第一話 そして、出会う。
第一話 そして、出会う。
世の中には知らなくていいことと、知らなきゃならないもの。そして、知らなくていいことだけど見てしまっては助けなければならないものがある。
まあ、完全に最後のは俺が考えた…というか俺がつくった生きる教訓みたいなもの。
生きる教訓…?いや違うな、強制的に巻き込まれるものといったほうが正しいのかもしれない。
なんにせよ、簡単にまとめると世の中の皆さんは知らなくてもいい事実が俺には視覚として見えるって話。
でもこれだけは一つ、世の中の誰もが知っていることがある。
…朝は必ずやってきて、ものすごく眠いってことだ。
ベッドから起き上がり、時計を見れば朝の六時五十分。できればまだ布団に包まれていたいが、目覚めは悪いほうではない。
一度起きてしまえば二度寝することはない。とても健康的だといえる。レースカーテンを開けるとこれはまた暖かい陽の光が入ってくる。
…ああ、今日もまた【目まぐるしい】一日が始まるんだなぁ。会社疲れのサラリーマンのようにそう思いながら
とりあえず、目をきちんと覚ましたかったので洗面所へ向かってから居間に向かうことにした。
階段を降り居間に行くと朝ごはんのいい匂いがした。味噌汁と塩鮭の匂いがと胃袋を鼻くすぐる。ガラガラッとふすまを開けると、両親が既に朝食を食べていた。
今日のメニューは、ごはん、味噌汁に、出し巻き卵に、菜の花の胡麻和え、塩鮭、浅漬け…。うん、うまそう。と、並べられた料理を見て、【秋山颯太あきやまそうた】は頷く代わりにお腹の虫を鳴らした。
「ふあぁ…美千代さん、おはよう」
「あら、おはよう!颯太くん!今日は早いのね」
「うん、今日は日直だから早めに行こうかなって思ってて」
「日直~っ?んなもん、相手のほうに適当にやらせてしまえばいいじゃねぇか。俺が学生のころはそうしてたぞ~」
「あ、なんだ親父いたんだ、おはよう…」
「んなっ?!なんだよその言い方、このダンディでイケてるお父様が見えなかっただとぉ?!」
「少なくとも、俺には老けたおじさんしか見えなかったけど?」
「んだとこらぁ?!」
「まぁまぁ、気持ちのいい朝なんですから喧嘩しないで!ほら、ご飯食べましょ?颯太くんどれだけ食べる?」
「…じゃあ、多めにお願いします」
「はーい」
「おいおい、育ち盛りなんだからもっと豪快にいけよ!そんなんじゃ大きくならないぞ~?」
「…親父は横に大きくなりすぎなんだって」
「ああ?!今なんか言ったか?!」
「こ~ら!二人とも!喧嘩しちゃったら朝ごはん抜いちゃいますよ!」
美千代さんにしゃもじを持ったままぴしゃりと言われ、俺と親父はおとなしくご飯を食べることにした。
美千代さん。【秋山美千代】さん。俺の義母さんで、親父の奥さん。高校生の息子を持っているとは思えないくらい若くて綺麗と言われている。
普段は優しくておっとりしているんだけど、俺と親父が喧嘩続きだとさっきみたいに怒る。というかたぶん怒らせたら一番危ない危険人物かもしれない。
「おい、颯太。そこにある醤油とってくれないか」
「いいけど、塩分の取りすぎで病院行きになるなよ」
「へーきへーき。俺はそんな簡単にくたばらねぇよ」
「どうだか…」
こっちが【秋山太悟】。俺の親父。悲しくも血のつながった実の父親である。よく昔語りをしようとする典型的な親父。うるさい。あと結構頑固。
仕事をしているときはかなりまともだと思う。でも俺が見る親父の姿の大半はだらしない親父で、美千代さんはなんでこいつと結婚したんだろうって不思議に思う。
またそれを本人に言ってしまうと喧嘩になってしまうから、今度美千代さんと二人のときに聞いてみよう。
「…ごちそうさまでした。美千代さん、台所借りるね」
「うん、いいわよー。今日もお弁当?言ってくれれば作ってあげるのに」
「ううん、俺が作りたいから作るだけだし、美千代さんは気にしなくていいよ」
「そう?じゃあ、火元と刃物には気をつけるのよ!」
「はーい」
毎回、高校生にもなって小学生みたいな注意をされるのは複雑な気持ちではあるが美千代さんなりの配慮だと思ってる。
そもそも、朝食を食べてからお弁当を作ること自体が少し変わってるけど…。それは重々承知のうえだ。
