7話 魔人は可愛い？
2019/6/23 挿絵を描き直し
2024/10/14 挿絵を修正
やたらと騒がしい朝だった。
というのも、エルザの元気が良すぎるような気がする。
「ちょっと、いつまで寝てるのよ。早く準備しなさい。ダンジョンに行くわよ！」
昨夜にスキル取得の話をしたのが失敗だったかもしれない。
そう、説明した後に、エルザとミレアの望む通りにスキルを取得させてやった。
固有能力者である俺にとっては、造作もないことなのだが、彼女のテンションは俺の固有魔法でも鎮める方法はない。
いっそ、俺の口で塞いでやるか。いや、そんなことをすれば、間違いなく俺の他界が決定するだろうな……うむ、絶対に止めるべきだろう。
さて、元気よく飛び跳ねているエルザ、いまだ布団の中でモゾモゾとしているミレア、二人の新たなステータスは次のようなものだ。
●＝新規/▲＝上昇
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名前：エルザ＝マルブラン
種族：人間族
年齢：十三歳
階級：マルブラン伯爵家三女
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Lv：14
HP：190
MP：340
SP：5
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＜スキル＞
生活魔法
風属性魔法Lv3
[エアアタック]
[エアカッター]●
[エアプレス]●
マナ回復向上Lv2●
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名前：ミレア
種族：人間族
年齢：二十歳
階級：マルブラン伯爵家メイド
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Lv：15
HP：220
MP：380
SP：2
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＜スキル＞
生活魔法
神聖魔法Lv2
[スモールヒール]
[ミドルヒール]●
身体強化Lv2●
危機察知Lv3●
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エルザについては、風魔法を強化すると共に、Lv3の範囲攻撃魔法を取得し、マナ消費を考慮して、『マナ回復向上』をLv2まで取得した。
因みに『マナ回復向上』をLv3にすると『消費マナ減少』のスキルを取得可能となるため、5ポイントは次のことを考えて残すことにしたようだ。
ミレアに関しては、昨日の戦いでエルザの傷を癒せなかったのがショックだったのか、神聖魔法をLv2に引き上げた。
それ以外については、俺が居ない時のことを考慮して、前衛となれるように身体系スキルである『身体強化』と知覚系スキルの『危機察知』を取得した。
二人とも複数人で戦う前提なので特化型となっており、それぞれのスキルは俺より充実している。
悲しいかな、現状の俺としては、単独戦闘も念頭に入れているので、中途半端なスキル構成となっている。
まあ、そんな訳で、エルザは早く魔法を撃ちたくてウズウズしているのだろう。
「気持ちが逸るのは分からなくもないが、取得しているスキルについては他言するなよ。ああ、もちろん取得方法もな」
「分かってるわ、貴方の能力については他言しないわよ」
「いや、お前のスキルも吹聴するなと言ってるんだ」
エルザがコテンと頭を傾げる。
おいおい、それくらい分かれよ。
指摘された内容を理解できなかったのか、いつもの「お前いうな！」が出てこなかった。
