50話 戦慄の事実
煌びやかではないが、重圧感のある広間。
入り口から玉座までの軌道に敷かれた紫の絨毯が、この広間に厳かな品位を与えている。
自分の好みとはいえ、なかなかに威厳のある謁見の間だ。
そう、これこそがローデス国の謁見の間に相応しいと自負している。
思えば、ここまでの道程は本当に長いものだった。永劫とも思えるような時をかけて、ここまで辿り着いたのだ。
神族であるのを良いことに、我が物顔でこの世に在り続ける時繁を討つために、唯それだけのために、長い年月を費やしたのだ。
そして、遂に見つけ出した。
そうやら、現在の奴はミストニア王国のファルゼンに憑依しているようだ。
奴をこの手で抹殺するために、私がどれほどの力を費やしたことか……憶えているだけで十二回の転生を繰り返し、やっと、やっとここまで上り詰めたのだ。やっと、奴と渡り合うだけの戦力を得た。本当に長かった……
「陛下、陛下、へいかーーーー!」
おっと、己の世界に浸り過ぎていたようだな。
この宰相はとても仕事ができるのだが、小煩いのがなんともし難い。
「どうしたのだ。そんなに騒ぎ立てずとも聞こえておるぞ」
「どうしたでは御座いません。皆が陛下のお声を待っております」
そうだった……ミストニア王国が戦線布告をしてきたのだったな。
くくくっ、いよいよ奴の首を取る時が来たぞ。
「へ、陛下。ですから、一人でにやけるのをやめて、皆にお声を……」
宰相が咎めるような視線を向けてくる。
ああ、そうだった、そうだった。時繁を討てるかと思うと、ついつい己が内に引き篭もってしまう。
そんなに目くじらをたてずとも良かろうに……お前はその顰め面を何とかせい。
それに悩むことなど何もない。時は熟したのだ。
「このハルケルア=ローデスに戦を挑むとはいい度胸だ。向かってくるものは、討ち滅ぼせ。ミストニアなど微塵に粉砕してしまえ」
受けて立つことを宣言すると、謁見の間が喝采の渦で彩られる。
そうであろう。私が作り育てた国だ。この国の臣下にミストニアを恐れる者など居ようはずもない。
うむ。よい盛り上がりだ。だが、こうなると、この場に私が居る必要もなかろう。
宰相に冒険者への依頼と近隣国に向けた親書の草案を頼み、謁見の間を後にして私室へと向かう。
ああ、そういえば、ジパング国のノブマサから良い茶葉が届いていたな。早速、煎れさせるとしようか。
ノブマサか……あいつは良い奴だが、如何せん腰が重いのが玉に瑕だな。それに、元が宮司の所為か、やたらと殺生に関して煩い。
そういえば、我が国で痴漢として指名手配されていたユウスケなる者を、次期国王に就けたいと申していたな。
そもそも、その痴漢騒ぎも冤罪のようだし、既に取り下げるように手配は済ませているが、その者と一度会ってみたいものだな。ん? 何者だ?
私室に入ると、人の気配があった。ところが、室内を見回しても誰も居ない。
珍しい奴がきたな。
「久しぶりだな、権蔵、いや、今はトルセンア枢機卿だったかな?」
奴の存在を看破してやると、霞から湧き出たように一人の黒服が現れた。
「私の隠匿を見破るとは、さすがは、ヨシツネだ」
ふんっ、なにがさすがだ。爪の垢ほどにも思っていない癖に、よく言うわ。
「それよりも、さらに精神化が進んだようだな」
そう、奴は神から賜った固有能力を進化させることで、己の肉体を精神体に近付けているようだ。まあ、その目的は解らんがな……
「ふふふっ、ヨシツネは騙せぬな」
よく言う。腹の中身は米粒も見せない癖しおって。
心中で奴のことを罵倒していると、奴の方から話を切り出した。
「今回は、本気でやるのか?」
その質問は愚問だ。そんなことは、決定事項であり、聞くことすら無意味だと知っているはずだ。
だが、訝しむような視線を向けてくる奴に、はっきりと分からせてやる。
「当然だ。私は必ず奴を倒す」
その身に黒い服を纏った権蔵が、何を考えたのか首を横に振る。
「たかが女一人のことで、そこまでやるのか?」
たかが女だと!
