リア充だと思いましたか?実は隣は宇宙人なんですよ
今僕は家から10分で着く学校までの道のりを、髪を高く片側に一つに結い上げているのが特徴的な金髪少女と腕を組みながら歩いている。
通り過ぎていく出勤とみられるサラリーマン、犬の散歩途中のおばさん、ふいに止まった車からもガードレールの先からこちらに視線を向けているのを感じる。それは僕が身長が高いから目立つとか、金髪は校則違反だろとかそういう視線じゃない。
ちらっと彼女を僕は見下ろす。彼女は僕の視線に気づくと、上目遣いでにこっとした。かわいい。そうかわいいのだ。それも超のつくかわいさ。そのために通行人はみんな振り返っているのだ。二度見三度見余裕ですよ。なぜなら超絶かわいいからね。
しかしそうした視線とは別に僕に痛い視線を向けられているのを感じる。
たぶん美少女の彼氏だと思われているに違いない。さらにいえばきっとこう思われていることだろう。
このリア充め、と。
でもみなさん違うんですよ。彼女は宇宙人で名前はサラ(本当はサファイアって名前だけど僕が愛称をつけた)そして本体はクラゲ型なんですよ!! うにょうにょしているんですよ!!!!
正直言って元々クラゲは苦手な部類なんだ。それに縛り付けられた時の、あの、ねちょねちょした感覚が忘れられない。たとえ超絶美少女に変身したとしても本体があれなのならば、僕はサラを彼女にしたいとは思えないのが本心だ。しかし、そんなことを言っては殺されてしまう。
なんにしろ、彼女は宇宙から指名手配されている僕を守ってくれるわけで、唯一の味方なのだから。ただその代わり、恋人として接しなければいけないが……。
憂鬱になっていると、腕に絡みついている美少女エイリアンサラは心配そうに覗き込んできた。僕は力なく笑って「大丈夫だよ」と答えると、サラはにこっとする。まあ大丈夫では全然ないのだが。
サラから目を離し、前を向くと、ちょうど信号が赤になったのがみえた。
横断歩道の前で僕とサラは立ち止まる。
「のぞむ。ところで学校は何時から始まるの?」
「9時からかな。でも今日は朝礼があるはずだから8時半からだよ」
「え!? そうなの! じゃあもう少し家でゆっくりできたね。昨日のぞむ早く起きなきゃって言ってベットにダッシュしていたから早いのかと思ったよ」
「……そうなの?」
僕は昨日サラに気絶するほどの謎料理を食べさせられたせいで、昨日の夜の記憶がない。サラの返答を待つ。
「学校行かなきゃって言ってたよ」
ああ……。気絶して意識のない中、僕は長年の習慣で無意識に動いていたわけだな。携帯のアラームもそういうことだったんだろう。なんだか悲しくなって額を手で押さえた。腕にちょんちょんと揺さぶりが来るのを感じ、心配げなサラに笑いかける。
「まあでも早く出るに越したことはないからさ、向かおうか」
笑顔でこくこくと頷いているサラ。なんだか小動物のようだ。初対面で感じた印象と程遠い。こんなキャラだったっけ? 恋というのは人をここまで変えさせるのだろうか。いや、人というか宇宙人というか、恋というか勘違いなのだが。でも恋は勘違いからって話も聞くし……ってそんなことはどうでもいいか。
僕はポケットから携帯を取り出し、時刻を見る。現在の時刻は6時10分だ。授業開始は9時から。まぁ今日は朝礼があるから8時半からではあるけどそれでも大変早すぎるほどの時刻だ。だがしかしである。僕は数々のドジと運の悪さでなんだかんだで遅刻している。特に朝礼は一度たりともまともに受けたことがない。だから万全に(特に最後の学校生活になるだろうから)出発した方がいい。逃亡生活前の束の間の学校生活となるのだから。
長い信号待ち、目の前で車が通過する中、サラを腕に巻きつけながら僕は今までのことを振り返っていた。過去の記憶が脳裏に浮かぶ。
『望くん、本当にドジだよね』
『どうやったらそうなれるわけ?』