「お前の歳で、そんなにスキルを取得してたら怪しいだろ？ そうなると、その理由を知りたがる奴が出てくるに決まってるじゃないか。現にお前がそうだろ」
「確かに……って、お前は止めてって何度も言ってるでしょ」
都合が悪くなったところで、気が付いたらしい……
「はいはい」
「態度が悪いわ」
誰のことだ？ 鏡を見ろよ！
「でも、それじゃ、どうするのよ」
「俺と一緒の時は構わないが、冒険者学校に入ってからは、スキルを極力隠してもらうしかないな。多分、大っぴらにすると、エルザ自身に悪影響があるだろうな」
反発するかと思いきや、エルザは黙考を始めた。そして、暫くすると、尊大な態度で宣う。
「私なら大丈夫よ。私が偉大であることを周囲に理解させてやるわ」
「エルザお嬢様……」
さすがのミレアも沈黙する。
エルザ！ お前こそバカ認定だろ！ その自信はどこから出てくるんだ？ 駄目だ、こいつは絶対に言っても効かね～。
「分かった。だったら、お前のスキルは、今から初期化するわ」
「う、うそ、嘘よ。吹聴なんてしないわ。ほんとよ？ ほんと、だから、それだけは……」
後ろにあとずさり、恐怖に顔を引きつらせながら謝罪？ をするエルザ。
実は初期化なんて方法はないけどな。しめしめ、暫くはこの方法で手綱をとれそうだぞ。
「あのな～、特異な存在は称賛されることもあるが、忌避や妬みの対象でもあるんだよ。お前がどんな人間かなんて関係なく、敵愾心や畏怖を抱く者が必ず生まれるんだ」
「そうですよエルザお嬢様、『鳴く鳥は食卓に一番近い』という諺があるじゃないですか。目立たないことは、決して悪い事ではないですよ」
恐ろしく現実味を帯びた諺だな……
俺はミレアが口にした異世界の諺に感服するのだった。
日常となった朝の騒動を終え、俺達はダンジョンにおりてきている。
まあ、それにしても何事もなく行動できないものだろうか。毎朝毎晩、ドタバタ劇を繰り返しているような気がするんだが……
俺の不満はさておき、現在は地下四階へ向かうべく、地下三階を突き進んでいるところだ。
「エアプレス！」
詠唱無しにも慣れてきたエルザの声が響き渡る。
相手が唯のゴブリンだけあって、全六匹が一撃で全滅した。
「さ～すが、わたし！」
「凄いです、エルザお嬢様」
自画自賛かよ……お前に対するツッコミも疲れてきたぞ。
ミレアに関しては、純粋にエルザを褒め称えている。こいつも、年下ハンターの病気さえなければ、良い奴なんだがな。
「な、なによ！」
俺の蔑むような視線が気になったのだろう。エルザが半眼を向けてきた。
「いや、あれだ、俺が『俺つえ～～！』って言ったらどう思う？」
「バカだと思うわよ？ そんなの決まってるじゃない」
さっきのセリフを録音して聞かせてやりたい。
俺は呆れて何も言えなくなったが、エルザは気付かないようだ。
「さて、地下四階に降りるぞ。敵の後衛を即滅で頼むわ」
「りょうか～い！」
「はい！」
昨日はしくじったが、マップの有効範囲が百メートルになったから、同じ轍を踏むことはないだろう。
おまけに、人間と魔物の識別が出来るようになったから、昨日のように危機に瀕している冒険者もわかる。だが、それを見つけた時はどうするべきか……
「なあ、ピンチの冒険者は助けるべきか？」
「そんなの当然だわ。人として当たり前のことよね」
「そう……だな。お前、長生きしろよ」
「な、なによ、急に。というか、お前――」
「すまん、すまん」
エルザのクレームに被せて謝罪しつつ、自分自身に問い掛ける。
俺は善人ではないよな？ では、善人になりたいのか？
昨日の冒険者を助けたのは何故だ？
誰かに感謝して欲しいのか？
別に感謝もお礼もいらないな。昨日もそうだ。ただ単に、俺がそうしたかっただけだ。誰かに良く見られる必要もない。
色々と自問してみたが、結局は、自己満足だという結論にしかならなかった。
