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さ~て、悪者でいこうか!  作者: 夢野天瀬
09 小話
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83話 ガチンコ


 謁見の間に立ち込めている張りつめた空気と静寂が、溜息と愚痴によって塗り替えられる。

 呆れを見せる臣下同士が、肩を竦めつつ囁き合っている。


「また始まった」


「ほんと、この癖さえなければ……」


「獣王の女好きは、なんとかならんものだろうか」


「このままだと、女で身を滅ぼすかもしれんな」


 聞こえてくる愚痴からして、どうやらこれが初めてではなさそうだ。

 ただ、蔑む者がいないところは驚きだ。

 それから察するところ、女癖は悪くても、王としては認められているのだろう。

 だが、こっちからすれば、そんなことなんてどうでもいい。死神の嫁にちょっかいを出して、ただで済むはずがない。いや、ただで済ませる気はない。少しばかり反省したくなるようにしてやろう。


「この野郎――」


「ここは我慢です。エルザさんも言ってましたよね?」


 すぐさま鉄槌をぶち込もうとするが、マルセルが腕を引っ張る。


 ちぇっ……ムカつくけど、ここは我慢だな。


「悪いが、アンジェは俺の嫁だ」


 煮えくり返る気分をなんとか収め、穏便にことを進める。


「ほ~っ、アンジェというのか。分かった。お前は今日から我の嫁だ」


「だから、俺の嫁だって言ってんだろうが!」


 どうやら、獣王の耳は飾りらしい。いや、もしかしたら、頭の中が花畑でいっぱいなのかもしれない。

 だが、奴の妄想なんてどうでもいい。いまは思いっきりぎゃふんと言わせてやりたい。


「耳が飾りなら、嫌でも分からせてやる――」


「今日は、このまま帰った方がよさそうっちゃ。くれぐれも暴れるなって言われてるんちゃ」


 怒りの鉄拳をお見舞いしようとしたのだが、その腕をラティが素早く掴んだ。

 そう、エルザからは、交渉が上手くいかないなら、そのまま大人しく帰れと言われているのだ。

 その時は、当然の発言だと思って素直に頷いたのだが、こういう展開になるとは思ってもみなかった。


「ちぇっ、分かったよ。帰るぞ!」


 やり場のない怒りを持て余しながらも、大人しく帰ることにする。

 別に、エルザが怖い訳ではなく、あくまでもこの世界のことを考えての判断だ。

 ところが、行く手を遮るかのように、奴が目の前に立ちはだかった。


「この女が欲しくば、力で勝ち取れ」


「はぁ? つ~か、俺の嫁だって言ってんだろうが! お前、脳が膿んでるのか?」


「いいぜ!」


「おいっ、アンジェ!」


「ただし、オレと戦って勝ったらだけどな」


挿絵(By みてみん)


 何を血迷ってんだ。俺の嫁よ! つ~か、悪い病気が発動したか……


 農作業を楽しそうにしていたのに、やはりアンジェは、アンジェという結論が導き出される。

 そして、俺の呆れとは裏腹に、戦いたい病が発動したアンジェが胸を張る。


「そうか。お前は、今日から我の妻だ」


「だから、人の話を聞け! このドアホっ! 俺の嫁だって言ってんだろうが」


「よしっ。男、我と勝負だ」


「ちょっと待て! オレと勝負だって言ってるだろ」


 このバカちん獣王は、耳に障害があるらしい。全く人の話を受け付けない。

 もしかしたら、アンジェなんて比にならないほどの脳筋なのかもしれない。


「ギリアン、あれだ。アレを用意しろ」


「は~ぁ。はい……」


「こらっ! 人の話を聞け! バカ獣王! その耳は飾りか!」


 アンジェが発狂するが、奴は全く聞く耳を貸さず、宰相に何かを言いつけた。

 というか、一国の王に向けてバカ発言があったのだが、誰一人として騒ぎ出す者が居ない。むしろ、家臣たちは納得の表情で頷いていたりする。


 この国、マジで大丈夫か? 完全に狂ってるぞ……こんなことなら獣国になんて来るんじゃなかった。


「獣王。どうぞ」


「よし、では――」


 別に、こんな国なんてどうでもよいのだが、このままだと収まりがつきそうにない。

 心底、後悔先に立たずだと悔やんでいると、奴は差し出された箱に手を突っ込んだ。


 あれって、どう見てもくじ引きだよな……まさか……


「これだ! ギリアン、直ぐに準備を進めろ」


「ガチンコ肉弾戦ですか……はぁ~、承知しました」


 溜息を吐きたいのはこっちだっての……はぁ~。まあいいや、サクッと片付けて終わりにしよう。いや、誰の女に手を出しているのか、しっかりと分からせる必要があるし、少しばかり痛い目に遭ってもらうか。