「なにをいう。楓はお前の妹だろう。私は忘れぬぞ。最愛の楓を殺した時繁を絶対に許さぬ。それとも、お前は楓のことを忘れたとでもいうのか」
私としたことが、思わず激高してしまった。
だが、奴は無表情な面持ちでこちらを見詰めたままだ。そして、渋々といった風に口を開く。
「私はもう忘れたよ。遠い昔の話だ。お前もそろそろ忘れたらどうだ? あいつも、こんなお前を見るのは辛いだろう」
何を言うか、私は仇を討つためだけに、固有能力を使って転生を繰り返しているのだ。そう簡単に諦めてたまるか。
内なる闘志を燃やしていると、奴が溜息混じりに視線を向けてきた。
「それで、トキシゲの秘密は解ったのか?」
「……」
そうだ。奴には秘密の力がある。それを解明できねば……
「まだのようだな。それだと負けるぞ? それとも精神論で勝負するのか? それこそお前らしくないな」
「うぐっ……」
さすがに、返す言葉がない。しかし、そんな私に、奴は話を続けてくる。
「そうそう、面白いことを教えてやろう。トロアラットが死んだぞ。ユウスケという男が倒したのだ」
「な、なんだと、あの不滅の竜が死んだのか!」
「ああ、灰となって消えた。どうやら、ユウスケは神族のようだな。というか、神が何かを企んでいるのかもな」
ユウスケか……それこそ今し方、奴のことを考えていたところだったが、それほどの力があるのか……
「それじゃ、私はそろそろ行くよ。あ、ヨシツネ、私にとっても、トキシゲは邪魔な存在だから頑張って欲しい。では」
奴はそういうと、現れた時とは反対に、霞となって消えてゆく。
おそらく、精神体としてまだその辺りをウロウロしていると思うのだが、捕まえる気もないし、見付けることすらできないだろう。
それにしても、ユウスケとはそれほどの奴なのか。直ぐにでも会ってみたいな。うむ、連絡を取ってみるか。
権蔵からもたらされた情報を聞き、ユウスケに更なる興味を抱く。そして、善は急げとばかりに、私室に取り付けられた呼び鈴を鳴らした。
街で行わている祭りの音が聞こえてくる。
魔王城のサロンに居ても、その音が漏れ聞こえるのだ。おそらく、街では大変な騒ぎになっているだろう。
現在は、サロンで今後の方針を決めているところだが、そとの賑やかさが気になって、ついつい思考が逸れてしまう。
この場に居る面子は俺の嫁達であり、この一週間弱を魔王城で寝食共にしている。
それにしても、街の騒ぎは尋常ではない。アルベルツ国で聖女のお披露目をした時でも、これほどではなかったように思う。
まあ、新魔王誕生だけでも大きな出来事なのに、邪竜が討滅されたことまで知らされたのだ。
おまけに、クルシュが出した、新魔王誕生祝いとして、今年の税を免除するというお触れが、大きく影響しているはずだ。
因みに、今年と言っても、残り三カ月しかないのだが、国民からすれば歓喜せずにはいられないだろう。
民衆は新魔王のことよりも、免税の方を喜んでいることだろうさ。
少しばかり穿った感想を抱いていると、麗華が話しかけてきた。
「こちらの暦をよく知らないのですが、私達はこの世界に来てどれくらいになるのでしょうか」
