36話 お告げと聖戦
少しばかりひんやりとした板張りの床が、心地よさを感じさせる。
この板張りの道場もそうだが、この国は、何もかもが日本という懐かしい匂いを漂わせていて、ついつい異世界に居ることを忘れがちになる。
ジパング国から褒章としてもらった屋敷。そこに備えられた道場に立ち、居心地の良さを感じていた。
恰も日本に居るかのような錯覚に陥りつつも、美しき日本人女性と向かい合っている。
「やっーーー!」
気合と共に木刀を一閃するのは、長く綺麗な黒髪をポニーテルにした伊集院麗華だ。
その黒く艶やかな髪、美しく整った面差し。彼女は日本女性でありながらも、全てにおいて日本人離れした美しさ放っている。
この世界に召喚されることなく、日本に居た時からこの状態だったら、きっと彼女に惚れていたことだろう。それほどまでに美しい女だ。
そんな彼女の鋭い打ち込みを難なく躱す。
そのまま流れるような動きで、彼女の側面に回り込む。
「まだまだですわ!」
俺の動きを見極められずにたたらを踏むが、ひたすら撃ち込み続けてくる。焦っても直ぐには強くなれないのだが、彼女は諦めない。
その想いには感服する。ただ、そろそろ疲れが出てきたようだ。
そろそろ、限界かな? この辺りで止めておくか。
「旦那様、お爺様がお見えです」
鍛錬を終わりにしようと考えていたところで声が掛かる。
まるで妻であるかのような口ぶりで、サクラはいつものように笑顔を向けてくる。
彼女も日本人特有の雰囲気を漂わしている。そして、なにを隠そう、俺の従妹にそっくりだったりする。
見た目がそっくりなだけではなく、名前まで同じなのだ。
サクラに気を取られたのを隙と見たのだろう。伊集院、いや、麗華が渾身の一撃を放ってくる。
その攻撃が当たると思ったのだろう。麗華の表情に勝ったという感情が浮かぶ。だが、残念ながら、その攻撃が当たる寸前、あっさりと避けてしまう。
だってさ~、この程度の攻撃を食らうようじゃ、『試練の洞窟』では速攻でお陀仏なんだぞ?
渾身の一撃が空振りに終わり、麗華は跪いて息を荒くしている。
「よし、ここまで!」
「ありがとうございます」
なぜか、麗華は土下座――正座で頭をさげてきた。
ある意味、武道では正しい姿とも言えるが、お嬢様である麗華が、こんなに丸くなるなんて思ってもみなかった。
勇者である伊集院麗華を模擬戦で倒し、麗華と呼ぶことを許されたのは、ほんの三時間くらい前の話だ。いや、それには語弊がある。麗華と呼ぶことを許されたのではなく、懇願されたのだ。
模擬戦の前に話した約束なのだが、勝者の俺としては、是非ともと遠慮させてもらったのだが、麗華が絶対にそう呼べと言うので、仕方なく名前を呼び捨てにすることになった。
おまけに、彼女は気でも違ったかのように豹変してしまったのだが、それについては、またにしよう。
「直ぐに行く。殿様は、どの部屋にいる?」
「大広間です」
返事を聞いて足を進めようとすると、次の瞬間には、麗華が俺の腕を取った。
ハラショー! 素晴らしい、素晴らしい感触だ。これってアンジェに匹敵するぞ……エルザや鈴木にはない感触だよな。
麗華が腕を絡めてきた。自ずと、彼女の胸の弾力が伝わってくる。その反発力はと言えば、ハッキリ言ってミレアほどではないが、自慢できるほどに素晴らしいものだ。
こりゃ、魔性の弾力だぜ。男なら誰もが虜となる魔力が備わってやがる。
俺の下心を見透かしたのか、負けじとサクラが反対の腕を取る。
ぐはっ、サクラの胸も麗華に負けず劣らずだな。これは強敵だぞ。てか、もし、こんなところをエルザに見付かったら厄介なことになりそうだ……
その思いがフラグと変わるのに、然して時間の掛かることではなかった。
「レイカの鍛錬をしているかと思えば、何をしているのかしら?」
「いや、鍛錬が終わったんで大広間に行こうとしたんだが……」
エルザは「ふ~~~~ん」と鼻を鳴らしつつ、尻を蹴飛ばしてくるかと思えば、何もせずにこの場を去ろうとした。
ただ、最後に不吉な言葉を残して……
「ふんっ! 程々にしないと、野獣が来るわよ」
うお~~~~! それは拙い、早く逃げねば……吸い尽くされる……
それは、唯の脅しのはずなのだが、いつ現実化するとも限らないのだ。なるべく刺激を与えないようにしないと……少しでも隙を見せると野獣化する可能性があるからな。
辺りを確認し、野獣の気配がないことを確認すると、麗華とサクラの二人を連れて、そそくさと大広間に向かった。
大広間に入ると、殿様、カツマサ、マサノリが木目の美しい座卓の前に座っていた。ただ、殿様達以外にも見知らぬ三人の存在がある。
ん? この三人は、何者だ?
