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さ~て、悪者でいこうか!  作者: 夢野天瀬
06 目指すべきは
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46話 墓参り


 青々とした大空は姿を消し、夕暮れが近いとはいえ、いまだ昼間であるのに、見事なほどに灰色の空模様となっている。

 この世界にしては、珍しく暗雲立ち込めた空だ。

 薄暗い大空を舞いつつ、視線を下方に向けると、鬱蒼うっそうと生い茂る木々が立ち込めている。

 曇り空の所為で、その美しさは随分と損なわれているように思う。

 それでも、いまだ昼間と言える時間帯だけあって、その広大な森の様子を望むことができる。

 この灰色の森は魔物の森と呼ばれ、モンスターの生息地となっている。

 そして、この深い森は屈強なモンスターを生息させることで、人間族と魔人族の領土を二分する役割を果たしている。


「それにしても凄いな。いつまで経っても森しか見えんぞ」


『大丈夫ちゃ、こんなん、ひとっ飛びやけ~ね』



 思わず発した感嘆の声に、ラティが元気よく念話で答えてくる。

 テルン砦を出発した俺とラティは、現在、魔の森の上空を飛んでいる。

 実際、空を飛んでいるといっても、それは竜化したラティであって、俺自身は彼女の巨大な背中に乗っている。


 落ち込むラティと墓参りの約束をした訳だが、あのあと、エルザやロココ以外の面子に相談することにした。

 すると、当然といえば当然か、誰もが二つ返事で賛成してくれた。お陰で直ぐにテルン砦を出発することができた。

 但し――


「気持ちい~ニャ~~~!」


 ――ロココがオマケで付いてきた。まるでグリコのオマケのようだ。いや、猫だけにひっつき虫と呼んだ方がよいだろうか。

 べったりと俺にへばりついているロココが、とても楽しそうにしている。

 だが、それを面白くないと思う存在もいる。


『なんで付いてきたんちゃ! 残っとけばええのに』


 ラティが隠すことなく不機嫌さを露わにした。


「ニャハハハハハハハ」


 ラティの不満を他所に、ロココはとても満足そうにニコニコしている。

 その態度が、ラティの癇に障ったのだろう。


『変身とくから、ロココは自分で飛ぶんちゃ!』


 そう、現在の面子はといえば、俺とロココ、それに竜化したラティの三人だ。

 ぶっちゃけ、ラティが竜化を解いても、俺は飛翔で空を飛べる。

 だから、飛べないロココだけが墜落することなる。

 間違いなく、ロココは空で猫カキをすることになるだろう。


「ニャーーー! だめニャーーーー! 飛べる訳ないニャーーーー!」


 それまで満面の笑みを浮かべていたロココが、慌てて竜化ラティの背中で騒ぎはじめた。

 この光景も何時ものことで、俺にとっては和やかな時間だと言える。

 実際、じゃれ合っている二人は、とても可愛いのだ。


『だったら、離れるちゃ!』


 要は、自分は竜化で空を飛んでいるのに、ロココだけが俺にへばり付いているのが気に入らないのだろう。

 確かに、この構図だと、俺とロココの飛行デートで、ラティは唯の乗り物といった状況だ。


「分かったニャ……ラティのけちニャ」


 ロココは名残惜しそうにしつつも、少しだけ離れる。ただ、彼女の手は俺の手を握ったままだ。


『手もだめっちゃ』


「手ぐらい……ラティのけちニャ」


 悔しそうにしながら手を離すロココ。しかし、尻尾を俺に擦り付けている。


『尻尾もっちゃ!』


「え~~~! それくらいは……ラティのばかニャ!」


 こうしてラティが満足するまで、二人のやり取りが続く。

 それを微笑ましく思いながら、そんな他愛のないやり取りをいつまでも眺めて心を和ませた。








