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Beardead Gold Bear  作者: 大隈寝子
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BGB 第十九話 「ゲンカイ」


 巨大な剣は動き出していた。

 そのすぐ後。

 コンマよりもはるか深い世界で、タイヨウの術式は敵を捉えた。

「はやいな。だが遅い!」

 そう叫ぶ敵をよそにエペレと自身の周りの剣をすべて消す。

 そして、上空に腕をのばし、掌をかざした。

 あの規模では逃げきれない。

 今ここで消し切らなきゃ。

「できるのか。お前に」

 挑戦するように、というよりは確認するように白が問う。

「うるせぇ」

「こんだけ細い網をはったのはオレの眼から隠しきるためじゃない。それが限界だからだ。よくよく見りゃそこら中にとけた符が大量に散ってやがる。お前、もうオレの剣を消せるほどの力は残ってねぇだろ!」

 それはすべて、事実だった。

 タイヨウの戦いは二種類ある。

 一つはその場で符を展開し、戦うもの。

 もう一つは符をあらゆる場に配置し、力の網で敵を迎え撃ち完封する。

 今実践しているのは後者だ。

 その注視しなければ見えぬほどの網は“城”と“砲台”によって極限まで力の効率を高め、消費をおさえている。

 ゆえに残す力は発動された術式を消すために、あるいは封印式をうちこむために使う。

 タイヨウはこの戦いですでに四度の封印式と、剣を何本も消している。

 元々ない力の量は、限りなく0に近づいている。

 その状態で、迫る巨大な剣を消せるのか。

「……ッ!」

 言葉は出ない。

 身体の底に残るものすべてかき集める。

 そうしている今も、少しだけ力を左腕の式にまわす。

「きこえるか、ハク」

 呼び出しはしない。

 声だけを少女に飛ばす。

「なんだタイヨウ?そっち行けばいいのか?」

「待て、落ち着け」

 声に疲労が出たのか、ハクは今すぐにでも時空を飛び、この場に現れそうあ雰囲気だった。

「今どこにいる?」

「言われた通り、メイとリアのところだけど……移動した方がいいか?」

「いや、そのままでいい。もしかしたら俺たちがコレを使ってそっちに行くかもしれない。力をためといてくれ」

「わかった!」

 意識を竜との式から離し、剣に向ける。

「足りねぇか……!」

 どれだけ効率よく術式が使えても、どれだけうまく力がコントロールできたとしても。

 それはごまかしだ。

 力の総量は変えられない。

 神だとか、そういうものに喧嘩を売ろうと考える化け物と直面して痛感する。

 あまりに足りなすぎる。

 掌にふれる部分から徐々に消してはいるが、それでもその底がまるで見えない。

 上空に浮かぶそれは依然として剣だった。

 力をかき集める。

 今ここで敵を止めるだけの網があればいい。

 そのほかの、この世界に“砲台”でまいた大部分の網はいらない。

 それをかき集める。

 多少のバランスが変わるがそうも言ってられない。

 “城”さえ起動してれば、自分の頭さえあれば、術式は使える。

 プチリ、と頭の中で何かが切れる音がした。

 眼から、生暖かいものがこぼれていく。

 涙ではない。

 それは赤い、血だった。

 力をあまりに突然に外から回収し、タイヨウを通して剣にぶつけている。

 ただでさえ少ないものに、世界から借り受けた部分も混じる。

 簡単にいえば、タイヨウの脳にとって容量オーバーが発生していた。

 その悲鳴は血となって現れる。

 身体が、脳が、限界を叫んでも、タイヨウは無視した。

 自分だけならまだいい。

 ここで手を離しても、それまでだったという話だ。

 けれどここにはエペレがいる。

「ああああああああああ!!!」

 掲げた右手が震えだした。

 もはや視界さえぼやけてきていた。