「忙しいのに悪いのう」
いつものニコニコ顔で、殿様は詫びてくるのだが、多分、申し訳ないなんて思っていないだろう。
なにしろ、汗水たらして仕事をしている訳ではないのだ
「お待たせてしまって、申し訳ありません」
然して申し訳ないと思っている訳ではないが、一応は遅れたことを謝罪する。
殿様は、怒ることなく頭を横に振る。
「こっちが勝手に押し掛けたのじゃ。気にすることはない。それに勝手知ったるという奴じゃ」
何が勝手知ったるなのか、理解できないでいると、殿様は親切に教えてくれる。
相変わらず読みも凄いが、その物腰の柔らかさも半端ない。
「ここは、元々ワシの別荘だったのじゃ、じゃからな遺産は……いてっ。うっ、おほん、まあ、そういうことじゃからな、気楽にさせてもらっておる」
殿様が気持ち良く話していると、俺の背後から飛来した扇子が、見事に殿様の額に命中する。途端に、殿様は言葉を濁したかと思うと、まるで何もなかったかのように話を進めた。
あまりの出来事に、思わず振り向くと、そこには、サクラが痴れっとした表情で佇んでいた。
この前の時もそうだったが、殿様の言葉に何か問題があるのか?
訝しむ俺を他所に、殿様は文句を言うでもなく、額を擦っている。
あんた、本当に殿様か? やたらと、ぞんざいな扱いを受けてないか?
サクラから不当な扱いを受けている殿様に同情しつつも、気を取り直して本題に入る。
「ところで、今日はどうしたんですか?」
「おお~、そうじゃった、そうじゃった。実はのう、来客があって連れてきたんじゃ」
ん? なんで殿様の客を連れて来るんだ?
「いやいや、お主達への来客じゃ」
俺達ということは、俺じゃないんだよな? それとも深読みし過ぎかな?
「お初にお目にかかります。私はアルベルツ教国のダグラスと申します。隣の男がデリックといい、もう一人はフランチェスカと申します」
う~~~ん、確か、アルベルツ教国と言えば、ミストニア王国の北にある国だよな。この国との位置関係だと、殆ど大陸の端と端のはずなんだけど……そんな遠くの国から態々何しに来たんだ? そもそも、俺達に何の用事だ?