~魔王クルシュワーラ~


 きらびやかとは言い難いが、相応の品と格式を兼ね備えた謁見の間だと自負している。

 代々の魔王が作り上げた歴史が、その品性が、その人格が、透けて見えてくるような大広間だ。

 絢爛豪華けんらんごうかとはお世辞にも言えないが、初代から続く玉座に腰を下ろしていると、己も名立たる大魔王になったような気がしてくる。


 でも……つまらん……恐ろしく退屈なのじゃ……


 臣下達からの報告に耳を傾けるのも飽きていた。

 そんなところに、面白い話が出てきた。


「ミストニアを出奔した勇者が、テルン平原でのいくさに敵対者として参戦したようです。どうやら、アルベルツ教国に肩入れをしておるようですな」


「それは愉快じゃ。確か、ミストニア軍は全滅したんじゃったかのう」


「はい。そのように聞いております」


 くくくっ、ミストニア王国め、ざまあないわ!


挿絵(By みてみん)


 我が魔国を滅ぼすために勇者を召喚したと思いきや、逃げられた挙句に敵として現れるとは、ざまーー!としか言いようがない。

 そもそも我が魔国は、特に人間族を敵視している訳ではないのに、この国を、この魔王を、滅ぼさんとするなど、気が狂っているとしか思えない。

 そんなところに今回の戦だ。ミストニア王国軍を葬った奴等に褒美を取らせたいくらいだ。


 ほんとに愉快じゃのう。して、ミストニア王国軍を葬った奴等じゃが、どんな者達じゃろうか。報告によると十数人で二万の兵を殲滅したとの話じゃったが。一度会ってみたいものじゃ。


 ミストニア王国軍の殲滅話を思い出し、密かに心中で盛り上がっていたら、次の報告をすべく別の臣下が現れた。

 というか、来なくても良い奴がしゃしゃり出てきた。


「魔王クルシュワーラ様におかれましては――」


 この男。前置きは長いし、嫌味ばかりだし、苦言ばかりだし、更に付け加えるなら、どうも妾の身体を狙っておるらしい。

 侍女たちの噂話によると、妾の失態に付け込んで絡め取る気でいるようだ。


 お主のような下種などが妾に触れようなどと、一万年早いわ! というか、いい加減に消えてなくなればよいのじゃが……


「それはそうと、邪竜退治の方はどうなっておりますでしょうか。クルシュワーラ様の御父君、いえ、前魔王様が討伐に失敗して、はや五年あまり、邪竜は我が物顔で領内を荒らしていると聞き及んでおりますが、このまま放置されるおつもりでしょうか」


 くっ、忌々しい。痛いところを突きよるわ。それほど民のことが心配なら、お主がいけば良いものを。いや、是非とも逝ってくれぬか?


 前魔王であった我が父は屈強な戦士だったが、邪竜退治で命を落としてしまった。その所為で、自ずと妾が魔王になどに……

 少しばかり恨み辛みもなくはないが、そんな愚痴をこぼしても始まらない。

 それよりも、邪竜退治だ。


 邪竜討伐というが、どうやったらあの異次元の強さを持つ竜を倒せるのじゃ?


 大陸最強の魔人族であっても無理なのに、どう足掻あがいても勝てる者など居るはずもない。

 この男、それを知っていて弱みに付け込んでいるのだ。

 なんとも、嫌らしい男だ。例えこの身が塵になろうとも、絶対にお主の物になることはないというのに。

 そもそも、妾もバカではない。既に手は打っている。


「今、邪竜を倒せるものを探しておる」


 途端に、忌々しい臣下――デストーラが高笑いを始めた。


「ハハハハハ、魔王様はお優しい方だと知っておりましたが、それはまた気の長い話ですな。あんな邪竜の命を長らえさせるとは……」


 うぐぐぐ、こやつに命じてやろうか! 今すぐにでも、この下種な男に命じてやりたいが……しかし、そんなことをすれば魔国は二つに割れるじゃろうな……こんな下種が魔国の一大勢力とは、なんとも腹立たしいことじゃ。いや、魔人族の未来は暗いのじゃ。