 立っているのさえ、不思議なほどに。

 “網”も焼き切れかかっている。

 力がなくなっていく。

 身体が冷たくなっていくその最中。

 その全てを包むように。

「頑張って、タイヨウ」

 肩に手が添えられた。

 温かい。

 陽だまりのようなぬくもり。

「エペレ……」

 その手の平から身体に染み渡るように力が入ってくる。

「私も頑張るから」

 疲れているだろう。

 立つのも辛いだろう。

 ただ、その眼は、しっかりと剣を見据えていた。

「頼むぜ」

 一人じゃない。

 その事実が、タイヨウをしっかりと立たせた。

 それでも、神の助力がある現状でさえも、この剣を消し去れるかどうか。

「精々頑張れよ、人間!神!」

 心底楽しそうに、動きを封じられている白が吠える。

 そんな声すら、二人には聞こえない。

 ただ、力を剣にぶつけていた。

「せめて何か言ってほしいもんだな」

 白は不遜に呟く。

「オレはもう動けるんだが」

 振り払うように、右手にもった剣を振るう。

「さて、どうしようか」

 目線の先の二人はまだ上空の剣を視ている。

 こちらに気づいていないのだろう。

 このまま放っておいても天より落ちる剣に勝手に押しつぶされる。

 大雑把に見ても、空に浮かぶ力の量と、地上にいる二人の量とでは格段に差がある。

 だが。

「それはすっきりしねぇよなぁ!」

 わざわざ聞こえるように白は言った。

 その声が二人の耳をうつ。

 先に事態を把握したのはタイヨウだった。

「まず……ッ!」

 上への対処で、白の動きに対応できない。

 かといってエペレに任せるわけにもいかない。

 エペレもタイヨウ同様這う這うの体だ。

 上と、横から。

 剣が迫る。

 剣は二手。

 対しタイヨウの手は一手。

「よく頑張ったよ、お前らは。じゃぁな!」

 右手で振るわれる剣が二人に迫った。


 思えばこれほどまでに力を使いながら身体を動かしたことは初めてだった。

 もちろん死というものがそこまで近くに迫っているのも。

 やりたいことなんてそんなにない。

 だから死ぬことが嫌かっていうとそうじゃない。

 けどやり残したことは、ある。

 もう一度、お父さんとお母さんに会いたかった。

 帰ってくると、二人は言っていた。

 言っていたのに。

 刃が迫る。

 それを止める黒い影があった。

 大きな翼を広げ、羽を散らしながら、どこからともかく現れる。

「すまんかったな、エペレ」

 初めて、その烏に名を呼ばれた。

 けれどもそれは初めてじゃなかった。

 その力が懐かしいものに変じていく。

 自分とよく似た力に。

 その金髪と、蓄えた金色の髭が揺れる。

 大きな右手で、迫る刃は愚か、敵もろともに吹き飛ばし、残る左手から莫大な力で上空の剣をかき消した。

 脅威は去った。

「ただいま、エペレ」

 低く包むような声が響く。

 長い間聞いていなかった声だ。

「おとうさん……」

 眼から自然と涙がこぼれる。

 気づいたときには抱き着いていた。

「お父さん!!」

 そのぬくもりは、十年ぶりだった。


 何がどうなっている、というのが太陽の感想だった。

 宙の剣は消え、敵も一時的ではあろうが退却させてしまった。

 それを成したのは熊の被り物を背負っている大男。

 いつかに対峙した、神の気配がした男。

 それも。

「お父さんだって……?」

 ピクリと、男の体が反応した。

 眼があう。

「さて、言いたいことはあるがまずこれだけは言っておこうか」

「なんだよ」

 すうっと息を吸い込む。

「貴様にお父さんと呼ばれる筋合いはなぁい!」

「なっ!」

 声だけで吹き飛ばされそうな圧がある。

 前にやりあったときには感じなかった、あるいは感じられなかった圧。

「ふぅ。スッキリしたわい」

 抱き着く娘の頭をなでながら、言葉をつづける。