 脱力するギリアンに不満を抱きながらも、胸の内で怒りが渦巻くのを感じる。

そして、その気持ちの赴くままに、脳筋王にお仕置きすると決めた。










 すり鉢状に掘り下げられた地面の底には、不規則ながらも平らな石が敷き詰められている。

 円状に整えられた底の広さは、直径三十メートルくらいだろうか。

 そこに辿り着くまでの傾斜は、階段状に整地されている。それは、観客のために用意されたものだろう。

 そう、ここはコロシアムだ。バカ獣王を懲らしめるために、面倒だとは思いながらも、ギリアンに案内されるが儘にやって来た。

 そして、目にしたのは、規模といい、造りといい、魔国に劣らない闘技場だった。

 特に、四方に設置された獣の像が印象的だ。


「あの像って、モンスターみたいだが……」


「そんなことを言ったら怒られますよ。あれは聖獣の像です。この国では、エルソル様ではなく、聖獣を崇めていますから」


 異なる四種類の像に疑問を抱いていると、マルセルがコソコソと教えてくれた。

 ただ、その一つが気になって堪らない。


「なあ、あのピカチュウみたいなのも聖獣か? そもそも四体も居るのか?」


「聖獣のことですか?」


 耳聡く聖獣と聞きつけたのだろう。ギリアンが話に割って入ってきた。


「ピカチュウが何かは知りませんが、聖獣は四つの姿を持っていると言われています。おおとりの姿をした知見ちけんを与えるミカサ、半漁の姿で安寧あんねいを司るレイレン、強者の象徴たる獅子ラオラ、そして、最強最悪な生と死を司るリル」


 もしかして、あのピカチュウみたいなのがリルで、最強最悪なのか? 見た目からすると、愛玩動物にしか見えんが……


 生と死を司るリルは、どう見ても猫とリスが融合したような動物にしか見えない。あれで最強最悪と言われても、少しばかり信憑性に欠けるが、どのみち既に存在しない。そう、聖獣なんて存在しない。エルソルからは、自分と融合したと聞いている。


 そう考えると、獣国もエルソルを崇めていることになるな……崇められるような存在じゃないと思うんだが……


『不敬よ、ユウスケ。戻ったら話があるわ』


 ぐはっ! あいつ、未だに俺の思考を読んでるのか……つ~か、あいつ自身がリルじゃないのか?