 平静を装いつつも心中で罵りを連ねていると、何を思ったのか、デストーラが再び口を開いた。


「そろそろ、先王の命日も近いですし、現魔王が邪竜退治に乗り出しては如何ですかな」


 何を言うかと思えば、妾に邪竜を討てと申すか。ぬぐぐぐぐっ、この下郎め……妾の堪忍袋も――


「そもそも、魔王とは力ある者、勇気ある者の役割ではありませんでしたか? 先王も邪竜の一撃で滅ぼされ、現在の魔王とは、いったい如何なる存在なのでしょうか」


 憤怒の感情を必死に抑えていると、奴は嫌らしい笑みを浮かべて追い打ちをかけてきた。


 妾だけでなく、父上までも侮辱するとは、もう我慢の限界じゃ、こやつは絶対に許さぬのじゃ。


「わかったのじゃ。妾が討伐に向かおう。妾が先頭に立って邪竜を滅してみせるのじゃ」


「ぬ……ほほ~~」


 妾が怒りに満ちた声で宣言すると、奴は少したじろいでいたが、感心したような声で誤魔化した。


 ふふん、ざま~ないわ! どうせ、妾が泣きつくとでも思っておったのじゃろうて。じゃがな、そう簡単に鳴きなど入れぬわ! くくくっ、妾が先陣きって行くと聞いて、死んでしまっては自分の物にならないと思って焦っているのじゃろうな。言うたであろう、塵になろうとも、灰になろうとも、お主の物にはならん。


「あははははははははーーーーーー!」


 顔を引き攣らせるデストーラを見やり、悦に入った妾は取り繕うことも忘れて高笑いをしてしまう。しかし、邪竜の前に立った時、妾は怒りに任せて自分が討伐などと宣ったことを後悔することになる。









~ユウスケ~


 そこは、野草が絨毯のように生い茂る小高い丘だった。

 頂上には、青々とした葉を纏った大木があり、涼しげな木陰を作っている。

 眼下に視線を向けると、そこには小さな村が見える。遠目からでも人が行き交いしているのが分かる。

 俺達が降り立った丘は、そんな長閑な光景を望める場所だった。


 日中の到着になりそうだと察して、ラティの竜化だと村の者を驚かせるかもしれないと考え、夜が明けてからは、俺の飛翔能力で飛んできた。

 地に降りたところで、両脇に抱えていたラティとロココを降ろす。

 ロココはキョロキョロと周囲を見回すのだが、ラティは迷うことなくトボトボと歩き始めた。

 墓の位置を知らないこともあり、いまだ周囲を見回しているロココの手を取り、少しばかり元気のないラティの後を追った。

 ただ、それは直ぐに終わった。ラティは葉を生い茂らせた大木の下で足を止めると、黙ったまま腰を下ろして草むしりを始めた。


 こんなところに墓があるのか? 墓らしきものなんて見えんが?


 どう見ても墓があるとは思えないのだが、ラティは黙々と草を引き抜いている。

 すると、今度はロココが腰を下ろすと、ラティに倣うように黙ったまま草むしりを始めた。


 ん~、ロココには墓が分かったのかな? いや、まあいいや、ラティがそうする必要があると考えているのなら、別に反対する必要もないだろう。


 疑問に思いつつも、ラティに続いて草むしりを始めたロココを見やり、自分も一緒にやるべきだと判断する。

 そのあとは、暫くの間、黙々と三人で草むしりをしていたのだが、鬱蒼うっそうと茂っていた雑草が粗方なくなると、そこに置かれたバスケットボールサイズの石に気付いた。


 ん? 石……もしかして、これが墓か? 他に墓らしきものもないし、まさか、ラティ独りに両親の埋葬をさせたのか? 村の者達はいったい何を考えてんだ?