箒を持ちながら、クスクスと名札を付けた二人の女の子が教室の窓から僕を見下ろして笑っている。
小学生のある日の記憶。掃除の時間、僕は廊下担当だったので、水を入れたバケツを床に置き、雑巾を濡らして絞って、その雑巾を両手で押さえ勢いよく足で蹴って床を拭いていた。
けれどその際勢いがよすぎたのか、つるっと足がすべってしまい、教室がある方の壁に激突した。痛いなと思ってふらふらと立ち上がって動こうとしたら、なぜかまたこけそうになった。半身が斜めになり、手をばたつかせ、なんとかしようとするも上手くいかず横に倒れこみそうになる。倒れる寸前、僕の目はバケツを捉え、水をこぼさまいと避けるために体を傾けようとしたのだが、その際手が当たってしまい動揺した僕はあろうことか持ち上げてバケツを宙に舞いさせてしまった。そのままドサッと倒れこんだ僕の頭に、丁度宙に舞っていたバケツが上からパカッと被さってきた。おかげで辺りはもとより服がべちょべちょになり、しかも前が見えなくなってしまった。上半身を起こして被さったバケツを少し上にあげると、丁度教室の窓の前で、教室の中からクスクスと笑って見下ろして嫌味を言っている女の子が見えた。
クラスの前の廊下の中央でやらかしたドジ。でも僕のドジは学校で話題になっていたから、廊下で雑巾がけをする前から周りの視線は感じていた。『あいつ絶対やらかすから』そんな声は聞こえていた。教室の中からみていた女の子だってきっとそう思ってこちらに注目していたんだろう。後ろから男の子のヤジが飛んできた。
『ほらな、言ったろ? 宇多川は絶対ドジするって』
複数人で笑う声がする。僕は顔が赤くなるのを感じながら、バケツから顔を覗かしていた手を離し、すっぽりと被る。恥ずかしい。どうして僕はこんなにドジで運が悪いんだろう。
『やめなよ』
後ろから女の子の声が聞こえた。バケツを被って誰なのか見えないけど、誰かはすぐにわかった。今までずっと笑っていたのに、その声が廊下に響いた瞬間急に笑い声が静まり、パタパタとした足音が聞こえる。たぶんみんな掃除の作業に戻ったんだと思う。でも僕はそのままバケツを被ったまま、廊下の中央で身動きせず、座り込んでいた。
自分に情けなくて涙が出てきて、外すに外せない。声を殺して泣いていると、不意に暗い視界に光が差し、心配そうに覗き込んでいる女の子が目に入ってきた。
くせ毛だけどきれいな髪が肩まであって、大きなくりっとした目が僕を捉えている。その目は少し驚いた顔にもみえた。
僕は泣いているのを指摘されたくなかったので、素早く涙をぬぐい、笑顔を見せた。
『ありがとう、ゆかりちゃん』
ゆかりちゃんは一瞬心配そうな顔をしたけど、視線をそらした後、優しい笑顔をみせて、僕の肩を掴んで力強く言った。
『大丈夫だよ、味方だからね!』
過去の記憶を鮮明に呼び起こしていたら、腕がなんだか痛い。しかもなんだか凄い力で引っ張られている。痛くなった左腕をみてみると、高く結い上げた金色の髪を大きく揺らしながら、僕の腕をぐいぐい引っ張って前を指さしている。はっとして前を向くと青が点滅している。急いでサラと共に走り出す。無事に渡り終えた。ホッとして前をみて通学路を歩き出す。
「そういや、宇宙の処罰ってどんなのなの? 宇宙裁判所に連行するとかなんとか言ってたけど」
「のぞむのやってきたことから考えるに、裁判所で宇宙廻しの刑を執行されてたと思う」
「宇宙廻し?」
「栄養摂取できなくても死なないカプセルに入れられて、寿命が尽きるまで、ただ、宇宙を回り続けるってやつ」
うわ、最悪じゃん。絶対につかまりたくない。
「でも大丈夫、わたしがついているから! 実はずっと絡みついてのぞむの周りをチェックしてたけど、いろいろ今も守っているから!」
「そう、なの?」
こくこくと頷くサラ。そういえば、ここまで来るまでに背後で風が吹いていた気がする。不自然な風。もしかして……!?