食べた食器を台所へ持って行き、自分の分を洗ってから美千代さん用のエプロンを借りる。
「今日の弁当の中身どうすっかな~」
と、いい年した男が似つかわしく、冷蔵庫の中身とにらめっこすることになった…。
「んじゃあ、行ってきますー」
いまだ新品の学ランはどこかそわそわする。玄関で靴紐を結びなおし、そういうと廊下の先の台所にいる美千代さんの「いってらっしゃーい!車に気をつけてね!」と遠くから明るい声が聞こえた。
やはり、美千代さんは俺がいくつになっても子供のままらしい。まぁ、その気遣いが優しいといえば優しいんだけど。と思わず頬がほころぶ。
鞄をせおって引き戸式の扉を開け、余裕を持って玄関を出た。
そして扉を閉めてから、颯太はすぐ、目の前の光景に後悔とため息をついた。
…ああ、今日の朝もこれを見てからになるのか。
そう憂鬱な気分になっている颯太の目の前には、誰もが通る通学路があり、朝を急ぐサラリーマンやOL、ランニングをしている運動部、同じ学校の生徒、近所のおばさん…
そして、『黒くて不気味な何か』と『幽霊』が人間よりも多種多様に存在していた。それは大小問わず、喋る者から喋らない者まで。
それらが今、目の前で歩いている人間に取り付いているのだ。そして、颯太を除くすべての人間がその光景に驚きも何もしない。
もう何年も見慣れているとは言え、好きにはなれないこの光景。ため息をつきながらも、同じ学校の生徒にまぎれながら今日も登校するのであった…。
彼、【秋山颯太】は現在高校二年生。秋山家の一人息子である。良くも悪くも見かけは普通の男子高校生である。
濃い茶色に染められた髪は毛先が少し跳ね、左の目の下に泣きぼくろという特徴がある。容姿は中の上と割とかっこいい方ではある。
性格としては、典型的な高校生に少しぶっきらぼうさを加えたものである。
ぶっきらぼうというか、昔から、とあることが原因で人と関わらない様にしていた為と言った方が正しいのかもしれない。
___その原因が、この『幽霊や呪いの類が具現化して視える』ことである。
これは颯太の家系にも関係することではあるのだが、秋山家の中でも颯太はよく見えるタイプに分類される。
大きなものから小さなものまで、何を喋っているかまで聞き取れるのは珍しいと言われる。
そんな颯太の家だが、『秋ノ宮神社』という地元でも大きな神社を管理しながら、その傍らで父親の太悟は代々受け継がれてきた『浄霊』を行っている。
これに関しては数多のやり方や言い伝えはあるのだが、【心の浄化を行い、霊を対象者から取り除く】という仕事行っている。
霊は原因がなく取り憑くわけではなく、何かしらの理由があるため、その霊に耳を傾け、恨みや苦しみ、悲しみを聞き取って霊を浄化し霊界へ送り出すのが太語の仕事で、颯太の神社にはその弟子が何人もいる。
その為、美千代が弟子たちのご飯や身の回りをしなければならないので、颯太は自分一人のために弁当は申し訳ない、と昔から自分の分は自分で作っていたのである。
ならば、太悟の息子の颯太なら、『浄霊』の力も強いではないのかと親族から期待をされていたのだが、太悟曰く、
【颯太自身に、霊をどうにかする力はない】と、言われてしまったのである。
では、颯太はただ霊が見えるだけの人間なのかと言われると、そうではなかった。颯太には歴代では珍しい能力があった…。
「なんでこうも、たくさんいるんだよ…」
家をでて十五分、颯太は足早に急ぎながら、『幽霊』や『黒くて不気味な何か』となるべく目を合わせないように歩いていた。
目を合わせてしまえば、誘っていると勘違いして奴らが寄ってくると太悟に教わっていたからだ。
とある霊は、どこから声を出しているか分からない笑い声をあげていたり、またとある霊は目玉や腕だけがたくさん映えているものがいたり、
呪いの類だと霊と同じで生き物のように具現化していて、転んだり怪我したりなど…とにかく関わりあうだけでも最悪なものがたくさん漂っていた。呪いだけど幽霊と同じと言った方がわかりやすいだろう。
中には力が弱くて生き物のとしては自然消滅として消えていくものもいるため見極めが肝心である。
霊と一口に言っても多種多様である。人間がいたり、猫や犬といった動物もいる。だが基本は単独行動だ。