 この世界の墓というものを見たことのないが故に、ただの石を目にして勝手な想像を膨らませる。

 というのも、普通なら他にも墓らしきものあっても良いと思うのだ。ところが、ここには二つの石が転がっているだけだ。おまけに、どう見ても墓と呼べるような代物ではない。それこそ、唯の石だ。

 それから察するに、村人は手伝うことなく、ラティが独りで埋葬したとしか思えない。

 心中で沸々と怒りが込み上げてくる。だが、ラティはそんな俺に気付くことなく、しゃがんで石を撫で始めた。


「ただいま、お父ちゃん、お母ちゃん」


 やっぱり、これが墓なのか……なんて奴等だ。虐めに遭っていたって言ってたし、許せん奴等だ。ラティ、可哀想に……


 彼女の言動からすると、それが墓石なのだろう。

 それを知って、怒りと共に居た堪れない気持ちになってくる。

 なにしろ、石を撫でているラティは、その美しい双眸からこぼした、輝くような雫で地面を濡らしているのだ。


 ラティ……さぞかし寂しかっただろうな……


 まさに宝石の如き雫をポタポタと落とすラティの後姿が、これ以上ないほどに悲しそうで、思わず涙ぐんでくる。

 すると、彼女は感極まったのか、俺達のことなど忘れたかのように、墓石に抱きついてシクシクと泣き始めた。

 声が小さくて分からないが、何かを呟いているみたいだ。

 ロココならそれが聞こえるのではないかと思い、視線を彼女向ける。しかし、彼女も両手を顔の前で合わせたまま、頬を濡らしつつも静かに拝んでいた。


 そうだな。今はラティの両親の冥福を祈ろう。


 ロココが自分のことであるかのように、真剣に拝んでいる姿を目にして、やるべきことを思い出す。

 暫くの間、誰も口をきくことなく冥福を祈っていると、ラティがゆっくりと立ち上がった。


「お父ちゃん、お母ちゃん、うちの旦那様なんちゃ」


 立ち上がったラティは、俺の手をそっと引いて、今は亡き両親に報告する。

 そして、彼女は俺に抱きついたかと思うと、両親に自分の想いを口にした。


「うちね、すっごく幸せなんちゃ。うちも、お母ちゃんみたいに幸せになるけ~ね」


 そうだな。俺が幸せにしてみせるぞ!


 涙をこぼしながらも、嬉しそうに報告するラティの頭を優しく撫でつつ、マルセルの用意してくれた花束を取り出し、ゆっくりと墓石の前に置く。


「お父さん、お母さん、お宅のお嬢さんを頂きます。心配は要りません。必ず幸せに、世界一の幸せ者にしてみせます」


 鼻を啜りながら、今は亡き両親に宣言をすると、風もないのに、墓石の前に置いた花束がふわりと浮き上がり、ラティの手の中に収まった。


 えっ!? まさか……


 それは、とても不思議な光景だった。どんな力が、その現象を起こしたのだろうか。ご両親の残留思念だろうか。

 不思議な現象に驚くが、そんなことなど、どうでも良いと思えた。

 だって、ラティを祝福しての行動だと思えたからだ。そう、それさえ解れば満足なのだ。


「お母ちゃん、ありがとうっちゃ」


 どうやら、ラティにとっては、それが誰の力なのか理解しているようだ。いや、彼女の思い込みかもしれない。だけど、彼女の満足そうな表情を見ていたら、そんなことなど些細なことだと思えた。


 良かったな。ラティ。


 胸を熱くしながら、ラティの頭を優しく撫でる。

 すると、それまで黙って見ていたロココもラティに抱きついた。


「よかったニャ。ラティ」


「う、うん。ロココもありがとうなんちゃ」


 ラティは俺から離れると、ロココと抱き合って嬉し泣きを始める。ロココの方も感極まったのか、ポロポロと大粒の涙をこぼしている。


 うむ。墓参りにきて良かった。本当に良かった。


 満面の笑みで涙を零すラティを眺めつつ、ロココの優しさに、そして、快く送り出してくれた嫁達に感謝する。

 ただ、そこで空気を読まない音が響く。


 ぐぅるるる~!


