29話 ジパング国
空が青い。
雲一つない青空は、青一色で彩られ、どこまでも延々に続くかのように見える。
遠くの山々は、生き生きとした緑色で埋め尽くされ、肌を撫でるそよ風も心地よい。街道の脇にも様々な草が鬱蒼と茂り、所々に大きな木が生えている。
そんな緑あふれる景色は、デトニス共和国で荒んだ心を癒してくれる。
ミストニアの間者を葬り、召喚されたクラスメイト――佐々木佳代の遺体を埋葬すると、ジパング国の最東端にあるヒガシノセキという村に戻った。そう、皆殺しとなった村人を埋葬するためだ。
俺としては、佐々木佳代の遺体を埋葬する気にはなれなかったのだが、鈴木が涙を流しながら懇願してくるのを無碍にもできなかった。
結局、その日は、死者の埋葬に時間を費やした。
翌日、村を後にしてジパング国の首都である大京都に向けて出発した。
あれから四日の時が経ち、現在は大京都にかなり近づいている状況だ。
ローデス王国を出てからこっち、碌な目に遭っていない気がする。
どこに行っても人の死ばかりのように思える。
その中でも、ジパングでの出来事は、俺に深い怒りと傷を残したように思う。
なぜなら、罪のない人々が虐げられる場面を目にしたからだ。
本来なら、ダートルの死人の方が悲惨な状況なのだが、やはり、目の前で襲われる光景は、俺にとって衝撃的だったのだ。
それからというもの、人の死についてばかり考えてしまう。
「どうしたんちゃ」
助手席に座るラティが、俺の心境を察したのか、気に掛けてくる。
「いや、ここ最近って、人が死んでばかりだなと思って」
「何とかしたいん?」
「できるならな。ただ、俺の行動は、結果がな……」
そう、俺達が行動すると、悪意はなくても破壊しか生まれない。
それは、人の死のみならず、街の崩壊にまで至る。
「気にしちゃだめニャ。前回はラティが、民家をぶち壊しただけニャ」
「ロココ、それ言っちゃだめっちゃ」
「フシャーーー!」
助手席の横に設置された補助席で、足をプラプラさせているロココに、眦を吊り上げたラティが飛びつく。そして、いつものじゃれ合いが始まる。相変わらず仲の良い二人だ。
この光景にも心が洗われるよな~。
バタバタしていたから気にしてなかったが、ヒガシノセキ村も、次に行ったトネリ村も、どちらも板葺き屋根や瓦屋根の民家ばかりだったよな。住民の服装も明治時代の和服ぽい感じだったし……
『ユウスケ様、そろそろ大京都が近いと思うのですが、どうでしょうか?』
『まだマップには、表示され……お、表示された』
カツマサの問い掛けに、まだだと返そうかと思ったところで、マップに街の端が表示された。
『まさかと思いますが……』
『いや、今回は大丈夫だ』
カツマサが恐怖症に陥っている。
まあ、あれだけ行く先々で問題が起これば、恐怖症の一つや二つを発症しても仕方あるまい。
マップの有効範囲が二十キロだし、現在の速度なら、あと二十分くらいで大京都に到着することだろう。
珍しく何も起こらずに目的地に到着した。
目的地であるジパング国の都、大京都に到着したのだ。
大京都と呼ばれる街は、山々に囲まれてはいるものの、広い平野に存在していた。
その街並みは網目状の街路と、中央に聳え《そびえ》立つ江戸城のようなお城、さらには、その東側に立つ五重の塔が、平安京を思い起こさせるような作りだ。
そして、その美しい街並みは、京都の町と江戸の町を合わせ持ったような雰囲気を抱かせた。
国の名前からして日本風だとは感じていたが、この和風の街を目の当たりにすると、タイムスリップでもしたかのような錯覚に陥る。
「凄いですね。まるで京都の町を見るようです」
「でも、あれは江戸城ニャ」
また、ロココが遣りやがった。もうフォローしてやんね~ぞ。
「ロココさん、どうして江戸城をご存じで?」
「秘密ニャ」
結局は、全て「秘密ニャ」で終わらせるロココだった。
「さて、これからどうすればいいんだ?」
「案内の者がおりますので、装甲車のこっくぴっとに乗せて頂いても宜しいでしょうか」
カツマサ、お前は鈴木に毒されているぞ。運転席と言え、運転席と。
「構わんが、どこで乗せるんだ?」
「あそこの関所で確認していみます」
こうすんなりと進むと、逆に気持ち悪いな。