ああ、そうか。俺はヘルプ機能で分かるが、こいつらはカレンダーにでも記しを付けないと解らないんだよな。
まあ、この世界にカレンダーがあればだけど……
「俺達が来てから一年三ヶ月といったところかな。まあ、一年を地球と同じ三百六十五日で計算したらだがな。てか、いつの間にか十七歳になってるし……」
「もうそんなになりますの? それだと五月生まれの私は、あと半年くらいで十八ですわ」
期間を聞いて驚く麗華は、もうすぐ日本で考えても大人の仲間入りになる年頃だ。
そうなると、やはり大人の階段が待ち受けているのだろうか。いや、その階段は現時点でも目の前にある。ただ、俺にそれを上る勇気がないだけなのだ。
というのも、それを一歩踏み出すと、俺自身がハーレムの世界にのめり込みそうな気がするからだ。
ミレアに奪われた時も、初めての時は悲しかったが、二回目、三回目となると快楽を感じる部分もあった。
だから、その一歩を踏み出す足が、途轍もない重さとなっていたりする。
でも、いい加減、一線を越えてもいいよな? だが、それを越えると、なんかズボハマりしそうだしな~。
「ねえ、聞いてる? ユウスケ、聞いているのかしら?」
大人の階段を登るべきかと悩んでいると、エルザが少しばかり冷たい視線を向けてきた。
「ああ、ちゃんと聞いてるぞ」
つい一週間ほど前は、アンジェに叱責されて借りて来た猫のような状態だったのだが、いまや完全に復帰している。さすがは、鋼鉄の女だ。
その容姿も、日に日に美しさを増している。というか、このまま成長するとアンジェと双子のように見えるのでは? と、思うほどによく似てきた。まあ、性格は全く違うんだけどな。
「ユウスケ。これからどうするつもりじゃ? アルベルツに戻って、北から攻めるのか?」
少しばかり焦りつつも適当な返事を返すと、今度はクルシュが真剣な表情を向けてきた。
「う~ん、宣戦布告の理由は聞いたけど、ミストニアは直ぐに出兵するのかな?」
戦なんて知らない俺は、素直に疑問を口にする。
「まあ、規模にもよるが、出兵までには一、二ヶ月は掛かるじゃろうな」
クルシュは少し考えてから時間の猶予があることを教えてくれた。どうやら、彼女にも戦の経験がないのだろう。
「それなら、慌てる必要もないかしら」
やはり戦争に疎い麗華が意見を述べるが、その台詞をマルセルが否定した。
「いえ、戦争が始まってからでは遅いのだと思います。できることなら、なんとか阻止したいです。そうしないと、関係のない人達が巻き込まれますから」
そうなんだよな。目的はミストニアの討滅だけど、別に戦争がしたい訳じゃない。それに、戦争が始まったら、関係ない者達も被害を受けることになるだろう。
だいたい、ミストニアを滅ぼす理由は、理不尽な世の中を変えたいだけなのだ。
そう考えると、傍若無人なミストニアの行為を許す気はないが、ミストニアを滅ぼせば、それで終わりなんて幸せなオチではない。
なぜなら、理不尽な行為を行っているミストニア王国を討滅しても、理不尽な行いを撲滅できる訳ではないからだ。
だが……俺に世の摂理を変えられるのか? いや、そもそも、俺がすべきことなのか? だったら、俺の目的とはなんだ?