「ラティ……」


 ラティの腹の音を耳にして、ロココが呆れるが、すぐさま追いかけるように別の音がした。


 ぎゅるるる~!


「ロココ……」


 今度はロココのお腹が唸りを上げ、ラティが形の良い眉を片方だけ吊り上げる。


「あはは」


「ニャハハ」


 困った表情で見つめ合ったラティとロココだったが、二人は直ぐに頭を掻きながら笑って誤魔化した。


「そういや、もう昼飯の時間が過ぎてるな」


「そうやね。お腹が空いたっちゃ」


「そうニャ。ご飯にするニャ」


 お腹を空かせた二人に頷き、俺達はご両親の墓の近くで、マルセルが丹精込めて作ってくれたお弁当を食べることにした。

 大木の木陰に腰をおろし、心地よいそよ風を感じつつ食事を始める。

 ラティはと言えば、既に元気を取り戻しており、お弁当に集中している様子だった。


 元のラティに戻ったみたいだな。良かった良かった。と思ったら、今度はロココか?


 いつもの調子に戻ったラティに安堵するのだが、少しばかり様子のおかしいロココに気付く。

 彼女もお弁当を食べているのだが、どこかぼんやりとした状態だ。


「ロココ、どうしたんだ?」


 彼女は、マルセルが作ってくれた卵焼きをホークに刺したまま見上げた。

 そんな彼女の顔には、ラティに負けないほどに涙の痕が残っている。

 ただ、次に放たれた一言で、そんなことなど、どうでも良くなる。


「ラティ、本当に良かったね」


 なにーーーーーーーーーー! 語尾がないじゃないかーーーー!


 彼女は気付いていないのか、さらに、「ニャ」抜きの言葉を紡いだ。


「ねえ、ユウスケ君、私の両親にも会ってくれる?」


 も、勿論だ! だが、その前に、語尾について説明しろ。


「当然だな。会いに行こう」


「ありがとう」


 ロココは、完全におかしくなっているようだ。


 なあ、語尾は付けているんじゃなくて、自然とそうなるはずだったよな?


 疑問符が頭の中を埋め尽くす。すると、そこでラティが突っ込んだ。


「ロココ、ニャを忘れてるっちゃ。うかつっちゃ」


 ロココはキョトンとしていたが、直ぐにツッコミを入れてきたラティを見詰めたまま凍り付いた。


 ん? やっぱり語尾はわざとなのか? てか、ラティはそれを知ってたのか?