少しばかり不安を抱きつつも、案内人を乗せて先に進んだのだが、まずはクレア親子を含めたダートルの生存者を、カツマサの主様が準備した施設に連れて行くことになった。
施設というだけあって、当然ながら豪華ではないが、当たり前の生活をする分には、なんの支障もない場所だった。
「なあ、ここで暮らすのはいいが、この難民の仕事とかは、どうするんだ?」
「殆どが子供ですから、これから学問を教えて、色々な就職先を探すしかないですね」
「学問を教えてくれるのか?」
「はい、何か問題がございますか?」
「いや、何も問題はないが、そこまでしてもらえると思ってなかったからな」
「ご心配には及びません。保護した者達は国民として、分け隔てなく育てますから」
「そうか、ありがとう」
「いえいえ、そもそも、ユウスケ様がお礼を言われることでもないです」
カツマサにそう言われると、確かにそうなのだが、それでも彼や主様の気持ちが嬉しかったので、礼を述べることに何の支障もないはずだ。
「では、主様の所に参りましょうか」
「ああ、頼む」
カツマサと話を続けている間も、ラティやロココがダートルで保護した子供達と騒いでいる。かなり仲良くなったようだ。
子供というのは良いものだ。直ぐに打ち解けることができる。それに比べると、大人は欲ばかりが大きくなって、自分のことしか考えなくなるからな。そうならないように、俺も切磋琢磨する必要があるよな。
自分を戒めながらも、子供達に別れを告げたのだが、ロココが首を傾げる。
「なんで、みんなと離れるニャ?」
「いや、ずっと一緒に居られないだろ?」
「ニャに言ってるニャ、みんな、ユウスケの従者になるって言ってるニャ」
「あんねぇ~、うちもレベル上げ手伝ってあげるって……約束したけ~ね……」
ぐはっ、子供達と仲良くやっているかと思えば、そんな約束してたんかい! はぁ~、全く困ったもんだ……
「だめニャ?」
「だめなん?」
うぐっ、幼女少女に泣きつかれると弱いのだよ。
「甘すぎです」
「偶にはハッキリしなさいよね」
ラティとロココに縋りつかれて目尻をさげていると、鈴木とエルザが睨みを効かせてきた。
このままだと、またロリコン容疑をかけられてしまいそうだ。
「と、取り敢えず、そんな重大なことは、直ぐに決められないから後回しだ。まずは、主様とやらと対面するぞ」
結局は、問題を先送りすることで、その場を誤魔化すことにした。
四人の少女幼女からは、当然の如くブーイングが起ったが、目と耳を塞いでそそくさと装甲車に戻ったのは、語るほどのことでもないだろう。
四人の少女幼女から、しつこく冷たい眼差しを浴びながらも、カツマサの連れてきた案内人の指示に従って装甲車を走らせた。
当然ながら、街の者達が何事かと視線を向けてくる。
なにしろ、街の者達も装甲車を見るのは初めてだろうし、威嚇するかのようなシャークマスクまで描かれているのだ。気にならない方が嘘だろう。
驚きで固まる者、思わず建物に逃げこむ者、こっそり指を差してヒソヒソと笑う者、槍を手にして飛び出してくる者、様々な反応があった。小さな子供に至っては、泣きながら逃げ出すシーンすらあった。
ほんと、迷惑だよな……せめてシャークマスクだけでも消させるか……いや、奴がそれをすんなり受け入れるとも思えないな。それこそ見返りを要求してきそうだし……ほんと、最近は手が付けられなくなってきたよな……
はた迷惑なペイントを止めさせることを考えるが、ここ最近、やたらとエロい要求をしてくる鈴木を思い出し、それを断念する。
「ユウスケ様、ここでお待ちください」
巨大な門の前に辿り着いたところで、案内役の男が装甲車から降りる。
どうやら、目的地に到着したみたいだ。
薄々感じていたのだが、俺達が到着した場所は、遠くから眺めていた江戸城に似たお城だ。
広い敷地には、城を囲うように深い濠が掘られている。その堀を越えると、高い石垣の上に日本風の城が聳え立っている。
「噂には聞いていたけど、凄い建物ね」
「これがジパング国の城なんですね」
装甲車から降りたエルザが、城を見上げている。
その横では、ミレアが感嘆の声を漏らす。
他の面々も瓦屋根の巨大な城を見上げて、あれやこれやと感想を口にしている。
「さあ、こちらです。どうぞ。主様がお待ちです」
どこか自慢げなカツマサが先を促してきた。
「あ、ああ」
こうなると、主様って、やっぱり殿様なのかな?