表情から怪訝に感じていることを悟ったのか、ダグラスと呼ばれた男は直ぐに話をはじめた。
「本日参りましたのは、お願いがあってのことです」
「お願い?」
あとで思えば、ここで願いなんて聞かずに追い返せば良かったのだろう。だが、この時点で、トラブルなんて想像もできず、ついつい尋ねてしまった。
「実は、お連れの方をアルベルツ教国にお迎えしたいと考えております」
何言ってんだ? このおっさん。いやいや、おっさんと言うには若すぎるけど……
「誰を? とか聞く気もない。お引き取り下さい。以上だ」
なぜか、背後で歓声が上がる。
なんか、「さすが」とか、「かっこいい」とか聞こえてくるが、ここでは黙殺する。
「……」
即答で拒否されたことがショックだったのか、はたまた予想外だったのか、三人の使者が固まっている。
まさか、拒否されないとでも思ったのか? この戯けども! 誰を嫁にするとかなんて、現時点で決められないが、後ろに居るのは、誰一人として例外なく、大事な仲間なんだよ。
そんな気持ちを声高に言えないところが、俺のヘタレているところでもあるのだが、間違っても手放す気はない。
ただ、彼等もガキの使いではないのだろう。拒否を聞いても諦めることはなかった。
「す、少しだけでも話を聞いてもらえませんか?」
フランチェスカと呼ばれた金髪ショートカットのカッコイイ女が、下手に問い掛けてきた。
「いや、なにを聞いても気持ちは変わらんぞ。聞くことすら時間の無駄だな。お引き取り願おうか」
後方では、大喝采が起こる。やんややんやと俺を褒め称えていたりする。
だいたい、本人の希望ならまだしも、俺にとっては他の国なんかよりも仲間の方が大切なんだよ。例えそれが一万人の命を救えることであっても、自分の仲間を差し出したりしないぞ。
意気込む俺を説得するのは無理だと感じたのか、使者達は溜息を吐くと、即座に次の対応を執った。ただ、これが癇に障る。
「マサカド様、せめて、お話しだけでも聞いて頂けるようにお願いできませんか」
ダグラスという騎士風の男は、なんと、殿様に泣き付きやがった。
ここで後ろからブーイングが飛んだ。
『最悪だわ、あの人、プライドがないのかしら』
『自分の力ではなく、お殿様に泣きつくなんて』
『見下げた根性だ。オレがぶっ飛ばしてやる』
マルブラン家脱走組である、エルザ、ミレア、アンジェ、三人が伝心で罵声をブロードキャストしてきた。
まあ、お前達の言うことが正解だが、国と国の関係もあるから殿様も断れないだろうな。
なんて考えたのだが、この爺様はやりおるわ。
「初めから言うたであろう? ユウスケ殿はワシの家臣ではなく客人だと、だからワシからは何も言えんとな。それでも構わんと言うたのは、お主達ではないか?」
すげ~~~~~! かっちょいい~~~!
俺の後ろからは、殿様に向けた大喝采が起きている。
『さすがは、お殿様です』
『お爺様、少し見直しました』
『カッコイイニャ』
今度はクリス、サクラ、ロココの三人が、伝心で殿様を褒め称えていた。
確かに最高の爺さんだ。
「しかし、それでは我等も役目が果たせません」
食って掛かったのは、リーダーぽいダグラスだ。
「何か条件だけでも頂けませんか」
思わず、その言葉で怒り心頭となる。
「条件ってなんだよ。俺が仲間を条件で差し出すとでも思ってんのか? あなた達は最低だな。悪いが、さっさと帰ってくれ、俺の怒りが頂点に達する前にな」
「い、い、いや、そ、そんなつもりで言ったわけでは……」
考えれば考えるほど、頭に血が上って自分を抑え付けることが出来なくなってくる。
「俺がキレる前に帰ってくれないか? できれば、穏便に済ませたいんだ」
なんとか怒りを抑えながらそう口にすると、アルベルツ教国の使者達は、殿様に縋るような視線で助けを求めていたが、無情にも殿様は何も言わずに、その細い首を横に振った。
