70話 恩讐
慣れた調子で黒いトンネルを通り過ぎると、そこには久々に見る我が家があった。
ファルゼン――時繁をたおしてからというもの、本拠を天空城にしていたことから、殆ど帰ってくることがなかった。
しかし、天空城をエルソルに貸し与えたことにより、必然的に拠点をジパングにある我が家に移さざるを得なかったのだ。
ただ、久しぶりに我が家に帰ってみると、これはこれで居心地が良いと思えた。
「久しぶりですけど、やはり和風の家は良いものですわね」
純和風の平屋建てを目にした麗華が、ホッと息を吐く。
聞いた話では、旧家である彼女の自宅も和風の大きな平屋建てらしく、俺以上に慣れ親しんだ雰囲気を感じるのだろう。
「そうだな。やっぱり、日本人だと和風の家がいいよなって、うちは建売だったけど……」
日本に住んでいたころの我が家を思い出し、目の前にある立派な屋敷と雲泥の差だと感じて肩を竦める。
すると、それに同意する声が上がる。
「そうですね。私なんてマンションだったので、平屋建ての大きな一軒家なんて、夢のまた夢ですね」
綾香が自分の実家を思い出したのだろう。あまりの違いに溜息を吐いている。
そこで冷たい視線が向けられる。
「東京で我が家があるだけ凄いニャ。うちなんてボロボロの借家だったニャ。みんな贅沢ニャ」
「うっ、すまん」
「あぅ……ごめんなさい」
「うぐっ……ごめんです」
縦割れの瞳を半眼にしているロココに謝ると、麗華と綾香も続けて頭を下げた。
すると、ロココは直ぐに表情を和らげて首を横に振る。
「別にいいニャ。昔、いえ、前世の話だしニャ。今は最高に幸せだから問題ないニャ」
「そうですわね。いまは、みんなユウスケのお陰で幸せですもの」
「そうですよ。ロココと麗華は、子供まで授かって、これで文句を言ったら罰が当たります。というか、私が罰を当ててみせます」
「子供……私も早く……」
笑顔を向けてくるロココに、麗華が頷いて見せると、綾香が頬を膨らませながら警告する。
彼女の横では、マルセルが羨ましそうにボソリと呟く。
そこに、肩を竦めたアンジェが割り込む。
「こうやってたって、仕方ないだろ。さっさと家に入って疲れを癒そうぜ。そうそう、風呂に入りたいぜ」
「それがええっちゃ。お腹が空いたんちゃ」
「そうだな。ルルラと美麗も寂しがってるだろうしな」
アンジェとラティの尤もな意見に頷き、我が家に足を踏み入れたのだが、予想に反して愛娘達の出迎えはなかった。いや、それどころか、家の中にいなかった。
その代わりではないが、城に居るはずの爺ちゃんが居間でお茶を飲んでいた。
「おお、お帰り。どうじゃった?」
「あれ? なんで爺ちゃんがいるんだ? 城に居なくていいのか?」
「ん? ああ、一応、カツマサを使いに遣ってるから大丈夫じゃ」
ほんとに大丈夫なのか? まあいいや……
「取り敢えず、ロマールのダンジョンの一つを片付けてきたぞ」
「おお、そりゃ上々じゃ」
嬉しそうに頷く爺ちゃんは良いとして、愛娘がいないことが気になる。
「ところで、うちの天使達はどうしてる? 姿が見えないんだけど。そういえば、サクラもいないし」
娘達のみならず、サクラも居ないことに気付いて怪訝に思うのだが、爺ちゃんは湯飲みを手にしたまま、視線だけを壁に向けた。
ん? あっちは……まさか、本当に修行してんのか? おいおい、サクラ。勘弁しろよ……てか、爺ちゃんの護衛はどうなったんだ?