 氷の彫刻となったロココのホークが、食べかけの卵焼きを刺し貫いたまま、ゆっくりと手から離れる。

 もちろん、それは重力に引かれて地に落ちる。

 ラティがそれを目にした途端、鬼の形相で叫んだ。


「も、もったいないっちゃーーーーーー!」


 その声でハッとしたロココは、すぐさまホークと卵焼きを手で拾い、フーフーと土を落としてから口に入れた。


「だ、だ、大丈夫ニャ、三秒ルールニャ! ギリギリセーフニャ!」


 ロココは慌ててそう叫ぶと、何事もなかったかのように食事を再開した。


 確かに三秒経ってなかったし、間違いなくセーフだ。だ~~~~~が、そんなことでは誤魔化されんぞ。


 もちろん、三秒ルールは許容だ。許されないのは語尾の方だ。


「ローコーコー、それで誤魔化したつもりかーーーー!」


 再びロココが凍り付く。

 すると、今度は唐揚げを刺したホークが落ちる。

 だが、今度はラティが迅速にキャッチして、唐揚げだけを自分の口に放り込んだ。


「美味しいっちゃ、もったいないっちゃ」


「ラティ、食べちゃだめニャ!」


 ラティの行動で、ロココの時間は再び動き出した。だが、奴は目を合わそうとしない。

 その行動だけでも、これまでが嘘で塗り固められていると直感する。


「いったい、どういうことだ?」


 冷たい視線を浴びせかけると、ロココはギシギシときしみそうな動きで仰ぎ見る。


「にゃ~~~ん! 怒っちゃにゃ~~~~ん! ユウスケにゃ~~~ん! にゃ~~~~んでそんな顔してるにゃ~~~~~~ん!」


 結局、ロココは壊れた。そう、ものの見事にぶっ壊れた。


 駄目だ、きっと何を言っても駄目だろう……ちっ、なんて奴だ。


 諦めの境地に達した時だった。ロココの猫耳がピクリと動いく。


「ん?」


 彼女は先程まで凍り付いていたとは思えない動きで身体の向きを変えると、人差し指を口に当てたまま耳を澄ませている。

 どうやら、何かを察知したようだ。


「どうしたんだ?」


「どうしたん?」


「声がするニャ、叫び声ニャ、どこかで聞いたことがある……あ、そうだ。あれは竜の叫び声ニャ」


 なあ、ロココ、いや、磯崎! いまさら、ニャを付ける必要があるのかね……まあいい、それは後回しだ。いや、今度はラティがおかしい。まさか、「ちゃ」抜きが始まったりしないよな?


 ロココの言葉を聞いたラティが、空になった弁当箱を持ったまま、勢いよく立ち上がった。


「邪竜なんちゃ。奴が……お父ちゃんとお母ちゃんを殺した奴が! 許さんっちゃ!」


 数瞬前まで、にこやかにしていた表情を仁王の如く鬼面に変えたラティが憎々しげに吐き捨てた。


「倒すっちゃ! 絶対に塵にするんっちゃ!」


 話に聞いていた邪竜か……ここであったが百年目だな。よし、仇を取るぞ。


 ラティの心情を察して、二人の少女に告げる。


「邪竜を討伐するぞ!」


 それを聞いた彼女達は力強く叫んだ。


「絶対に仇をとるっちゃーーーーーーー!」


「必ず灰にするニャーーーーーー!」


 ロココ。だから、いまさらニャ付ける必要があるのか?


 ロココの語尾を訝しく思いつつも、二人を連れて邪竜退治に向かうことにした。









~魔王クルシュワーラ~


 あの禿山がそうなのか。草木の生えぬ、岩と土ばかりの無機質な山じゃ。おおよそ生き物は邪竜ぐらいしかおらんじゃろう。されど、あれではあんまりじゃ。


 生物の存在を感じさせない禿山を遠目にして、心中で感想を抱いていると、伴の者が声をかけてきた。


「魔王様、本当にこの面子で行かれるのですか?」


「うむ、むろんじゃ。無駄な死者は出したくないからのう」


 そう、連れて来たのは、二十人の精鋭だけだ。

 それも、参戦する意思を持った者のみを連れて来た。

 なにしろ、雑兵などでは、ただ死ぬためだけに、奴のところに向かうようなものなのだ。


 この者達とて、魔国では最強と歌われる者達ではあるが、邪竜を前にどれだけ戦えるものやら……この日のために、ある者に期待していた。だが、それも間に合わんようだ。信託の巫女には、悪いことをしたのう。もう随分な齢なのに、無理を言って小さな村で過ごしてもらったのじゃが……結局は、間に合わんかったか……


