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Beardead Gold Bear  作者: 大隈寝子
2/24

BGB 第二話 「変身」

 嫌な汗が流れる。

 どうやら言葉は通じるみたいだが意思が通るかはまた別の話だ。

「人の敷地に入るのならまずはアイサツをすべきですよ」

 背後の声がそう告げる。

 その声だ。

 タイヨウは聞いたことがあった。

 ここしばらくは眼にしていなかったが。

「……お前、リアか?」

 首筋から鉄が離れていく。

 振り返ったそこには見覚えのあるメイドがいた。

 といってもその見た目はメイドというよりは中世のお嬢様といった方が正しいのだろうが。

「お久しぶりです。タイヨウ様」

 フリルが大量に施された黒のドレスに申し訳程度の白のエプロンがあしらわれた、一見貴族のような出で立ちをしたその少女の名はリア。

 “師匠”のところにいる三人のメイドの一人だ。

「おぉ、久しぶり」

 リアと会うのはおよそ二か月ぶりである。

「そちらの方はどちら様ですか?」

 リアが竜をさして言う。

「あー……、こいつは気にすんな。すぐ帰すから」

 言うと同時、頭を噛まれた。

「おいタイヨウ」

「なんだ痛いぞ」

 パクリと。

 真上から。

 甘噛みとはいえ竜の一噛みである。

「オレは帰らねぇぞ」

「わがままを……」

 竜は器用にも人の頭を噛み(?)ながら喋る。

「何が起きるかわかんねぇぞ」

「むー……そこはタイヨウがなんとかすんだろ」

 竜は雑に答える。

 そして内容も雑だった。

「そうですよタイヨウ様。何があってもお守りして差し上げればよろしいじゃないですか」

 こともなげに、メイドのリアは言った。

 その顔にあるのは無表情だ。

「お前らな……」

 簡単に言うが、実際は簡単ではない。

 メイドのリアはともかく竜にどうしようもないことは大抵タイヨウにもどうしようもない。

「つうかいい加減口はなせ」

「はーい」

 竜はその咢をタイヨウの頭から離す。

 器用にくわえていたのか、タイヨウの頭部に噛み跡はない。

「とりあえず家の中に入りましょうか。お茶も準備しますので」

 