そう、爺ちゃんが視線を向けた先には道場がある。
「ちょっと見てくる」
「うむ。それが良かろう」
「アンジェ、綾香、悪いけど――」
「うむ。了解だ」
「分かりました」
コクリと頷く爺ちゃんの護衛に、アンジェと綾香を残して道場に向かう。
直ぐ近くまでやって来ると、道場の方からけたたましい音が聞こえてくる。
「凄い音がしたぞ? どんだけ気合い入れてんだ?」
「大丈夫ニャ。わたしの娘だからニャ」
「そうですわね。勇者の娘ですもの。少々のことでへこたれてもらっては困りますわ」
おいおい、お前等な~。自分と一緒にするなよな……
教育ママ全開のロココと麗華に呆れつつも、道場の扉を開けようとしたところで、その手を掴まれた。
「待つニャ。取り敢えず、どんな調子かコッソリ見学するニャ」
「それがいいですわね」
お前等、ほんとに鬼だな……ルルラ、美麗、二人とも生まれてくるところ間違えたかもしれんぞ?
心底、愛娘達を哀れに思いつつも、こっそりと道場の中を覗く。
そこには、落ち着きのある佇まいを見せるサクラと、指輪の効果で十二歳くらいに成長した愛娘、ルルラと美麗の姿があった。
「ニャーーーー!」
脇差サイズの木刀を左右の手に持ったルルラが、稽古用の薙刀を持ったサクラに向かっていく。
機敏な動きでサクラの横に回り込んだルルラは、振り上げていた左の木刀を打ち込む。だが、その一撃はサクラの何気ない動きで、易々と避けられてしまう。
それでも、ルルラは少女とは思えない瞬発力で向きを変え、今度は右手の木刀を振り上げる。
ルルラの動きは目を瞠るほどであり、大抵の者では敵わないだろうと思えるほどなのだが、十三使徒のひとりであるサクラは、それほど生易しい相手ではない。
「隙だらけですよ」
キラリと瞳を輝かせた彼女は、今まさに木刀を振り下ろそうとしていたルルラの脚を薙刀で払う。
彼女が振るう薙刀は稽古用であり、本来なら刃が取り付けられている先端に布が巻かれている。
だが、だからといって、全く痛くない訳ではない。
「ウニャーーーー!」
強かに脚を払われたルルラが、床に転がって悲鳴をあげる。
おっ、おい! サクラ、うちの娘になんてことをすんだ!
思わずクレームを入れようと思ったのだが、ロココの手で口を塞がれてしまった。
こらっ! ロココ、お前の娘でもあるんだぞ!
不満を露わに、視線をロココに向けるが、彼女は真面目な表情で首を横に振る。
もちろん、その間も稽古は続いている。
「やぁーーーーーー!」
指輪の力で少女姿となった美麗は、知り合った当初の麗華を思わすような美しさを放ちつつ、両手で持った木刀を一閃させていた。
その足さばきといい、打ち込みといい、とても少女には思えないのだが、相手はサクラ、いや、鬼なのだ。
「馬鹿正直に突っ込んでくる人がいますか!」
意図も容易くお腹に薙刀の一撃を食らってしまう。
「うきゃ! いつーーーー!」
お腹に痛烈な一撃を食らった美麗が、無残にも床に転がる。
一応は剣道の胴のようなものをつけているのだが、あまりの仕打ちに怒りが込み上げてくる。
ちょ、ちょ~、サクラ、いい加減にしろよな!