「さあ、今夜は山の麓で一夜を明かして、明日は決戦に向かうのじゃ」


 精鋭たちは力強く返事をしてくるが、明日の朝に何人の戦士が残るやら。


 そんな妾の想いは、一晩でその結果を形にした。

 一晩を明かして決戦に向かう準備をしていると、戦士長が妾のもとに訪れた。


「魔王様、大変申しあげ難いのですが、十五人の戦士が逃げ出して御座います」


「そうか、思うたより少ないのう」


 空元気でそう答えたが、かなりの痛手だ。しかし、いまさら以て、そんな愚痴を零してもしかたがない。


「して、其方らはどうするのじゃ? このまま居なくなってもとがめはせぬぞ」


「何を仰いますか、我等五人は魔王様が幼少の頃からお仕えしてきた者です。失礼ながら家族同然に想うておりますゆえ、来るなと言われても最後までご一緒させて頂きます」


 そうじゃったな、この者達は兄であり姉であった者達じゃ。其方は決して妾を裏切ることはないじゃろうな。


「貧乏くじを引かせて悪かったのう」


「いえ、我等は姫様の御心に従うだけでございます」


「姫様はよせ。恥ずかしいではないか」


「ははは、そうで御座いますね。今では、立派な魔王となっておいでですから」


 そのあと、五人の戦士は跪いたまま、笑顔でそれぞれの想いを口にした。


 何とも幸せな気分かな。五人もの屈強な魔人が妾を慕ってくれておるのじゃ。これほど幸せなことはないのじゃ。ただ、何とかしてこの者達に報いてやりたかったのじゃが……いや、いまさらじゃな……


「よし。では、参るのじゃ!」


「はっ、我等一同、姫様のために!」


「「「「我等一同、姫様のために!」」」」


 戦士長に続いて、残りの四人も力強く復唱した。


 結局、妾達はその勢いのまま、たった六人で邪竜と戦うべく禿山へと向かった。

 その心情は、遺言を残したいほどに絶望的なものだったが、心強い家臣のお陰で引き返すことなく足を進めることができた。

 山道は険しいが、この程度なら魔人にとって、どうということはない。スキルで強化した脚力を使い、何の問題もなく禿山を登る。


「そう言えば、この山には名前がなかったのう」


「はい、ただ、皆は邪竜山と呼んでおります」


「そうか」


 妾の問いに、戦士達の中で紅一点の女戦士――カーシャルがにこやかに答えてきた。

 姉上が居なくなってからというもの、彼女は本当の姉のように優しくしてくれたものだ。


 そういえば、姉上は今頃どうしておるじゃろうか。ひとりの戦士と一緒に駆け落ちしてしもうたが、元気に暮らしておるじゃろうか。


「グギャオーーーーーーーーーーーーーー!」


 珍しく姉上のことを思い出していると、妾達の存在に気付いた邪竜が現れた。

 空中から地に降りた邪竜は、想像以上に巨大だった。

 体躯は尻尾まで含めると、凡そ百レルラ(メートル)はありそうだ。

 そして、その真っ赤な姿は、邪竜の名に違わないものであった。


 こ、これが、邪竜か……


 その忌まわしき邪竜を目にした途端、不覚にも足が竦んでしまった。

 恥ずかしい話だが、その迫力の所為で危うく失禁するところだった。

 しかし、妾も乙女だ。間違っても人前でそんな粗相は犯さぬ。

 粗相だけは拙いと思い、お腹に力を入れた途端、今度は近距離で邪竜の叫びが放たれた。


「グギャオオオオオオオオオオーーーーーーーーー!」


 うぐぐぐぐっ、何たる威圧感じゃ。こんなものが倒せるのか? それも、六人足らずの魔人で……はやり、怒りに任せて邪竜退治などと言ったのは間違いだったようじゃな。妾だけならまだしも、皆まで巻き込んでしもうた。しかし、一矢報いるのじゃ!