そもそも、冒険者は自己責任でダンジョンに入ってるのだから、自分で何とかするのが在るべき姿だろう。それに、マップで分かったからといって、全ての者を助けられる訳ではない。
結局、その時々の状況で判断することにした。そしてマップに表示されても、わざわざ遠くの冒険者を助けに行ったりしないことにした。
それが正解だとは思わない。しかし、どうなろうと、俺の行動の責任は、己で追うしかないのだから、自分の考えを貫き通したい。
同じ後悔なら、自分の遣りたいようにした方が良い。人の意見で行動して後悔なんてしたくない。
俺は自分の行動を他人の所為にするのは、大っ嫌いだからな。
「どうしたんですか？」
黙ったまま熟考していた俺のことが気になったのだろう。ミレアが気遣ってくる。
「いや、何でもない。それよりも、昨日助けた『殲滅者』が教えてくれたんだが、新人冒険者をターゲットにした盗賊がダンジョンに出るらしいぞ。魔物もだけど、周りには気を付けろよ」
「そうですね。ギルド登録時に怪しい四人組が居ましたし、気を付けた方がよさそうですね」
「おっ、ミレアは気付いていたのか」
「なんでミレアは『お前』じゃない訳？」
ミレアが気付いていたのは驚きだった。エルザの方はどうでも良い。
俺達は昨日のモンハウ広場まできたが、昨日ほど多くの魔物はいなかった。とはいっても、十匹くらいはいた。
そして、魔物がただのゴブリンじゃないだけあって、『エアプレス』で即死とはいかなかった。
八割の敵が倒れている状態だが、いまだ動いているところを見ると、死んではいないようだ。
そこに、ファイアアローを叩き込んで数を減らし、俺とミレアの近接攻撃、エルザの魔法で、敵を殲滅していく。
まあ、レベルが上がっていることもあって、簡単に倒すことができた。
ただ、昨日のこともあったので、思ったより上手く殲滅できたことに内心ホッとする。
「マナの消費的にはどうだ？」
「これくらいなら、何とかなるわ。でも、エアプレスの連発は辛いわね。それに敵が少ない時は、申し訳ないけど休憩させて欲しいわ」
さすがに、Lv3魔法だと一撃でMPを200くらい消費してるのではなかろうか。もしそうなら、エルザのMP量だと、一回の発動でマナ残量が半分以下になるはずだ。
結構、ギリギリだな。あまり無理をしない方が良さそうだ。
そんな時だ、俺のマップ機能に新しい反応があった。魔物ではない。
マップ情報では、この広場から二十メートルくらい進むと十匹くらいの魔物がいる。そして、新しい反応は、俺達がここに来る時に通ってきた通路の方であり、全部で八人の大所帯だった。
「他の冒険者が来た。隅に寄るぞ」
エルザ達は「なんでわかるの？」という表情だが、俺に倣って隅に寄る。
八人の冒険者は広場に入ると、「おっ」と、驚きの態度を見せたが、そのまま俺達の前を横切って先に進んだ。
俺達は八人の冒険者が行き過ぎるのを黙って見送る。ただ、観察は忘れない。
「どう思った？」
八人の冒険者が広場から消えたタイミングで、エルザとミレアに視線を向けた。
「おや、獲物がここにいた！ って感じよ」
「八人の中に、例の四人がいました」
二人の認識は、俺と全く同じだった。
マップ機能の表示も、奴等は盗賊だと物言わず知らせてくる。
というのも、既に認識していた十匹の魔物のうち七匹を連れて、奴等はこっちに戻ってくる。残ったのは恐らく後衛の魔物だろう。奴等は走ってるようだからな。
さて、どうしたものかな……
走って逃げる案を考えてみたが、戻る道も暫くは一本道だ。下手をして魔物と盗賊の挟み撃ちは頂けない。
だから、ここで両方とも迎え討つことを告げる。
「魔物との戦いの後に、さっきの奴等が襲ってくると思えよ」
「貴方には、何が見えているの？」
「トレインだ」