『ふふふっ。あなたの気持ちなんて筒抜けよ。それに、リルが最強最悪なのは事実よ。その力は、わたしの中に取り込まれているからよくわかるわ』


 こいつの場合は、ニュータイプどころではないな。思考が読まれるって、超人○ックと同じレベルだ。てか、そうなると、奴そのものが最強最悪だよな……


「それよりも、立派な闘技場ですね」


 エルソルからクレームをもらって肩を竦めていると、綾香が周囲を見渡して感嘆の声を漏らした。

 ただ、立派だという感想は同様だが、少しばかり疑問を感じる。


「魔国の場合は、魔法の使用を考えて巨大に作られていたが、獣国にこの規模の闘技場が要るのか? 魔法は使えないんだろ」


 獣人は魔法の使用を苦手としている。生活魔法程度なら使えなくもないが、戦いとなると全く役に立たないレベルだ。


「そうですね。何か意味があるのかもしれませんね」


 マルセルが探るような眼差しで周囲を見渡しながら頷く。

 しかし、そんなことなど全くどうでも良い存在も居る。


「くそっ! あのバカ獣王。人の話を聞きゃしない。噂の脳筋は本当みたいだな」


 おいおい、お前が言うか……


 憤慨するアンジェだが、呆れて物が言えないのはこっちの方だ。


「おいっ、分かってんのか? お前、あいつの嫁になったら死ぬんだぞ?」


「ん? なんでだ?」


 こいつ、やっぱり忘れてやがる……


 彼女は何のことかさっぱりなのだろう。可愛らしく小首を傾げた。

 そこにマルセルが割って入る。


「あの~、アンジェさん。エルソル様から『力の種』を頂いた時に――」


「あっ! そうだった……どうしよう……って、オレが奴を倒せば、万事解決だな」


「ちげ~し」


 ほんと、一度こいつの頭の中を見てみたいもんだ。


「どのみち、獣王がユウスケに勝てるわけないっちゃ。ユウスケと戦うなんて時間の無駄なんちゃ。負けるために戦うみたいなもんやけ~ね」


「私もそう思うんですが、向こうもユウスケのことを知らない訳ないし、でも、あの余裕は……」


 能天気なアンジェを他所に、ラティが呆れた表情を見せると、綾香が首を傾げる。

 それに関しては、少なからず同じ疑問を抱いていた。


「確かに、死神の噂を知らない奴なんて居ないと思うが……ただ、あいつは唯の脳筋なんじゃないのか?」


 他人の話に耳を傾けない態度からしても、完全無欠の脳筋に思える。

 アンジェも脳筋ではあるが、あれに比べれば可愛いものだ。


「この場合、アレだろ。井の中のオカズってやつだろ」


 ちげ~し。なんだ、その似て非なることわざは! だいたい、井戸の中にオカズなんてぶち込んでも、食べられなくなるだけで自慢にもならんだろ。食べ物を粗末にするなよ。投げ込んだオカズは、後でスタッフが美味しく頂きましたって訳にはいかね~んだから、クレームが山ほど来るぞ。


「アンジェ、それって間違ってますよ」


 さすがは召喚者だけあって、綾香は諺の誤りを看過できなかったようだ。すぐさま、口を挟んだ。


「ん? ロココから教えてもらったんだが、間違えてるのか?」


「はぁ~、陽菜乃ひなのが間違えるとは思えませんが……それを言うなら、井の中のナマズ大海しらずです」


「ちげ~し、蛙だ。カ・ワ・ズ」


「あっ……そうともいいます」


 そうともいいますじゃね~。お前、本当に日本人か? ナマズを井戸に突っ込んで地震検知でもする気か? こいつらの相手をしていると頭が痛くなる。もう放っておこう。それよりも、状況でも確認するか。