大粒の涙をその綺麗な瞳いっぱいに溜めた美麗を見やり、思わず飛び出しそうになるのだが、麗華から羽交い締めにされてしまった。
「マジか!? お前等、二人に何をさせる気だ? 別に戦いなんて覚えさせなくてもいいだろ!?」
「そうですわね。ですが、戦えるけれども平和に生きるのと、戦えないまま平穏を望むのは、全く別ですわ」
「そうニャ。この世界は、力がモノを言うニャ。だからって、相手を力でねじ伏せる気はないけど、ねじ伏せられるのは嫌ニャ」
「それは分からんでもないが……指輪で少女になってるとはいえ、二歳だぞ?」
麗華とロココの意見を理解しつつも、少し急ぎすぎだと反論する。
どうやら、その声が少しばかり大きかったようだ。
「あっ! パパニャ! あうっ……」
「パパ? パパーーーー! うぐっ……」
窓から覗いていたのがバレてしまった。
ルルラは尻尾をピンっと立てると、瞳を見開いて走りだそうとするが、足の痛みでコケてしまう。
美麗も涙を溜めていた瞳をキラキラと輝かせたかと思うと、慌てて立ち上がろうとしたのだが、床に転がったことで身体を痛めたのか、その場で蹲ってしまった。
「ほらっ、やり過ぎだって。ルルラ、美麗、大丈夫か!?」
慌てて道場に入ると、愛娘二人にミドルヒールをかけるのだが、どういうわけか、背後から嫁達の溜息が聞こえてきた。
巨大な槌が振り下ろされる。
その一撃は、簡単に人間を潰れたトマトの如く、唯の肉塊に変えてしまうだろう。
もちろん、当たればの話であり、いとも容易く避けてしまう少女二人を前にして、槌を振り回すミノタウロスの表情は、どこか寂しげに思えてならない。
「えいニャ!」
「ブモーーーーーーー!」
獣人の血が流れているだけあって、母親譲りの素早さを持つルルラは、易々とミノタウロスの死角に回り込む。そして、綾香特製のダガーでミノタウロスの右腕を切り裂いた。
運動神経は桁外れだが、やはり力が足りないようだ。切り裂きはしたものの、それほど深い傷ではない。
それでも、ルルラの攻撃は終わらない。すぐさま、反対側に回り込むと、すかさず左腕にも切れ味の鋭いダガーの刃を走らせる。
致命傷ではないものの、両手を切り裂かれたミノタウロスは、力無く槌を取り落としてしまった。
「いまニャ!」
「うん! やぁーーーー!」
隙をついたルルラがミノタウロスから攻撃力を奪うと、すぐさま距離を取りながら声をあげた。すると、やはり綾香特製の日本刀を振りかぶった美麗が魔物を袈裟切りにする。
「フンゴーーーーー!」
肩から脇にかけて深い傷を負ったミノタウロスは、絶叫とも呼べる声をあげるが、二人にとって残念なことに、それは断末魔ではなく怒りの叫びだ。
怒りを露わにしたミノタウロスは、己が身体に傷をつけたことを許さぬと言わんばかりに、頭に生えた二本の角を美麗に向けて襲い掛かった。
「あうっ……」
己が一撃で倒せなかったことを悔いているのか、はたまた、ミノタウロスの怒りに怯んだのか、美麗は逃げることも忘れて立ち竦んでしまう。
「みれい、よけるニャ」
「あっ、う、うん」
ミノタウロスの刺突攻撃を前にして、固まっている妹に声をかけながらも、ルルラは素早く背後に回り込む。そして、姿勢を低くしたミノタウロスの背中に飛び乗ると、容赦なくダガーをその太い延髄に突き入れた。
「これで、おわりニャ」
ルルラの声がダンジョンに轟くと、ミノタウロスは赤く染まった目を白眼に変えて、そのままうつ伏せに倒れた。
そう、見事に二人だけでミノタウロスを倒したのだ。
「やったニャ! みれい、だいじょうぶかニャ?」
「う、うん。だいじょうぶ」