「それを知る方法は、教えてくれないんでしょうね」
「来たぞ、魔法は温存しとけよ」
エルザが訝しげな視線を向けてくるが、都合の悪い事は相変わらずの黙殺だ。
走ってきた盗賊まがいの冒険者。否、冒険者に化けた盗賊は、笑いながら俺達の前を通り過ぎ、入口方向へと走り去る。
追いかけてきた七匹のゴブリンソルジャが、俺達に気付くと節操ももく襲い掛かってきた。
「死んでろ！」
俺の得物はもっくんだ。魔物の攻撃を受け止める必要もない。
バッタバッタというより、スパッスパッと、次々に切り倒していく。
少し離れたところでは、ミレアがズコズコと長槍で突きまくってる。身体強化のスキルを取得したお陰か、すこぶる絶好調といった感じだ。
そろそろくるのか？ ん？ 増えてる？
戦いながらもマップを気にしているので、奴等が襲い掛かってくるタイミングが直ぐにわかる。
ただ、マップには何故か当初の八人ではなく、少し離れた所に一人増えて、全部で九人が表示されている。
不思議に思いつつも、奴等は既にこちらに戻ってきている。あまり悩んでる暇はない。
「ゴミが来たぞ。エルザ、押しつぶせ」
「わかったわ！ エアプレス！」
冒険者を装った盗賊から、「ぐあ～」とか、「ぐふっ」とか、「うぎゃ」とか色々聞えて来たが、殆どが地面に転がっている。
パッと見では、死んでいないようだ。
ただ、そこで俺は気付く。
弓師と魔法師は、入口付近でこちらを狙っていたお陰でエアプレスを逃れたようだ。
エルザはキャストディレイで魔法の起動できない。
俺が一番詠唱の短いファイアボールで対応する。だが、間に合いそうにない。
「ちっ！」
弓師と魔法師への攻撃阻止が間に合わないことに、俺が歯噛みした時だった。
「ガウッ！」
「わぁ！」
弓師の背後から黒い物が覆いかぶさった。
もしかして、一人増えていたのはこれか？ てか、魔物だぞ？ 違うのか！？ マップでは人間だったが……
魔法師の方は、その騒ぎで詠唱が止まり、尻餅をついた状態で驚愕している。
「悪いが遠慮はしない。食らえ、ファイアボール！」
動けない魔法師に魔法を撃ち込むと、エアプレスの衝撃から立ち直りつつあるゴミ共を始末すべく斬りかかる。
こいつ等はゴミだ。ゴミは片付けるにかぎる。
ああ、初めて盗賊を殺した時の俺はもう居ない。少しばかりの良心の呵責こそあるが、躊躇なく切り伏せることが出来る。
このあと、死神と化した俺がゴミを全消去するまでに、それほど時間を要することは無かった。
俺は向ってくる盗賊を全て始末した。というのも、やはりエルザに人殺しをさせる気にはなれないのだ。
こうして俺にとっての盗賊退治は、台所の黒い悪魔を始末する行為と同義となっていく。
周囲にはゴミが転がっている。おそらく息のある者は居ないだろう。
もちろん、この場合のゴミは、醜悪な盗賊達のことだ。
ただ、その光景からして、おそらくと言うよりも、一目瞭然と表現した方が適切かもしれない。
なにしろ、もっくんで遠慮なく斬り飛ばしたのだ。生きていようはずもない。
ゴミの内、五人は見事に両断されている。というか、俺が両断した。それ以外の一人は、真っ赤な血で喉を濡らしている。間違いなくミレアの攻撃だろう。
残りの二人――入口付近の二人だが、いまや原形を留めぬほどにズタズタになっていた。
これは、俺達がやった訳じゃない。黒い物体の仕業だ。
俺達は戦闘体勢を崩さないまま、油断なく黒い物体を眺めていた。
すると、黒い物体がゆっくりと俺達に近付いてくる。
「なんのつもりだ？ これって……」
黒い物体の行動を不審に思う。それと同時に、黒い物体の正体が判明した。
それは黒ヒョウだった。だが、額に小さな角が生えている。
一体、何という魔物だろうか。黒猫でないことぐらいは俺でも分かるんだが……いや、マップだと人間となっているし……