「どうしたニャ? なにをぼ~っとしてるニャ」
「ん? ああ」
目的について自問していると、様子がおかしいことに気付いたのだろう、ロココが頬を突いた。
暫くの間、どうするかと考えたが、みんなに正直な気持ちを話すことにした。
「既に目的については話したと思うが、俺の目的っておかしくないか?」
「えっ!? 突然、どうしたのよ」
エルザが目を丸くして驚いている。
しかし、そこでアンジェがコクリと頷いた。
「それだけどな。オレも少し疑問に感じて色々と考えたんだ。ミストニア王国を討つのは別に反対しないし、いや、賛成というか大賛成なんだが、それって、あいつ等が非道だからだよな。だから当初の目的は間違っていないと思う。だが、それで終わりでいいのか?」
アンジェは同じ疑問にぶち当たっているようだ。
もしかしたら、彼女にはその先も見えているのかもしれない。
アンジェには、何が見えたんだろうか……
「なあ、アンジェ、お前には――」
彼女に結論があるとしたら、是非とも聞かせて欲しいと思ったのだが、突如として、いつもは大人しいマルセルが凄い勢いで立ち上がった。
彼女は驚いている面々を見回して、いつになく力強く口調で述べた。
「私はユウスケに世界を救ってもらいたいです。日頃から全てを助けることなんて無理だと言ってますが、ユウスケになら可能だと思っています。それは人並み外れた力があるからではなく、ユウスケが持つ精神、その素晴らしい精神なら、それを成せると思うのです」
ぐはっ、完全に心酔されとるな。てか、買い被りだ……
「いや、それは言い過ぎだろ。俺にそんな崇高な精神はないぞ」
「いえ、ご本人が気付いていないだけです」
反論してみたが、聖壁でも張られているかのように跳ね返された。
おまけに、マルセルに援軍が現れる。
「そうニャ! 私達はユウスケに会って幸せになったニャ! それに、私が虐めに遭っている時に助けてくれたニャ。それが素晴らしい精神だと思うニャ。だって、ユウスケ以外は、誰も助けてくれなかったニャ」
「そうです。私は初めから解っていました。私が正義を唱えた時にユウスケ様は仰いました。正義なんて立場によって変わるものだと、それを知るあなたの考えこそが崇高であり、それを知った上で己の行いを正しく見定められるその精神こそ崇高なのだと」
ロココが立ち上がって叫ぶと、クリスもそれに便乗した。
なんか妄想にでも憑りつかれてないか? これまでの行いを省みろよな……そんな、崇高なことはしてないぞ?
呆れ果てた俺が、物言えずにいると、次々にマルセルの援軍が現る。
「そうですわね。私も街で絡まれた時、あなたに助けてもらいましたわ。周囲の者は、皆恐れて見て見ぬ振りをしていたのに……だけど、あなたは違ってましたわ。それは、私にできなかったこと、あなたに対する嫌がらせを見過ごし、磯崎さんに対する虐めに目を瞑ってしまった。でも、この世界であなたのことを沢山知って、私は変わりましたわ。そうさせたのが、あなたの崇高な精神によるものだと思うのです。そうでなければ、伊集院麗華ともあろう者が、男なんかに現を抜かすはずがないですわ」
麗華、カッコイイな。普通、こんな風に己の汚点を晒すことなんてできないと思う。特に麗華のように、蝶よ花よと育てられたら尚更だろう。ちょっと感動したぞ。だが、俺が世界を救うなんてできるのか? 確かに、エルソルの願いもあるから可能ならば叶えてやりたいとも思わなくもないが……いや、無理だな……
「お前達の気持ちは解った。だけど、正直、無理だ。なにしろ、人間なんて表と裏があるからな。それに、世界各地で行われている理不尽な行為を撲滅なんて、どう考えても非現実的だぞ」
どう考えても不可能だという結論に達して、正直な気持ちを吐き出すと、エルザが鼻息荒く立ち上がった。
ああ、今の鼻息荒いところは、アンジェにそっくりだな。
「出来るか! ではなく、やるぞ! の気持ちが大切だと思うわ。それくらいの意気込みを見せて欲しいものね」
いや、言ってることもアンジェそっくりだった……そして、後を引き継ぐかのように本家が登場した。
「ユウスケ、お前は理不尽な行為を受けて、惨たらしく殺されそうな人間を見たらどうする? どうせ助けるんだろ? その相手が誰であろうとな。だったら、お前が世界を回れば、結果的に世界を救うことになるんじゃないか? きっと、ミストニアを滅ぼすと次の悪が現れて、今度はそれを滅ぼすのさ。お前は望まないかもしれないが、結局は、同じことだ」
そう言われてしまうと、その通りだな。別に、世直しをしようなんて考えてないけど、目の前で起これば、当然ながら見て見ぬ振りなんてしない。
そう考えると、これまでも、そうやって来ただけだな。そして、その原因がミストニア王国だっただけであって、他に同じような行いをする者が現れるなら、きっと、そいつを倒すのだろう。
結局、別に目的なんていって意気込む必要もないのか……好きなようにやればいいんだよな?
