衝撃スクープ―学校に宇宙人が潜り込んでいましたー
今僕は視線を一身に受け、校舎に向かっている。時刻は8時50分。朝礼が終わり、校庭から集団でクラスに戻り始めている時間だ。その時間に僕らは登校した。
そう僕らは。
視線は僕に対してじゃない。僕の両脇にいる人物らに視線が集中しているのだ。僕はその真ん中にいるため、視線がどうしても僕に集中している気になってしまう。まるで自分が芸能人かなにかになったかのようだ。通り過ぎる同じ学校の生徒の声が聞こえてくる。
『あの金髪の女の子かわいくない? モデルか女優かな?』
左腕に巻き付いている金髪美少女サラのことだろう。実は宇宙人で実態はクラゲ型の彼女は高く一つに結い上げた髪を大きく揺らしながら、僕に絡みついている。
因みに今僕は下駄箱を通過して一階の廊下を歩いているのだが、校舎に入る前からサラは僕の腕を組みながら歩いている。学校の中までそんなことをするのはやめてくれと言いたかったのだが、そういう度胸は僕にはなかった。
『しかし宇多川とは……、趣味悪いよな』
この言葉、通り過ぎていく間に何回か聞きましたよ。確実に通行人A~Eまで聞きました。
因みに僕は学校では有名人である。悪い意味での。いい意味だったらこんなバカにされた言葉を聞く事はないだろう。
高校では地元の子は花咲さん以外いないから、高校デビューを密かに狙っていたのだが、僕の運の悪さはどうにもならず、毎度毎度繰り返す僕の朝の遅刻理由が学年越しに伝わってしまい、一躍悪い意味での有名人となってしまった。バカな嘘を言ったものは宇多川かよ!というツッコミまで生まれてるほどだ。
けれど僕を昔から知る人はきっとやりかねないと思うはずだ。まぁやりかねないと信じられたところで馬鹿にされることは同じであるのだが。
ともかくこの学校での僕のポジションは狼少年のような位置にある。
まあ、そのポジションに関しては致し方ないとは思っている。確かに嘘だと思うようなバカな出来事ばかりだし、僕が普通の生活を送っている人ならば、同じように思うだろう。だから僕はさきほどの僕に対しての通行人FかGか知らないが、そいつの悪口に同感する。仮に僕が女の子だとしたら僕のような男と絶対に付き合いたくはない。
『隣のおばさんはだれかな、お母さん??』
歩いているとまたひそひそ話が聞こえてくる。これも通行人Eまで確実に聞きましたよ、はい。今僕の右側にはも高そうな黒いファーコートを羽織り、黒い真っ直ぐな髪、顔はサングラスやマスクでわからない、けれど足だけよくみると、学校指定の上履きを履いているミスマッチな格好をしている一見アラフォーにみえる女の子がいる。そう女の子だ。
おばさんでも僕のお母さんでもない。
その正体は空野ひかり、通称ひかりん。超多忙人気女優である。
彼女の出た作品はヒットの連続。今現在視聴率20%越えを誇っている人気ドラマ『空からのメッセージ』も主演はひかりんがつとめている。内容は平凡な女子高生であるひかりんが、空から降ってきたあるメッセージによって日常が変わって、第4話の今では女子高生が宇宙人と接触を図るために武器を取り出して戦いに行く大展開になっていて、ファンである僕としては次回予告でチラッと見たひかりんの戦闘演技に注目をして待機している状態だ。
とまぁ、日本人なら誰でも知っているといっても過言ではない人気の彼女である。僕が思うにこの格好を敢えて崩さず学校に入っているのは以前彼女が学校に着たとき、凄い人だかりができていたから、きっと彼女なりの万全の対策なのだ。
――……ってあ、今更だけど、ドラマ撮影しているのに、ひかりん抜け出して本当に大丈夫なのか!?