 誤爆を発動して赤面する綾香を放置して、マップの状況を確認するのだが、そこで異変に気付く。


「あれ? 綾香、また何かやらかしたか?」


「ちょ、ちょっと、それってどういう意味ですか!」


 綾香がふくれっ面になるが、無視して固有能力の確認を行う。

 すると、ラティが冷たい視線を綾香に向けた。


「アヤカ、またやったん? 固有能力が使えんよ」


「えっ!? って、私じゃないです。何かあると私の所為にするのはやめてください」


 勘の良いラティは、直ぐに気付いて固有能力の使用を確かめたようだ。

 綾香は能力が使えないことに驚きつつも、直ぐに不平を漏らした。しかし、すぐさま反撃を食らう。


「ユウスケに教えてもらった言葉でいうなら、自業自得なんちゃ」


「因果応報ともいうらしいですね」


「身から出た鯖だっけ?」


 それを言うなら、さびなんだけどな。身体からサバが出たら怖いわ。


 ラティが嫌らしい笑みを浮かべ、マルセルが困った表情を見せる。アンジェについては、つくづく残念だ。

 ただ、アンジェのおっちょこちょいなんて問題じゃない。現状の問題は、固有能力が使えなくなっていることだ。


「錆です。サバじゃありません。それにサバなんて読んでません」


 常に胸の大きさに過大申告する綾香は、胸の上に手を置いて憤慨する。

 それ自体が自爆攻撃なのだが、本人は気付いていないようだ。


「ああ、言い忘れてましたが、聖獣の間では、いかなる能力も使えません」


 俺達が慌ただしくしていることに気付いたのだろう。ギリアンが取って付けたような説明をしてきた。

 というか、先に言え。どう考えても、わざと黙っていたとしか思えんぞ。


「それって、獣人が魔法を苦手にしているからか?」


「聖獣様の思し召しです」


 図星だったのか、ギリアンは眉をヒクリとさせるが、顔を顰めることなくしれっと話を終わらせた。


 どういうことだ、聖獣。なんとか言えよ。


『さあ、わたしは知らないわ。思念体が何かしたのかもね』


 ちっ、使えね~。


『話があるわ。少し顔を貸しなさい』


 思わず心中で舌打ちすると、思いっきり喧嘩を売られた。いや、この場合、売ったのはこっちかもしれない。


 まあいい。理由さえ分かれば、いくらでも対処できる。それに、あのバカ獣王を倒すのに固有能力なんて必要ない。


「なんだ。怖気づいたのか。所詮、死神と言っても、能力が使えなければ唯の人だな」


 うおっ、いつのまに……俺の背後をとるとか、侮れん……


「別に、お前を倒すのに能力なんて必要ねえ。つ~か、初めから使う気なんてないからな」


 突如として背後に現れた獣王に驚くが、平静を装って反論する。

 ちらりと視線をラティに向けると、いつでも戦える態勢を執っていた。その事からして、彼女も奴の接近に気付かなかったようだ。

 ただ、奴は何も気にしていないのか、チラリとアンジェを見やると、拳を天に突き上げた。


「さあ、我の女が欲しくば、力で勝ち取れ」


「だから、俺の嫁だっての! このバカ獣王!」









 観客の居ない闘技場は、思いのほか活気がないものだ。

 その穴埋めをするかのように、獣国の臣下達が最前席を埋めている。

 ただ、気になるのは、彼等の表情から不安を感じ取ることができないことだ。

 それほどまでにバカ獣王の力を信じているのだろうか。


 何を根拠に自信を持ってるんだ? 魔法や固有能力が使えないなら勝てると信じているだけか? いや、考えても仕方ない。サクッと終わらせて帰ろう。こちとら、伊達に人類最高レベルに達している訳じゃない。キャインと言わせてやるさ。多少やり過ぎても、マルセルが居るからなんとでもなるだろう。


「――ということで、ルールは魔法や能力なしの力勝負です。ああ、ガチンコ肉弾戦なので、武器も禁止になっています。相手が負けを認めるか、行動不能で試合終了となります。一応は、不殺となりますが、死に至る場合もありますので、あまり無理をされないように」


 ギリアンの説明を聞き流しながら、どうやって泣きを入れさせるかと考える。

 固有能力や魔法が使えないどころか、武器の使用も禁止なので、完全に格闘勝負なのだが、全く以て負ける気がしない。

 しかし、この試合方式を決めたくじ引きの内容が気になる。あの中に、魔法や能力ありの戦いが含まれていたのだろうか。


「先程までの威勢はどうした。さあ、かかってこい」


 半裸となったバカ獣王が不敵な笑みを見せる。

 その厳つく盛り上がった筋肉は、まさにボディービルダーみたいだ。

 しかし、別に畏怖することはない。


 まあ、筋肉モリモリマッチョが強い訳じゃないからな。つ~か、栄養の全てが筋肉に吸収されたようだな。少しは脳にも分けてやれよ。


「威勢も何も、こんなのは消化試合だ。こいというのなら、こっちから行かせてもらおうか。後で卑怯だと言うなよ」


 自信満々の獣王に攻撃を仕掛けるべく、素早く死角へと回り込む。

 実力が違うとはいえ、正面から馬鹿正直に攻撃したりしない。まかり間違ってラッキーパンチを食らうことだってあるのだ。


「ふんっ!」


 奴はこっちを舐めているのか、死角に回り込んでも緩慢な動作で応じる。そこに付け込んで、ちょっとだけ気合いの入った足刀蹴りを叩き込む。

 もちろん本気ではないが、常人なら二十メートルは飛んで行く代物だ。


「ぬおっ」


 素早く叩き込んだ蹴りを奴はその太い腕で受け止める。

 しかし、勢いを殺せなかったのだろう。そのまま五メートルほど吹き飛ぶ。


「ぬっ! なかなかやるではないか」


 驚きを露わにするものの、奴は全くダメージを受けていないように思える。

 それどころか、その厳つい顔に笑みを浮かべた。


 俺の蹴りを食らってこの程度で済むとか、こいつは気合いを入れた方が良さそうだな。


「ただの挨拶代わりだけどな」


「ふん。抜かすではないか。では、こちらから参る」


 鼻を鳴らした獣王が素早く死角に回り込んでくる。

 その巨躯きょくからは信じられないほどの速さで詰め寄ってくる。その素早さは、とても固有能力なしの動きとは思えない。


 おっ、めっちゃ速いじゃんか。どんなインチキだ?