ミノタウロスの背中でピョンピョンと飛び跳ねているルルラは、逃げそこなって尻餅をついている美麗に気付いたのか、嬉しそうにしていた表情を直ぐに消した。
ただ、妹が無事であることを知ると、ルルラは黒い霧となって消え始めたモンスターから飛び降りる。そして、妹を立ち上がらせる。
「ほらほら、おしりがよごれたニャ」
「ありがとう。ルルラ」
ニコニコとした姉につられて、美麗も微笑むが、そこで教育ママから活が入った。
「美麗は気合いが足りませんわよ? でも、二人ともよく頑張りましたわ。特に、ルルラはとても良いですわ」
「ん~、ルルラはもっと早く止めをさせたんじゃないかニャ? 今回の相手だと、美麗には辛い相手だし、動きの速いルルラの方が有利なんだから、ルルラがもう少し相手の意識を引き付けた方が良いニャ。でも、二人ともよく頑張ったニャ」
麗華とロココが気になるところを指摘しつつも、戦いぶりを褒めると、ルルラと美麗がニヘラと笑みをこぼした。
まあ、普通ならミノタウロスと戦わせるほうが異常なんだが……
「よし、二人ともよく頑張ったな。今日はこれくらいで戻ろうか」
「もうかえるかニャ?」
「も、もうすこし……」
二人の嫁に呆れつつも、愛娘達に帰ることを告げると、不満そうな表情を露わにしている。
慣れとは恐ろしいものだな。初めのうちはモンスターを目にして逃げ回っていたのに……おまけに、一体倒すたびに呻き声や悲鳴をあげてた癖に……まあ、ダンジョンのモンスターは血を出さないし、死んでも消えてなくなるから慣れやすいのかもな。
すっかり変わってしまった娘達を見やり、強くなったことに対する喜び、モンスターとはいえ平気で倒してしまうようになった不安、二つの感情を抱いて複雑な心境となる。
「ん~、どうせなら、このまま最下層まで向かった方が良いんじゃないか?」
おいおい、何を言ってるんだ、アンジェ。二人に実際のダンジョンを見せてやるのもいいと言うから渋々連れてきたのに、今度はそのまま最下層に行くだと!? ありえん。
そう、嫁達の圧力に負け、愛娘達にダンジョンの初体験をさせたのだが、娘達よりも嫁達の発想の方が恐ろしくなる。
ただ、強い味方が登場する。
「時間的にも頃合いだし、一旦は戻った方が良いのではないですか?」
マルセルが屋敷に戻ることを進めてくると、ラティもそれに頷いた。
「お腹も空いたし、うちもその方がええと思うんちゃ」
結局、二人の賛成もあって、ジパングの屋敷に戻ったのだが、そこで恐ろしい事実を目にすることになった。
温かい湯気が立ち込める中、ゆっくりと湯船に浸かり、然して疲れてもいない身体と気苦労で疲弊した精神を癒していた。
隣では幼女姿に戻ったルルラと美麗が、ぴちゃぴちゃとお湯をかけ合って遊んでいる。
屋敷に戻り、いつものように食事の前に浴場に向かった。すると、これまたいつものようにルルラと美麗がついてきた。そして、そんな二人をいつものように洗ってやる。
もちろん、嫁達も居るのだが、娘を洗ってやるのは俺の役目だと認識している。というか、俺の楽しみでもある。
「ウニャ! ニャハハハ」
「えいっ! きゃははは」
何が楽しいのか、いつまでもお湯のかけ合いをしながら、嬉しそうな声をあげるルルラと美麗を眺めつつ、二人のステータスを確認する。
ふむ。さすがに養殖だし、レベルの上がり方が半端ないな……まあ、本来は養殖なんてさせたくないんだが、実力も徐々に上がって来たし、良しとするか……
物凄いレベルの上昇を見せる二人のステータスを、上から順に眺めている時だった。
「な、なんだと!」
途中で、思わず声をあげてしまった。
「どうしたんちゃ?」
「なにかあったのかニャ?」