少しばかり結論が見え始めたとこに、ラティが割って入る。
「みんなバカなんちゃ。なんでそんなんで悩むん? だって、ほっといても、ユウスケは勝手に世界を助けるっちゃ。そういう性格なんちゃ」
ぐあっ! 実はラティが一番理解していたのかも……そう言われるとその通りかもしれない。というか、悩んでいたことがバカバカしくなってきた。
「あはははははは! その通りじゃな。妾も助けられたしのう。きっと、そうなるじゃろうな」
これまでの流れが、二人の魔人の所為で台無しになったな……いや、誰もが頷いている。
「分かったよ。俺が、俺らしくあれば叶うんだな。それなら断る理由もない。ただ、世界征服なんてしないからな?」
『ふふふっ』
なぜか、エルソルの含み笑いが聞こえてきたような気がした。
だが、彼女はもう居ないんだよな? いいさ、お前の望み通りに出来るかどうかは分からないが、俺は俺らしく生きてみるさ。それが、唯一お前に出来る手向けだ。
そんな訳で、目的を消滅させ、自分の好きなように生きることにした。
そして、飽く迄もその第一段階として、ミストニアを討滅することで全員の意見が一致した。
ただ、目的うんぬんで悩んでいたこともあって、とある疑問を持つことになった。
「なあ、ミストニアの目的って、何なんだろうか」
ミストニアの非道な行為が許せなくて、こんなことになっている訳だが、奴等の真の目的なんて考えたこともなかった。
「世界征服かニャ?」
「私欲のためにしては、大袈裟ですよね」
ロココとマルセルが自分の考えを口にするが、イマイチそんな感じがしない。
「クリスはどう思う?」
ミストニア出身のクリスに尋ねてみた。
「分かりません。ですが、人を人と思っていないような行動が多いのは確かです」
「そうですわね。確かに、あの者達の行動は図れない気がしますわ。あの薄汚い笑顔の下には、いったいどんな顔があって、何を思っているのかしら」
首を横に振るクリスの言葉を、麗華が肯定した。
しかし、またまた話を打開したのは、ラティとアンジェだった。
「会ってくればええっちゃ」
「そうだな。悩んでも仕方ね~。本人に聞いて来たらどうだ?」
確かに、その通りだ。ここでどんな意見が出ようとも、それは推測でしかない。逆に言えば、悩むだけ時間の無駄だ。
そう、行けばいいのだ。俺にはその力があるのだ。
「よし! いくぞ」
「うちも行くっちゃ」
「私も行くニャ」
「オレも行くぞ」
「私も行きますわ」
「ちょ、ちょっとまて~~~~!」
みんな行きたがってるが、全員なんて無理だ。何とか整理する必要がある。
結局、同行する者を選別し、不平を漏らす者達を宥め、落ち着いたところで一路ミストニアへ向かうことになった。
我こそが一番美しいと、主張し合うかのように輝きを見せつける星々。
そんな星を蹴散らすかのように、大地に青白い灯りを灯す大きな月。
いつもなら、そんな美しい夜空に酔いしれるはずなのだが、現在の俺はというと、それどころではなかった。
なぜなら、背中に二つの柔らかい感触があるからだ。
「ふふふっ。あたなだけですわよ」
恥ずかしそうにする麗華の声が耳を擽る。
「悔しいニャ。麗華、あんまりくっ付くニャ!」
「いいじゃない。あなたはユウスケの胸に抱かれてるのだから。それとも代わりましょうか?」
「だめニャ!」
そう、ロココを両手で後ろから抱き締め、背中には麗華を乗せて夜間飛行している。
あれから、ミストニアに潜入するための人選が大変だったのだが、新生ユウスケはキッチリと選別した。
この選別には、俺の想いは含まれておらず、単純に効率と成果を求めた結果だ。
そして、人選を行ったあと、各自の配置に戻ることにした。
渋るラティと喚くアンジェを魔王国に残し、それ以外はアルベルツ国に戻ってもらった。
不平を訴える者達をなんとか宥めすかし、隠密行動を得意とするロココと、城の情報を持つ麗華を連れて、テルン砦から飛び立った。
「それで、何日くらいで着くのですか?」
「俺の飛行速度でも五日くらいは掛かるから、朝になったらジパングの屋敷に戻って休むぞ」
「そうなんですのね……」
麗華が日数を尋ねてきたので、今後の予定を教えてやると、なぜか、渋い表情を見せた。
そして、もぞもぞと動き始めた。
ん? 麗華の奴、なにやってんだ?
