41話 ジ・エンド
アルベルツ教国の首都デンナム。その北地区にある屋敷。
エルザに命じられるままに購入した屋敷だが、その庭では炊き出しが行われ、美味しそうな匂いが漂っていた。
恰もエサに群がる魚のように、匂いに引き寄せられたか、沢山の近隣住民が集まっている。
集まった民衆の身なりは、見るからに粗末な衣服であり、明らかに貧困さを象徴しているかのようだった。
それでも癒しを与え、風呂を提供し、温かい食事を摂らせると、随分と人間らしさが戻ったように思う。
ここに来た当初と違い、明らかに賑やかな声が聞こえてくるようになった。
少なからず一歩前進した光景に満足していると、背後からエルザの声が届いた。
「みんなが待っているわよ。最終調整なのだから、遅れてはダメよ」
そうだな、明日はいよいよ決戦の日だ。この国の住民達のためにも、なんとか良い結末を迎えることができるようにしたいよな。
住民の喜ぶ顔、安らいだ顔、楽しそうな顔、当初とは打って変わって温かさを感じる光景から視線をはずし、踵を返して会議の場に移動した。
会議室用に割り当てた一階の広間に入ると、柏木婦人会の面子と第二聖騎士団の隊長がいた。
「遅いニャ」
シーンと静まった部屋に、ロココのクレームだけが響き渡る。
誰もがニヤリとしているのだが、第二聖騎士団隊長だけが、苦笑いを浮かべていた。
第二聖騎士団隊長はドガスタという三十一歳の男で、見た目と相反して、とても生真面目な性格をしている。
その見た目はと言うと、思いっきり髭面であり、体格が良いこともあって、まるで熊のような雰囲気だ。
あの場面で、鼻裂け爺ではなく聖女であるマルセルに従ったことを考えれば、マップを見るまでもなく、ドガスタが心正しき者だというのが分かるというものだ。
我が家の婦人会やドガスタを見渡したあと、自分に割り当てられた席に着く。
なぜか、この席は上座の最上位席なのだが……時間も限られているので、思うところ張るのだが、ここでの言及はやめておこう。
席に着くと、早速とばかりにドガスタが口を開いた。
「それでは、始めましょうか――」
彼の報告では、十三聖騎士団のうち十騎士団を仲間に引き入れることに成功したらしい。
ただ、仲間となっていない聖騎士団の内、二つの騎士団が厄介だった。
その一つが聖騎士団総長直下の第一聖騎士団だ。別名法騎士団と呼ばれる教国で、一番の権力と勢力を持った隊だ。
それ以外に問題となってくるのが第十三聖騎士団だ。こちらは暗部の仕事を司ることから漆黒騎士団などと呼ばれており、その構成や人員は不明らしい。
教国の幹部構成だが、教皇がトップでその下に四人の枢機卿がいる。
但し、既に一人はジパングの寺院送りとなっている。
残りの三枢機卿の下には、一人の総大司教が存在し、四人の大司教を取り纏めている。
以下は、司教、司祭、助祭、侍祭と続く訳だが、そこまでいくと人数が多過ぎて把握できない。
ドガスタの話では、今回のクーデター作戦を提案したのは、司教の一人とのことだった。
その辺りのことを考えると、ただの反乱分子掃討作戦ではないような気がしてくる。
それらの考察についても全員に説明した。そして、俺が話を締め括って会議を終わらせる。
「明日だが、俺はレジスタンスと行動を共にする。うちの参加メンバーは手筈通りに頼む」
話をきいていた全員が、黙って頷くことで了解の意思を伝えてくる。
「いよいよね。これでユウスケが……」
なんかエルザのひそひそ声が聞こえたが、何を言っているのかは不明だ。
だが、どこか不穏な臭いを感じるのと同時に、嫌な予感で背筋が冷えてきたので、すかさず思考を切り替えて、今後の作戦について考えることにした。
翌朝、待ち合わせの場所である古びた教会に入ると、アンネルアは既に来ていた。
「おはよう、気分はどう?」
「おはよう。ん? いつも通りだぞ?」
気軽に挨拶をしてきた彼女に対して、普段通りで対応する。
教会内には、見た感じで百五十人くらいがいた。正確に言うと、事前にマップで確認した人数は百六十三人だった。
誰も彼もが神妙な面持ちだ。これからの行動に対する不安、支配階級の者に対する憎悪、そういった感情の表れだろう。
アンネルアも表面上はにこやかにしているが、かなり緊張しているようだ。
それを証明するかのように、彼女の右手が微妙に震えているような気がする。
俺としては、今回のクーデターの裏側を概ね把握している訳だが、それを彼女に知らせた方が良いのだろうかと思い悩む。
ただ、彼女が白だと言えないうちは、それを教えることが愚策だと思えた。
その結論から、裏事情について口にしないことにした。
「さて、これからの段取りを知らないんだが、俺は何をやればいいんだ?」
「もう直ぐリーダーから説明があると思うわ」
彼女は震えを抑えるかのように、一言一言ゆっくりと言葉にした。
まあ、怖気づくのも分かるが、そんなんで上手くやれんのか?