驚き声に反応したラティとロココが視線を向けてくるが、ステータスに釘付けとなっているが故に、それに反応することができなかった。
というのも、美麗のステータスに大きな変化があったからだ。
そう、美麗に固有能力が発現していた。それも飛びっきりレアぽい代物だ。
どうしてこれまで見落としていたのかは不明だが、間違いなく固有能力が記されていた。
「どうしましたの?」
子供を産んだとは思えないほどに、美しいスタイルを保った麗華が、いつまでも一人驚いている俺に声をかけてくる。
それに気付いて周りを見回すと、誰もが注目していた。
うっ……いまさら、何でもないなんて言っても、きっと信じてくれないだろうな……
実を言うと、瞬時に内緒にすべきだと判断したのだが、この状況では隠せる気がしない。
ただ、これを知らせると、彼女達のスパルタが更に加速する予感がする。
だが、現在の雰囲気からすると、間違いなく言い逃れはできないだろう。
「あ、ああ、実は……美麗に固有能力が発現したんだ」
「えっ!? それは本当ですか!?」
母親である麗華が、瞳をキラキラと輝かせる。
ほらきた……だから言いたくなかったんだ……きっと、暴走し始めるぞ……
「それで、どんな固有能力なん? なんか、拙い力なん?」
顔つきから問題ありだと感じたのか、ラティが不安そうな表情を見せる。
当の本人である美麗は、固有能力が何たるかを知るはずもないが、自分が関係あるとしってか、どこか心配そうな雰囲気だ。
「いや、特に拙いという訳じゃないんだ。ただ、ちょっとレアぽくてな」
「本当ですか!?」
唯でさえ瞳を輝かせていた麗華の表情が、これ以上ないほどに華やぐ。
おいおい、そんなに喜ぶことか? いや、喜ばしいことではあるんだが……仕方ない。ゲロするか……
「それなんだが、美麗の固有能力は、再生だ」
わが身のことのように喜ぶ麗華を見やり、肩を竦めつつ事実を告げた。
ただ、誰もが首を傾げている。いや、一番のレア能力を持っている綾香だけは、その能力が持つ可能性に気付いたのだろう。驚愕で顔を引き攣らせている。
「それって、凄い能力じゃないですか。みんなの胸を縮退できますよ」
ちょっ、そっちかよ……てか、胸なんて縮退させなくていいってば……
その後は、成長の指輪を付けさせた美麗に、色んな実験をさせて能力の確認を行うことになった。
まるで腐った部屋のようだ。
壁はドロドロとした粘液に塗れ、床も腐臭漂う汚物のような物で埋め尽くされている。
「パパニャ。ルルラ、このままじゃ、しぬニャ」
「お口をあけたくないです」
愛娘のルルラと美麗が、今にも死にそうな声を上げる。
ああ、そういえば、娘二人にギャングマスクを装着させるのを忘れていた。
「綾香、頼む」
その一言で理解したのか、綾香が道具袋からギャングマスクを取り出して二人に渡す。
綾香の表情は、どこか申し訳なさそうだ。
「ひどいニャ。こんなものがあるなら、はじめからわたしてほしいニャ」
「アヤカママ、うらみます」
綾香は二人の娘の前で、両手を合わせて必死に謝っている。
実のところ、ダンジョン攻略にルルラと美麗を連れてくるつもりはなかったのだが、美麗に固有能力が発現したことから、嫁達が絶対に参加させるべきだと言い出したのだ。
俺としては、例えモンスターであろうとも、生き物を始末する現場に、幼い二人を連れ出すのは好ましくないと、最後まで抵抗した。ところが、本人達もやると言い出したことから、多数決で負けてしまったのだ。
現在、ローデス王国のダンジョンにきている。
あれから二つのダンジョンを攻略し終え、既に三つのダンジョンを解放している。そして、このダンジョンが四つ目だ。
