ドキドキ恋愛シュミレーションゲーム!ーあなたは誰を選びますか!?ー
――宇多川くん――
その声は猛烈に強烈に聞き覚えがある声だった。それはまさしく僕が夜疲れ切って学校から帰ってくるときにいつも和まされている、あの声に等しい。そうテレビをつければ、いつも彼女がいた。
『君の心にクリーンヒット♡』
胸まである長いサラサラした髪を揺らしながら、清楚なフリルのついたワンピースをふんわりと揺らし歯磨き粉を両手でかわいくもってテテっと小走りでカメラに近づき、顔がアップされたときに言うこのセリフ、この言葉を聞いて僕は何回僕の心にクリーンヒットですとつぶやいたことか。
もう正直なにがクリーンだよとか、なんで心までクリーンになるんだよとかうまくねーよとかそういうのはもうどうだっていい。中の考えた台詞がたとえ50超えたおっさんだとしてもそんなのはもうどうだっていい。ひかりんのかわいさの前ではそんなものは些細なものにしか感じない。彼女の可愛さに跪くしかない。感服だ。ほんとに素晴らしいコマーシャルだ。おかげで彼女にどっぷりつかることになった。だから彼女の主演したものすべて僕は観たし、チェックしている。
しかしそんな風に好きになってしまうとできればお近づきになりたい、会ってみたいそう思うのがファンのさがだろう。だからこそ人は好きなバンドができればチケットを買ってライブに行くし、好きな女優がいれば出ている舞台や映画に行くなど行動するのである。その行動の理由は純粋に好きという気持ちが大半だが、中には現実に恋人としようとしている度を越したファンもいる。妄想による妄想で現実が理解できなくなって既に付き合っているという思い込みによる婚姻届けを送る痛いやつも存在するのだ。
僕はどっちだって? もちろん前者だ。
恋愛感情ではなく、そう彼女を応援している純粋な気持ちからこそ、お近づきになりたいと考えていたのだ。決して後者のそういう輩とは違う。僕は純粋な気持ちでそう思っていた。もし仮に彼女と現実で会う事があれば真摯に対応するそういうシュミレーションをしていたんだ。ほんとだよ!!
「のぞむー、どうした。固まって動けてないようだけど」
僕の腕にまたもや絡みついている美少女エイリアンサラがなにか発している。心なしか絡みつく力が強い気がする。いやそんなのはどうでもいい。
そう、その彼女がだ。何度もシュミレーションしていた彼女が(妄想じゃない! シュミレーションだ!)現実で遭遇するという奇跡が起きた時、僕は絶望に落とされた。なぜならば、その時に僕は運の悪い事ドジなことをしてしまったからだった。永遠に会うことはないと思ったのに、それなのに今、今、……彼女の声が聞こえている!!!! ひかりんの声が……!!!!
僕は声の方へと体を向ける。そこには何メートルか遠いところで、近くにある塀に寄りかかり、腕を組みながら苛立ちそうに足をゆすりつつこちらをみている、いかにも高そうな黒いファーコートを羽織り、サングラスやマスクをした高くて赤いヒールを履いている女性が立っていた。
「あれ?」
僕は驚いた。ひかりんじゃない。なんだあの大御所感。なんだあの究極に高飛車な雰囲気を放っている女性は。明らかにひかりんじゃない、というか10代の服装ではない。あれは明らかに30……いや40は超えた人の服装だ。信じられん、なんだ誰だ。誰だあのおばさんは!!!!