結局、三人の使者は女中に案内されて、とぼとぼと玄関に向かっていった。
「サクラ、塩だ」
「はい。抜かりはありません」
サクラは既に塩坪を持っていた……なんて女だ。さすがは、ニュータイプと呼ぶべきか。
そんな遣り取りをしていると、ニコニコ顔の殿様が口を開いた。
「うむ、よく言うたのじゃ。さすが、ワシの……うっぷ、ケホ、ケホ、ケホ。なんじゃ、サクラ、塩かけババアか!? 嘘じゃ、口が滑っただけじゃ」
殿様が俺を褒めているところに、サクラが塩を振りかけた。
というか、失言の代償だと言わんばかりに、大量の塩をぶっかけられる。
おいおい、今度は塩かよ……いったいお前等は何を隠してるんだ? まあ、聞いても答えてくれないんだろうな。
俺としては、そもそもの発端が気になるのだが、きっと、教えてはもらえないはずだと諦めた。
こうしてアルベルツ教国の使者は、役割を果たせずに退散し、殿様も護衛と共に城に戻ったのだが、これは始まりの終わりでしかなかった。
小鳥の囀りが聞こえる。というか、それしか聞こえてこない。
そんな静かで清々しい朝を迎えた。
昨夜の騒ぎが大変だっただけに、これほどに静かな朝を迎えることができて、とても幸せだ。ほんと、感無量だ。
というのも、アルベルツ教国の使者が帰った日の夕食時では、殿様すげ~~! ユウスケ様カッコイイ~~! と大変な盛り上がりを見せた。
そうなると、新たに加わったミストニア脱出組までもが、というより麗華が、わたくしも仲間ですわよね? 大切な仲間ですわよね? としつこく言い寄ってきた。
そんな姿を見たエルザ達が、緊急会議を開いたのは必然だったのかもしれない。
女性陣が集まって、ワイワイガヤガヤと何やら始めた。
因みに、その会議でどんな内容の話をしているのかなんて、俺としては興味がな――くもないが、知ると後悔しそうなので見て見ぬ振りでやり過ごした。
気持ち良く起きた朝は、食事も美味い。
ここで出される食事が、全て和食ということもあって、とても気に入っているのだが、尚更に美味く感じる。
ただ、そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。
そして、それをぶち壊したのは、やはりアルベルツ教国の使者達だった。
サクラが呼びにきたので何かと思えば、昨日の失態に懲りることなく、ダグラス達三人が来たことを告げた。性懲りもなくやってきたのだ。
取り敢えず、門前払いにするにも、顔すら見せないのは余りにも失礼だろうと思って、玄関まで出たのが間違いだった。
そこには、三匹のDOGEZAがいた。
土下座をしても何にも変わらないのだが……頭が悪すぎる。
「な、何卒、話だけでも聞いてください」
まだ言ってやがる。だから高校生でも解る道理を話してやることにした。
「話を聞く気もないが……話を聞いた後に断ったらどうするんだ?」
「うぐっ……」
それは答えに詰まるよな。だって、話を聞いて断っても、話を聞かずに断っても、俺の人間性こそ見えるかもしれないが、結果自体は何も変わらないのだ。
「あなた達は、俺が話を聞いたら納得すると思っているのか? そもそもそこから間違ってるぞ?」
「そ、それ、それは……」
「俺は神の頼みでも了承するつもりはない。況してや、あなた達の使命を果たさせるために頷いたりすることはない。仲間とはそれほどに大切な者だと思うが、違うのか?」
もう声すら出ない使者達。しかし、ダグラスが眉間に皺を寄せ、険しい表情を見せた。
「そうなると、あなたと我が国の問題になりますが、宜しいですか?」
「意味が分からんな。あんた達の言ってることは、仲間を寄こさないと国力を使ってでも奪うぞと言っているんだが? それが盗賊や強盗と何が違うんだ?」
「……」
もう滅茶苦茶だ。こいつ等が口にしたのは、唯の脅迫だ。こいつ等はもうだめだ。相手をする価値もない。