黒ヒョウは俺達との距離が三メートルくらいのとこまで来ると、なにを考えたのか、その場に伏せる。そして、その金色の双眸をこちらに向けたまま、交差した前足の上に顎を乗せた。
「ガウッガゥゥゥ」
「何をいってるのかしら」
「さあ？ でも、敵意はなさそうですね」
「えっ！？」
黒ヒョウの発言に、エルザ達の発言に、ミレアの発言に、驚かされる。
それがなぜかというと、黒ヒョウの発言が「はじめましてなんちゃ」と聞こえたにも拘わらず、エルザとミレアは首を傾げているからだ。
「言葉がわかるのか？」
「ガゥ！『うん！』」
「え？ 貴方、何をいってるの？」
「ユウスケ様、素敵です」
エルザは怪訝な表情で腕を組んだまま首を傾げ、ミレアは瞳にダイヤモンドでも移植したかのようにキラキラさせて、両手をその豊満な胸の前で握り合わせている。
そんな二人をスルーして、黒ヒョウに問いかける。
「なんで助けてくれたんだ？」
「ガウッガウウガゥゥガゥ『あいつらゴミなんちゃ』」
「うむ。それは同感だ」
黒ヒョウの言葉に納得して頷くと、奴はとんでもないことを口にする。
「ガウッガウゥガウガウガウガゥッ『うちを従者にして欲しいんちゃ』」
「え？ 従者？ それって、どういうことだ？」
ゴミの部分は同意だったのだが、次の言葉は理解不能だった。
言語も変わってるしな～。そう言えば、小学の時の転校生が話していた山口弁に似てる。てか、こりゃ、どうすりゃいいんだ？
どうしたものかと悩んでいると、黒ヒョウは身体を起こし、俺の前までゆっくりと進んで来たかと思うと、お座りの状態で首部を下げた。
「ガウッガゥ、ガウガウガウゥッ『是非ともお願いするっちゃ』」
「そうはいってもな～、黒ヒョウを連れて歩けないだろうし」
エルザとミレアは、俺と黒ヒョウが会話をしている姿を見て、呆けた状態を現在進行形で続けている。
まあ、気持ちは分からんでもないが、ここは敢えて放置だ。
「ガウガウガゥッ。ガウウァ！『わかったちゃ。そいやぁ！』」
黒ヒョウを連れて歩くわけにもいかないと告げた途端、奴は何を考えたのか、掛け声を上げた。すると、その輪郭がウネウネと動き出し、それに驚いているうちに、褐色の肌の美しい女性に変わった。
「「「えええ～～～～～っ！」」」
「これで問題ないじゃろうか」
「ちょっとまって！」
「な、な、な……」
「あひゃ～～～！」
あまりの出来事に、俺達は思わず驚愕の声をあげてしまう。エルザなんて「な」の一文字しか言えてない。
それはそうだろう。数舜前まで黒ヒョウだった存在が、二十歳くらいのグラマラスで美しい女性に変わったのだ。
髪はシルバーブロンドのショートヘアで、額にはやはり小さな角がある。そして、ミレアに負けない豊乳に、それに何と言っても、極め付けはビキニアーマーだ。
実物のビキニアーマーなんて初めて見た！ これは、ミレアの下着姿よりインパクトがあるわ。
「な、な、なんて恰好してるのよ」
きっと、エルザは豊乳が許せないのだろう。
それよりも、この存在は一体なんなんだ？ 黒ヒョウが人化したのか、それとも人が黒ヒョウに変化していたのか、全く理解が追いつかない。
「お前は、何なんだ？」
「あなたは魔人族ですね」
「お～、あたっちょる」
「何故、魔人族がこんな所にいるのよ。それにしても訛りが酷いわ」
俺の問いに、なぜかミレアが答えた。
彼女は、この女性の人種を知っていたのだろう。
ただ、エルザの疑問もご尤もで、何で魔人族がこんなところにいるのだろうか。
ヘルプ機能の解説では、魔人族の国はトルーア大陸の最東端にあり、途中には『魔の森』が存在し、国交は全く無いとなっている。
「そんなんより、うちを従者にして欲しいんちゃ」
「「え～～～っ！」」