そんな霊のテーマパークの中を、一人、また一人二人と追い抜かすたびに颯太は追い抜かした人たちと軽くぶつかっていた。
ぶつかるといっても肩が触れ合う程度の優しいものである。
幸い、ぶつかるのはサラリーマンや女子高生ばかりだったのでいちゃもんはつけられることはなかった。
今日は不良がいなくてホッとしたと胸をそっとなでおろす。
…どうしてもお節介をしてしまうのは、美千代さんに育てられてきたせいか。
後ろを見れば、颯太が通ってきた道だけ霊も黒いものもすべていなくなっていた。
だが前を向けばまだたくさんの霊たちが所狭しといる。今いる人間よりもたくさんの数の。
颯太は「はぁ…」とため息をついてはまた何人かにそっとぶつかりながら歩いていった…。
____そう、これこそが颯太の能力だった。
颯太は何も考えなしに人にぶつかっているわけでもなければ、運動神経が悪いわけでも、えへへドジっ子☆というわけでは決してない。考えているからこそ、かなり危ないお節介として行っているのである。
颯太の能力、それは【霊や呪いの力を無効化できる能力であった】
無効化できると言われたら浄霊となんら変わらないように聞こえるだろうが、これは浄霊とは違い、ただそれらを無効化するだけである。
一時的に霊や呪いと言った類が寄り付かなくなり、簡単に言えば、颯太が触れた人間は虫除けスプレーの効果が得られるのである。
その為、霊や黒いものにとり憑かれた人の無効化を行うためにわざわざぶつかって言っているのだが、かなりの博打で、すべての人にぶつかれば怪しまれてしまうし、だからといって見捨てるなんて選択肢はない颯太にとっては心臓に悪い行動だと思っている。
いつもの登校の倍のスピードで通学路を抜けるともう校門はすぐ目の前にあった。
【鬼灯ヶ丘学園】と書かれてある校門を抜けると、こんなに朝早いにも関わらず、たくさんの生徒が生徒玄関に向かっていた。
部活のユニフォームのままで登校する者や、カップル、友達グループなどで登校するものがいた。
もちろん、霊や黒いものの類をつけたままではあったが、小さくそのまま自然消滅消滅するものが多かったので手は出さなかった。
校門の周りに植えられた数本の桜の木の花びらはもう既に何割かが散っており、所々に新緑の若葉が芽を出していた。子供の頃は、なんで桜の木は花びらが散ってから葉が出てくるのか分からなかった。
そのとき、ある人が俺にドヤ顔で教えてくれたんだけど・・・なんだったか忘れてしまった。
・・・でも、桜の木って、花びらが散って葉が出てくる瞬間がなんとなく寂しいんだよなぁ…と。足を止めて眺めていたら、
___背中に何かが突き刺さるような、どこか気味の悪い気配がした。
冷や汗がたらりと背中に落ち、ゾッとして振り返ると、校門を潜り抜けようとする生徒たちに入り乱れる中、ふととある女の子に目がいった。
友達2人ほどと笑いながら会話する、ごく普通の女の子だった。春風に吹かれ、混じりけのない黒く長い髪を紫色のゴムで二つにまとめ、大きなめがねをしていた。青と白のセーラー服に赤いネクタイが映え、一瞬だけ見えた笑顔がとても小動物みたいで何よりも愛らしかった…と思う。
と、見ていたらほんの一瞬だけそのこと目が合ってしまい、反射的そらしてしまった。特に悪いことをしたわけではないのだが、なぜかそらしてしまった。
幸い、相手のほうは俺に気づいていなかったのかそのまま友達とおしゃべりに夢中になっていた。
ホッと一息つき、やはりさっきの気配は気のせいだったのだろうともう一度顔をあげると…俺はひどく自分に後悔した。
_____先程の彼女の、背中から全身にかけて黒い大きなもやと、たくさんの幽霊がとり憑いていた。
しかも、他の生徒たちにとり憑いてた全ての霊や黒いもやが彼女に導かれるように憑いていき、背中にいるもやの栄養源として吸い込まれていいった。
ケタケタと下品に笑いながらどんどん大きくなっていく。今まで出会ってきた中でも桁違いの大きさだった。幽霊やもやなんて生易しいものじゃない。言葉に表すとしたら、悪霊に近いものだった。
徐々にと大きくなるそれは、寄せ集めのガラクタだけで何かの形をなそうとしていた。人となろうとしていたのだ。
