提出しに来ました」


 小鬼たちの話から隙を見て抜け出し、長い廊下を経て、ガラガラッとドアを開けた。

 先生達の笑い声や、生徒の笑い声と共に、一瞬にしてつーんとコーヒーの香りが鼻の奥を突き抜けた。

 古い型コピー機が入り口近くにあるためか、インク独特のにおいも追いかけるように鼻にかかってきた。

 そして…視える視えると言わんばかりに教員や生徒の霊があちらこちらに漂ってい、雰囲気はまるで明るいのに、空気は暗くてジメジメしていた。

 颯太は思わず顔をゆがめ、制服のすそで鼻の頭をこすった。何かと覚悟を決めるときの颯太の癖である。

 …あー、最悪だ。職員室ってやたらコーヒーとかインクのにおいがするんだよなぁ…飲んでないこっちまでカフェイン中毒になりそうだ。

 霊がいることが当たり前な颯太にとってはいようがいまいが、現状が悪化してなければ問題ないのである。

 颯太はそう思いドアを閉めて、ドアに張ってある教員席順名簿を見た、一年立ったとは言え、去年と担任が違えば分からなくなるものだ。

 だが、颯太の場合は、学校の教師を覚えるのよりも、ここにいる霊が何人いるのかとか、何をしているのかとかの方が早く覚えてしまうのだから仕方ないのだろう(?)。


 座席を見つけて先生の元へ向かう。遠目から見ていたところは、なにやらパソコンと格闘しているようだった。

 うちの学校には永田先生が2人いる。一人は生物担当。もう一人は数学担当のうちのクラスの担任。

 今年入ってきた先生で何かと苦戦しているらしい。

 初めて教室で挨拶したときは緊張してプリントを撒き散らして盛大に笑われていたのが記憶に新しい。

 しかし、不器用ながらも生徒思いのいい先生らしい(早乙女さん談)