そんな疑問を抱きながらも、言われるがままに案内されたが、畳敷きの大広間だった。
そこには、沢山の家臣が並び、その奥に王様、いや殿様がいた。
まるっきり日本風だよな……これで丁髷だったら、腰を抜かすところだぞ。
興味とは裏腹に、殿様は割と地味な和服で丁髷ではなく、白髪をオールバックにしていた。
齢の頃は六十歳くらいだろうか、身体は小柄ではあるが、とても健康そうな爺さんだった。
「よくぞ参られた。ワシはこのジパング国を預かるノブマサ=マサカドじゃ」
「えっと、私は、ユウスケと言います。こちらは仲間の――」
行き成り、殿様から挨拶をしてきたので、自分と仲間達の紹介をする。
少しばかり緊張しているのだが、さすがのエルザもツッコミを入れてくることはなかった。
というか、奴も緊張しているのか、いつもよりも表情が硬い。
挨拶が終わると、殿様は直ぐに話を続ける。
色々なことが聞きたかったのだが、空気を読んで後にする。
「遠路遥々、こんな辺境までお越し頂いて、況してや、我が国の村々や民を助けて頂いて本当に感謝しておる。この通りじゃ」
と、と、殿様、殿様だよな? なんでこんなに恐縮しているんだ? この後、大どんでん返しとかないよな?
「いえ、自分達のやりたいようにしただけです。気にしないでください」
予想外の対応を目にして、焦りながらも、誠意には誠意で返すことにした。
この後、褒美の話とかもあったけど、俺達を呼んだ理由が気になって、殿様の話を適当に聞き流していた。それが後々に唖然とさせられる話になるともしらずに……
「さて、ユウスケ殿が気にされておる話になるのじゃが、わざわざ、こんな田舎に来てもらったのは他でもない。実は、お主に二つの願いがあるのじゃ」
やっと本題に入ったよ~。それが聞きたかったんだ。
「承諾できるかは分かりませんが、聞きかせください」
殿様の願いを聞き届けられないかも、という無礼な返事なのだが、殿様のみならず家臣一同も含め、誰一人として不快な表情をすることはなかった。
というか、家臣一同が人形の様にピクリとも反応しないのだが、本当に生きてるのか?
少しばかり戸惑うのだが、それを知ってか知らでか、殿様はニコニコ顔を崩さずに話を進める。
「一つ目じゃがな、ワシの後を継いでこの国の王になって欲しいのじゃ」
な、な、な、な、なんだって~~~~~~~! いや、これは何かの間違いだ。ああ、聞き間違えたんだ。そうだ。きっとそうだ。
「あの~」
「なんじゃ?」
驚きを収め、おずおずと問いかけると、殿様はニコニコ顔で頷いた。
「すみません。今、聞き間違えたと思うんです。もう一度、お願いできますか?」
「ん? 構わぬぞ。何度でも言おう。ワシは、お主にこの国の王になってもらいと言ったのじゃ」
聞き間違えじゃなかったのか……マジかよ……
呆気にとられつつも周囲を確認する。家臣たちは、誰一人として驚いていない。
それどころか、何を考えているのか、この国の家臣は、納得の表情で頷いている。
振り向くと、仲間達が驚愕で固まっている。やはり、普通はこの反応だと思うのだが、ここの家臣はいったいどうなっているのだろうか。
見ず知らずの者に王座を譲るなんて考えられないことだ。間違いなく、何か企みが潜んでいるはずだ。
どういうことだ? 全く理解できん……俺を殿様にするとか……ありえん。何が狙いなんだ?
