表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Beardead Gold Bear  作者: 大隈寝子
6/24

BGB 第五話 「目標/神器/神」

 陽がさした。

 窓から入る光が眠っているタイヨウの頬をなでる。

 ゆっくりと、眼を開けた。

 瞳がまず最初に写したのは自分にしがみつく少女。

 その少女の頭部には大雑把な角がある。

 角というより頭を覆うヘルメットの一部という方がわかりやすいかもしれない。

 ただただ白い。

 まだ眠っているならその少女を起こす必要もないだろう。

 眠りから醒めたばかりのぼんやりとした頭でやるべきこと、やらなければいけないことを考える。

 二つだ。

 まずは符の補充のための術式の実行。

 それと

「“届け物”の確認……か」

 昨晩、メイは生易しいものじゃないと言っていた。

 それほどの警告を発するもの、それも神に関わるであろうものとなれば

「神器、だろうな」

 これまでの人生でそう称されるものを直に目にしたことはない。

 というより真っ当に術者として生きていても目にすることの方が少ないだろう。

 “師匠”であればそうでもないのだろうが。

 そもそもが「神の器」だ。

 神以外の存在が軽々しく扱えるものでもないし、触れられるものでもない。

 正直なところタイヨウはそういうものに関わることさえ若干ながら億劫ではあったのだが。

 それは言っても詮無きことだ。

 やらなければならないのだkらやるだけ。

 そう考えつつ、昨日発動した“城”の様子を探る。

 自分と繋がっている術式を感覚で探っていく。

 問題はなさそうだ。

 それより現状の問題は。

「むひぃ……」

 しがみつくハクをどうしたものか。

 少女の見た目とはいえ存在の本質は竜だ。

 ゆえにやんわりと振りほどくことはできない。

「おい、起きろハク」

 少し乱暴ではあるが、わしわしとその頭を撫でる。

「うー……」

 眠そうにまぶたを上げる。

 年相応、いやそれよりかなり幼い。

「タイ……ヨウ……眠い……」

「よし、頑張って起きろ」

「むー……」

 唸り声を上げたハクが身体をゆっくりと起こす。

「……おはよう」

「おはようさん」

 とりあえずハクの無意識の拘束からは解放された。

 ベッドをおり、すぐ近くの椅子に腰掛け机に符を並べる。

「やっぱ思ったより減ってるな……」

 “城”を構築するのにこれだけ多くの符を使ったのは初めてだ。

 特に「王」の符の減りが早い。

「てことは陰陽が無意味ってことか。ややこしいな、そりゃ」

 実質的にタイヨウの持つ手段が半分封じられたことになる。

 “城”をちゃんと見てみないことにはどう判断しても予想の域をでないが。

「さて、まずは」

 五種類の符を均等に五角形を描くように並べる。

 「王」の符だけその枚数を一枚重ねた。

 そしてその五角形の中央に一枚。

 何も描かれていない白の符を置き

「まわれまわれまわれまわれ……」

 詠唱ではなく呟くように。

 牧師のようにではなく隠者のように、力を送り込む。

 ただ循環させる。

 時計回りの渦。

「まわせまわせまわせまわせ……」

 タイヨウには力の総量がない。

 一般以下のソレだ。

 だから

「続き給え」

 白の符から生まれ流れる一つの筋が「王」の符に接続する。

 そこから「北」「西」「南」「東」、そしてまた「王」へと。

 実際の方位とは逆に配置された符に、力が複雑に広がりながら円を描いていく。

 やがてうっすらと符全体が光をまとったところで、タイヨウはようやく中央の符から指を離した。

 複製術式。

 何も描かれていない白の符以外の符を自動的に複製する。

 タイヨウにとっての生命線増幅装置。

 およそ一分に一枚程度の速度だが、この消費量、それに空からみたこの“異界”の広さならギリギリ足るか足らないか。

「まぁいい。後で考えよう」

 とりあえず“城”を見に行こうと椅子から立ち部屋を出ようとドアノブに手をかけたその時。

「オレも行くー!」

 背中に突如重みがのしかかった。

 というか、ハクだった。

「お前な……とりあえず降りろ」

 言動が幼いとはいってもその体格は少し小さめの中学生くらいだ。

 さらっとおぶるような重さではない。

「えーいーじゃん、このままでー」

「俺はそこまで力持ちじゃねぇんだ」

「ちぇー」

 すとん、と。

 ハクは降りる。

 見るとやたらと尻尾をばたつかせていた。

「先に飯食ってろ。俺は昨日の“城”見てくるから」

「オレも行く。一人で飯くってもつまんないし」

「……そうかい」

 ドアを開けて階段をおりる。

「おはよう」

「おはようございます、タイヨウ様」

