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Beardead Gold Bear  作者: 大隈寝子
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BGB 第三話 「名前」

 恐らくはリビングで焚かれていた暖炉のせいか、服もほぼ乾き、身体も温まっていたのであまり風呂に入る意味はないといえばないのだが。

「ふろっふろー!」

 やたらと竜がはしゃいでいた。

 だいたいテンションがあがった竜はなかなか言うことを聞かない。

 階段をおりていく。

「服はこちらに用意しております……あの、タイヨウ様」

 リアが着替えを入れたかごをタイヨウにわたしつつその隣にいる竜を見る。

「……言いたいことはなんとなくわかるが一応聞いてやる。なんだ?」

「その趣味の悪いお召し物は普通に洗濯してよろしいのでしょうか」

 リアの視線とは全く違うことを、予想外だったことを聞かれた。

「その質問は予想外だったぞ……リア」

 てっきり竜のことを聞かれると思っていたのだろう。

 タイヨウは少し面喰いそして苦虫を噛み潰したような顔をする。

「まーたしかにその服はねーよなー。オレ普段服きねーからわかんねーけどー」

 竜にさえ悪趣味と言われるその服。

「そんなに悪趣味か、これ?」

 少しひっぱりながら、自分の着ている服のデザインを見る。

 そのデザイン自体はいたってシンプルだ。

 黒地の上に名詞が一つ。

 “マオウ”と大きく描かれていた。

「だいぶ悪趣味かと思われますが。なんらかの術式の一環だったりするのでしょうか」

 しごく真顔で、リアは聞く。

 そういう理由以外ではそんな服を着るのはありえないとでも言いたげな顔だ。

「いや……ただの趣味だよ……うん」

 しなびた表情で返す。

 ここまで真正面から否定されると大抵の人間は逆上するか、こうなる。

「ところでまさかとは思いますが竜氏も一緒に入られるのですか?」

 リアの無表情な顔は心なしか明るかった。

「はいるぞー」

 問われたタイヨウではなく竜が返す。

「倫理的にいかがなものかと思いますが」

「オレが入りたいからいいのー」

「頼む、リア。止めてくれ」

「間違いが起きないよう気を付けてくださいましね、竜氏」

「おい」

「多少攻撃してもタイヨウ様はしぶといですから」

「オイ」

 止める気は皆無だった。

 意図せず裸を見たときにタイヨウの眼を覆ったのはリアだったはずなのだが竜自身が望んでいるから仕方ないということであろう。


 かくして入浴となった。

 去り際、リアが

「どうぞお気をつけて」

 とタイヨウに釘をさしていたのだがそれは襲う方なのか襲われる方なのか。

 浴室に入る前から、タイヨウはどっと疲れていた。

「はやくしろタイヨウ!」

 白布一枚だけだった竜はすでに着物をぬぎすてぱたぱたと尻尾を振っている。

「わかったからあっち向いてろ」

 驚くほどに、その裸身はタイヨウの興奮を誘わなかった。

 どことなく、いや、かなりその言動が子供っぽいゆえであろう。

「ほいー」

 ダダをこねるとき以外は素直だ。

 符を入れたケースだけは別において脱いだ服を開いていたかごに入れる。

 一応手近にあったタオルを一枚腰にまいた。

「よし、行くぞ」

「ふろー!」

 大半をスリガラスで構成されたドアをひき、竜と、続いてタイヨウがふろ場へ突入する。

「おぉ……」

 思った以上に本格的な風呂だった。

 銭湯にありがちなただのタイル張りかと思いきや、ドアを除く三方、そして天井はすべて天然の岩壁だった。

 まるで洞窟をくりぬいたかのような、というより洞窟そのものだった。

 その中央。

 白濁とした、湯気をたたせるまさしく温泉がそこにあった。

「ふぅぅぅぅぅぅ!!」

 注意する間もなく、ザバァンと音をたてて竜は飛び込んだ。

「あのな……せめてかけ湯くらいしろ」

 用意されていた桶をとって身体を流す。

 心地のいい温度だった。

「ふふー」

 先に入った竜はぷかぷかと浮いている。

 あまりマナーのなった行為ではないが他に人がいるわけでもないしよいだろう。

 むしろ竜相手にマナーを説くのが無茶だ。

「ふう……」

 肩までつかると思わず息がこぼれる。

 竜のテンションの上がり方もわからなくはないが。

「お前そんな温泉好きだったのか?」

 それにしても異常なテンションの上がり方だった。

「んー?山にいるときは結構入ってるぞー」

 竜の言う山とは彼女らが住む人の世界から隔絶された一種の異界だ。

 タイヨウはその場に二度行ったことがある。

 イメージとしては水墨画などで描かれるようなああいった手合いの“THE中国の山”といった感じか。

「あそこ、温泉なんかあったか……?」

 思い出しながら口を開く。

 あまり硫黄の臭いや湯気などは記憶に残っていない。

 やたらと霧が濃かったのは憶えているが。

「んー。頂上の方に一つと、麓に結構たくさんあるぞー。タイヨウが来たのは真ん中と頂上にちょろっとだから見てないかもなー」

 浮くのをやめて、座りなおしたのか竜がじっとタイヨウを見る。

「タイヨウ、オマエそんな入れ墨あったっけ」

 その眼がとらえているのはタイヨウの左肩から肘まで伸びている黒い印だ。

「あぁ、これか。最近彫った。いちいちお前を呼び出すのに調整いれるのもかったるいしな」

「調整……?オマエ今ままでそんなことしてたのか」

 竜は召喚術式の存在は把握していても仕組みをきっちり理解しているわけではない。

「あー……俺の使う術式は見たことあるよな?」

「うん。やたらと紙を使うアレだろ?」

「紙って……符な。あれ、“連鎖術式”って言ってな。俺が持ってる力だけじゃなくて土地とか星の力を借りて術式を実行するんだよ。だからやたらめったら符を使うはめになるんだが」