ビキニアーマー女戦士は、二度目の従者志願を口にし、俺の前に跪いて首部を垂れた。すると、これまでの会話を知らないエルザとミレアが驚愕する。
「しかし――」
「ぐっ～～～ぅ、きゃぅ！」
否定の言葉を口にしようとした時だった。ビキニアーマー女戦士の腹が叫びをあげ、ダンジョン内に響き渡った。
そして、彼女が声をあげた途端、ボンッとその姿が煙に包まれた。
そう、突然の白っぽい煙で、黒ヒョウ――女性の姿が全く見えくなったのだ。
「「「はぁ？」」」
今日は三人で驚くか、呆気に取られてばかりだ。
暫くして煙が消えて無くなると、そこには身長が百センチくらいの褐色の幼女がいた。どう見ても五歳児くらいだ……八頭身が一気に三頭身キャラに早変わりだ。
おまけに、シルバーブロンドや額の小さな角、金色の双眸などはそのままだったが、胸の部分は完全に消失していた。
「「「えええ～～～～～っ！」」」
またまた、驚く、というかもう疲れた。
「ふぇ～～ん、なんで今なんちゃ～～～！」
絶望に打ち震えながら発する声も可愛らしくなっている。というか、殆どド○ゴンボールに出てくる幼少期のチチのような感じだ。
乳は無くなったけどな……
というか、色々と話を聞くと、どうやらこっちの幼女姿が素らしい。
結局、ダンジョンの中では落ち着いて話もできないということで、ビキニ幼女を連れて宿に戻ることになった。
ただ、五歳児の幼女にビキニアーマーとか青少年保護育成条例で有罪判決を受けそうなので、途中の洋服屋でローブ――間違ってもロープではない――を買って羽織らせた。
まあ、おそらく、この世界に『青少年保護育成条例』なんて無いと思うけどな……
ガツガツ、ガシガシ、ゴックン！ ガツガツ、ガシガシ、ゴックン！
宿のレストランで夕食を取っているのだが、ビキニ幼女がテーブルを埋め尽さんばかりの料理を、ただただひたすら食べまくっている。
その綺麗な金色の双眸は、料理にロックオンしたままだ。きっと、テーブル上の全ての料理をターゲットにしているのだろう。
「ごほっ、ぶへ、ごほっごほっごほっ！」
「少し落ち着いて食え。誰も取ったりしないから。ほら、水」
「ごくごくごく、ぷっは～！ ありがとうなんちゃ」
どうにも幼女とか放っておけないので、ついつい甲斐甲斐しく面倒をみてしまう。
もしかしたら、俺が妹を欲した時期があったからかもしれない。
そんな俺を、エルザは上品に料理を口に運びながらジト目で見ている。
ミレアに至っては、「羨ましい」を壊れたレコードのようにリピートしているので、これ以上の言及は控えさせてもらう。
「ぷっは～、ごちそうさまなんちゃ。お腹一杯になったっちゃ」
「そうか。それなら良かった。じゃ～腹も落ち着いたところで、先ずは名前を聞かせてもらえるか？」
「うちはね、ラティーシャっていうんちゃ」
「じゃ～、ラティーシャ、何処から来たんだ？」
「あ、ラティでええよ。あんねぇ～、村の占い婆ちゃんが、うちは旅に出んにゃいけん！ 言うけえ、村の皆がうちを魔人領の村から追い出したんちゃ。うんで、婆ちゃんがローデス王国に行けって言ったんちゃ」
訛りが強いけど、恐らく占いでラティがローデス王国に行くような卦が出たんだろうな。それで村の住人から送り出されたんだろう。
こんな幼女に過酷な旅をさせるなんて、村の連中も酷い奴らだ。
「ラティさん、お歳はいくつですか？」
「あんねぇ～、十六歳なんちゃ」
「「えええっ～～～～～！」」
またまた驚きの事実が発覚！ って、ミレアは驚いてない。
「ラティさん」と呼んでたところからすると、見た目の年齢じゃないと知っていたのだろうか？
「ミレアは、驚いてないな？」
「ええ、魔人族の寿命が人間族の倍以上であることは知ってましたから」
因みに、現在のラティの容姿は人間族のそれだ。流石に、魔人族がウロウロしてたら騒ぎになる可能性があるからな。