少しばかり動揺し過ぎている姿を目にして嘆息していると、会場の真ん中に置かれた教壇上に一人の男が現れた。
「みんな、良く来てくれた。今日こそ、あの下種な支配階級共を地に落とすことが叶う」
教壇の上に登った男が、振り向きざまにそんな口舌を撒き散らした。
表情は明るく活気に満ちていて、とてもしっかりしたリーダーに思えるが――
なに言ってんだか……お前もその下種の一味だろうが!
そう、リーダーであるその男は黒だ。思いっきり真っ黒だ。なにもかもを一色に塗りつぶすほどの黒だ。
間違いなく、この掃討作戦を牽引する役目を担っているのだろう。
本当はこの場で始末してやりたいが、エルザからくれぐれも早まるなと念を押されているので我慢する。
「では、班を分ける。それと班長を決めるので、みんなは班長に従ってくれ」
すみやかに班割りが行われたのだが、これが飽きて物が言えなくなる内容だ。
見事なほどに班長全員が『黒』だからだ。
必ず……絶対に……間違いなく……始末してやる……
奴等がほくそ笑んでいるかと思うと、腸が煮えくり返りそうになる。
それを堪えて、必ず天誅を食らわせると自分に誓う。
班割りも終わって、班長――ゴミから作戦の内容を聞いているのだが、運よくアンネルアも同じ班になっていた。
マップ表示から判断するならば、彼女は白だと言えるだろう。
ただ、マップ機能の判定は、俺に対する危害についての判定なので、必ずしも味方だとも言えない。
ゴミの話では、今日は月に一度の教会会議の日らしく、教皇以下司教までの者が大聖堂内の会議室で、教義について話し合うようだ。
ただ、集まっている司教は、この首都デンナムに居る者だけだ。
本当に教義について話し合っているかなんて、怪しいものだな。まあ、その内容には興味なんてないからどうでもいいけど……
作戦内容に関してだが、俺が所属する突撃班は地下水路を使って教会内部に潜り込み、会議室を占拠することらしい。
というか、他の班も概ね同じ内容なのだが、占拠した会議室の守りを固める防衛班や、会議室内部で支配階級の者を捕らえる、若しくは始末する断罪班などがある。
そして、俺の班に血路を開けと言っているようだ。
まあいい。どんなオチになるのかが楽しみだ。
こうしてアルベルツ教国首都デンナムで、策略が渦巻くクーデターが始まる。
「ふふふ、あははははははは!」
綺麗な彫刻が施された黒檀の椅子に座り、高級茶葉を使ったお茶を飲んでいると、思わず笑いが込み上げてきた。
それも今日に限っては仕方ないだろう。
何と言っても、あと数時間もすれば、儂が教皇になるのだからな。笑いも止まらんと言うものだ。
さて、教皇になったら、どうするかな。あれも、あれも、あれも、うむ。好き放題だ。
幸せな気分で未来に夢膨らませていると、突如として扉が無粋な音を立てた。
ちっ、せっかくの至福の時間を……