「麗華、襲ったら駄目ニャ」
背中の麗華を怪訝に思うのだが、ロココがすかさず釘を刺していた。
いったい何を考えてるんだ? 一瞬トイレかと思ったぞ……というか、そもそも、俺だけが飛べばよいだろ?
テルン砦に出かけた時と同じ過ちを繰り返している。
そう、俺が目的地に着いてワープで二人を連れてくれば良いはずなのだ。
ところが、その意見は見事に却下された。
まあ、一緒に居たいと言う気持ちを無碍にもできないし……背中が喜んでいるし……
少しばかり不埒なことを考えていると、ロココに睨まれた。
「このエロ野郎ニャ!」
くっ……それは否定できんが……
「じゃ、エロくない方がいいか?」
「それはダメですわ」
「そんなの最悪ニャ」
罵声を浴びさせかけられた。ただ、麗華とロココはエロい方がお好みのようだった。
そんなアフォな遣り取りを繰り返しながら、あっという間に五日間が過ぎた。
今夜の天候は、密かに侵入するにお誂え向きの空模様だ。
降り注がんばかりの星々。明るい光でその存在を主張する月。どちらも休暇とばかりに姿を隠し、厚い雲が我が物顔で空を占領している。
そんな夜空を麗華とロココを連れて飛んでいる。
まあ、透明化の指輪をしているし、空からの侵入だ。誰にも見つかることはないだろう。
そうして、まんまと城に潜入する。
『こりゃ、ぶったまげるほど豪華だな』
『無駄なものニャ』
『そうですわね。やり過ぎで品性が感じられませんわ』
俺の感嘆を聞いたロココが無用だと切って捨てると、麗華は冷ややかな雰囲気で毒を吐いた。
『それよりも、こちらですわ』
城の情報を持っている麗華の案内で、サクサクと足を進める。
『ここですわ』
麗華が立ち止った場所には、これまた豪華な扉があった。その前には二人の兵士が立っている。
マップで確認すると、室内には、一人でなく、二人の存在があった。
あれ? 王妃は死んでるんじゃなかったっけ? まあいいか、それよりも扉を開けたら、表の兵士はもちろん、中の者にも気付かれるよな?
さて、どうしたもんかな。見つかること自体は想定済みだから、特に問題ないのだが、目的を果たすまでは、騒いで欲しくないんだが……しゃ~ない。兵士を寝かせるか……
色々と考えたが、良案が浮かばず、兵士に眠ってもらうことにしたのだが、そのタイミングで扉が開いた。
『王太子トリアスですわ』
扉から年若い金髪の男が出てくると、麗華が苦々しい口ぶりでその存在が誰かを教えてくれた。
何を考えているのか、トリアスは類まれな顔に、気持ちの悪い笑みを張り付けている。
うわっ、きもっ! これこそが、麗華が言っていた薄汚い笑顔の仮面らしいな。こりゃ、麗華じゃなくても、吐きそうになるぜ。いや、まあいい。この機会を利用しない手はないよな。
トリアスの表情で胸糞悪くなりながらも、丁度良いタイミングなので、二人を両脇に抱えて瞬間移動する。
しめしめ、これで、万事オーケーだ。さてと、部屋の中は豪華な……いや、何もかもが豪華なので止めておこう。てか、ここまでくると、逆に落ち着かない豪華さだな。
無駄に豪華な部屋の奥には、天蓋付きのベッドが置かれ、そこに壮年の男が横たわっている。
おそらく、これが王様なのだろう。横に視線をむけると麗華が頷いている。
ふむ、こいつが標的である愚王か……さてと、あわよくばお亡くなりになってもらいたいんだが……
今回の行動は、飽くまでもミストニアの考えを聞き出そうと思ってのことだが、チャンスがあれば、奴を始末した方が手っ取り早い。
しかし、そうもいかないようだ。
というのも、その愚王が口を開いたからだ。