「あの、僕うかれてたり、寝て…いや気絶してたりで、ぼけてたんですけど、ドラマ撮影大丈夫なんですか」
ひかりんに恐る恐る質問したものの、まっすぐ前を向いて堂々と歩いているひかりんは僕に目を向けず、ただ静かに頷くだけだった。
(……なんだろ、なんかちょっと様子がおかしいような)
僕はひかりんの様子がおかしいことに気づき、大丈夫かなと前かがみになって声をかけようと思ったのだが、小さなつぶやきが聞こえてやめることにした。
「……なにがお母さんよ、なにがおばさんよ。いいじゃないこのコート何十万したと思ってるのこのガキどもが」
(そのコートは趣味で買ったのか……)
僕の中ので膨らんでいたひかりんのイメージが確実に音を立ててガラガラと崩れいきながら、なぜか無言で僕たちは淡々と歩いて、クラスの近くまで辿り着いた。そしていざ教室の扉を開こうとすると両脇から「待って」という声が飛んできた。
ハモってしまった二人は互いに僕を挟んで一瞬睨めあったものの、「職員室に一度行こう!」とサラが無理矢理僕を引っ張って通路へと進ませていく。
「ちょ、ちょっと待ってひかりんが」
腕を引っ張られ、サラを見た一瞬のうちに後ろを振り返るとひかりんの姿はなかった。どこへ行ったのだろう。しかし、そんな疑問も深く考えさせてはくれないほど力強くサラは僕をずんずんと引っ張っていき、あっという間に職員室にたどり着いてしまった。僕はサラと二人、職員室の扉の前に立っている。
っていうかなんで職員室を知っているんだろう。
「サラ、なんでこの学校の職員室を知っているんだい?」
僕は苦笑いしつつ、サラを見下ろす。
サラは見上げて僕ににこやかな表情を向けてくる。
「のぞむ、のぞむが寝ていた間、何もなかったと思ってる? むしろ空白の時間何もしてなかったと思っているの?」
え、なにその怖い話。サラは穏やかな笑みを崩さず、制服の内側からなにか奇妙な物体を出してきた。それは丸くて色は不愉快なハーモニーを奏でていて、グロデスク。液体のような、でも丸く形作られているから液体ではないのは確かだ。
「そ、それはななな」
驚いて僕は仰け反るとグロテスクな丸い物体を片手で持ち上げながら、恍惚とした表情で手を捻りながら、丸い物体を見つめる。
「これはある星の研究所で作られたものなんだけどね、これを使用するとその人の知識経験、それが共有することができる品物なのよ」
にやりと不敵な笑みを浮かべるサラに僕はただただ恐怖しか抱けなかった。
「でもそれだけじゃないんだけどね」
恐ろしい。他はなんなんだ、何があるんだ。そしてそれをどうやって使ったんだ。まったくもって想像できない。いや想像しちゃいけないのかもしれない、一瞬ピンク色のクラゲが僕にうにょうにょした手を全身に侍らせる映像が回ったが、無理やりに中断させた。よし、この件に関しては何も聞かないでおこう! 絶対にだ。
「……宇宙の人はみんな持っている訳?」
「いや、これはかなりの希少価値の高いもので、流通が厳しいのよ。私のような宇宙組織に所属している生命体か、それか――」
サラは顔に手を当てて考え込んだ表情をして、そして不意に僕を見上げて意地悪い笑顔をみせた。
「違法者とかかな」
相当やばいやつなんだと理解した。
「……ところでさ、」
「なにダーリン」
ニコニコしながらサラは僕を見つめる。
僕は目を逸らし、頬を指で掻きながら、ずっと頭に引っかかっていたことを突っ込んだ。
「思ってたんだけど、サラってさ、なんかちょくちょく言葉変わるよね、なんというか印象がころころ変わるというか……」
サラは少し考えたのか、数秒間を置いて少し切なげに話し出した。
「たぶんそれは普段ふつうな言葉を話したことがないからだと思う。いつも業務的な言葉しか話したことなかったから」
サラを見たが、表情は伺えなかった。
そういえば、背高クラゲが言っていたな。サファイア様は幼少期寂しい生活を送っていたとかなんとか。なぜ日本語を話せるかについては多分、僕には想像できない超凄いハイテク機能によってできてるんだろうけど……。
「そう、なんだね」
何を言っていいか僕はわからなかった。こういう時いい言葉が出てくればいいんだけど。
「だからね、嬉しいんだよ!」
サラは僕を見上げ、とびっきりの笑顔をみせ、
「それに、こうして憧れの学校生活を送れることも嬉しい! じゃ行ってくるね!」
手を振りながら、職員室の扉を開いて入っていった。
そんなサラを僕は笑顔で見送った。宇宙でも学校があるのかどうかそんな疑問は置いておいて、辛い過去のなか念願が叶ってよかったねという気持ちで見送った。
って笑顔で見送ったけど待て。
何をするんだ。
聞いてなかった!