 思わず感嘆してしまうが、この程度で驚くこともない。


 ふむ。これなら己惚れてもしかたないか。相手がアンジェなら、そこそこの戦いになったかもな。だが、俺に挑むなんて一万年早いっての。


「食らえ!」


「食らうかよ」


 強烈なパンチが突き込まれ、それによって生まれた風切り音が耳を叩く。

 もちろん、奴の攻撃なんて食らったりしない。余裕をもって躱し、逆に背後をとる。


「なにっ!」


「なにじゃね~よ。おせ~よ、脳筋」


「ぐあっ」


 隙を突いて中段回し蹴りを叩き込む。

 俺の動きに驚愕していたこともあって、奴はそれをモロに食らってくれた。今度は真面に食らった所為か、十メートルほど吹き飛んで地面に転がる。

 どうやら、俺の速さは想定外だったようだ。ご愁傷様。


「これで終わりか?」


 よろよろと立ち上がる獣王に向けて、これまでの鬱憤を晴らすかのように毒を吐く。

 正直、自分では決まったと思ってご満悦だったりする。


「なんのこれしき。お、思ったよりもやるではないか」


 ほ~ぉ、まだ強がる元気があるんだな。つ~か、思いっきり噛んでるし……


 かなりのダメージを食らっているように見えるが、奴は然も何でもないかのように取り繕う。

 だが、既に雌雄は決している。もちろん、俺の圧勝だ。

 そもそも、こちとらレベル百を優に超えているのだ。面と向かって勝負を挑むのが無謀なのだ。


「おいっ、やばいんじゃないのか?」


「マジで獣王が負けるのでは?」


「まさか、死神がこれほどとは……」


「魔法と固有能力さえなければ唯の人だと言ったのは誰だ?」


 どうやら見ている者も力の差を感じ取ったようだ。それまで余裕を見せていた臣下達も狼狽え始める。

 そんな者達に、うちの面子がそれ見たことかと追い打ちをかける。


「死神に戦いを挑むなんて、無謀そのものです」


「ボスモンスターとスライムが戦うようなもんなんちゃ」


「確かに、象と蟻の戦いですね」


「オレでも手も足も出ないのに、獣王如きが挑むのが間違いだ」


 獣王如き……


 マルセル、ラティ、綾香、三人は良いとして、アンジェが上から目線なのは、おそらく自分の意見を無視されたのが要因だろう。


 まあいい。なんか不毛に思えてきたし、腹も減ったし、そろそろ終わりにするか。


「ギブアップしないなら、もう少し痛い目に遭ってもらうことになるが、構わないよな?」


 特に忙しいわけではないが、こんな茶番にいつまでも付き合ってやる義理もない。さっさと幕を引きに取り掛かる。

 ところが、奴は全く退く気がないようだ。


「少し油断しただけだ。これからが本番だ」


「まさか……獣王、それは――」


「うるさい」


 奴の態度から何を察したのか、ギリアンが慌て始める。

 しかし、奴はそれを黙らせると、どこからか短刀を取り出し、手の甲を斬り裂いた。


 おいおい、ガチンコ勝負なのに武器を携帯かよ……


 思わず反則だと口にしそうになるが、短刀一本で形勢が逆転する訳ではない。目くじらを立てるほどのこともないだろう。

 ただ、奴の行動が無性に気になる。


「お、おやめください。それだけは――」


「いまここに祈りを捧げん。古き盟約を以て、我に力を与えん。聖獣降臨!」


『ふぐっ……』


 焦って押し留めようとするギリアンを無視して、奴は思いっきりインチキを発動させた。


 おいおいおい。能力なしのガチンコ勝負じゃなかったのかよ……聖獣降臨って、もしかしてエルソルが降臨したりしないよな。「ふぐっ」って、おい、エルソル。大丈夫か?