 画面に映っている書類作成とにらめっこしながらうなっている先生に、横からそっと日誌を差し出した。


「お疲れ様です。…先生、日誌書き終わったんでチェックお願いします」


「おっ?あ、ああ!秋山か!すまないな」


 相当集中していたのか参っていたのか受け取ってもらうのに少し時間がかかった。教師って大変なんだなと同情した。


「…ん、いいぞ!お疲れ様」と、ページの隅に判子を押して机の引き出しにしまった。振動で先生の横にある山積みの書類が落ちそうになっていた。

「てっきり早乙女が持ってくるものだと思っていたんだが…秋山が持ってくるとは珍しいな」

 俺が持ってきたら何か問題があるんですか、という言葉を飲み込んだ。

「早乙女さんは部活のミーティングがあるとかで…代わりに俺が書きました」

「そうかぁ…まああいつは吹奏楽部だもんな。うちの学校はそれの強豪校だもんな、県の演奏会も近いんだろうし…。

 そう思うと、今日欠席者の代わりに日直してくれただけでありがたいな」

「そうですね、助かりました」そう、今日は先生が無理言って彼女に代わりに日直をやってもらっていたのだ。

「しかし、早乙女はいいな!ちゃんと青春をしているようだ…!!なによりも部活は青春の代名詞だからな!!すばらしいぞ!」

 あ、やば、やってしまった。これはまずいぞと、爆弾のスイッチを間違えて押したかのように顔をしかめた。

「先生も秋山と同じ歳のときは毎日部活部活で楽しかったなぁ~!!秋山~、お前も部活に入ったらどうだ!楽しいぞ!先生の頃は人数も多くて…」

 などと、先生は目を輝かせながら一人でマシンガントークを始めた。

 しかも若返ったかのように眩しいくらいに身振り手振りもしながら話している。

 青春と言う言葉が入ると、この担任は妙なスイッチが入るらしく自分の青春時代の話を語り始める。

 そして機嫌がよければ自分が顧問をしている部活の勧誘までしてくる。

 これにつかまった場合は早くても10分間はつかまったままなのでこの先生最大の短所だと言える。

 なぜだろう、先程まで先生の周りにいた霊たちがなんとも言えない嫌そうに離れていった。

「あー…は」「そうですね」と、嫌々ながらも適当に相槌を入れる。そっけない態度をとれば、興味も薄れて早く開放してくれるだろう。

 肩や頭や首元を適当にかくフリをしながら近寄ってくる霊たちを追い払う。

 もう何回聞いたか分からない熱い先生の武勇伝(?)を耳に流しながら適当にあたりを見渡していると、ちょうど奥の席のほう…教頭の席だと思う。


 _____そこに、朝と昼間に見かけた、灯と言う黒髪の女の子が、教頭となにやら会話をしているようだった。

 声までは聞こえないが、深刻そうな顔になったり時折しかめっ面になったりと、まるで小動物のようだった。

 いや、小動物そのものだと思う。。朝や昼のときにちゃんと見ていなかったのだが、かなり身長が小さい。彼女がリスだったら真っ先に肉食動物に狙われそうだ。

 特進科の生徒が普通科側の職員室に来ることは特別驚くことじゃない。普通科と特進科を兼任して受け持ってる教科の先生は多い。

 だが、俺としては少しどこか不気味さを覚えていた。

 偶然とは言え彼女に会うのは偶然は2回までというが3回目となると必然的に思えてしまう。

 考えすぎかもしれない。相手はこちらのことなんて覚えているわけもない。何も構える必要はない。と自分に言い聞かせた。

 …ふと、彼女は笑顔を見せていた。やわらかく口角を上げ、こちらに聞こえはしないが笑っていた。

 そのたびに長い横髪が揺れて、彼女の何にも染まらない綺麗な顔をより一層引き立て、なぜだか目が離せなかった。


 ____どこかで、かんじたことのあるような。そんな気持ちで。


「…ってことで俺達の部活は全国大会にだな…って、おい、秋山どうした?あっちのほうばかり見て…教頭先生になんか用があったのか?」

「えっ、あ、いいえ、別に何もないです」

「はは!だよな!どのみち、用があっても今は特進の生徒が話しかけてるみたいだしな」

「そう、みたいですね…」

「なんだ?特進の生徒がいるのがそんなに珍しいか?まあ、秋山はあまり職員室に来ないから珍しく見えるのだな!」

「はあ…」


 …なぜだろう、心の奥底から何かが湧き上がりそうだった。足早に立ち去りたくて「じゃあ、失礼します」と言い切る前に

 先生が「そうだ!」と大きな声を張り上げかき消されてしまった。

 今度は何だと思っていたら「日直のお前に頼みがある」とキメ顔をしてきた。

 今のどこにキメ顔をする要素があったのか分からなかったが「なんですか?」と問いかけると、思いがけない返答が俺に突きつけられた。


「…すまん!!旧校舎にある、数学の教材を取ってきてもらえないか?!」


「……は?」


 木彫りで作られた【資料室】というタグがついた鍵を目の前に渡された。先生はこれでもかと言うくらいに頭を下げている。

 というか、生徒に対してそんなに深く頭を下げて言いのか先生!いつもの熱いプライドが台無しだ。


「ちょっと待ってください、なんで数学の教材が旧校舎にあるんですか?」


 今は使われていないはずだ。まさか授業をしたわけではあるまいし…。


「実はな、明日特進の授業で使う予定だったんだが、今年から新カリキュラムとして復帰した科目内容で、教材自体は向こうに置いたままなんだ」

「…なるほど」

 だったら取りに行けば済む話なんじゃ…と言う前に、先生は申し訳なさそうに自分のデスクを見渡した。

「俺はまだこの書類とか、このあと5時から職員会議に出ることになってて行けそうにないんだ…すまん、頼む!」

 じゃあ、あんたなんでさっきあんなに自分語りしてたんだよ!と言う言葉を、俺の良心が無理やり押さえこんだ。

 しかし、旧校舎の場所は分かっても旧校舎の校内はどうなってるのか全く分からないのだ。

 確実に黄昏時が近づいてきている。本当に関わりたくない。絶対に行きたくない。

 そんな子供のようなただをこねているなんて、永田は知らない。そんな永田は懇願するように鍵を颯太の手に押し付けるように颯太の手をも握り、


「頼むっ!!!俺の生死に関わる問題なんだ!!!」


 と頭を下げてきた…。周りの先生達がざわめき始める中、逃げられなくなった颯太の選択肢は一つしかなかった。



「…分かりました、行けばいいんですよね」



 大喜びして感謝している永田の横で、颯太の心が海よりも深く沈んでいたことは誰も知らなかったのである…。






 第四話 おつかい



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