 上空からも見つけたその家は想像通りと言うべきだろうか、レンガ造りの家の内装は木の床に、深い色をしたこれまた木製の家具を基調とした落ち着いた雰囲気のものだった。

「あら、いらっしゃい」

 その玄関からテーブルを挟んで真正面。

 そこはキッチンになっていたのだが。

「リア、お茶菓子出してくれる?」

 リアとそっくりのメイドがいた、

 むしろほとんど同一と言ってもいいその顔だち。

 違うのは唯一眼尻にある泣きぼくろくらいだろうか。

 問われたリアは言葉を返すでもなくキッチン横の棚をあけにいった。

「お久しぶり、タイヨウ。名前は憶えていて?」

 その少し赤みがかった黒い瞳と眼が合う。

「メイ、だったよな。久しぶり」

 メイも、リアと同じく会うのはだいたい二か月ぶりであった。

「二人ともいるってことはマイもいるのか?」

 “師匠”のところ、というより“師匠”が使うメイドは三人いる。

 残りの一人がマイであり、ここにいるのかと連想するのは当然ではあるのだが。

「マイは別命でほかのところに行っているわ。ところで……」

 メイの視線がタイヨウの後ろ、扉の前で入りかねている竜を見ていた。

「そちらのお客様は、どうなさるおつもり?」

 太さと長さから考えて家の中に入れないことはないだろう。

 けれど。

 竜もそれ以外も窮屈になるだろうことは想像に難くない。

「うーん、ねぇ、メイ、だっけ。近くに川か湖ある?」

 心なしか困り顔で、竜が訪ねた。

「少し小さな池なら家の裏手にあるわ」

「ならそれでいいや。タイヨウ、ちょっと手伝って」

 言われるがまま、タイヨウとついでに二人のメイドも池についていった。


「んー、これくらいなら大丈夫かな」

 家からほんの一分も歩かないうちに着いたそこには学校のプールより少し大きいかという池があった。

「タイヨウ、オレの毛、引っ張ってくれる?」

「どこのだ?顔の横でいいか?」

「あ、そこは痛いから首の後ろの……そこそこ。そこらへんで一本ぬいて」

「後で怒るなよ」

 逆鱗に触れないよう、タイヨウが念押しをする。

「大丈夫大丈夫。ほれ」

 言いながら竜は右足をさしだす。

 そこには五本の指とするどいかぎ爪があった。

 その一番端。

 竜にとっては小指にあたるそれを差し出す。

「またやるのか。指切り」

「うむー」

 この白銀の竜はことあるごとに指切りをしたがる。

 タイヨウは出会ってからそう長い時間はたっていないが、軽く十度以上は指切りをした。

 その感触は見た目とは裏腹に柔らかく暖かい。

「ゆーびきったー!」

 重ねた指を上下させ、離す。

 本人は知らないのかハリセンボンの件はない。

 ただ指を重ねて離すだけだ。

「じゃ、抜くぞ」

「ほいよ」

 ぴっ、と。

 思いのほかすんなりその毛は抜けた。

「よし、それじゃちょっと待ってて」

 言うと髪を一本抜いた竜は一度空に上昇し、そのまま、真っ逆さまに降下する。

「あんな勢いで池につっこんで大丈夫か……?」

 しぶきが上がる。

 それなりにでかい水柱もたてて。

 タイヨウは思いっきりぬれた。

「あら、お着換え用意しなきゃ」

 メイとリアも濡れたらしい。

「やろう……」

 濡れるなら先に言っておいてほしかったとタイヨウは思ったが、同時に、あの竜はこういうやつだったと諦めもした。

「ところでタイヨウ様、あの竜氏は池に入って何をなさっているのでしょうか」

 リアが聞く。

「正直よくわからん。アイツとは何回か顔会わせてるけど池に突っ込んだことは……ッ!」

「あらあら」

 タイヨウが言いかけの言葉を切り、メイが感嘆を告げたその視線の先。

 池が、光っていた。

 その光は徐々に水面に浮かんできて、空気に触れるかといったところで光はふっと消えた。

 かわりに現れたのはさきほどより大きな水柱。

 そしてその白い柱を割るようにして、一人の人間が飛び出る。

 頭部には角が二本あり、臀部には足よりほんの少し細く長い尾がある。

 およそ、十四才くらいか。

 その少女は、竜の名残を多分に残していた。

「ターイヨーウ!」

 勢いそのままにその少女はタイヨウに抱き着いてくる。

「ちょ」

「いけません、タイヨウ様」

 それとほぼ同時後ろからリアの手がタイヨウの眼を覆う。

「あら、女の子用の服の予備あったかしら」

 メイは服の心配をする。

 タイヨウが視界を覆われる前にみたものは、まごうことなき白い人間の裸身だった。

「ふっふっふー。どうだタイヨウ、驚いたかー?」

「驚いたも何もちゃんと見てないからなんとも痛い痛い。リア痛い!」

 言葉の途中からリアの手がタイヨウの眼を圧迫する。