 エルソルの呻き声が頭の中に響いた途端、耳をつんざく爆音と共に、雲一つない大空からいかづちが降り注ぐ。


「うおっ! 耳痛~~~~~っ。くそっ」


 まあ、実際は自分に落ちても、きっと死なないと思うのだが、さすがに試したいとは思えない。それもあって瞬時に間合いを取ったのだが、雷は脳筋獣王をロックオンしていたようだ。


「おいっ、もしかして自爆攻撃か? つ~か、生きてんのか? ん? なんだ、ピカチュウか? つ~か、これって、確か、リル?」


 雷の直撃を食らった獣王の生死を気にしたのだが、どこにも獣王のゴツイ姿はなく、可愛らしい動物がちょこんと立っていた。首を傾げている姿がとても可愛い。


 くは~~~っ、めっちゃ可愛いじゃん。連れて帰りたいくらいだぞ。


「あわわわわわ」


 小動物の可愛い仕草に心癒されていると、泡を吹くギリアンの声が耳に入った。


「ん? どうしたんだ? 何を慌ててるんだ?」


「ま、拙いです。み、みなさん、逃げてください。よりにもよって、聖獣リルとか……」


 顔面蒼白のギリアンに声をかけるのだが、奴は慌てるばかりで要領を得ない。

 しかし、状況を理解しているのか、獣王の臣下達は逃げ始める。


「に、にげろ!」


「リルだ」


「なんてこった!」


「悪夢の歴史が繰り返されるとは……」


 誰もが顔を引き攣らせて闘技場の階段を駆け上る。

 その途端、可愛らしい鳴き声が響き渡る。


「ルルルーーーー!」


 何を思ったのか、リルは階段を駆け上る者達の前に現れた。


「ひーーーーーーっ!」


「あうっ」


「聖獣様、お慈悲を」


「こんなことになるなんて……」


 腰を抜かす者、銅像の如く硬化する者、土下座で命乞いをする者、唖然と天を仰ぐ者、誰もが自分の運命が尽きたかのような表情だ。

 しかし、その者達を前にして、リルは機嫌良さそうに尻尾を振っている。その光景が滑稽に思えてならない。


「どういうことだ? なんで、慌ててるんだ? 悪夢の歴史ってなんだ?」


「文献によると、リルは気の赴くままに殺戮を繰り返し、満足すると天に還るとされています。過去にも降臨した記録があって、その時は二千人が葬り去られたと言われています」


「マジかよ……そんな記録があって降臨させるとか、自殺行為じゃんか」


「申し訳ありません」


 ギリアンが素直に頭を下げる。しかし、既に起こってしまったのだ。無かったことにはできない。


 ちっ、エルソル。大丈夫か? 奴を戻す方法はないのか? お~い! エルソルさんよ~。


 降臨した聖獣を何とかするべくエルソルに声をかけるが、全く以てレスポンスがない。

 そのことから、嫌な予感が頭をよぎる。


 もしかして、あれってエルソルが降臨してるのか? もしそうなら、かなり拙いぞ……


 正直、自分は死神で最強だと自慢してみても、神であるエルソルには勝てるはずがない。

 もし、降臨したのがエルソルであるのなら、恐ろしく厄介なことになるだろう。


 とにかく、ここはリルを何とかしないと……


「ラティ、アンジェ、マルセル、綾香、アレを天に還すぞ」


「了解なんちゃ」


「よっしゃ! オレの出番だ」


「分かりました。防御は任せてください」


「あの~、あれ、欲しいんですけど……」


 道具袋から弓を取り出したラティが、すぐさま戦闘態勢を整える。

 アンジェは、待ってましたとばかりに鉄パイプとバールを構える。

 自分の役割を果たすために、マルセルも真剣な表情で頷く。

 綾香はリルの可愛らしさに負けたのだろう。愛玩動物にしたいようだ。

 ただ、あれがエルソルだとするならば、間違っても愛玩動物にはならないだろう。いや、ごめんこうむりたい。


 つ~か、なんでこんなことに……これこそ、藪蛇ってやつじゃないのか? でも、この状況で知らん顔もできんし、ほんと、誰がトラブルに愛されてるんだ?


 とんでもない展開にうんざりしながら、聖獣かみを前にして、神を呪いたい気分になってきた。



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