苛立ちを感じつつも、平静を装って返事をする。
「どうぞ」
まだまだ、仮面を脱ぎ捨てるには早い。
今は信心深い温和で善良な大司教という役を演じる必要があるのだ。それ故に、厳かに、優しく、慎ましく、入室の許可を出した。
「失礼致します」
入って来たのは、一人の女性司祭だった。
この女は、確かどこぞの貴族の娘だったな。
品もあり、身体つきもそそるものがある。
ふふふっ、事が済んだら本日の祝いに儂が頂いてやろう。
儂の心境も知らずに、その司祭は教会会議の準備が整った旨を伝えてきた。
司祭の顔には、儂に対する尊敬と憧れが見え隠れする。
くくくっ、なかなか敬虔ではないか。ならば、早々に……今夜を楽しみにしていろ。是非とも神の救いを与えてやろう。くくくっ。
「分かりました。直ぐに向かいましょう」
「では、失礼致します」
笑顔で頷くと、司祭もにこやかな表情でお辞儀をして退室した。
教会会議か……いよいよだな。
未来の展望に夢膨らませながら席を立つ。すると、そこで再び来客があった。
新たな来客は大柄な男で、剛腕の名を恣にしている聖騎士団総長ガルハルトだった。
「どうしました?」
「準備が整いました。カルロス大司教」
例の件についてだと察しつつも、善良という仮面を被ったまま問いかけると、ガルハルトは上半身をやや屈めた状態で簡潔に答えた。
そうか。上々だ。ああ、確か、この男は枢機卿に成りたいと言っておったの。それもよかろう。後々はこの国の警備を任せることになるのだしな。
「分かりました」
「では、失礼します」
ガルハルトは返事を聞くと、鎧の音を立てながら持ち場に戻って行く。
そもそもこの作戦は、儂が考えた案を一人の司教に提案させた。だから、何が起ころうとも儂に被害はない。成功しようとも、失敗しようとも、儂は損をすることはないのだ。
くくくっ、本当に笑いが止まらんわ。なにしろ、邪魔なブランダルグもどこかに消えたし、最高だ。あとは、聖女だな。そして、いよいよ、儂が教皇に……くくくっ
こうして儂が教皇となる催しを鑑賞するために、喜々として会議の場に向かった。
水を跳ね飛ばす音が、普通よりも反響する。
ここは、あまり広くない坑道であり、石を積み上げた地下通路となっている所為で、音の反響が大きい。
それに、通路の真ん中には汚水が通っている。
俺達が進んでいるのは、そんな下水路の両脇にある通路だ。
それ故に、鼻が曲がるほどの悪臭が漂っている。
もちろん、それに顔を歪めているのは、俺以外の者達だ。
こんな時のために、ギャングマスクがあるのだよ。鈴木、ありがとうな。
備えあれば憂いなしとは、まさにこのことだ。
そのお蔭で、大変申し訳ないが、俺だけは悪臭から逃れることに成功している。
もちろん、ギャングマスクを作った鈴木に対する感謝を忘れない。現金だと思うかもしれないが、人間なんてそんなものだろ?