「あ、あの、ま、まずは理由を聞いても良いですか?」
「うむ、良いぞ。その理由なのじゃが、ワシがそうしたいからじゃ」
が~~~ん! なんだと~~~~~! このじーさん、耄碌してるんじゃね~か?
驚く姿が面白いのか、殿様はガハハハと豪快に笑っている。
だが、こっちは、ちっとも笑えない。
というか、そんな返事をもらうと、切り返しようがない。どうしたものか。
だいたい、この殿様は、いや、ここに居る者達は、何を考えているのだろうか。
マップの表示からして敵ではないと思うのだが、思惑もなく知らない者を殿様にしようなんて思わないはずだ。
いったい何がどうなってるんだ? キツネにつままれているような気分だ……誰か、助けてくれ……
背後に並ぶ仲間達に視線を向けるが、誰もが首を横に振るだけだった。なんとも薄情な奴等だ。
ん~、困ったぞ。どうする。敵ではなさそうだし、ここは正直に本心を言うしかないか……
「殿様、結論からいうと、私は王になどなる気はありません」
殿様は怒る訳でもなく、ニコニコしたまま大きく頷く。どうやら、断られることを予測していたようだ。
周囲の家臣も微動だにしていない。よっぽど心が広いか、教育が行き届いているか、もしくは頭のネジがぶっ飛んでるかだな。
正直なところを口にすると、殿様は笑顔のまま自分の考えを口にする。
「お主がそういうのは解っておったのじゃ。いや、そう答える者だからこそ、我が国の王になって欲しいのじゃ」
うぐっ、拙い、このままでは本当に王にされそうだ……なんといっても、人としての年季が違う。
「ま~そう焦らずともよい、別に今直ぐとは言わん。その時は自ずと訪れるのじゃからな。じゃからの~、望む未来を見誤るでないぞ」
殿様の言葉からすると、無理強いで今直ぐ国王になれと言う話ではなさそうだ。それを知って、少しだけ、ほんの少しだけ、ほっとした。
よかった……というか、そろそろ、こっちの疑問にも答えて欲しいよな。
殿様の言葉でちょっとだけ安心したところで、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「殿様、聞きたいことがあるんですが、良いでしょうか」
「なんじゃ? 構わんぞい。何でも聞くが良いぞ」
相変わらず、ニコニコ顔を絶やさない殿様が、ホレホレと言ってくる。
「どうやって、俺の行動を知ることができたのですか?」
「な~んじゃ、そんなことか……詰まらんのう~」
いやいや、俺にとっては大事な話だから。詰まらんと言われても困るんだよ。
「ワシはのう、転生者じゃ。生まれは東京じゃぞ。お主と一緒じゃ、カカカカ」
いや、その笑いは江戸時代だから。東京じゃないだろ。あれ? 驚くところが違うかな? ん……俺ってかなり麻痺してきたかも……
背後で驚く仲間を見やり、自分が普通ではないと思い始めるのだが、そこで話がすり替えられたことに気付く。
あれ? 殿様の話って、答えになってないよな?