「誰だ?」
ほう、見えないはずなんだが、どうやら俺達の存在が解らるらしい。多分、何らかの固有能力のお蔭だろう。
「答えぬか、それならそれでもよい。お前達がくることは知っておった」
「どうやってだ?」
驚きのあまり、思わず声を発してしまう。
まあ、どうせバレてるんだ、別に支障はない。
「結界を張っておるからのう。侵入者があれば分かるのだ」
未来予知とかでなくて良かったと、少しばかり安堵する。
「それで、何しに参った? いや、お前等は誰だ?」
「別に俺が誰でも問題ないだろう」
「儂にとっては、大ありだがな。くくくっ」
不気味な笑いを零しつつ、愚王はゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。
なかなか、ガッシリとした体格だ。特に訓練などはしていないと聞いていたのだが、もしかしたら運動能力も高いかもしれない。用心した方が良さそうだ。
「まあ、よかろう。では、何をしに参った?」
ここは当初の目的通り、奴の考えを聞き出すことにしようか。
「あんたは、やたらと酷いことをしているが、何が目的なんだ?」
「くくくっ、あははははははは」
疑問に思っていたことを率直に尋ねると、奴は高笑いを始めた。
「何を聞くかと思えば、そんなくだらぬことか」
お前にとってくだらなくても、世の中はそうじゃないんだよ。
心中で毒づいていると、奴は笑いを収めたが、嫌らしい笑みを浮かべた。
「それを知ったところで、何にもなるまい。どうせ殺し合うのだ。そうであろうユウスケとやら」
ぐあっ、なんでバレたんだ?
「どうして殺し合うことが決まってるんだ?」
ムカッときたので、反射的に心にもない言葉で否定してしまう。
「ふむ、お前は儂が思ったより温い男のようだな。これなら儂の敵ではなさそうだ」
「いや、お前を始末するのなんて簡単だ。だが、一応、お前の考えも聞いておきたくてな」
自信過剰の男だと感じた俺は、その鼻っぱしを圧し折ってやるつもりだったのだが、奴は気にせずに続ける。
「良かろう。儂の考えを教えてやる。愚かな者を皆殺しにして新しい世界を作るのだ。そもそも、愚かな人間が居るから理不尽な行いがなくならないのだ。であれば、元から絶てばよかろう。そう思わぬか?」
なにっ!? こ、こいつの考え自体は……俺と同じだ……
ただ、それを達成するための方法が歪んでいるだけで、言っていることは間違っていない。だが、この男は解っているのだろうか……
「確かにそうかもな。しかしだ。人間なんてそんなもんだろ。愚かだからと殺したら誰が残るんだ?」
「儂が残るではないか。くくくっ」
この男、もう頭が狂ってるんだな。自分がその愚かな人間だという事実すら理解ができていない。
「俺から見れば、お前も愚かだと思うぞ? だから、さっさと自殺してくれないか?」
「喧しいわ! このエルソルの手先め!」
愚王はそう叫ぶと、その場から姿を消した。
だが、直ぐに気付いた俺達は、奴の攻撃を避ける。
「神剣よ、参れ!」
即座に神剣を呼び出した麗華が、高速の斬撃で後ろに回った愚王の首を刎ねた。
おいおい、なんとも呆気ない幕切れだな~。
愚王の首は景気良く飛んだかと思うと、赤い絨毯の上に転がる。
「やりましたわ! 私の手で……えっ!?」
麗華が歓喜の声をあげるのだが、直ぐに顔を引き攣らせた。
そう、首を飛ばされたはずの身体が、高速移動で頭を拾うと、首の上にくっ付けたのだ。
その頭は元通りになり、不敵な笑みを浮かべる。そして、不気味な笑い声を発した。
「くくくっ」
おいおい、トルセンア枢機卿と同じかよ……
