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ネコにごはん  作者: 三波直樹
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森崎の歌

 私、森崎の仕事は取材先のお店にも、読んでもらった読者の方にも有益なものを提供しなければならない。それを限られた文字数の中に収めなければいけないのだが、これが簡単そうに見えて気苦労が絶えないのだ。いろんなお店があり、年齢、状況、好みの違う人を紙面でエスコートするのだ。いつ、いかなるときも大海を渡るときのコンパスのような森崎でなければならない。正直、好印象なお店ばかりではない。だが酷評もできないし嘘も書けない。どういうシチエーションでどんなことを望んでいる人なら楽しめるのか、「人の悪いところじゃなく良いところを見なさい」と親に教えられてすくすくと育った森崎であるが、それでも頭を抱えるようなお店の記事を抱えている最中に、編集長が鼻歌を歌いながら頻繁に森崎の後ろを通り過ぎるのである。こんな状況だからではなく、森崎は鼻歌を歌う人が嫌いだ。その要因は以下のとおりである。


①はっきりと聞き取れないので曲名が気になってしまう。

 歌っている本人は気分が良いのだろうが、聞かされている森崎には突然始まったイントロクイズである、森崎はハッピーではない。もし正解して昇給するのであれば好きなだけ歌ってください。


②音は扱いが難しい。

 見えるものなら瞼を閉じればいい。しかし音は耳を塞いでも聞こえるのでたちが悪い。オフィスで耳に手を当てて森崎はキーボードを打てないし、斜め向かいに座る斎藤さんの胸元は鼻歌よりたちが悪い。森崎はオフィスで縦断爆撃を受けながら時間が経ったフォンダン・オ・ショコラのように縮こまって働いている。


③中途半端はいけない、という父の教え。

 歌うならちゃんと歌ってくれ。


 仕事場は戦場だ、そんな言葉を言ったのは誰だったか。結局仕事は家に持ち帰ることにした。夜の十時半を過ぎた、いつもの時間だ。私はベランダに出てタバコに火を点ける。家の前の下り坂を、青年が大声で歌いながら気持ちよさそうに自転車で走り去っていく。平日の夜、森崎の日常だ。あんなに大きな声で歌っていても、いつも曲名はわからない。私は青春時代の懐かしい歌を、誰にも聞こえないように鼻歌で歌う。楽しいなあ。


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