この人間族に見せかける方法は、ラティの右手中指に填められた『相貌の指輪』の能力らしい。
その指輪は魔法が付与されていて、魔人族の特徴である少し尖った耳、額の角、悪魔っぽい矢印尻尾、背中の蝙蝠羽を隠している。
ああ、背中の蝙蝠羽は、背中からちょこんと生えてて、その様相はとっても愛らしかった。
「それで、なんで俺に仕えたいんだ？」
「ビビッ！ とキタっちゃ！ ぶちしびれたっちゃ～」
分かったような、分からないよな、変な気分だ……俺に巡り合うことが占いに出ることなんてあり得ん気がするが……
『いえ、エルソル様なら遣りかねません』
ヘルプ機能が恐ろしい回答を出してきた。てか、お前がエルソルだろうが！
まあいい、それにしても、魔族領からここまで何日かかるんだ？
『通常であれば、一番近い村でも馬車で一カ月半はかかるでしょう』
それじゃ、日数的に計算が合わね～よ。俺がこの世界にきてから、まだ十五日しか経ってないぞ。
『魔人族であれば、飛ぶこともできます。それと彼女は固有能力である『獣化』を使用できるようですから、かなりの速度で移動できるはずです』
あの黒ヒョウは『獣化』による変身だったのか。てか、固有能力って超レアな能力じゃなかったの？
『はい。激レアです。それも召喚者以外となると数百万人に一人という確立になります』
う～む。東京都全人口の中で三～五人くらいか？ それは凄い確率だな。でも、ジャンボ宝くじよりは多いな。あれは一千万分の一だからな。
「どうでも良いですけど、貴女は戦えるのかしら？」
「うち、ぶち強いっちゃ！ 今ならまだユウスケ様よりも強いけ～ね」
「本当かしら……」
俺がヘルプ機能とのやり取りに集中していると、エルザがラティに突っかかっていた。
どうも、エルザはラティのことがお気に召さなようだ。ラティが幼女化して暫くは勝ち誇ったように意気揚々としていたのに……
そもそも、幼女と胸を張りあうなよ。勝っても悲しくならんもんかね。だいたい、ラティは成長したら、あの女性になるんだろ？ だったら、未来は明るいじゃないか。エルザ、勝てるのか？
「それはそうと、ラティは何日くらいでドロアに着いたんだ？」
「えっとねぇ～、十二日ぐらいかかったっちゃ」
日数的にはピッタリだな。これもエルソルの策略だろうか。
『恐らく間違いありませんね』
てか、お前がエルソルだろ！ 俺は騙されんぞ！ まあいいや、このまま放りだすのも気まずいしな。
「う～ん、わかった。ラティを従者にしよう」
「やったっちゃ～！ ぶちうれしいんちゃ～！」
「え！？ ぬぬぬぬぬ……」
驚いたエルザは、そのあと急速に機嫌を損ね、そのまま何も言わずに、先に席を立って何処かにいってしまった。
「ミレア、なんでエルザはあんなに機嫌が悪いんだ？」
「はぁ～、ユウスケ様、それはご自分で考えた方が良い思いますよ」
ミレアは溜息をついて、少し咎める口調で俺を窘めると、エルザを追いかけていった。
毎度の事ながら、今日もゴタゴタした一日だったが、おそらく――間違いなくエルソルの策略で、俺の仲間が増えた。
ラティに関しては、まだまだ確認することはあるが、可愛い妹みたいでちょっと嬉しい。
そういや、黒ヒョウや大人の姿になっていた理由を聞きそびれていたが、大人の姿に関しては、きっとあの腹の虫に何らかの要因があると見て間違いないだろう。
ところで、エルザはどうしてあんなに怒っていたのだろうか。
十五歳とはいば、少年期から青年期へと移り変わる年頃ではあるのだが、そもそも女の子の扱いなんて全く分からない俺に、一体どう理解しろと言うのだろうか。
色々と悩まされる事ばかりなのだが、この時、就寝時にラティが俺のベッドに潜り込むことで、もう一波乱起こることなど、夢にも思っていなかった。