幻聴を聞いてしまったかと僕が悲しんでサラと共にぶらつこうとしたときだった。カツカツとした足音が聞こえ、後ろに目をやると、先ほどの高飛車な女性が手の届きそうなほど近くに来ていて、ちらっとサングラスとマスクを軽く外して顔を見せた。
「!!!!」
この愛くるしい目、鼻、口! まさしくひかりんだった。僕が驚愕のあまり絶句していると、さっとサングラスとマスクをしてモゴモゴいいながら穏やかな口調で話し出した。
「この間はごめんなさい。ちょっとお話ししたいことがあるの、いいかな? 宇多川くん」
「はははははい!!!!」
まさかの展開。まさかすぎてどもってしまった。オーケーするしかないだろうと思い切り了承したとと同時に、先ほどの高飛車な服装はもしやひかりんがこんな服装しないだろうという周りの目を欺くためだったんだなとの思考が働き、僕は頷いた。と同時に、サラに絡みつかれている腕がもげそうになった。
「なにが『はい』だって?」
サラの恐ろしい冷え切った声が聞こえてくる。殺されるかもしれない。でもここは譲れない。だってだってあのひかりんだ!! もう二度とないと思っていたこのチャンス! ここははっきり言わなければならない。サラ、僕は彼女のファンなんだ。少しだけ話してもいいかい。よしこの言葉は完璧だな。僕の頭の中のサラがいいよと答えている。うん、これでいこう。僕は口を開いた。
「ごめんなさい」
僕はチキンだった。彼女に向かって頭を下げた。無理だ、無理だろ、また背中にあのうにょっとしたものが這いずっているこの状態で何を言えるわけがないだろ。
「その女の子はどちら様?」
首をかしげるアラフォー……じゃなかった、一瞬そう思ってしまうぐらい大御所感を放っているひかりんがマスクを引っ張りながら、声がこもらないように尋ねてくる。
「婚約者です」
サラがはっきりと言った。
しかし思ったんだけど、僕まだ17歳だから、結婚できる年ではないんだけど、あ、宇宙ではないのかもね、そうだね。
「でも少しだけ借りてい?」
「だめです」
僕は二人の言い争いをみながら、なんとなく二人の間で火花が散っているようにみえた。うん、まさかこんな日が来ようとは。あのとき、テレビの前で着席していた僕!! こんなことが起きていますよ! まあ指名手配犯つきだけどね!! いつ宇宙から逮捕されるかわかりませんけどね!
二人が言い争っているなか、周りの通行人の視線に僕は気づいた。なんだか、こちらをじろじろと見ている。確実に目立っているし迷惑になっている。これはよくないなと思った僕は、口を挟んだ。
「二人ともよかったらどこか……近くのファーストフード店ならこの時間でも空いていると思うし、そこで話そうよ」
我ながらいい名案を提供した。
「そうだね、こってりとこの女に言い聞かせてやらなければなるまい」
サラがなんだか口調おかしく賛同したかと思ったら、まさかの反対意見がやってきた。
「はあ? なんだか安っぽそうなところなんじゃないでしょうね!?」
まさか過ぎて言葉がでない。
ひかりんは一瞬はっとしたのか体がびくついてあわあわしたのち、顔に手を添えて、
「ひかりんグルメだから、朝でもおいしいところが食べたいなあって思って~、ひかりんに任せてくれれば大丈夫だから、みなさんついてきてください」
可愛く顔を傾けて言い放った。顔がみえていれば笑顔でさきほどの言葉はふっとんでいたことだろうが、今目の前にいるひかりんはマスクとサングラスで顔を隠しているので素直に頷けなかった。先ほどの暴言が頭に残る。
「まあ場所なんてどこでもいいから、案内しなさいよ」
サラがそう言って僕の腕から離れ、ひかりんと共に並んで歩いていくが、僕は呆然と立ち尽くし、二人の後姿をみた。サラよりひかりんは少しばかり高い。ってそんなことはどうでもいい。さっきの言葉だ。ひかりんはなんて言ってた? き、気のせいだよな。幻聴だよな。そうさ、僕らのひかりんがあんなこと言うわけがない。清純派女優だぞ!
深く気にしないことにして(気にしまくりだけど)とにかく二人のあとをついていった。
**
学校から歩いて15分なんだか隠れ家的な店へやってきた。立てかけてある看板には開店時間は17時からと書かれていて店内の中を窺うとお酒も置いてある。なんだか大人の行きつけって感じの店で高校生が入るには勇気がいる。ひかりん本当に僕と同い年だよね?