サラをまじまじとみる。身長差があるので前かがみになってのぞき込む。サラはなんだか照れている。僕はサラから顔を背けて思う。
(まさか、通行人が視線を釘付けてたのって後ろで手がうにょうにょに変形していたからなんじゃ)
ちらっとサラをみて、口を開いてそのことを聞こうと思ったが、あえて聞かないことにして口を閉じた。仮にそうだったとしても、もう会わない人だしいいよ。考えちゃだめだ。そう思って歩いていくと校舎らしきものが見えてきた。
携帯の時刻をみる。6時25分。おお……、おお!!!
やばいな、こんなに早く予定通りに校舎をみれる日がくるなんて感激だ。
僕は目に涙を溜めながら歩んでいく。
「望くん!!」
後ろから声が聞こえたので反射的に後ろを振り返ると、あったかそうなコートを着て、鞄を肩にかけながらぜえぜえいっている花咲さんがいた。
「朝、起きて窓を開けたら、望くんが家から出るの……、たまたまみかけたから、私走ってきたの、昨日のこと謝りたくって。よかった、追い付いて」
昨日のこと? なんかあったっけな。でもそれよりもだ。
「初めてだね! こうして朝会えるなんて」
僕は喜んで花咲さんに笑いかける。花崎さんもはしゃぐ。
「ほんとだ! 咄嗟的に出てきちゃったけど、望くんのことだから別方向行っちゃったりしてるんじゃないかって思ってたけど今日はラッキーだった! ……ってところでまたコート着てないの? 寒くない?」
「今日はちょっと寒いけど、忘れてきちゃった」
二人で会話を楽しんでいると殺気を感じる。腕をみるとサラが物凄い形相で睨んでいる。怖い。花咲さんに目をむけると花咲さんは驚いた顔でサラを見ていた。
「その子は……?」
おずおずと尋ねる花崎さんに僕は答えようと口を開いた。
「彼女です」
しかし僕が言うより先に腕に絡みついているサラが前かがみになって口を挟んできた。
「彼女……!!!!」
花咲さんはズサっと後ろに数歩下がって、驚愕の表情を浮かべて口を大きく開いてポカンとしている。そして僕たちにバッと背を向けてぶつぶつ、いや割と大きな声で呟きだした。
「いつの間に望くんに彼女ができたというの……!!!!! しかもこんなかわいい子と!!? こんなドジで間抜けでどうしようもなくて、でも背が高くて顔もよくて優しい性格している望くんだけど、でも信じられないぐらいドジで間抜けで結構バカなのに!!!」
ちょっと待って、途中までは聞き流してたり喜んでたけど、最後のセリフはいただけない。バカって言ったよね。完全にバカって言ったよね。マジで? 花咲さんそんな風に思ってたの?
さきほど鮮明に思い起こしていた花咲さんとの良いエピソードがなんだが崩れ去った感じがするぐらいショックを受けた。花咲さんはまだなにかぶつぶつ言っているけど、聞こえてこない。
(バカって……、確かに成績よくないけど……)
花咲さんはくるっとこちらを向き、キッとした表情でビシッとサラに向かって指をさした。
「わかったわ! 望くん! なにかあって、それでこの女の子がくっついているのね!?」
うん、その通りだけどショックで言葉が出てこないよ。
僕が呆然と顔をひきつらせながら、花咲さんをみつめていると、サラは僕の腕から手を放し、カツカツと姿勢よく歩んでいき、花咲さんの前に立った。そうして二人が対面してわかったが、割とサラは小さい。僕は身長がでかいので、大抵の人は見降ろす形になってあまり他人の身長がわからないのだが、花咲さんと比べるとたぶん10センチぐらい違う。たぶんサラは……150センチぐらい?