その間、召喚者が現れたのは、一番初めのダンジョンだけだ。
二つ目以降のダンジョンでは、特にボスキャラが現れることもなく、美麗の力でコアを再生させた。
それにより、一番初めのダンジョンとは違って、二つ目と三つ目のダンジョンは、その機能を保持したまま奴等の力を消滅させることに成功した。
「ここが最下層みたいニャ」
ロココが言う通り、ここが四つ目のダンジョン最下層なのだろう。
というのも、目の前にボスキャラが居る。
ただ、そのボスキャラは見るからにラミアなのだが、普通のモンスターではなく、どこか見覚えのある面影を残していた。
そう、一番初めに入ったダンジョンと同様に、それは召喚者の成れの果てらしい。
「水菜さんのようですわね」
「哀れなものですね。というか、あの二つの果実が異様にムカつきます。切り落としましょう」
「裸族ニャ。破廉恥ニャ」
麗華、綾香、ロココ、三人がそれぞれの想いを言葉にした。
水菜ね~。確かに面影があるが……というか……
目の前にいるラミアを眺めつつ、昔のクラスメイトである少女のことを思い出す。
奴は既に人を捨てている状態だ。上半身は裸で大きな胸を露わにし、下半身は蛇となっている。
「それにしても、水菜って、実は巨乳だったんだな」
思わず忌憚のない感想を述べると、ロココと綾香の視線が突き刺さった。
いてて……こりゃ、迂闊だったな……
「ユウスケ、最低ニャ。あの乳を削るニャ」
「ユウスケ、そんなに大きいのがいいのですか? 世の中の巨乳を美麗に再生で縮退させますよ。こんにゃろ!」
ロココがクレームを入れつつも、水菜に向けて罵声を浴びせかける。
自分の胸と見比べていた綾香が、俺に氷の視線を投つけながら、人類貧乳化計画を宣言した。
ただ、麗華だけは平常運転だ。
「ふふふっ。わたくしには勝てませんわ」
「れいかママニャが、めっちゃうれしそうニャ」
「ママ……」
悔しがるロココと綾香を尻目に、麗華が勝ち誇っている。
ルルラは呆れた様子で肩を竦め、美麗は自分の母親を残念だと感じたのか、押し黙ってしまった。
その途端、水菜が怒りを露わにする。あまりに緊張の欠ける俺達が気に入らなかったのかもしれない。
「何よ! 勝手に私の胸について論評しないでよ! あなた達の所為で、こんなことのなったのに……それに、そこの男は見るな!」
この場に居る男と言えば、当然ながら俺だけだ。
見るなという前に、隠せばいいじゃないか……
奴の発言を不満に思うが、ここで敵に後を見せる訳にもいかない。というか、いまさら乳の一つや二つで動揺する年頃でもない。
なにしろ、こっちは嫁が十三人も居るんだ。合わせて二十六乳だ。
「いや、俺の嫁達は、もっと良い乳をしてるからな。別に何とも思わないぞ? ほらっ!」
動揺することなくアンジェと麗華を抱き寄せる。
この辺りが、大人となった俺の実力だ。
ただ、その発言を聞いたルルラと美麗が、なぜか、とても残念そうな表情をしている。
どうやら、娘達にとって、いまの発言は減点対象だったらしい。
それでも、奴には効果覿面だったようだ。
「きぃーーーーーー! 悔しいーーーーーーー!」
「まあ、あの程度の乳じゃ、敵じゃないな!」
「そうですわね。雑魚ですわ」
発狂する水菜を他所に、アンジェと麗華は恐ろしくご満悦の様子だ。
どうやら、娘達とは違って、二人にとって、今度の発言は加点対象だったようだ。
まあいい。そんなことより、聞きたいことがあるんだ。
今回は真面な言葉を話せるみたいだし、精神的にも人間に近いようなので、抱いていた疑問をぶつけることにした。
「あのさ、水菜」
「何で知らない人から呼び捨てにされなきゃいけないのよ」
