表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Beardead Gold Bear  作者: 大隈寝子
7/24

BGB 第六話 「遭遇」


 そこは湖だった。 

 光を反射する水面のその真ん中。

 ちょうど水の中から身体を起こしたところだったのだろうか。

 振り払うように、その黄金の髪をゆらす。

 水滴が宙に舞い、陽光を受けて輝いた。

 それはその一瞬がたまたまそう見えたのか、あるいは真にそうだったのか。

 わからない。

 ただその裸身は光を浴びてなお美しく、なお輝く虹に見えた。

 視線が勝手にさまよう。

 魅入っている。

 肉付きのいい腰から程よいくびれ。

 いかにもやわらかな双丘と、それをうすく隠す黄金の髪。

 そして視線は一点に止まる。

 その眼。

 これは気のせいではなかった。

 事実として、虹。

 眼が合う。

 すいよせられる。

 全身を雷が駆け抜け、


「がはッ!」

 気づけば視界は空に移っていた。

 右手が痛む。

「大丈夫、タイヨウ?」

 ぬっ、と視界をメイが覆う。

 覗き込むような格好だ。

「……あぁ、大丈いてッ」

 右手の痛みはすぐにはひかなそうな熱を帯びていた。

 見れば手の甲から肘に至るまで、うっすらと痕が浮き出していた。

 少し、左腕に彫った術式と似ている。

「呪い……ではなさそうね」

 ちらと見たメイが言う。

「そうだな。とりあえず動きはする」

 痛みも、軽い痺れ程度に収まってはいる。

「社は……」

 起き上がりながら寸前までいたはずの社を見る。

 扉も固く閉ざされていた。

 世界に己を繋げて見た存在さえ今は感じない。

 社から鳥居までおよそ10mほど。

 いつの間にか吹き飛ばされたらしい。

「……とりあえず帰ろう。見るものは見た」

 神器が拒絶したかどうかはわからないが、今再び接続しようとしても無駄だろう。

「わかったわ」

 立ち上がり、少しだけ視線を社に残しながら来た道を戻った。

 神器に触れたあの時に見た少女。

 自分より少し幼いかあるいは同じくらい。

 あれが

「神……」

 ぽつりと、口に出ていた。

 あれがそうでないのなら、この世に神はいないだろう。

 それほどに、魅入った。


 ほどなく、家に到着する。

「少し、“城”を見てくる。先に入っといてくれ」

 返事を聞くこともなく、裏へとまわる。

 印を作り、

「“開門”」

 その中心に入り、“城”が吸い上げた情報を読み取る。

 普段ならここまでの規模のものは展開しないが、なんにせよ異界だ。

「道は……獣道だなこりゃ。でもまぁ歩けないことはないか……」

 “城”に組み込んだ地形把握の術式

 そこから情報を読む。

「わかりやすく道だの家だのありゃいいんだが……」

 思ったより、この異界は狭い。

 とても徒歩で歩き回れる距離感覚ではないが、だいたい日本の二十三区程度だろう。

「あぁくっそわかんねぇ!」

 とはいえ、その程度には広い。

 そこから一柱を探すのは単純に骨の折れる仕事であった。

「いや、湖にしぼりゃいいのか」

 神器を通して見た神が居たのは湖だ。

 あれが現在のものを写していたとは限らないが地形全てを頭に叩き込むよりはいいだろう。

「……三つか」

 一番近くてもかなり距離がある。

 恐らく、今日はそこに行って確認、帰宅で終わるだろう。

「まだそこまで符もできてねぇだろうしな……しゃぁないか」

 “城”への接続を切る。

 とりあえず必要な情報は頭に入った。

「“閉門”」


 家の中では、リアが茶を用意していた。

「今日はこの後どうなさいますか」

「ちょっと出る。……ハクは?」

「ハク様なら、寝室でお休みになられています」

「あ、そう……」

 元々、竜とはそういう生き物だ。

 おそらく眠っている時間の方がその生においては長いだろう。

 人間の感覚からいえばよくわからない、理解できない領域ではあるが、それゆえに竜という種族は超常の力を発揮できるのだ。

 茶を呑み、一息つく。

「じゃ、ハクの様子見たらそのまま出るわ」

「承知しました」


「くかー……」

 その寝姿は見事の一言につきた。

 頭から尻尾の先まで、全てを脱力しきったとろけ具合。

 無理に起こすこともないだろう。

「さて、符は……」

 ベッドとは反対側に設置されている机の上。

 そこに設置された術式を見る。

「どうなってやがる?」

 せいぜい各四十枚程度複製されているかと思っていたが予想は軽く裏切られた。

 それは束だった。

「軽く三桁超えてんな……」

 目測でしかないが、その枚数はおよそタイヨウの予測の五倍。

 「王」の符に至っては今にも崩れそうなほどだ。

 どこにこれだけ効率を良くする原因があったのか。

 予想を下回るならばそれはもちろん検証をすべき問題だが、これほど上回っているならそれの要因も確定させておく必要がある。

 特にタイヨウの“連鎖術式”に関していうならばなにが暴発へと変じるかわからない。

「……考えられるとすりゃ……“世界”とつなげたことかあるいは……」

 右手。

 そこに残る痕を見る。

 前者については口に出しながらもタイヨウは違うだろうと思っていた。

 これまでも自身を土地とつなげたことはある。

 “世界”をつなげたのは今日が初めてだが本質的には変わらないはずだ。

「でもこの痕も術式に影響あるとは……」

 正確にはわからない。

 神器に触れた後のことだったがゆえに、メイの言うとおり呪いの類も考えたが今は痺れさえなく、かとおいって力の流れに影響されているような感覚もない。

 さらにはこの痕そのものに“力”を見いだせない。

 あまりにも荒々しく野性的で自然な紋様。

 整理され理論に基づいた魔法を使うタイヨウには最も理解の遠いタイプのものだ。

 それが術式とよべるものならば、だが。

「……考えてもわからんか」

 あまり好ましいことではないが事実、わからないものはわからない。

 が、それを解明することは今の目的ではない。

 まず第一の目標は神と接触することだ。

 積み重なった符をケースに詰めるだけ詰め、部屋をあとにする。

「あうー……」

 寝言を発しながら、ハクは未だに快眠を貪っていた。

 