横では、顰め面をしたアンネルアが、速足で歩みを進めている。
「よし、ここだ。みんな準備はいいか? やるぞ?」
班長、もとい、ゴミが同じ班のメンバーに注意を促す。
お前の結末はもう少し先だけど、準備は出来てるぞ? いつでも地獄に送ってやれるからな。
心中で悪態を吐きながら首肯すると、全員の確認を終えたゴミが鉄の扉をゆっくりと引き開ける。
はい、ダウト! なんで鍵が掛かってないの? それに見張りも居ないし、それを不思議に思わないお前は、異常に怪しいぞ? まあ、俺はマップ機能で解っているから、今更なんだがな。
ゴミの行動とその結果を不思議に感じたのか、アンネルアは怪訝な面持ちで首を傾げている。
しかし、他の面子は、極度の緊張の所為か、全く気付いていないようだ。
班長――ゴミは後ろの様子を確認すると、恰も予定通りと言わんばかりに足を進める。
その後も、不思議と警護の者と鉢合わせることもなく、サクサクと進んでいく。この流れは、初めからそう仕込まれているのだろう。なにしろ、教会内の人間が少なすぎる。
マップの表示では、進行方向にいる人間は片手で数えられるくらいだ。
この状況でうろちょろしている奴は、この策略を知らないのだろう。なんとも不憫な……
時折出くわす哀れな侍女や助祭などの下級聖職者を拘束し、動けないように縛り上げて空いている部屋に押し込む。
これについては、班長から事前に指示があった通りで、なるべく不殺で事を運ぶようにと言われている。
すまんな。あとで助けてやるから、少しだけ辛抱してくれ。
その行為に憤りを感じている者も居たようだが、現状ではその指示を守っている。
まあ、俺としても、無関係な人間を殺すのを見過ごすつもりはないので、この行動は好都合だと言える。
こうして教会会議を執り行う部屋の近くまで来たのだが、なかなか凄いことになっている。
というのも、その部屋には三十人が集まっているのだが、その両隣の部屋には各百五十人が待機していた。
その規模からして、間違いなく第一聖騎士団――法騎士団の面子だろう。
さて、どんな茶番を見せてくれるのやら……
俺が居る突撃隊は班長の指示のもと、三十人が集まる部屋の入口を警護している者を無力化し、その部屋になだれ込む。
そこは、教会と呼ぶには些か不釣り合いと言わざるを得ない華美な内装と、豪華な装飾を持った調度が整えられた広い部屋だった。
部屋の広さは、高校の教室の四倍くらいだろうか。
俺達がなだれ込むと、その事態を予期していたのか、そうでないのかは知らないが、その場が騒然となる。
「な、何事だ。警備はどうしたのだ」
白を基調とし、金色の刺繍が施された豪華な祭服を着た年寄りが叫ぶ。
その雰囲気からすると、おそらくこの年寄りが、現在の教皇なのだろう。
教皇らしき年寄りの声に応えるように、黒い洋服の男が口を開く。
「マシル司教、これは例の施策ではないのかね?」
落ちついた様相の黒洋服が話し掛けると、マシル司教と呼ばれた男がおどおどした様子で頷いた。
「は、はい、そのはずですが、警備の者は……」
マシルと呼ばれた司教は、しどろもどろとなりながらも、視線を動かした。
その雰囲気からすると、助けを求めているのだろう。
そんなマシルの視線の先には、こんな状況にありながらも温和な笑顔を絶やさない別の男がいる。
ただ、その男は黙って首肯するだけだ。
それを予定通りだと受け取ったのか、それだけでマシルの顔が華やいだ。
「直ぐ、直ぐに警備の者がやってくる手筈となっております」
それだけを答えると、マシルは平静を装って笑顔を見せた。
すると、室内に居た者達が安堵の息を吐く。
ところが、俺達の後にやってきた断罪班の班長が、目の前に座っていた男の首を容赦なく刎ね飛ばした。それに続いて、班の者達が次々に殺生を進める。
「天誅!」
あまりの出来事に呆気に取られていたようだが、直ぐに危機感を抱いたのだろう、マシルを問い詰めていた黒洋服の男が叫ぶ。
「ど、ど、どうなっておる。マシル司教!」
黒洋服は叫ぶなり、勢いよく立ち上がって後ろにさがる。
それに続き、誰もが断罪班から距離を取る。
「こ、こ、これ、は、カルロス大司教!」
マシルが、未だに笑顔を崩さない男――カルロス大司教とやらに引き攣った顔を向けた。
こりゃ、色々と画策してる奴がいそうだな。カルロス大司教とか、その筆頭なんじゃないのか?