「何を驚く。これくらいは当然だろう」
「ちっ」
奴は何処からか持ち出した大剣を振り下ろしてくるが、俺は舌打ちをしつつも、それを易々と躱す。
すると、避けられたことで隙を見せた奴に、ロココが疾風の如き速さで襲い掛かる。
彼女の攻撃は、見事に奴の首と胸に刻み込まれる。
胸の傷は際限なく切り開かれていき、首の傷からは炎が噴き出す。
『気を抜くなよ。まだ生きている』
マップで生存を確認している俺は、二人に注意を怠らないようにと忠告する。
警戒したまま奴を睨みつけていると、両方の傷が時間を巻き戻したかのように治って行く。
『おいおい、マジかよ……』
『な、なんて奴なの……』
『く、悔しいニャ』
明らかに在り得ない治癒能力に、俺のみならず、麗華とロココが渋面を作る。
「くくくっ、隙ありだ」
あっという間に再生した奴は、驚愕したことで動きを止めてしまった麗華に襲い掛かった。
奴は右手に持った大剣を麗華に向けて振り振り下ろす。
ところが、脅威の所為で身体を硬直させたのか、麗華は即座に対応できないみたいだ。
くそっ、油断するなって言ったのに……
即座に、瞬間移動で麗華の前に立つと、全力でもっくんを振り切る。
次の瞬間、俺の斬撃は、大剣のみならず、奴自身をも塵にかえた。
今度こそ、やっただろう。さすがに、これじゃ……マジか……
マップを確認して驚愕する。
なにしろ、粉々に切り裂いたのに、奴がマップに表示されたからだ。
『ちっ、まだ生きてるぞ』
俺の声が呼び覚ましたかのように、塵が集まって奴の身体を形成する。
なんて奴だ。こんな不死身人間をどうやって倒すんだ? こりゃ、拙いことになったな……
不死身とも呼べる愚王の力を知り、少しばかり危機感を募らせたる。
『二人は、俺の後ろに下がれ』
『ですが……』
『だってニャ』
『いうことをきけ!』
二人は異議を唱えたが、声色から拙いと察したのか、直ぐに言う通りにする。
「さすがに、これは効いたぞ。やはり、お前は神族だな」
「ん? 俺がなんであろうとどうでもよくないか? だって、お前は消滅するんだから」
「ふふふっ、お前にそれができるかな。くくくっ」
さて、どうしたものかな。塵にしても生きてるんじゃ、始末する方法なんて限られてるぞ。しゃ~なしだ。本当は見せなくなかったが、ここは奥の手で消えてもらうとするか。
奴が死ななかった時のことを考えると、できれば隠しておきたかったのだが、こうなっては使うしかない。
「空牙」
空牙を唱えると、黒く丸い空間が、奴を丸ごと呑み込んだ。
これで終わらなかったら、もう倒す手立てがないぞ……
俺の心境がフラグになったのか、奴は目の前に復活した。
ちっ、こりゃダメだな、こうなったら、もう逃げの一手だ。
「テルン平原では、手の内を隠していたようだな」
奴は何もなかったかの如く、そこに在った。
うっせ! この妖怪!
「それでは、そろそろ儂も本気で行くぞ」
奴はこれまでが本気でなかったかのような口振りで、どこからか右手で黒い剣を取り出した。その禍々しい雰囲気を持つ黒剣は、恰も血に飢えているかのように振動している。
やべっ! あ、あれは拙い。
直感によって、即座にそう判断した。そして、次の瞬間には、麗華とロココを抱えて瞬間移動を発動させる。そう、一目散に逃げだしたのだ。
こうして奴の考えと恐ろしさを知り、今後の対策について頭を悩ませることになる。
ただ、脱兎の如く逃げ出す時に耳にした「ちっ、逃がしたか。まあいい、次は必ず始末してやる」という奴の言葉が、まるで刻み込まれたかのように、いつまでも耳に残った。