 外に出て、“城”から得た湖の方向を目指す。

「レベル1」

 身体をうすく光が包む。

 符を取り出す。

 17枚。

 陽の八枚と陰の九枚。

 それを浮かべ、力を流す。

 簡単な肉体強化だ。

 この程度なら詠唱呪文もいらない。

 四枚ずつの塊が左右の足首と手首の回りを旋回する。

 残る一枚は背中に浮いた。

「さて、行くか」

 地を蹴る。

 それだけでタイヨウの身体は飛んだ。

「なっ」

 思った以上の出力に思わず自分の術式を確認する、

 問題はない。

 むしろ回路は淀みなく力は流れに流れている。

 数秒して着地。

「……やっぱ出力が上がってんな……」

 力の総量が上がった感じは全くない。

「……まぁいい」

 気にはかかるが、今は走った。

 木の生えている密度が、足を進めるたびに増していく。

 五分と走らないうちに、それは森といってさしつかえない風景に変わった。

 木々の葉が陽光をさえぎり、少し薄暗い。

「上から行くか」

 手近な木を足がかりに一度、上へと抜ける。

 今の術式の状況であれば、造作のないことだった。

 自分の来た方向を少し振り返る。

「見えねぇな」

 そんなに時間がたったわけでもない。

 まだ家が見えるかと思ったが。

「レベルは一つ上相当の出力と考えるべきか」

 タイヨウの術式は“城”などを除き基本的にはレベルで分類されている。

 それは単に効果の規模だけで四段階。

 現在使用しているのは下から二つ目のレベル1。

 普段なら一足で飛べたりはしない。

「この異界を見るにはちょうどいいと思っとくか」

 右手を見る。

 相変わらずその痕に何らかを見出すことはできない。

「よし、行くか」

 身体の向きを戻し

「待て」

 翔けようとしたその時。

「どこへ行く」

 その足元から、幾本もの刀が飛来した。

 大空に回避する。

 その行動は悪手だった。

 あまりの突然のできごとにタイヨウは垂直、上へ飛んだのだ。

「馬鹿め」

 どこからともなく聞こてくる声と共にさらに多くの刀が飛来する。

「だぁ、クソっ」

 今更になって自分の失策を悟りつつ

「レベル0!張り裂けよ、北の陣!」

 呪と共にタイヨウの身体から風があふれでる。

 その濃さで光が歪み、像は屈折した。

「広がれ!」

 腕を広げつつ叫ぶ。

 目にすらうつる風は刀に対する盾として広がっていく。

 そして飛来する刀は、風の防壁に阻まれ落ちることなく消失した。

「力の塊……?少なくとも実体はねぇか」

 分析する。

 そもそも

「どこだ……?」

 まだタイヨウは森の上空。

 風の力で留まっているがおそらく森の中にいるだろう敵からすれば標的でしかない。

 すなわち非常に危険な状況なのだが。

 少し待つ。

 眼を閉じ、音に頼る。

 少しの音。

 葉が擦れる、その音。

 前方から。

 まだただよう風を集め防御。

 せまる刀はまたしても消失する。

「よし」

 風の術式は維持したまま、地に降りる。

 前方だ。

 飛来したその方向を探れば、敵の位置はおのずとわかる。