「さっさと帰れ! 今度きたら、ただじゃ済まさんぞ?」
いつの間にか、俺の背後に集まった仲間達も、寒気がするほどの殺気を放っている。
こりゃ、大問題になりそうだな……まあ、タンカも切っちまったしな~。せっかく、ここの生活も慣れてきたし、とても気に入っていたんだが、これでおさらばということになりそうだ。
「わ、分かりました。では、その旨を本国に伝えましょう」
「そうしろ。唯、先に言っておくぞ。俺の仲間に手を出したら、それが誰であろうと、一国であろうと、大陸全土であろうと、神であろうと決して許さん。間違いなくこの世界から消してやる」
「そ、そんな、不遜な!」
「不遜も糞もあるか! 仲間に害をなす奴は、俺が許さね~って言ってるんだ。アルベルツ教国だろうが何だろうが掛かってこい! 必ず後悔させてやる」
「かっこええっちゃ~~~」
「カッコイイニャ~~~~」
「かっこいいですわ~~~」
「さすがは、我が主」
「ヤバイ、ホレたかも……」
「わたくしの旦那様は、本当に最高です」
ラティ、ロココ、麗華、クリス、松崎、サクラがうっとりとした声で心境を口にした。
それ以外の面々も、ぽ~~~っとした顔で固まっている。
その空気を打ち破るかのように、フランチェスカと呼ばれた使者が捨て台詞を吐く。
「後悔してもしりませんよ」
「いや、後悔するのは、俺達に手を出した奴さ」
俺達の力を知らない使者達に事実を伝えてやったのだが、きっと、バカだと思っているだろうな。いや、完全に俺をバカにしているようだな。
「では、私達にその力を見せて頂けませんか?」
さて、どうするかな~、あまり手の内を明かしたくないんだけど。だが、あまり悩んでいると、麗しき脳筋アンジェが名乗りを上げそうで怖いし……
どうしたものかと逡巡していると、思わぬところから声が上がった。
「分かりました。この世界最強であるわたくしの旦那様が、お相手をして差し上げます」
な、な、なんと、いつもは慎ましく奥ゆかしいサクラが、怒りの形相で啖呵を切った。
しか~も、自分ではなく俺に振りやがった。丸投げかよ……
『どういうつもりだ?』
『こんな下品な方々には、力を見せつけるべきだと思いましたので……』
『本音を言ってみろ』
『死なない程度に後悔させてくださいませ』
あのサクラが……かなりキレてるんだな……
「分かった。ただ、俺とやって無傷で済むと思うなよ? 後で文句を言っても知らんぞ」
「それは、承知しております」
フランチェスカの返事に続き、ダグラスと影の薄いデリックが頷く。
仲間と三人の使者を連れて、屋敷裏の野外鍛錬場に向かう。
もっくんではなく、鍛錬用の木刀を持ち、三人の使者達の前に立つ。
「武器は、それで宜しいのですか?」
ダグラスが尋ねてくるのだが、返事をするのも億劫だ。頷きだけで返す。
それを確認した三人は、お互いに確認し合っていたが、ダグラスが口を開いた。
「我等は、この武器でも構いませんか?」
どんな能力を持った武器かは知らないが、俺が感じた三人の力量なら、何を持っても同じだと思ったので、やはり頷きだけで返す。
というか、さっさと倒して、この三人を永久追放にしたい。
「では、わたくしの合図で始めますが、宜しいですか?」
サクラの声に、三人の使者達が頷く。
それを確認して、サクラが視線を投げ掛けてきた。
もちろん、何の問題もない。頷きで返答する。
「では、始め!」
「ぐぼっ!」
サクラの合図とほぼ同時に、デリックが倒れて呻き声を上げた。
合図と同時に、一足飛びで懐に潜り込んだ俺が、間髪入れず蹴りをぶち込んだのだ。
彼等は鎧を纏っておらず、タバードのような服を着ているのが災いしたともいえる。いや、何を着ていても、結果は同じだろう。
「は、は、はや、ぐぼっ、ぐはっ」
速いと言おうとしたダグラスの腹を鍛錬用の木刀で打つ。
最後のフランチェスカは、さすがに女性なので、当身を食らわせて終わりにした。