サラは見た目は美少女だけど宇宙人だ、地球人とは全く違うんだぞ。危険なんじゃないか!?
僕が慌てて扉を開こうかと思った瞬間、
カシャ
シャッター音がしたあと、職員室からフラッシュが舞った。
あぁ遅かったかと思った僕は扉から手を離し、数歩後ろに下がった。
そして、僕は顔の前に手を合わせて
(先生方ごめんなさい、今までありがとうございました)
最悪死んだかもしれない先生たちに心の底から謝った。
カシャ
あれ?
またなったぞ。
もう一度とりあえず僕は手を合わせた。
ガラッ
何事もなかったかのようにサラは出てきて晴れやかな表情で僕を見上げてこくんと頷く。なにか完了したようだ。そしてサラは僕の隣に姿勢正しく立つ。
僕は嫌な予感しかせず血の気が引きながら、職員室のなかを覗こうとしたのだが、その前に扉からゆらりと三好先生が出てきた。
よかった。最悪な状態は免れていたようだ。というか死んでたら、あれだな。授業を受けられないもんな。学校生活を送りたいとか言ってたもんな。まぁでもよかった。うん。
三好先生は僕たちの前に立つ。黒縁メガネの奥はなんだかうつろな目をしているようにみえた。
「では、ご案内しましょう」
僕たちに背中を見せて歩き出した。完全にいつもの三好先生ではない。朝礼出てないのに怒らない上、言葉遣いも違う。
もしや、さっきのフラッシュで洗脳されたんだろうか、いやされたとしか考えられない。そう察して、サラに小さな声で耳打ちする。
「サ、サラ。多分なんか洗脳かなにかしたんだろうけど、ちょっとやりすぎじゃない? これ、先生の性格変わってるよ」
「じゃあ、弱で」
サラは胸元から何かリモコンみたいな謎の機械を出し、ボタン(長方形の機械にたくさんのボタンがついていたうちの一つ)を押すと、先生の体が突然小刻みに震え始めた。そしてガクッと首が下がったと思ったら、勢いよく、くるりとこちらを向き、厳しい表情をして僕たちに向かって怒った。
「まったく宇多川は遅刻、そして転入生! お前も初日なんだからしっかり来なければだめじゃないか!」
三好先生はそれだけ言うと、前を向き、後ろからでもわかるような怒りようで歩いていく。
「これでいいかな」
にこやかな笑顔を僕に向けるサラに僕は、
「う、うん」
よくないんだけど、わけわからないんだけど色々言いたいことはあるんだけどさ、「弱」ってなに。そんな扇風機みたいな、弱中強スイッチあるの?