 メイとリアはすでに起きて朝食の準備をしていた。

「おはよう」

「オハヨーッ」

 挨拶を返す。

「すぐに朝食になさいますか?」

「いや、少ししてからでいい。昨日しかけた術式を見てくる」

 そう言ってタイヨウとハクは家を出て裏に回る。

「よしよし。とりあえずちゃんと動いてんな」

 幾重もの銀色の光の筋と大量の符で構成された“城”を見ながら言う。

 その城は宙に全てを固定されているわけではない。

 ゆっくりと、円を描くように動いている。

 本当に、ゆっくりとだが。

「“開門”」

 手で印を作り上から下へと切る。

 タイヨウの正面にあたる光の筋が、薄らいだ。

「ハク、少しだけ待っててくれ」

「ん」

 術者ではないといえど、契約しているからか、術に手を出してはならないということは竜も理解していた。

 短く返答をしてその場にあぐらをかく。

「さて」

 歩をすすめる。

 その先にあるのは一枚の符。

 昨日設置していた際には何も書かれておらす何も描かれていなかった白の術式符。

 そこには今、いくらかの陣と数が刻まれていた。

「……やっぱ位相じたいには偏りが少ないか。でもって陰陽のヘッタクレもねぇ……メインに据えるなら……」

 刻まれた陣などを見つつぶつぶつと呟く。

 この世界における術式の構成を。

 この地を、空気を、世界を最も活用しうる力の流れ。

「……“双炎”かな、基本型は」

 一つの納得のいく答えを経て、視線をくれていた符に新たな白の符を何枚かかざす。

「転写」

 重ねられた符に、陣と数が移されていく。

 コピーできたことを確認して、タイヨウはきびすを返した。

「“閉門”」

 印を切って“城”の外に出る。

「終わったのかー?」

「おう。飯食うか」

「おう!」


 ほどなくしてタイヨウとハクは食事をすます。

「そういや、着替えは?」

「それなら部屋に置いといたわよ」

「サンキュ。なら着替えてくる」

 少し目配せをする。

 タイヨウの意図をメイドは組むだろうか。

 二階へ行こうとするタイヨウにハクが付いてこようとする。

「ハク様、おかわりもございますが」

 階段に足をかけようとしたところで、ハクは足を止める。

 登っていくタイヨウの背中と机に出された“おかわり”の存在に視線をうつし、うつし、うつす。

 結果。

「食う!」

 食欲が勝った。

 部屋に戻ったタイヨウは着替える前に一つの術式を組む。

 転写により複製した白の符、それをさらに増やすための術式だ。

 そして“城”から得たこの世界の位相の偏りを起き抜けに起動した術式に組み込む。

 これで複製の効率は良くなるはずだろう。

 風呂上りから着ていた浴衣を脱ぎ捨て、ベッドに置かれていた自身の服に袖を通す。

 “マオウ”と書かれたその服は悪趣味の一言につきるがそれはタイヨウの目標でもあった。

 “マオウ”

 現在の術者の世界の頂点をさす言葉だ。

 いつかその座にいたろうという決意と表明。

 それにしたって悪趣味ではあるが。

「さて、それじゃ神器にお目見えするとしようか」

 階段を降りる。

「かはーっ!」

 そこには器ごと喰らわんという勢いでおかわりをたいらげているハクがいた。

「そんなに腹減ってたのか、お前」

 思わず聞かずにはいられなかった。

 それほどの迫力だった。

「そーじゃねーけどなー。いつもなら牛一頭くらい食うからなー。人間の口は小さくて不便だ」

「わかった、とりあえず食いながら喋るのはよせ」

 そこから都合五杯。

 ハクは出されたものをたいらげた。

 ちなみに今日の朝食はカレーだった。

「で、メイ。神器はどこにある?」

 一段落して一息をつくハクを尻目にタイヨウは聞いた。

「その前に、一つ確認よ、タイヨウ。あなたは何故あの術式を起動したの?」

 ふいにメイが冷たい声でタイヨウに聞く。

「“城”のことか?」

「えぇ」

「なんでそんなことを聞く?」

「……これから先、なにが起きるかの確認よ、タイヨウ」

 なんだ、そんなことか、と少し安心する。

「そんなもん決まってる」

 “師匠”が仕事と称してこの異界に突き落としたのは何故か。

 わざわざ拠点まで用意してメイとリアを配置したのは何故か。

 このタイミングで神に神器を届ける仕事を課したのは何故か。

 神が神器を振るう時はすなわち

「毎度恒例、っていやぁなんだが、要は敵だろ」

 それも神に挑むような頭のイカレタ敵。

「ならばよろしい」

 だいたい察しもついている。

 関わることはそうはないだろうと、タイヨウは踏んでいたのだが。

「では見にいくわよ。神の片鱗を」

 恐らく来るだろう敵。

 “神敵”

 そしてその標的たる神。

 その強大な存在の持つべきモノ。

 “神器”