ひかりんは高そうなコートのポケットの中から携帯を取り出し、こそこそと話し始めると、なにやら店から50代ぐらいの少し頭部が残念な気弱そうなおじさんがでてきた。寝癖がついている。そうだよな、今の時刻まだ七時になってないし、なんだか少し、いやかなりかわいそうだ。僕の中のひかりんはこんなことをしないのに。確実にイメージが崩れていく。清楚なイメージが……。
おじさんは眠気眼を必死に開いて口角を上げながらこちらへ向き、大きく手を広げた。
「ようこそいらっしゃいました! ひかり様のお友達ならよろこんで歓迎いたします。どうぞどうぞ」
サラは「友達じゃない」と憤慨しながらも、僕にまあまあとあやされながら、おじさんとひかりんのあとに続いて店内の奥の個室へと進んだ。
テーブルと向かい合わせの長い椅子が置かれている。丁度それぞれの椅子に二人ずつ入れそうなスペースだったのでサラと僕、そして机を挟んで前にひかりんがいる状態で話をすることになった。
僕たちは鞄をテーブルの下に置き、ひかりんはマスクを外し、サングラスを外して、テーブルの隅に置く。そしてひかりんはこちらをみてにこっとする。
ああ、やっぱりかわいいなと思っていると、わき腹辺りに鋭い痛みが来た。痛い。サラが睨めつけている。よくみてるなあ僕のことを。しかも丁度テーブルの下からみえないようにパンチしてきたな。ひかりんに目を向けると苦しんでいる僕に気づかず、メニューをみていた。
「本当は宇多川くんと話したかったから、マネージャーに黙って抜け出してきたのになあ、でも彼女がいるなら、彼女さんに了承されなきゃね☆」
とびっきりの笑顔をみせるひかりんに僕は冷え切っていたファンの熱が再びヒートアップした! ひかりんスマイル最高です!!! ありがとうございます!! 思わず僕はひかりんに向かって勢いよく頭を下げようとしたのだが、頭が少し下がったところでわき腹にパンチが来た。痛い、物凄く痛い。ひかりんは僕に怪訝な眼差しを向けている。ひかりん、今僕は暴行を受けているんですよ。ただ単に顔をしかめている変な男なわけじゃないんですよ。
「なんで、のぞむのことを知ってるんですか」
冷徹な口調で尋ねるサラ。それは確かにだ。僕も気になる。果たして幼稚園の時に僕たちは会っていたのだろうか。
「ふふ、それを言うために二人きりになりたいんだよ。了承してくれない?」
「だめです」
「私の一押しグルメごちそうするからさ」
ひかりんはサラにメニューをみせて指さすものの、サラはぷいっと顔を背けた。
「嫌です」
二人がハイスピードな会話を繰り広げている中僕は口を挟んだ。
「あのう、二人じゃないと話せないことですか」
ひかりんは目をぱちくりして、ふふっと笑ったかと思うと穏やかに僕をみつめる。
「じゃあ宇多川くんこっちに来てくれる?」
ポンポンと隣の席をたたくひかりんをみて、僕が迷わずそちらに行こうとしたのだが、その時だった。僕はみぞおちを確実にサラからパンチされた。それも全力で。
「おえ」
その言葉と共に僕はガンっと頭を机に突っ伏し、意識を失った。
**
望は真っ暗の世界に立っていた。数秒ここはどこだと思ったあと、暗闇の中から突然大きなスクリーンが現れ、キーボードで文字を打ったようなカタカタ音と共にそこに言葉が表示され、それと共に機械的な女性の声が聞こえてきた。
『あなたの名前は?』
望は素直に自身の名前を告げると、またもやカチャカチャとした音が響き、宇多川望とスクリーンに表示された。
『では、ゲーム開始です。恋愛シュミレーションゲームドキドキ学園生活が始まります。選択肢に注意してね! 因みにクリアしないと永遠に回り続けますのでご注意を!』
最悪な言葉を最後に告げられて表示された後、望の部屋が映し出される。けれどもそれはゲームのメニュー画面の背景としてだった。画面の右側にはステータスが書かれていた。
ーー知力1運動力0社会力1やさしさ10憎しみ10ーー
知力1とか運動力0も社会力1もあれだけど、なんで憎しみ10なんだと望は疑問に思いつつ、画面下に目を向けると攻略メンバーが表記されていた。
ーーアイドル、幼馴染、クラゲーー
『攻略メンバーを選んでください』
突如画面中央部に現れた指示に従い、望は迷うことなくアイドルを選択しようとスクリーンにタッチする。
すると、学生服を着て、通学路に立っている清楚な女の子ひかりんが現れた。
「おはよう、望くん。実は私あなたのこと好きだったの、付き合って」