「アイスジャベリン!」


 渾身の魔法じゃ。たっぷりと味わうがよいぞ! 魔国広しと言えども、妾が放つ水魔法の力に匹敵する者はおらぬのじゃからな。たっぷりと味わうがよい。


 妾の魔法発動と同時に、太さ一レルラ(メートル)、長さ十レルラ(メートル)の氷槍が邪竜に向かっていく。

 さすがにこれを喰らえば、いくら邪竜といえども唯では済むまい。


「なんじゃと!」


 ところが、邪竜は喉を膨らませると、魔法では不可能なほどの炎を吐き出した。

 途端に、妾が放った氷槍が跡形もなく消し飛ぶ。


 なんたる威力か! これほどの炎は、目にしたことがないのじゃ。こんなものを食らえば、たとえ魔人族だとしても一溜まりもあるまいて……


 邪竜の脅威を肌で感じて呆然と立ち竦む。

 それを嘲笑うかのように、奴は容赦なく尻尾を振るってきた。


「危ない! アースプロテクト!」


 戦士長が叫び、土の壁を作り出して妾の盾となる。

 ところが、そんな壁など皆無のように、奴の尻尾は堅牢な障壁のみならず、戦士長を巻き込んで何もかもを粉砕する。


「デロート!」


 思わず戦士長の名を叫ぶが、デロートは起き上がるどころか、身体が完全に潰れていて、見るからに事切れていることが分かった。


 くっ、こ、この、この邪竜め!


「アイスレイン!」


 激情を抑えることなく、水の最上級魔法を放つ。


 一つで駄目なら、雨のように食らうが良いわ!


 渾身の魔法を叩き込み、今度こそはと両手を強く握りしめるが、悲しいかな、奴が吐き出した炎のブレスは、妾が放った魔法を易々と掻き消す。


 くっ、なんたることじゃ……あの父上が勝てなかったのも、これなら已む無しか……


 桁違いの強さを目の当たりにして慄いていると、奴はその巨大な翼で強風を作りあげた。

 あまりの強風に堪らずたたらを踏む。


 ま、拙いのじゃ……


 強風に堪えるべく地に足を踏ん張っていると、すかさず尻尾の攻撃が繰り出された。

 耐えるだけでも必死な状況だというのに、巨大な尻尾が向かってくる。


 これで終わりか……妾も肉片と変わるのじゃろうな。思いのほか、つまらない人生じゃったな……


 自分の死期悟りまぶたを閉ざすと、これまでの人生が走馬灯の如く脳裏に浮かぶ。

 ただ、そんな状況であるにも拘わらず、カーシャルの叫び声が聞こえてきた。


「姫様! 姫様は、私が守ります」


 彼女は盾となるべく飛びついてくると、己が身を犠牲にしてでも妾を守ると叫ぶ。

 その声で瞼を開く、そして、そこで見た光景は妾の脳裏に焼き付く。

 それは、間違いなく一生忘れられない光景として残るはずだ。

 そう、妾が目にした光景は、カーシャル以外の者が盾となるべく、奴の尻尾に向かっていく姿だった。

 しかし、奴の尻尾は、恰もハエでも叩き落すかのうように、彼等を吹き飛ばした挙句、妾とカーシャルをも跳ね飛ばした。


「うぐっ……」


 全身に痛みが走るのじゃ。身動きも取れぬ……


 痛みを堪えつつも瞼を開けたところに、驚愕と絶望が襲い掛かってきた。


「か、か……カーシャルーーーーーー!」


 首の折れたカーシャルが、一生放さぬとばかりに妾を抱いていた。

 痛む手でカーシャルの頭を抱く。

 彼女の頭は、命を使い果たした証であるかのように、力なく妾の胸へと収まる。

 それでも、彼女の顔は、妾を守れたことを喜んでいるのか、安らかな表情だ。

 動かぬ足を引き摺りながら周囲に視線を向けると、生あるものは誰一人としていない。いや、邪竜のみがその大きな瞳で妾を睨みつけている。


「許さぬ、許さぬぞ!」


 怒りを露わにしてみたが、いまさら打てる手もない。既に、身体がいうことをきかない。


 悔しい……これが妾の結末なのか……神よ、もし神がいるのなら、妾に仇を討つ力を与えて欲しいのじゃ。妾の家族を奪った憎きこの邪竜を討つ力を貸して欲しいのじゃ。


「誰でも良い! 妾に力を授けてくれぬか! 妾は何でもしようぞ! この邪竜を葬ってくれるなら、何もかもを捧げようぞ」


 きっと、妾の声は、どこにも届くことはないじゃろう。

 なにしろ、妾の視界には、既に邪竜の尻尾しか映っておらぬのじゃからな。


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