「転生者って、もしかして固有能力があるとかですか?」
「おおお~~、思ったより頭が回るようじゃの。その通りじゃ。じゃが、その内容は教えられんぞい」
まあ、この殿様がそう言うなら、これ以上は聞いても無駄だろう。そう思わせる雰囲気を持っている。
そう言えば、願いは二つだったよな? 黙っていれば話し出すのかな。なんて考えていると、殿様が手を打った。
「お~忘れておった、二目の願いじゃが……少し殺生を減らしてくれんかのう」
これも予想外の願いだな。まあ、減らすことは簡単だけど、そうすると弱い者が泣かされるからな~。
「そうしたいのは山々なんですが、悪党は始末しないと弱者が酷い目に遭うので……」
「うむ、その考えは同意じゃ。じゃがな、悪党の中にも更生できる者がおるかもしれんし、そんな者でも殺めれば泣く者もおるかもしれん」
「でも、それは自業自得なのではないですか?」
「それも、尤もじゃ。だがの、ワシも何とかしたいのじゃ。だから相談なのじゃが、今後は殺さずワシの処に送ってくれまいか、そやつらの処分はワシに任せて欲しいのじゃ」
「それなら構いませんが、戦闘で否応なく死ぬ者は助けられませんよ?」
「それは構わぬ。手加減して己や仲間が死んだり怪我をするのは、愚の骨頂じゃからな」
こうして二つの約束を聞き、話を終えたところで、殿様から言われるままに宴会場に場所を移した。
正直、並べられた数々の料理に、感動の涙を浮かべてしまった。
魚や野菜の天ぷら、魚介類のお刺身や焼き物、握り寿司に、すき焼きに、しゃぶしゃぶ、日本のありとあらゆる料理が並んでいた。
それに涙したのは、俺だけではなく、鈴木やロココも一口食べる度に、大粒の涙を零した。
もちろん、日本の食べ物を知らない他の面々も、料理の美味しさに舌鼓を打っていた。
そんな俺達に気を遣ったのか、殿様や家臣の者達は、暫くの間、放置してくれていたのだが、酒が入りだしたのか、次第に宴会相が修羅場と化した。
そして、勧められるがままに日本酒もどきを飲んだエルザと鈴木が大変な事になり、場が騒然とするような事件となったのだが……それは本人達も忘れたいだろうし、割愛することにしよう。
殿様との謁見を終わらせ、宴会も……無事とは言えないが、何とか済ませ、その日は城で宿泊することになった。
酔ったエルザ・鈴木ペアが、常連のラティ・ロココペアと布団の上で陣取り合戦を始めたのは、昨夜のことだ。
ああ、その布団はというと、俺の布団であり、最後はみんなでゴロ寝することになった。
「はぁ~、昨日は酷い目に遭ったな~。エルザと鈴木の奴……まあ、いいか……」
清々しい朝を迎え、城内の日本庭園に似た庭で、池の鯉を眺めながら昨夜のことを思い出していると、どこからか殿様がやってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「どうじゃ、日本の庭は懐かしいか?」
「そうですね。ただ、俺がきたのはかなり未来だと思うので、こんなに素晴らしい庭園は、限られた場所にしかなかったですね」
おそらく、殿様が知っている日本と、俺が知っている日本には大きな乖離があると思う。
それでも、このジパング国の風情は心休まる。きっと、俺が日本人だからなのだろう。
「お主、ミストニア王国を潰すつもりじゃろう? これからどうするのじゃ?」
今更、殿様が俺の考えを知っていても驚くこともない。
カツマサが伝えているだろうし、そうでなくても、この殿様なら知っていておかしくないように思えた。
「正直いって、どうすべきかを悩んでいます。まあ、何があってもミストニア王国を潰すのは決定事項ですが……」
殿様は「そうか」と頷くと、池の鯉に餌を与え始めた。
餌を投げ入れられた池では、養殖場の魚の如く鯉がうじゃうじゃと集まり、水を跳ね散らしている。
「この鯉を見てみい、我先にと餌に飛びついておる。人間も同じじゃ、上手い話があれば直ぐに飛びつくのじゃ。その中には、それが悪いことだと知っていても、色々なしがらみがあって辞められぬ者もおるじゃろうて……」
何が言いたいんだ? 無益な殺生をやめろと言うことか? しがらみがあろうと、悪事を働いたからには、その責任があるはずだ。