どうやら、柏木勇助であることに気付いてないみたいだ。まあ、それも当然だろう。
仕方ないので、周りの臭いが気になるが、マスクと目隠しを外す。
「えっ!? 柏木君……きゃ!」
俺の存在に気付いた途端、水菜は悲鳴を上げながら両腕で胸を隠す。
おいおい、こいつ、これで戦いになるのか? ん~、まあいいや……
「あのさ――」
「み、見ないで、柏木君、お願いだから見ないで……」
再び質問を繰り返そうするが、ラミアとなった水菜が涙を流しながら懇願する。
どうにもやり難い。このままでは埒が明かないので、再び目隠しとギャングマスクを装着すると、彼女は落ち着きを取り戻した。
いや、この目隠し、見えてるんだけどな……なんか、騙しているみたいで罪悪感が……
「な、なんで柏木君がここに居るの?」
「いや、初めから居るけど? ユウスケって俺のことだし、死神も俺だし」
事実を教えてやると、彼女は突如として泣き始めた。
ぐあっ。こりゃ、参ったな~。戦闘以上に面倒臭いことになりそうだ。
ドン引きする俺を他所に、彼女は自分に起きたことを涙ながらに話し始める。
彼女の話では、ミストニア王国第二王女であるアルテーシャにここまで連れて来られて、ダンジョンコアと融合させられたらしい。
その所為で、彼女はモンスター化したのだが、変化した状態がラミアだったことから、女性の形と精神を残したみたいだ。
「反省してる。もう、真面目に生きるし、虐めなんてしないから。許して欲しい」
水菜は悲惨な目に遭わされたことで、これまでの自分の行動を心から反省しているようだった。
う~~~ん。俺としては許してもいいんだが……
「ダメニャ!」
「駄目です!」
やはり、ロココと綾香が拒絶した。
おまけに、ロココは恨み節を吐き始めた。
「水菜。お前は、わたしの髪をどれだけ切ったの? 教科書はどこ? 制服は? 体操服は? 靴はどこ?」
言及された水菜はといえば、ロココの発言が全く理解できないのか、不思議そうに首を傾げた。
それを目にした麗華が補足する。
「彼女は、磯崎さんなのよ」
その一言で、水菜はその青い顔に驚愕を張り付ける。
「ほ、本当に、磯崎さんなの?」
ロココは返事の代わりに、疾風となって水菜の後ろへ回り込むと、呪いのダガーを一振りする。すると、水菜の髪が切り裂かれ、汚物のような地面にパラパラと落ちた。
「ひっ……ご、ごめんなさい。磯崎さん……言い訳はしないわ。私が悪かったの……反省してます。お願いです。許して下さい」
気が付かないうちに攻撃されたことで、水菜は酷く動揺したようだったが、直ぐに謝罪を始めた。
ところが、今度は自分の番だとばかりに、綾香が前に出た。
「佳代が酷い目に遭っていた時に、あなたは何をしていたのですか?」
綾香の台詞で、謝罪を続けていた水菜が凍り付く。
どうやら、何かを知っているらしい。
彼女は冷たい視線に晒されながらも、ただただ沈黙を守っている。
綾香は構うことなく追い打ちを掛ける。
「まさか知らないとは言わないですよね」
その言葉に、水菜は無言で首を横に振る。
どうやら、何があったかは知っているようだ。
全員が無言で見詰めていると、水菜はおずおずと話し始めた。
「何があったかは知ってる。でも、その場には居なかったし、あんなことをしてるなんて知らなかったの。まさか、同級生にあんなことをするなんて……」
彼女は事実を知っているが、その件には関与していないようだった。
それが本当かどうかは分からないが、今の彼女の態度からすると嘘を言っているようには見えない。
さて、どうしたもんか……ロココも綾香も許す気がないようだが……そうなると謝る彼女を葬り去るしかないんだぞ?