何を考えているのか、気持ち悪い笑顔を絶やさないカルロス大司教は、ゆっくりと立ち上がると、パンパンと二度手を叩く。
それが合図となって、俺達が雪崩れ込んだ入口とは別の扉から、甲冑姿の聖騎士達がゾロゾロと姿を現す。
俺としては、既知の情報なので特に驚くこともないが、レジスタンスの面々は驚きのあまり腰が引けている。
「おお、やっと来たか! 直ぐにその異端者達を始末しろ!」
法騎士団の登場を確認した教皇らしき年寄り――一番初めに声を上げた老人が、生き返ったと言わんばかりの表情で指示を飛ばす。
しかし、飛んだのは、その老人の首だった。
老人からの指示を受けた一際大柄な聖騎士が、有無も言わさずに大剣を振り切ったのだ。
「き、き、きょ、きょうこうーーーー!」
老人の首が飛んでいくのを目にして、黒洋服の男が叫ぶ。
ふむ。やっぱり、あれが教皇だったわけね。となると、これを画策したのは、やはりカルロス大司教という奴かな。
聖騎士の乱心を目にして、黒洋服が怒りを露わにする。
「な、な、何をやっているのだ! ガルハルト聖騎士団長」
「喧しい! トルセンア。お前も死ね!」
ガルハルトと呼ばれた聖騎士は、黒洋服に罵声を浴びせかけると、大剣を持ち上げた。
「な、何をする。ぐがっ……」
ガルハルトはあとずさる黒洋服の首を容赦なく斬り飛ばした。
トルセンア……確か、枢機卿の一人だっけかな? それにしても、支配階級がザクザク死んでいくな。まあ、予定通りというか、望むところだが……
残りの騎士達は、その行動が合図だったかのように、この光景に驚いて固まったままのレジスタンスなど構うことなく、次々にお偉方の始末を進める。
そして、一人を除くお偉方全員の始末が終わると、唯一残ったカルロス大司教が笑い始めた。
「くくくっ、あははは、あははははは、あははははははははは!」
ふむ。予想通りだな。でも、もういいだろう。楽しい夢も見られただろうし、地獄に落ちな。
高笑いするカルロス大司教が主犯だと知り、そろそろ逝ってもらうかと刀に手を乗せた途端だった。
「ぐがっ!」
高笑いを続けていたカルロス大司教の胸から大剣が生えた。
「な、な、なにを……」
ガルハルトはカルロスの胸から突き出た大剣を抜き去り、嫌らしい笑みを見せる。
「お前などを生かしておくはずがあるまい。愚かな奴だ。くくくっ。あはははははははははは」
レジスタンスが呆然と立ちすくみ、法騎士団が再度整列する中、ガルハルトの笑い声だけが、血濡れた豪華な部屋の内部に響き渡る。
あらあら、どうやら本当の黒幕は、ガルハルトだったみたいだな。
いまだガルハルトの高笑いが続く中、予定通り仲間に連絡を入れる。
『そろそろ終幕だぞ~~~』
伝心を使って仲間に合図を送ると、全員から了解の返事があった。
それと時同じくして、入口を封鎖していた防衛班と聖騎士団達が争う音が聞こえてくる。
これは、法騎士団ではなく、マルセルを聖女と崇め、アルベルツ教国の清浄化を目指している聖騎士団の方だ。簡単に言えば、俺達の仲間といえばいいだろうか。
「レジスタンスを殺すな。お前等も悪いようにはしないから、大人しくしていろ!」
喧騒と同じくして、そんな声が届く。
その声質からすると、多分、第二聖騎士団隊長のドガスタだろう。
ドガスタの言葉がレジスタンスに届いたのか、はたまた、力で押し切られたのか、突撃班や断罪班を押しやるように防衛班が室内に入ってきた。
こうしてレジスタンスの面々は、部屋の隅に押しやられることになった。
さ~て、これからが本番だぞ。あのガルハルトって始末すれば終わりだよな? かなり仕事が減ったけど、ああ、ゴミ班長を始末する仕事が残ってたな。
ガルハルトを見やったまま、これからの行動について考えていると、部屋に入ってきたドガスタの声が届いた。
「こ、これは、どうしたのでしょうか」
チラリと視線を向けると、ゾロゾロと入口に入ってきた聖騎士団の先頭に立つドガスタが、訝しげな面持ちとなっている。
すると、ガルハルトが抜け抜けと答える。
