閑話2
「……はあっ……はあっ……!」
己の荒い呼吸音と激しい動悸が、体内に、“クローゼットの中”に響き渡る。
狭く暗いクローゼットの中で膝を抱えて、固く目を閉じて、必死に気配を押し殺した。
−−“あいつ”から逃げて、隠れる為に。
(……どうして)
どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。極度の緊張と恐怖で半ば麻痺しかけた頭で、漠然とそんなことを考える。
どうしてこうなってしまったのか……いくら考えても答えは見つからない。
ただ、唯一わかる事実は、あいつに見つかった時が自分が死ぬ時であるということだ。
−−ひた、ひた、
「……ひっ……!」
自分の過呼吸じみた呼吸音の狭間で、あいつの足音が耳朶に届いた。
ひた、ひた、ひた、
冷たい床と、大きくて恐ろしいあいつの足とが摩擦する音だ。自分の命を奪う者が近づいてくる音だ。
だから、きっと、この音は自分の命のタイムリミットを告げる音であった。
ひた、ひた、ひた、……ひた。
足音が、すぐ目の前に来て止まった。
僅かに開いていたクローゼットの隙間から差し込んでいた明かりが、あいつの影に遮られた。
「ひっ、ぐ、ふぅうっ……!」
心のどこかで意味なんてないと知りながら、少しでも音を立てぬよう漏れ出る嗚咽を噛み殺す。
そして、そして。
がちゃり、といっそのこと清々しささえ感じさせる音を立てて、クローゼットの扉が開かれた−−。