「じゃぁつれてってくれ」


 家からおよそ徒歩十分。

 メイに続いて無言で歩いていた。

 ハクは食いすぎたのか椅子の上でよくわからない唸り声をあげていたのでタイヨウはしれっと置いてきた。

「そろそろつくわよ」

 特に何か話していたわけでもなく、唐突にメイが言う。

 その先にはすでに鳥居が見えていた。

 よくあるような赤色のものではない。

 ただの木。

 塗装がなされていないただの木だ。

「私はここで待つわ。ここから先は一人で」

 その鳥居の前でメイは立ち止まる。

「了解」

 その先には簡素というには少し本格的にすぎる社があった。

 正面しかみえいていないため、正確にはわからないがそれなりに広そうだ。

 見たところ何かの術式で封印を施されているといった感じはない。

 観音開きになっている正面の扉に手をかける。

 神器に直接対面するのは生まれて初めてだ。

 トクン、と音が聞こえた。

 それは自分の心臓の音か、それとも別の脈動か。

 ほんの少しの恐怖と、それを覆い隠すほどのワクワク。

「それじゃ初めましてと行こうか」

 腕に力をこめ、扉を開けた。


「……あ?」

 そこはただの暗闇だった。

 外からの光はタイヨウが開けた扉からしか入っていない。

 不安感をあらわにしたその瞬間、突風が吹いた。

「なっ……」

 思わず足がすくわれそのまま社の中へと踏み入れた。

「なんだ……今の」

 ほんのわずかだが、吹いた風には術式の名残があった。

 となれば術者がいるということだが。

「それらしき存在はなし、と」

 つぶやくと同時、バタン!と音をたてて扉が閉まった。

 社の中、タイヨウのいる空間は完全な暗闇となる。

 相変わらず、それらしき存在を感じない。

「……いや、違う」

 この静けさは異様だ。

 あまりに音がなさすぎる。

「俺が知覚してないだけか」

 神なら恐らく、そんなことはない。

 神は敬われ畏れられ信じられるべき存在だ。

 ゆえに人に見られ聞かれ知られなければならない。

 しかし神器は別だ。

 それは敬われることも畏れられることも信じられる必要もない。

 ただ神が用いさえすればそれでいい。

 ゆえに何も施されていない状況ならば、ただの人間にそれを知覚しうる術はない可能性がある。

「俺に神になれってか……?」

 当然、そんな術式、ましてや力なんてものをタイヨウは持ち合わせてはいない。

 無理だとすぐわかる。

 ならどうする。

 届け物は十中八九、神器だ。

 それを知覚できないとなると恐らく触れることも不可能。

 どうする。

 知恵を巡らせる。

 師匠は無茶を課すことはあっても無理を強いることはない。

 いつもやり方が迂遠ではあるが。

 要するにお題はこうだ。

「神に近づく敵がいる。その神は自身の神器を持っていない。お前は神器を神に届けてなおかつその敵を退けられるか」

 今はその第一段階。

 神器を見出すこと。

 神になるのは無理。

 視力を上げても無駄だろう。

 空間を切り出すか。 

 いや対象の大きさ形がわからない上に力を使いすぎる。

 あくまで認識をしなければならない。

 神器を認識するにはどうする。

 神器を認識できる存在はなんだ。

 神。

 ふと、ハクの術式を思い出した。

 その地の水を通して世界になじませることで術式の負荷を和らげる。

 そして自身の術式を思い出した。

「なーんでこんなに長いこと気付かなかったんだ。俺はその術式で“マオウ”に至るって決めたんじゃねぇか」

 世界。

 それ以上にモノを認識できる存在はない。

 そしてタイヨウの術式は極限まで世界を知り、利用するもの。

「こんなことやるのは初めてだけど」

 腰のケースから一枚の符を取り出す。

 転写した一枚。

 この世界の在り方を記したオリジナルの符。

「初めてだからってビビってりゃマオウになんて届かねぇ」

 その符を胸に、心臓の上にかざす。

 頭の中で術式のイメージを組み、即座に具現させる。

「我、世界に問う」

 術も詠唱も手探りだ。

「かち別ち、かつ共にする。君よ、答えよ」

 だからなんだ。

 知ったことじゃない。

 これまで何度も使ってきた術式の、たかが発展だ。

 できない方が不条理だ。

「我、我の境界を殺す。君、君の境界を殺す。混じり別れ、そして在れ」

 符と、タイヨウに光が宿る。

 同時。

 タイヨウは感じていた。

 自分の細胞がわきたち、変わっていく感覚。

 例えるなら、乾ききった身体に水を染み込ませるような、そんな感覚。

「……とりあえず、成功か」

 術式の発動と共に、タイヨウを覆った光と符は、数秒たってからタイヨウの中に取り込まれるようにして消えた。

 そして、タイヨウはその術式の成功を確信した。

 その術式は結果から言えばそう複雑なものではない。

 いわばタイヨウという個体に“世界”という属性をつけただけにすぎない。

 一種の免許といえばわかりやすいか。

 それだけの単純な術式であっても精緻な力のコントロールが必要になるのだが。

 そしてその免許が可能にしたのはとりあえず、神器の知覚だった。

 形は変哲のない日本刀だ。

 鞘はない。

 黄金の背にうっすらと虹を帯びた刃。

 まさしく神器だった。

「早速でわりぃんだけど……見させてもらうぞ。その神」

 現れたその神器に触れる。

 あまりに美しく、輝くその刀に。

 指先がふれた瞬間。

 強烈なまでの熱と感覚が腕を伝い、タイヨウの身体に響く。

 不意に視界がぶれ焦点が別の場所を結びうつす。

 そして見た。

 その主たる神。

 黄金の髪をなびかせる、虹と見紛う少女を。


 

 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