「全員がレジスタンスに殺されてしまったのだ」
これまでの流れを知らなくても、この状況を見ただけで、奴の口上が偽りであることは明白だ。
なにしろ、血で汚れているのは、法騎士団の団員ばかりなのだ。
「それにしては、些か不自然に思いますが」
「貴様、聖騎士団総長であるオレの言うことを疑うのか?」
ドガスタの問いを、奴は権力だけで押し切るつもりのようだ。
奴の図々しさに肩を竦めつつも、そろそろ俺も自分の仕事を全うしよう。
「いやいや、あのガルハルトって奴とその部下が、全部やっちまったんだよ」
その声で、ドガスタが俺に気付いてコクリと頷く。
ドガスタが理解したのを確認すると、すかさず左の腰に吊るした刀を居合いの要領で抜き放ち、目の前で俺を睨み付けている班長の頭を斬り飛ばしてやった。
ゴミ班長の首からは鮮血が噴き出し、血の雨が降り注ぐ。
そして、この場に居る全員が、その光景に固まる。
「こいつらレジスタンスの班長は、全員がガルハルトとかいう奴の仲間だ」
そう言い放つと、レジスタンスの面々が、班長である者と間合いを取って武器を構える。
その行動を満足に思いながらも、さらに解説を続ける。
「おそらく、そこで死んでいるカルロス大司教が裏で糸を引いていたようだが、最後に共謀していたガルハルトに裏切られたという展開かな」
「そういうストーリーでしたか」
ドガスタは解説を聞くと、納得の表情で頷く。
さて、これからが問題だな。あの班長はゴミだからサクッと始末したが、ガルハルトはどんな目的があってこんなことをしているのか……
「ガルハルトと言ったか、お前は何を望んでいるんだ?」
奴は込み上げてくる笑いを隠すことなく、歓喜で身体を震わせた。
それを見て、精神崩壊でも起こしてるんじゃね? なんて、思った矢先に、奴はスラスラと己が想いを吐露する。
「オレはこの腐った世界を正すのだ。腐った王族、腐った支配階級、腐った貴族、全てを葬り去って、新たな国の王になるのだ」
かなり極端だが、その気持ちは分からんでもない。まあ、俺だったら、そんな面倒なことなんてしたくないけどな。
「それで、王になって、どうするんだ?」
「オレが王になって、清き正しい者だけの世界を造るのだ」
いや、そんなことは無理だから……
とても残念に思うが、様々な感情を持つのが人間なのだ。だから、善良な者が全てにおいて正しいかというと、それは否だ。逆に悪行が全て悪かというと、それも否だ。人間なんて善があれば悪も持っている。だいたい、善悪なんて簡単に決められないものだと思う。所詮、善悪なんて、立場、状況、常識、因果関係で変わってしまうものだ。まあ、価値観の違いという奴だな。
「それじゃ、民衆はどうするんだ?」
「はっ、民衆などは虫と同じだ。奴等は欲と嫉妬に塗れた虫同然だ」
ガルハルトは、俺の問いかけに対して罵りを返してきた。
「なるほど。そうなると、お前は王になるという欲望を持った虫だな。俺が始末してやるよ」
「ほざけ! 貴様のようなガキに何ができる」
怒るというより、嘲るように吐き捨てるガルハルトに肩を竦めてみせる。
「ん? お前を始末することくらい、簡単にできるが? 女の相手をするよりも簡単だぞ?」
「ふんっ、口ばかり達者なガキだ。能書きばかり垂れてないで、さあ、やってみろよ!」
ガルハルトはそういうと、大剣で眼前にあるテーブルを粉砕して近付いてくる。
俺も真似していい? 目の前のテーブルとかスパッとやっていい? カッコよく細切れにしたい……
『ユウスケ! くれぐれも教会内の備品は、壊さないように』
格好良く決めようと思ったら、エルザが念話で釘を刺してきた。
ぐはっ、どこで見てるんだ? ちぇっ……しゃ~ね~、代わりにこの男を細切れにするか。
高速移動しつつ飛び上がり、テーブルの上に降り立つ。
すると、即座にガルハルトが大剣を横降りにしてくる。
だが、奴の大剣は素通りする。そして、奴は俺の存在を見失う。
というか、この状態で俺に気付かないなんて、どんだけ力が余ってるんだ?