「感謝するぞ、タイヨウ。お前のおかげで実体化できるまで力を貯められた」

 ニィと歯をのぞかせながら男は続ける。

「さて、種アカシはおいおいやるとして、エペレ。顔を上げろ」

 大きな手を娘の肩に添えて。

「……なに?」

「大きくなったな。ますます母さんに似てきた」

 その言葉はむずがゆい嬉しさと一つの気づきをエペレに与える。

「……お母さん!お母さんは!?}

「その話はあとだ。今は目の前の話をしよう。この姿もそう長くはもたん。おい、タイヨウ。こっち来い」

「なんだ……?」

「お前に頼みたいことがある。」

「なんだよ」

「エペレから離れるな」

 その頼みはとても曖昧なものだった。

 ただ、伝える者の意思は真剣そのものだった。

「わかった」

「さて、エペレ。お前はこれから敵を倒したらタイヨウに着いて行って外に行け」

「外……?」

「そうだ。この世界はおそらくもうもたん」

 ちらと視線が空を捉える。

 もはや夜と見まがうほどに、罅がすべてを覆っていた。

「でも、私が外に行ったらお父さんとお母さんの帰る場所が……!」

「大丈夫だ。それにはアテがある。だから父さんの言うことを聞け」

 言い聞かせる。

 娘の頭をゆっくり撫でながら。

「……はい」

 しぶしぶ、といった体でエペレはうなずく。

「問題は敵だが」

 そこまで言って、男の身体がぶれる。

 まるで焦点が合わなくなったかのように。

「時間切れか……」

 徐々にそのブレは大きく酷くなっていく。

 まるで現実という残酷な存在が、その存在を否定するかのように。

「最後だ、エペレ。お前は神としてはまだ半端だ。力の使い方も、何もわかってない」

 教えられなかった俺が悪いんだが、とぼやく。

「神器を持て。それだけで全部わかる。神の在り方も何もかも」

 眼を細める。

「神器?わたしそんなの」

「大丈夫だ。すぐそこにある。ツレに預けてたんだが、どういうわけかどっかのクソガキが持ってる。ソイツから受け取れ」

 また、いつか。

 それだけ言い残して男の姿は消えた。

 後に残るのは大きな烏。

 眠っているのか、何も喋らない。

「お父さん!お父さん!」

 しゃがみこみ、その烏をエペレは揺さぶる。

 ククと鬱陶しそうに鳴き声をあげるだけで、起きる気配はなかった。

「落ち着け、エペレ」

 タイヨウが肩に手を置き、自分の方に向かせる。

「今は目の前のことだ。気持ちはわかるが」

 敵もいつ戻ってくるかわからない。

 そんなに遠くはないだろう。

 それまでに神器にエペレが触れなければならない。

「せめてもうちっとまともな言い方してくれりゃよかったろうにな」

 右腕のすそをまくりながら、タイヨウはしゃがみ、エペレに目線を合わせる。

「多分だけどな、ここに神器がある」

 右腕。

 正確にはその痕。

 神器に触れた後についた、謎の痕。

 力がほとんどすっからかんになった今だからようやく感じ取れる。

 神器に相対していた時に感じた力。

 それがわずかに、右腕から感じる。

「タイヨウの中に……?」

「原理とか何が起こったのかはさっぱりわかんねぇけど」

 神器にふれたときに入り込んだのだろう。

 恐る恐る、エペレが右腕に触れる。

 バチリと雷光が走る。

 右腕から、力が拡散していく。

 脈をうつように、ドクン、と。

 一際大きく力がはねたその時。

 それは顕現した。

 太陽のごとく輝きを放つ虹のような刀。

 黄金の背に、虹の刃を持つ神器。

「これが、神器……」

 刀にエペレが触れる。

 瞬間、世界が変質する。

 本質はそのままに、細胞が入れ替わっていくように。

 それは世界の主たる神もそうだった。

 黄金の髪と、虹の瞳が揺れる。

 その輝きを視るために、生まれてきたのかもしれない。

 そう思うほどに、美しかった。

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