「うっ……」
ものの三秒も掛からず模擬戦は終了した。
フランチェスカは意識を失っているが、残りの男二人は呻いているものの、意識があるので付け加えて言い含める。
「これでも本気の一割にも届かないだろう。俺が本気になれば城の一つや二つは、数秒でなくなると思え」
その言葉に、呻きながらも二人の男は何度も頷いた。
「マルセル、軽く癒してやれ」
「はい! ヒール」
軽くと言ったら、本当に最小の回復魔法のみで済ませやがった……サクラといい、お前といい、鬼だな。
「やっぱりユウスケはつえ~~な。オレも今のままじゃ全然ダメだな」
「ユウスケ様……わたくしも、もっと頑張りますわ。もっと、稽古をつけてください」
アンジェが自分自身にダメ出しすると、麗華が一歩前に出て頭を下げた。
「もう、うちでも勝てるか分からんけ~ね」
そんな二人を慰めるためか、ラティが小さな肩を竦めてみせた。
結局、この模擬戦のあと、三人の使者はトボトボと引き上げて行った。だが、これで終わるとは思えないんだよな~。なんて考えていると、サクラの声がみんなの意識を引き付けた。
「この件で、みなさんにお話があります。大広間に集まって頂けますか」
何を考えているのかは分からないが、サクラはいつもの落ち着いた様相で全員を大広間に誘った。
全員が大広間に集まると、それを確認したサクラがゆっくりと話を始める。
「お時間を取って頂いてすみません。ですが、大切なことですので、お話しさせて頂きます。今回のアルベルツ教国の件ですが、神託が絡んでのことだと思います」
「それって、あれか? エルソルからの啓示だっけ?」
「ユウスケ様……呼び捨ては、さすがに不敬ですよ……」
マルセルが窘めてきた。
だが、エルソルと言えば、例の有り得ない奴だ。
だいたい、エルソルが創造神なのが有り得ない。あいつは天然だぞ?
「はい。実は、私が受けた啓示は二つでした」
俺の不満を他所に、サクラがさっさと話を進める。
ところが、サクラが話を始めた途端、マリアがその青い瞳を見開いた。
「えっ、サクラさんも『神託の巫女』なのですか?」
マリアは、信じられないと言わんばかりの表情で、両手を胸の前で握り合わせたまま勢いよく立ち上がった。
「あの~、私も啓示を受けてます……」
「え? もしかして、マリアさんって『巫女』だったんですか?」
どうやら、驚きはお互い様だったようだ。サクラも驚いて身体を震わせた。
「はい。私も二つの啓示を受けました」
どうも、『神託の巫女』って、それほどレアじゃなさそうだな。
「おいおい、神託の巫女って、もしかして沢山いるのか?」
ちょっと、レア度を確認してみる。
「いえ、凡そ国に二、三人です」
激レアじゃね~か。なんで、こんなところに二人も居るんだ?
それよりも、俺の所為で話が脱線したな……
「話が逸れてすみません、先に進めます。さきほど話した二つの啓示のうち、一つは旦那様が救世主であること、もう一つが今回の事件に関わってます」
サクラ~~~、勿体ぶらずに話してくれ~~~~~。
もちろん、俺の不満が聞こえるはずもないのだが、マリアが慌てて続きを口にした。
「マルセルさんが聖女という話ですね」
「はい」
サクラはマリアの台詞をあっさりと肯定したが……
「「「「「ええええええええっ~~~~~~~~~~~!」」」」」
サクラとマリア以外の面子が、驚愕の声を上げたのは言うまでもないだろう。
「わ、わ、私が、聖女?」
「やっぱり、そうなんちゃ」
マルセルは未だに動揺しているのだが、なぜか、ラティは納得顔で頷く。
「ラティ、なんでそう思うんだ?」
ラティの態度が気になって尋ねてみると、「そんな気がしたんちゃ」という返事だけだった……おいおい、ラティ、勘弁してくれ……
みんなが大騒ぎとなったところで、サクラが再び口を開くと、その喧騒が一瞬にして静寂に変わった。