「少女の裸身を見たいというのはタイヨウ様の年齢を考えれば当然のことではありますがだからといって見てよいものではありません」

 それと同じように、腰にまわされた腕にも力が入る。

「ほほう。これが人間の感じかー。うりうり」

 タイヨウからは見えていないが人間へとその姿を変えた竜はその頭をタイヨウの胸におしあてていた。

「一度お離れなさいな、竜氏」

 メイはいつの間にか家から持ってきた白い着物を着せる。

「えぇー。オレうっとおしいのヤダぁ」

 竜が抵抗のコトバをあげる。

「そうは言わずに早くしないとタイヨウの眼がお釈迦さまよ?」

「それはやだなー」

 竜はしぶしぶ着物を受け入れる。

 衣擦れの音。

「これで、よし。離してあげなさい、リア」

 ようやく、タイヨウの眼が視界を取り戻した。

「ったく……力加減ってもんがあるだろ」

 少し目をほぐしながらその視線の先にうつるものを見る。

 それは相変わらず白銀だけで構成されていた。

 肌も髪も角も尾も白い。

 眼でさも、透き通るような白だ。

 ただ姿が人間のソレになっていた。

「オマエ……人間になれたのか」

「見せるのはこれが初めてだけどなー。あ、そうだオレの髪の毛、よこせ」

 手に持っていた髪の毛を竜だった少女がひったくる。

 そしてそのまま

「あーん」

 と、口にいれた。

 コクリ、と喉がなる。

「ふぅ、これで完成」

「完成って……角と尾が出てるぞ。いいのかそれで」

 というかどうして一枚のはずの着物で尾が丸々見えているのか。

「いいんだよ、これで。完全やっちゃうと戻れなくなっちまうしな」

「あ、そう……」

「これでオレも家に入れるぜ!」

 実のところタイヨウが驚いていたのは自分のことをオレと呼ぶ竜がメスだったという事実なのだが、それ自体は竜が人間になるというまさしく伝説の一端のようなものを見たがゆえに思考の外へと追い出されていた。

 ケラケラと、竜は笑う。

 ついでに尻尾もぶんぶんゆれていた。

「犬かお前は」

「あんなちっこいのと一緒にするな」

 ぺちんと、しなやかな尻尾ではたかれる。

「さ、二人とも。戻るわよ。濡れたままだと風邪をひくわ」

 メイに言われるがまま、タイヨウと竜は家へと戻る。

 リアは先に戻っていたようで机にはタオルと湯気の立つお茶が用意されていた。

「竜氏、食べられないものはございますでしょうか」

 リアが問う。

「いんやー。特にない。あ、でも黒い野菜は苦手。なんだっけあれ……」

「黒い野菜?なすびか?」

 正確には紫だと思うが。

「そう、それ。なすび。アレちょっとキライ」

「承知しました」

 そう言うとリアはキッチン横の階段から地下へ降りていく。

「地下があるのか、この家」

 残ったメイにタイヨウが聞く。

 そのメイはお茶を優雅に、さも貴婦人のように飲んでいた。

「えぇ、地下に風呂場があるの。もう少ししたら準備できると思うから、リアが呼んだら入ってらっしゃい」

「なぁなータイヨウ。風呂ってなんだ?」

 隣で茶をすすっている竜が聞く。

「あー……ようは人が作った温泉っていやぁいいのか?」

 この竜は普段は人里離れた山里に住んでいる。

 それにその竜の外見から誤解されがちだが、この竜自体は生まれてからそう年月を経ているわけではない。

 特に人の世に関しては知らないことのほうが圧倒的に多い。

「温泉!」

 その四つの音を聞いた竜が目を輝かせ、尻尾をぱたぱたと揺らす。

「オレも入る!」

「いいけどよ、一緒には入んねぇぞ」

「えぇーなんでー」

 途端、尻尾がしなだれる。

 非常にわかりやすい竜だった。

 心なしか頭の角もしゅんとしているように見える。

「俺が男で、お前が女、というかメスだからだ」

 角と尾にさえ眼をつむれば、その竜は非常に年頃の少女らしい身体つきをしていた。

 まとっているのが薄い着物一枚だからか、タイヨウには余計に、わかってしまう。

「まぁ、メスだなんてかわいらしい少女に言う言葉ではないわよ、タイヨウ」

 向かいのメイがたしなめる。

 それに苦い視線を送りながら

「とにかく別々に入るからな」

「ヤダ」

「いや、だからお前」

「ヤーダー!!」

 頬を膨らませ、その尻尾でぺちぺちとタイヨウをなじるように叩く。

「一緒に入らねーんだったらもう呼ばれても来てやんない」

 ぷいと、口をとがらせ言う。

「お前……!」

 それは契約を破棄するという脅しだった。

 恐らく、多分に冗談ではあるのだろうが。

 こじれるとややこしい事態になるのは間違いない。

「わかったよ……」

 結局、脅しに屈する形で、タイヨウは折れた。

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