「まあよい、そのうち分かるじゃろう」
そう言って、殿様は最後の餌を投げ入れると、両手をパンパンと叩き、手に付いた餌を払う。そして、徐に視線を向けてきた。
「お主、この国を継ぐのは置いておくとして、ここに拠点を置かぬか?」
「この国に、ですか?」
「うむ、お主の力があれば、拠点なぞ、どこでも構わぬじゃろ?」
「確かにそうですが……ここである必要もないですよね。それに、俺達は二つの国で指名手配されています。おそらく、俺達がここに居ると迷惑になると思うのですが」
「カカカカカッ! そうじゃの、お主の言う通りじゃ。じゃが、悪いようにはせん。指名手配の件もじゃ。そんなものは濡れ衣だと知っておるわ。ワシはのう、お主には、些事など気にせず自由にやって欲しいのじゃ。そのためには、安心できる場所も必要じゃろ?」
「どうして……どうして、そこまで俺に肩入れするんですか?」
「う~~~ん、そうじゃの~、お主のことが気に入ったからかのう。ワシの力のことは言えぬが、お主の行動はよく見ておった。そのお陰で、お主の心意気に惚れたのかもしれんのう」
良い殿様なのは接していて解るし、敵でないのもマップで確認できる。そのマップの内容が驚きなのだが、ここでは敵を示す赤マークが一人も居ない。
あれだけ殿様に無礼な態度を取っていたのに、家臣全員が青色のままなのだ。
「分かりました、少し考えてみます」
「そうかそうか。それと、鍛えるなら大京都の北地区にある『試練の洞窟』に行くとよいぞ」
「試練の洞窟ですか?」
「うむ、他国でいうダンジョンのことじゃ」
「ああ、なるほど」
殿様は、有り難いことにダンジョンの情報も色々と教えてくれた。
なんか、この殿様を見ていると、幼い時に他界した爺ちゃんを思い出す。
顔とかは全く似てないんだけどな。
「あ~~~、そう言えば、お主に与えた屋敷じゃが、難民を受け入れた施設の直ぐ隣じゃからな、色々と面倒を見てやると良いぞ」
「えっ? 屋敷なんてもらいましたっけ?」
「何を言うておる。褒美でやったじゃろうが」
ぐはっ……完全に聞き流してた……
「あと、ワシの孫娘も行くからの」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、孫娘ってなんですか」
「なんじゃ、それも聞いてなかったのか?」
……き、聞いてなかった……道理で、エルザ達がピリピリしていた訳だ。
この後、二日酔いで動けないエルザと鈴木の二人を、装甲車までお姫様抱っこで運び、いつの間にかもらってしまった屋敷に向かった。
カツマサの案内で、殿様からもらった屋敷に到着した。
それは広い敷地に建てられた平屋の建物で、まさに――
「純和風ですね」
「武家屋敷ニャ」
おいっ、鈴木、ロココ、なに俺の台詞を横取りしてんだ。
「ロココさん、どうして武家屋敷を知って――」
「秘密ニャ」
……もういい、先に進もう。
装甲車を止めて玄関に向かったのだが、引き戸を開けた所にいた女性を目にした瞬間、おもわず死後硬直した。いやいや、生きてるんだけどな。
「さ、さ、さくら、なんで、こんなところにいるんだ?」
そう、そこに居たのは、俺の従妹だった。
だが、彼女は、コテンと首を傾げる。
「えっ! どうして、わたくしの名を?」
「いつ召喚されたんだ?」
「いえ、召喚などされておりませんが……」
「何をいってるんだ?」
「ちょ、ちょっと、貴方こそ何を言ってるかしら?」
従妹のさくらと問答をしていると、エルザが割り込んできた。
「いや、従妹のさくらと話していたんだが」
「あの~」
「貴方って、従妹がいたのね」
「俺にだって親戚くらいはいるぞ」
「あの~~」
「それはそうと、なんで従妹がここにいるのかしら」
「あの~~~~」
「それが分からないから聞いてるんだよ」
「あの~~~~~~~~~、私の話も聞いてくださいまし」
おおおっ、エルザとの話に熱中して、さくらのことを失念していた。
それにしても、あのさくらが……綺麗になったもんだ。最後に会ったのは三年前くらいだったかな……胸も大きくなってるし……随分と女らしくなったな。
「わたくしは、ユウスケ様の従妹では御座いません」
さくらは凛とした佇まいで、首を横に振った。