 が。

「いない……!」

 その先には誰もいない。

 ゾクリと、背筋に寒気が走る。

 本能的に、タイヨウは前へ飛んだ。

 ほぼ同時。

 タイヨウのいた場所から、何かが爆発するような音が聞こえた。

 飛びながら体勢を変えて、見る。

 そこにいたのは

「……は?」

 思わず声をあげる。

 視線が捉えたのは熊。

「ほうけとる暇はないぞわっぱァ!」

 口元が見える。

 髭面。

 ようは熊の、ほとんど剥製に近い毛皮をかぶった人間だった。

 その腕が空を切る。

 瞬刻とおかず、無骨な刀、ドスと言ったほうが正しいか。

 出現し、飛ぶ。

「クソっ」

 敵は強い。

 こちらの意図を読んだうえでのフェイントによる背後からの奇襲。

 おそらく小手調べですらない。

 気配がなさすぎる。

「レベル1。集え北の兵士。その手に剣を、その手に盾を、心に気概を!立て、つわもの!」

 符を放り投げながら、術式を一段階あげる。

 この敵が何者かはわからない。

 ただ、神だとか神敵だとか、そういった圧倒的なものは感じない。

 それでも

「らぁッ!」

 風を飛ばす。

 濃密な刃に変えて。

「……ぬんッ!」

 眼を疑った。

 なぜか出力があがった今の状態ならそれはレベル2相当。

 すなわちそんじょそこらの壁なら音もなく切れるような、そういう次元の刃だった。

 それを。

「練りがたらんのう、小僧!」

 その熊をかぶった敵は、なんの術式を使うことなく、素手で、叩き割った。

「……何者だ、お前」

 思わず口をついた。

 それほどに動揺ぢた。

 想像もつかない。

 その素性も、力も。

「……さてね」

 その目元は熊のかぶりものに隠れて見えない。

 見えるのは口元から伸びる金色の髭だけだ。

「語る名前などない」

 右手をひく。

 来る。

 そうわかっていても、まともに動けなかった。

「強いて言うなら、古ぼけた熊か」

 それが突き出される一瞬。

 タイヨウは眼を奪われた。

 右腕から走る全身への光。

 黄金の神器に触れたときの、あの光と同じ輝き。

 あっけに取られているうちに。

「がぁぁぁぁぁぁッ!」

 風の防御ごと、吹き飛ばされた。

 およそ50m。

 ダメージ自体は軽い。

 ただ力が根こそぎ奪われたような感覚があった。

「ほう……だてにその身に痕を宿したわけではないな」

「痕……?」

 それはこの右腕のことか。

「それでも気には喰わんが」

 相変わらず敵の力の流れが見ない。

 さっきの一撃が術式のソレならば、恐らくタイヨウには見えていたはずだ。

 それが、全くない。

 こちらに歩を詰める今でさえ、下手をすれば見失ってしまいそうなほど、何も見えない。

「お前……神か」

 呟いた時には、敵は目の前にいた。

 風の防御さえ、打ち消されていた。

「小僧、一つ教えといてやる。神は、こんなものではないぞ」

 拳は、振り下ろされた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