その疑問を察したようにサラは言ってきた。
「ちなみに、段階は7まであって職員室で中くらいの強さのを使ったんだけど、あの先生だけ効かなかったから、動揺して最大の使っちゃったのふふ。でも一度完全に洗脳されたら、弱でも解除機能を使われるまで変わらないはずだから、弱にしても大丈夫だよ。心配しないで」
あ、ああそうなんだ。だから二回カシャ音が鳴ったのか。……って待って7段階あるの?! 僕の頭では弱中強しか出てこない。どうなってるんだろう。てか、三好先生……てこずらせるなんて恐るべし。
僕は長いクラスまでの道のりをサラとともに歩きながら、洗脳された先生に謝罪をした。
(先生、ごめんなさい。でも許してください。最後の学校生活なんです。これから僕は逃げ回らなきゃいけなくなる。一日だけ、一日だけ学校生活味わわせてください)
そして長い通路を抜け、教室の前に到着した。三好先生が教室の扉を開き、サラ、僕といったように続いて入っていく。
サラが三好先生に続いたところを見届けたところで、僕の席に座ろうと視線を窓側の一番後ろの僕の席にずらすと、その隣の席にひかりんは当然のごとく座っていた。隣の席の人は今日も欠席のようだからよかったものの、他人の人の席なんだけどな。そして両脇にはクラスの半分近くが群がっている。僕たちが入ってくるのをみた瞬間、ヤバいと言った顔をしてさっと席に戻り、群れは散っていった。
僕は自分の席に座り、三好先生の隣に立つサラを見守る。
花咲さんやひかりんがなにか僕に話しかけていたようだが、僕は目の前の宇宙人にハラハラしていて、声かけに応じれなかった。
今更だが本当に宇宙人が、地球のいや日本の学校生活を果たして知っているのだろうか。ドラマや映画を見るのが好きだと言っていたから、もしかしたら学園ものも見ているのかもしれないけれど、どうなんだろう。怖すぎる。恐ろしすぎる。
さっきのフラッシュといい、もうなんで僕はこう頭が回らないのだろう。もう認める。僕はバカだ。悲しきかな。僕はかなりの馬鹿だ。
「自己紹介を」
サラに向かって、三好先生が言うと、サラはチョークを手に取り、黒板に自分の名前を書き始めた。
…………母国語で。
いや宇宙語で。
わけのわからない言葉の羅列が回っている、しかも長い長すぎる。サラはチョークを取って書き始める時、なんと黒板の左上の隅から小さく書き始めた。それも物凄い人とは思えない速さで(まぁ実際人ではないんだけど)右下の隅まで書き綴った。そして紹介を始めた。
「私の名前はサファイアーーーーーーー」
途中から聞き取れない、多分宇宙語だ。訳しきれないのかもしれない。しかし長い。じゅげむじゅげむのあれのようだ。いやあれより長いな。
延々と続くサラの名前にクラスのみんなは別の意味で注目し始めた。
ドン引きした教室内のなか、サラは教壇で立ったまま、僕に笑顔でピースをする。
ほら大丈夫だったでしょ、とでも言いたいのだろうか。
確かに転校生までの登場まではよかったが、そのあとすべてぶち壊しているよ!
「じゃあ席にーー…………」
三好先生が言いかけると、サラはどこから用意してたのか、机と椅子を取り出し、僕の隣の窓側に置いた。
「いやいやいやいやいや」
僕はさすがに突っ込んだ。
というか一同全員絶対突っ込んでることだろう。心の中で。
みんな視線がサラに集中している。
僕は窓側のすぐ近くの席だけど、その窓側の壁と机の間隔は机もう一つ分のスペースが入るぐらいだった。そこに無理矢理入れてきたのだ。
おかげでぴったりくっついている。
ニコニコ笑顔で僕を見つめるサラに、僕は注意をしようとしたのだが、クラスがざわめき出した。三好先生をみるとあんぐりとした顔をしている。中にはガラの悪いクラスメイトのなかには、大笑いで手を叩いてる人もいる。
サラを見ると心底気分を害した顔をしていた。そして胸から出したリモコンを取り出し、片方の手をうにょっとしたクラゲの足のような手のような何十本もある手に変形させ、僕の耳や目を囲った。
カシャ
耳が塞がれてるから少ししか聞こえなかったけど、確実に職員室でやったことをサラは繰り返した。
覆われていた視界が広がると、目の前のクラスメイトたちの多くが机の上にうつぶせになり、なかには椅子から転げ落ちて寝転んでいる。クラスみんな倒れ込んでいる。しかし数秒後、何事もなかったかのように起き上がり、席に座った。
サラをみると、リモコンみたいな機械を大きく持ち上げている。なんとなく表情が誇らしげだった。
ああ、そうだ、最後と言っても、普通の学校生活じゃなかった。宇宙人との学校生活なのだと。つかの間の学校生活を味わえると思った僕はほんとバカだ。
今の状態、発覚したら新聞記事にきっとこう載ると思う。
ーー衝撃スクープ! 宇宙人が高校に潜り込んでいた!?ーー