このままでは水菜を始末するまで話が片付かない。
「まあ、ロココと綾香は気が済まないだろうが、今は水菜を倒すことが目的じゃない」
ロココと綾香には悪いが、今回の目的を口にすると、ずっと黙って話を聞いていたマルセルが頷いた。
「そうですね。口での反省は信用できませんけど、本当に反省していることを態度で示すにも、生きていないと証が立てられません」
そうだな。マルセルの言う通りだろう。
敵対している者を葬るだけなら、ファルゼンの行動と何も変わらんし、ここはロココと綾香に我慢してもらうしかないが……ただ……
「でも、このままでは人前に出る訳にもいきませんわ。どうするのですか?」
麗華は俺とマルセルの考えに賛成なのだろう。反対することなく頷いた。ただ、水菜の容姿について問題があると考えたようだ。
それについては、それほど難しい問題ではない。
視線をチラリと愛娘である美麗に向ける。
すると、愛娘が力強く頷いた。
「パパ、あたしがやります」
本人も目の前のラミアが人間であったのだと知って、見過ごすことができなかったのだろう。
その辺りは、勇者であり、優等生だった母親にそっくりだ。
ただ、瞳を輝かせて一歩前に出た美麗を見やり、水菜が首を傾げた。
「この子供は? どうして子供がここに?」
彼女にとって、子供がダンジョン最下層にいることが理解できなかったのだろう。不思議だと言わんばかりの表情で問いかけてくる。
途端に、麗華が自慢げに大きな胸を張った。
「わたくしとユウスケの子供ですわ。可愛いでしょう?」
水菜は返事を聞いて、大いに混乱したようだ。
「い、伊集院さん、子供が大き過ぎる。いったい何時からそんな関係に……」
そう、どう見ても美麗は十二歳くらいなのだ。
俺と麗華の年齢が現在二十二歳だから、普通に考えると不可能だと言えるだろう。
ただ、水菜もそれを重要だと考えていないようだ。
「確かに、伊集院さんとよく似ているし……いいな~~~、私も……」
いやいや、空気を読めよ! うっとりしている場合じゃないだろ!? 水菜、お前はこれまでの行いを反省して、これから償いをするんじゃないのか?
明後日の方向に進んでいく者達を前にして頭を抱えていると、美麗が服を引っ張る。
「パパ、いいよね?」
もちろん、それで良いのだが……
視線をロココと綾香に向ける。
二人は渋い表情をしたものの、吊り上げていた眦を収めた。
それでいい。子供達の前で醜態を晒すもんじゃない。
ロココと綾香が納得したのを見やり、可愛い娘に向けて首肯する。
了承を得た美麗は、ラミア姿の水菜の前に出ると、両腕をいっぱいに広げて叫んだ。
「もとにもどって! 再生!」
少し舌足らずだが、可愛い声が響き渡ると、水菜の姿が徐々に変化していく。
その変化は、それほど速いものではないが、蛇と化していた下半身から鱗がなくなり、しだいに人の足へと戻って行く。
上半身はそのままで、胸が小さくなったりはしなかったが、青かった肌が徐々に人の肌と戻る。
暫くすると、そこには、人としての裸体を晒す水菜の姿があった。
「なんで胸ばっかり見てるニャ」
ロココからツッコミが入るが、ここで頷いたら負けだ。
だいたい、目隠しをしてるのに、なんで分かるんだ? いや、ここは否定するところだよな。
「そう見えるかもしれんが、実は見てないんだぞ?」
白々しいかもしれないが、取り敢えず、否定の言葉を口にしてみる。すると、俺の声が聞こえていたのか、自分の身体を確かめ終わった水菜が、おずおずと尋ねてきた。
「あの~~~、柏木君、その目隠しって、もしかして見えてるの?」
ここで真実をいえば、またまた騒がしいことになる。
そう感じて、無言で首を横に振る。しかし、ラティがニヤリと嫌らしい笑みを見せた。
「ばっちり見えてるっちゃ。目隠しはフェイクなんちゃ」
「きゃ~~~~~!」
目隠しが、実は目隠しではないと知った水菜は、両腕で胸を隠しながらその場に蹲る。
一応は、なんとか収まりをつけたが、ロココや綾香の恩讐については晴れていない。そのことに不安を抱きながらも、この場はダンジョンコアを再生して呪いを消し去り、四つ目のダンジョン攻略の幕を閉じた。