ただ、その仕草すら、さくら本人だとしか思えない。
「なんの冗談だ? どう見てもさくらじゃないか」
「大変申し訳ありませんが、わたくしはノブマサが孫のサクラ・マサカドと申します。それと、ユウスケ様の従妹ではなく妻に御座います」
「妻~~~~? それって、お刺身の下に敷かれている――」
「面白くないですね」
「思いっきり外したニャ」
いやいや、鈴木、ロココ、そこは突っ込むところじゃないぞ。
「妻って、あれか? 嫁とか、女房とか、奥さんとか、その妻か?」
「はい」
あまりにも信じられない話で、思わず聞き返してしまうのだが、さくらは笑顔で頷いた。
「な、な、な、な、な、な、納得できないわ」
「だめっちゃ」
「わたしが嫁ニャ」
「責任をとってくれるって……」
エルザ、ラティ、ロココ、三人が即行で拒否の姿勢をみせた。
鈴木は何やらブツブツと言っていたが、取り敢えず放置の方向で。
当然ながら、さくらが投下した爆弾で、その場が大変なことになったのは言うまでもない。
従妹が召喚されたかと思いきや、実は殿様の孫娘で、それだけでも驚きなのに、俺の嫁ときた。
この国は、理解できないことばかりだ。
「ま、まずは、中に入って落ち着こう」
「そうね、そろそろユウスケの身辺整理も必要ですものね」
「いや、そういう話はいいんだ」
エルザから冷たい視線を浴びつつも、屋敷に入ることにした。
靴を脱いで屋敷に入り、さくらが案内するままに廊下を進み、奥の間に辿り着いた。
そこは二十畳くらいある和室で、真ん中には横長の大きな木製の座卓が置かれている。
懐かしい畳の匂いで気分を和らげていると、女中姿の女達が日本茶に似たお茶を勧めてきた。
座布団の上にドカりと腰をおろし、勧められるままにお茶を飲む。
懐かしい味だ。なんて感動している場合ではない。
とにかく、今は話を変える必要がある。このままだと世紀末現象が起きそうな気がする。いや、既に俺から死臭が漂っているかも……
そんな予感とは裏腹に、彼女達はお互い自己紹介を済ませ、和気あいあいと盛り上がっている。
首を傾げるしかないのだが、エルザからの念話が届く。
『今回は見逃してあげるけど、次はないわよ。いったい何人の女を囲うつもりかしら』
ひ、ひと、一人も囲ってないし……な、なぜだ、なぜこうなる……つ~か、お前が怒ることじゃないよな?
納得できない思いでいたが、エルザから出た言葉が恫喝ではなく慈悲だったので、大人しく聞き入れることにした。
正直な話、気になることが山積みなのだ。
殿様のこと、さくらのこと、妻の話、王様になれという話。もう頭が破裂しそうだ。それでも、まずは、これからについて話し合う必要があるだろう。
「さて、これからについてだが……」
全員が茶の間で落ち着いたのを見やり、徐に口を開いた。
「暫く、ここに滞在しようと思う」
「問題ないのかしら。隣国では指名手配の極悪犯罪者なのだけど」
エルザの疑問は、ここに長居することで、迷惑が掛かるのではないかという考えからだろう。
「それなら問題ない。殿様が気にするなと言ってたし、大丈夫だろう」
エルザが頷くのを見て、当面の方針を告げる。
「まずは、予てから話していたレベルアップを目指そうと思う」
「やっとだぜ、オレのレベルを早く上げたいぜ」
即座にアンジェが反応した。ノリが良くて、こういう時には助かる。
「みんなのレベルを上げるニャ」
「そうなんちゃ」
ロココとラティが言うみんなとは、難民の子供達を指しているのだろう。
子供達を強化するとか、いったい、何を考えているのやら……
「殿様の話だと、北地区にダンジョンがあるらしい。そこで暫くレベルを上げたいと思う」
全員が賛成の意を表す。ただ、そこで別の声が上がった。
「我等もご同行させて頂けますか」
カツマサが参加の要望をしてくる。
彼の言う『我等』は、きっと、マサノリのことだろう。
「ああ、いいぞ」
カツマサの願いを簡単に引き受けてしまったのだが、後々、後悔することになる。
そう、この時は、まさか従妹そっくりのサクラまで参戦するとは、思ってもみなかったからだ。
こうして山積みの問題を棚上げし、ジパング国での生活がスタートした。