そして大きな口を開け、人を一人を飲み込もうとしていた、彼女の小さな体を・・・。
なんであんなものを見逃してしまったのか、と後悔するよりも先に俺の体は動いていた____
「あのっ、すいません!!」
「えっ?」
と、彼女は俺が見たときとは変わらず、小動物のような愛らしい顔を見せてきた。
一か八か、無効化できるか分からないが、少女の肩に手を触れてみた。話しかけたのは肩に手を置いたほうに意識がいかないようにするためである。それにこの手のタイプは黙って話しかけるよりも怪しまれずに済むからだ。
ギャァアアアアと耳を劈漢字つんざくような声が聞こえ、彼女の肩からにとり憑いていた霊や黒いもやが全て光に包まれたかのように消えてなくなっていた。肩から背中を除くと彼女を取り込もうとしていた周りの奴らも逃げるように去って行った。
背筋がゾッとする嫌な気配もなくなり、なんとかなったとホッと安堵のため息をついていると、
「…あのぉ~、普通科の方が【灯あかり】に何の用なの?」
と、どこか少し低いトーンの声が聞こえた。見れば、この灯という彼女の隣にいた二人の友達が、まるで不審者を見るような目で俺に仁王立ちしていた。
う、うおおう…きました、女子特有の威圧感…。そりゃそうだよなぁ…すいませんっていいうだけならまだしも肩をつかんでるんだもんな。
俺が逆の立場でも絶対同じことしてる…ってか普通科って嫌味入れてるだけで明らかだよなぁ…。と、とにかく気の利いた言い訳を探そうとぐるぐる頭の中を走っていると、「あ、あの…っ!」と彼女は何か言いたそうに口を開いたが、俺はハッとして彼女の肩から手を離した。
「…わ、悪いな、人違いだったわ」
…もっとマシな誤魔化し方はなかったのかと自分をぶん殴りたくなったが、いつもの癖なので仕方がなかった。なぜか人喋ろうとするとどこかまともな言葉が出にくくなる。いわゆる人見知りだ。
顔が痛い。自分でも分かるくらいに表情を歪めている気がする。昔、親父から顔が怖いと言われたことがあった(まあ、親父の言うことなんてこれっぽちも気にしてはいないが)
そのままのポーカーフェイス(?)を保ち、そのまま【普通科用】生徒玄関へと気持ちだけ急いだ。下手に走ったらそれこそ変人を認めているようなものだったからだ。後ろから何か舌打ちらしき音が聞こえたけど気にしないでおこう。
・・・自分の靴箱で、靴を入れ替えしながら、大きなため息を吐き出してしゃがみこんだ。
今、絶対周りからなんか言われてそうだけどもうどうでもいい。無理、あれ絶対、女子に変な噂流される…ああ、さようなら俺の平和な学生生活…。
ガンッと頭を靴箱に打ち付けたところをクラスメイトらしき男子に見られたが、そのままスルーして重い足取りのまま教室へと向かった…。
「…なんなのあの普通科の男…感じ悪すぎぃ~!灯、大丈夫?」
「え、ええ?あ、うん、そうですね」
「どうしたの?ぼーっとしちゃって…えっ?まさか、今の男に惚れたの?」
「あ、いや、いいえ!違いますよ!」
「ほんとに~??」
「ほ、ほんとうですよ!」
「ふーん…ならいいんだけどさ、早く行かないと朝自習の時間に遅れるよ~」
「あっ、はい!今行きます!…って、あれ?これ…」
先に走っていった友人を気にしつつも、彼女__もとい、灯が見つけたのは鮮やかな紺色のハンカチだった。まだ使われていなさそうなものだった。
もしかして…あの人のかな?と、颯太のことを思いだし、柔らかそうな布地についた砂を払って小さく折りたたむ。
ふとハンカチを持った瞬間に、先程あった光景を思い出し颯太が触れた肩に自分の手を重ねた。
「・・・でも、なぜあの人は、私が【とり憑いている】と分かったんでしょうか・・・?」
そう意味深に呟き、颯太が入っていった普通科用の生徒玄関を見つめていると、【特進科】用の予鈴のチャイムが鳴って我に返り、
校門にいた普通科の先生にハンカチを届けようとしたのだが、悩んだ挙句、仕方なく自分の鞄の中にしまい、走って【特進科用】生徒玄関へ向かったのだった…。
誰もいなくなった校門付近では、何か不吉な訪れを予兆するかのように、荒々しく桜の木が花びらを躍らせながら揺れていた…。
第一話 そして、出会う。