ひかりんの声とともに台詞が下の画面に表示される。左隅には大きなハートマークがついていてマックスと表示されている。
はい/いいえのコマンドが現れたので迷わずはいを押すと、ドゴっとどこからか頭を殴られ、突然画面が真っ暗になり、ゲームオーバーの文字が現れた。
『残念! あなたは死にました!!』
死ぬのか! 学園恋愛シュミレーションゲームで主人公死ぬのか!! ハートマックスだったのにいいえを選ばなきゃならなかったのか!! と憤慨しつつも望はまた再チャレンジした。攻略対象のアイドルの欄は×になって選択できなかったので幼馴染を選択した。
今度はさっきと同じシチュエーションで肩までかかるくせっ毛が特徴的な可愛い雰囲気の女の子花咲さんが出てきた。
「おはよう、望くん、実は私あなたのことが好きだった―――」
なぜか最後の言葉が表示される前に、後ろから望はドゴっと殴られた。
『残念! またもや死んでしまいました! 再チャレンジしましょう』
ええ、選択肢も何もでてきてませんけど!? と突っ込んだ望であるが、ゲームを続行する。最後残すはクラゲしかない。嫌だ。しかし、終わるにはこれしかない。望は決意し、選択をする。
するとクラゲではなく金色の髪を片側に高く一つに結わいているサラが現れた。望はわかっていた。彼女の正体がクラゲ型宇宙人であるということに。
「宇宙で結婚しましょう」
一人だけ、台詞ちがうけど!? と思いつつ、はい/いいえのコマンドがでてきたので迷わずいいえを押そうとするが
「オイコラなにやろうとしてんだコラ、なんなら宇宙組織に突き出してもいいんだぞ」
というサラの怖い言葉がやってきたので、はいを押すと
「ありがとう! 嬉しい! 一緒に愛の逃避行しましょうね」
という言葉と共に、ピンクのクラゲと望が仲良く宇宙で挙式している映像が現れた。
『おめでとう! ゲームクリアです! 宇宙組織に指名手配されたあなたは普通の人間と暮らすことはできないのです。なぜならあなたをかばった人間は宇宙組織に追われるかもしれません。それに気づいたあなたに祝福を!』
望は思いだした。挙式している隣のピンクの宇宙人、そして宇宙をみて自身が極悪人ということで組織に狙われていることを。
***
「僕にはサラしかいないのか」
いつの間にか寝ていた僕は目を開けると、隣でサラがフォークを片手にもぐもぐさせながら、びっくりしたような表情をしてこちらをみていた。そしてサラはごくりと食べ物を飲み込んだあと目に輝きが灯って顔に手をやって赤らめる。
「え、え??? やだどんな夢をみてたの嬉しい、そうだよ。ありがとう」
なんだか返答がおかしいだろと思いながらも、お腹がなった。そういや朝から何も食べてない。
「のぞむ、これから学校で決着をつけることにしたから」
サラがにこやかにフォークを置き、僕に笑いかける。サラはどうやら完食したようでナプキンで口を拭いている。
決着? 僕が意識を失ってた間どういうことになったんだ。
「ふふ、臨むところよ。のぞむだけに」
ちょっとうまくないかな、ひかりん。
不意に何時か気になった僕はポケットから携帯を取り出し時刻を見る。今の時刻は8時だった。
やば、そんな時間!?
「そろそろ学校に行かないと……!」
「ああ、いいのよ。あれは」
慌てて鞄をもって出ようとする僕に落ち着いた態度でひかりんは言葉を発する。
「あれ?」
なんだか違和感を感じた僕は聞き返してしまった。
「ああ、えーと朝礼終わってからでも大丈夫だよ。ひかりんも全然受けたことはないし、受けなくても大丈夫大丈夫。宇多川くんもゆっくりご飯食べてから行こうよ。ここにあるから宇多川くんの」
ひかりんの隣に置いてあった料理を僕の前に差し出してくる。
「ありがとうございます!!!!!!!」
僕は最大限の感謝を口にして、顔の前で手を合わせて目の前に現れた、チーズがとろりとかかったやわらかそうなハンバーグとご飯とスープを拝んでから、ばくばくと食べた。
少しいやかなり冷えているけど、ああ、さいっこうにおいしい。最高だ生きている、僕は今生きている!!
そんな僕をみてひかりんは驚いたのか、
「どんな生活してるの?」
という声が聞こえてくる。
サラはなんだか、他人事のようにつぶやいた。
「遠慮せず朝のパン食べていけばよかったのに」
僕は二人の言葉をよそに、がつがつ食べた。これから学校で何が起きるかなんてことは考えるのはやめにして今は朝ご飯を楽しむことにした。
「めっちゃおいしい!」