そう、俺は奴が振り切った大剣の上に立っているのだ。
暫く周囲を確認していたが、やっと俺のことに気付いた奴が、顔を真っ赤にして大剣を振り下ろす。
だが、またもや俺の姿を見失う。
なかなか、強靭な肉体だな。俺の体重って、そんなに軽いはずはないんだが……
今度は、奴の頭上に立っている。
その光景を見ている者は、あんぐりと口を開けたままになっている。
今回に関しては、俺にも考えがあって、尋常でないほどの実力差を見せ付けるつもりだ。
というか、それがエルザの要求だ。
だが、それがバレると格好悪いので、間違っても口にしたりはしない。
今度は頭上なので、周囲を確認しても気付かないだろう。てかさ、普通は重さで解ると思うんだが……この男は、いったいどんな鍛え方をしているんだろうか……
「お、おいっ! あ、あのガキは、どこに行った!? まさか、逃げやがったのか?」
どこって、お前の頭の上だよ! いい加減に気付けよな。
未だに気付かない奴は、配下の聖騎士に問う。
すると、聖騎士達がガルハルトの頭上を指さす。
やっと気付いた奴が、必死に頭を振って俺を落とそうとする。
このままじゃ、いつまで経っても終わらないので、素直に降りてやることにした。
「な、なま、生意気なガキだ。挽肉にしてやる!」
「悪いが、細切れになるのは、お前だ」
奴の罵声にそう返し、刀を鞘に納めてもっくんを取り出した。
右手に握られたもっくんは、なぜか上機嫌だった。
「今日の某は、気分がいいぞ」
とても嬉しそうにしている。いや、発言している。
「は~~~ぁ、舐めやがって木剣だと!」
刀を仕舞って木刀を出したことが、奴の癇に障ったようだ。
だが、非常に残念なことに、木刀の方が本気なのだよ。
つ~か、奴の発言にもっくんがキレた。
「某を愚弄するか! 細切れで許してやろうと思ったが、塵になるがよいわ」
すっげ~気合が入ってるな、もっくん……いや、そんな労力を使いたくないから……お前が勝手に塵にしてくれよ。
心中でもっくんにツッコミを入れていると、入り口方向からクレームが入った。
「そろそろ終わらせなさい。いつまで遊んでるつもりかしら」
「ユウスケ、オレにやらせろ!」
「ユウスケ様、ここは元勇者たるわたくしが」
声がする方をチラ見すると、仲間が勢揃いしていた。
クレームの声はエルザだったが、その後は、闘いたい病のアンジェと俺の手足となりたい麗華だった。
「悪いな、直ぐに終わらせるよ」
そう一言返すのと時同じくして、奴の大剣が上段から振り下ろされる。
ちらっと法騎士団の様子を伺うと、「やった! これで終わりだ!」と喝采を上げている。
「死ね! ガキが!」
見るからに重そうなその打ち込みは、俺が避けたことで床に大穴を穿った。
当然ながら、その隙を見逃すつもりはない。すかさずもっくんを奴の頭上に振り下ろす。
次の瞬間、血煙が舞う。奴は塵にはならなかったものの、予告通り細切れの状態になった。
おい、もっくん、一振りで細切れってどんな能力だ? いくらなんでも、尋常じゃなさすぎるだろ!
ガルハルトが細切れになるのを目にした法騎士団の面子は、誰もが凍り付いている。
「いくらなんでも、それはやり過ぎよ」
「こえ~~~~~~。ユウスケ、ヤバ過ぎるぜ」
「最強なんっちゃ」
「凄すぎるニャ」
エルザの叱責が聞こえたかと思うと、アンジェが慄いて身を震わせ、ラティとロココの感嘆が静まり返った室内に響き渡る。
そんな仲間の言葉をスルーして、法騎士団の面子に脅しをかける。
「まだやるつもりか? 細切れになりたい奴から前に出ろ」
睨みを利かせると、奴等は十字剣を投げ捨て、カクカクと首を横に振っている。
これで、ジ・エンドだな。
終幕だと言わんばかり振り返ると、アンネルアが駆け寄ってきた。
次の瞬間、腹部に激痛が走る。
彼女が俺の腹に短剣を突き入れてきたのだ。
ちぇっ、ちょっと気を抜いてマップから目を放したのが失敗だったみたいだな。かっちょわる~~。
何度も短剣を突き立てる彼女を眺めつつ、詰めの甘さを反省するのだった。