「アレ、そんなめんどくさいことしてたのか」

 竜の眼にはいつも、符を大量に使うわりには規模が小さい術式というふうに写っていた。

「まぁそう言うなよ。効率はいいんだから。で、普段なら使う土地に最適化させるために“城”っていう調整術式をつかうんだわ」

「……それで?」

 頭を傾けながら竜は促す。

「でもその作業は結構時間かかるんだよ。さらにだ。お前を呼び出すときってだいたい緊急だからな」

「つまりその“城”ってやつを待ってられないってことか?」

「そうなる。だから多少のロスを覚悟で、お前をすぐ呼べるように身体に式を彫った」

 実際、この身体の式がなかった場合、竜を呼ぶのにおそらく符は百枚単位で必要になる。

 さらにそれらを正確に配置する必要がある。

 とてもではないが緊急時に咄嗟にできることではない。

 それを省略するぶん、力の消費が幾分大きいものになってしまってはいるが。

「つまりその黒いのはオレ専用ってことか?」

 パチクリと眼をしばたかせながら、竜が聞く。

「そういうことだな」

 瞬間。

 少し離れたところに居た竜がタイヨウに飛びついた。

 というより抱き着いた。

「ターイヨーウ!」

 その頬をタイヨウの左肩にこすりつける。

 幼児が父に甘えるような、そんな仕草だ。

「うぉっ」

 しかしその態度は幼児のそれであっても肉体はそうではない。

 ここまで密着されて初めてこの竜が女という属性を持つことをタイヨウは理解した。

 その身体からはうっすらと桃のような甘い匂いが漂い、なにより感触が柔らかかった。

「そっかー。オレ専用かー。フフフ」

「嬉しいのはわかったから離れろ」

 このくっついている少女が竜だという認識があるゆえにそういった感情はなかなか起こらなかったが、裸で長くくっつかれるとそうもいかない。

「ちぇー」

 竜は素直に離れる。

 その表情と尻尾は不満げに揺れていたが。

「そういやその尻尾と角、どうにかできなかったのか?戻れなくなるとか言ってたけど」

 竜が人間に化ける、という伝承は世界を見渡せばそれなりに存在する。

 そういった御伽噺のなかでの竜は世界における高位の存在で、人間に化ける際も完全に化けていたはずだ。

「あー、これなー。できなくはないんだけど。そこまでやるとちょっとしんどい。髪の毛飲んだのもちゃんと竜に戻れるようにだしなー。多分爺さまとかなら普通に人になれるんじゃないかー?」

 要するに、幼いがゆえ不完全らしい。

「爺さまて……あのおっかない黒の竜か……」

 白銀の竜の故郷に赴いたその二度目のときだ。

 “爺さま”と言われるその存在は出会いがしらタイヨウを容赦なく攻撃してきた。

 後でわかったことだがどうもこの白銀と契約したことをよからぬ方向に勘違いして猛り狂っていたらしい。

 結局その場は小さな白銀の竜の

「爺さまキライ」

 というそっけない一言で決着がついたのだが。

 恐らく一人であそこに行けば秒とかからず食い殺されるのではないかという恐怖がタイヨウにはあった。

「普段は優しいんだけどな。爺さま」

「そりゃお前が相手だからだよ……」

 パチクリと。

 眼をしばたかせながら白銀の竜は首をかしげていた、

「話変わるけど、お前なんで残るんだ?さっきも言ったけど安全の保障はできんぞ」

「んー。帰るのもめんどいしな。折角人化したのにすぐ帰るのも嫌だし」

 その尻尾が水面をパシャパシャと鳴らす。

「それにオレ強いしな」

 けらけらと竜は笑っていた。

「ならいいけどよ……。だったら仮名を設定しねぇとな」

「仮名……?」

「ここは神の異界で、近いうちに神に会うことになる。この世界の主相手にいきなり真名を知られるのはさすがにまずいからな」

 真名というのはその生物が本来持つ名のことを言う。

 そして仮名は真名を隠すために用いるものだ。

「真名ってアレだろ、タイヨウとかもそうだろ?」

「正確にはアシベ・タイヨウだけどな。お前もメイたちもタイヨウって呼ぶから俺はいいとして」

 神に真名を知られるということはその存在すべてを預けるということに等しい。

「だからここで仮名をつけよう。なにがいい?メイたちに竜氏って呼ばせるのもなんだか落ち着かねぇしな」

 一応タイヨウはこの竜の真名を知っている。

 知ってはいるが、真に必要な時以外は呼ばないように心に決めていた。

 結果、出会ったその時以来一度も真名を呼んではいないのだが。

「んー……」

 竜が思案する。

「どうせならタイヨウがつけてくれよー」

 甘えるように言う。

「そうさな……」

 考える。

 真名をもじったものにしなければ仮名はその効力を発揮しない。

 ついでに、呼びやすければなおいい。

「ハク」

 安直ではあるがそれ以外ないだろう。

「ハクかぁ……」

 ふふふと、名付けられた竜は笑う。

「なじむ。うん、いい感じだよタイヨウ」

 甘噛みをするようにその長い尾がタイヨウの左肩を優しくなでる。

「そろそろ出るか。だいぶ温まったし」

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