「今回の件は、その啓示により、アルベルツ教国がマルセルさんを欲しての行動だと思うのです。おそらく、彼の国にも神託の巫女が居るのでしょうね」
これまでは俺の独り善がりでアルベルツ教国の願いを拒否っていたのだが、こうなるとマルセルの気持ちも聞く必要があると思える。
「マルセル、お前はどうしたいんだ?」
「はい。私は……ユウスケ様のお嫁さんになりたいです」
いや、そんな答えを聞きたい訳じゃないんだ……今後の行動について聞きたかったのに……しかし、これもある意味で答えになるのか……
モジモジとしながら嫁宣言をしたマルセルは、自分を立て直すために、己が胸をトントンと叩くと、赤らめた顔のまま話し始めた。
「私はアルベルツ教が嫌いです。あ、すみません、語弊がありました。アルベルツ教団が嫌いです。教え自体は良いものだと思いますが、それを行っている者が嫌いなのです。だから絶対にあの国に行くことはないです」
マルセルの口振りからすると、何らかの因縁がありそうだが、それについては本人が話したくなるまで放っておこう。
マルセルを欲しがる理由が判明したのは良いが、奴等がどんな行動にでるかだな。
奴等の出方について考え込んでいると、エルザが割って入る。
「アルベルツ教国は、どんな方法でマルセルを奪取しようとするかしら」
その質問に俺が答えずとも、みんなが思い思いの意見を述べる。
「誘拐ニャ」
「夜襲なんちゃ」
ロココとラティが、普通に有りそうなパターンを主張した。
「オレなら、力尽くで奪うかな」
アンジェが脳筋な台詞を吐くが、奴等も痛い目に遭ったばかりだし、それはないだろう。てか、お前……その台詞を自分の母親であるカトリーヌに言ってみろよ。
「戦争を仕掛けて来るのではないですか?」
クリスの考えは、使者達の言葉から導きだしたようだ。
だが、いかんせん、彼の国とジパング国では距離があり過ぎるし、間に二カ国もある。
「あの~~、これを言っても良いか悩むのですが……ユウスケ様は濡れ衣とはいえ、各国から指名手配中です。それを利用して賞金首にするとか?」
ぐあ~~~っ、めっちゃ嫌だけど、すげ~~~ありそうな意見を述べたのはルミアだ。
この意見は、物凄く現実性があるよな。めっちゃ起こりそうで怖い。
「わたくしの意見を言わせて頂けるなら、彼の国は旦那様を神敵とするでしょう。そして、聖戦の名を騙って各国に働きかけ、旦那様の討伐に乗り出すと思います」
サクラの意見って、壮大な規模になってるけど……奴等ならやりそうなんだよな。
サクラの言葉を聞いた途端、マルセルがおずおずと口を開く。
「サクラさんの言う通りだと思います。あの国なら、間違いなくそうするでしょう」
その後も様々な意見が飛び交ったが、限がないので結論だけを言うと、どんなことがあっても良いように自分達を鍛えるという結果となった。
うむ。アンジェを脳筋と呼べなくなってきたな……
あと、マルセルは単独行動が禁止になり、必ずラティかロココが一緒に行動することになった。
マルセルはとても申し訳なさそうにしていたが、ラティもロココも楽しそうにしていた。
まさかと思うが、この二人は襲われることを望んでいるのか?
明らかに、相手を返り討ちにしたくて、うずうずしているような感じだ。
その後は、屋敷に夜な夜な不審者が訪れたり、ダンジョンでは待ち伏せされたりと色々あったが、全員を締め上げて牢獄送りにした。
その後も、二週間ほどダンジョンに篭っていたが、大きな問題などは起こらず、粛々とレベル上げを行った。
ミストニアがローデス王国に開戦する話もあったので、ひたすら自分達の力を磨いていたのだ。
そして、三週間が過ぎた頃、城からの伝令でアルベルツ教国が聖戦を発動したことを知った。もちろん、神敵は俺だ。
こうして三カ国から指名手配を受けるだけでなく、俺は神敵として大陸全土にユウスケという名を馳せることになった。