そんなどうでもいい身長差について考えていると、サラがはっきりした口調で花咲さんに向かって言う。
「実は私はのぞむの彼女ではありません」
おお、まさかちゃんと否定してくれるなんて。
「彼女ではなく、婚約者です。近々結婚予定です」
え? 結婚? 結婚!!?
唐突な結婚宣言に驚く。
その言葉とともになぜかピンク色のクラゲ宇宙人との教会で挙式している光景が僕の脳裏に浮かんできた。嫌だそんな未来。
「そうなの!!!? 望くん」
僕自身も唖然としていたが、心底驚いているような表情を浮かべる花咲さんを見て冷静になった。
向きかえって花咲さんに違うよという言葉をハッキリと投げかけようとしたとき、突然物凄い速さと形相で僕の元へサラがやってきて、腕に力強くからみつき、花咲さんの方を向く。しかしサラは単に腕に力強く絡みついて、ただ花咲さんをみているわけではない。
僕は今現在進行形で自分の腰から背中にかけてあのにょろっとしたねばねばな、縛られたときの同じ感覚のものがゆっくりと這いずっているのを感じているのだ。そしてそのにょろにょろが首の裏までやってきた。しかもとがった何かが首に当たっている。サラは確実に鋭利にさせた手を僕の首に当てている。
僕は首をなるべく動かさないようにして横目でサラを見る。サラは僕を見上げてニコニコ笑顔をみせたかと思うと次の瞬間、目がマジになった。サラは真顔でそして低い声で言い放つ。
「だよね、のぞむ」
やばい、否定したら殺される。
「そ、そうなんだよーーー。実はね、僕には婚約者がいたんだ。言ってなかったんだけどね、最近運命的な出会いがあって、お互いびびっと来ちゃったんだよねーあははは」
鋭利な何かがちょんちょん首筋に当たるのを感じながら、笑えないなか頑張って口角を精一杯上げて言った。
一瞬静まる。あれ?
花咲さんの様子がおかしい。うつむいたまま黙り込んでいる。どうしたんだろうと声をかけようとしたとき、いきなり僕をキッと睨めつけた。その目には涙をためている。
「望くんのバカーー」
顔に手をあてながら言い放つと、びゅーんと走り去ってしまった。方向からみるに家に帰ったんだと思う。でもそんなことよりもどうしてあんな顔を―――
「邪魔者は去りましたね」
……考えようとしたときに、サラが淡々となぜか敬語で呟いた。まっすぐ花咲さんの方向をサラがみていたため表情がわからない。前かがみになって顔をみてみると至極冷たい顔をしていた。怖ぇぇ。
恐怖でサラをみていると、首をつついていた鋭利なものは引っ込めたようで、さきほどと同様に腕にまとわりついてきた。サラにびくびくしながら共に学校へ向かう。
そして到着した。
僕の背よりも高いキズ一つのないコンクリート調の塀、それよりも高いガラス張りの校舎がちらりとみえる。陽射しに照らされて校舎が眩しい。門は閉じているけれど、確実にここは宇宙ヶ丘高校だ。
携帯で時計を見ると時刻は6時半。おお、はじめてじゃないか。こんなスムーズにやってこれるのは。しかも今日は月曜日。宇宙ヶ丘高校に入って2年目。ちゃんと朝礼を受けれるのか。指名手配犯になってことも忘れ、僕はウキウキ気分になった。まあまだ時間は裕にあるけど、その辺で時間つぶしていればいいもんな。ああでも初めてだ。
「サラのおかげかも、ありがとう」
身長差があるので前かがみになりながら、サラに向かって笑顔でお礼を言うと、サラは一瞬ピンク色のクラゲに変化してポンッとヒト型に戻ると手を放して誇らしげに腰に手を当て胸を張る。
「うふふ、宇宙一の殺し屋とも言われた私だよ! なにがあっても守ってみせる!」
頼もしい言葉を発してきた。
そうかそうか、殺し屋かあ……。
(殺し屋!?)
僕はぎょっとして彼女をまじまじとみる。ちょっと顔が赤いが、胸を張ったままニコニコしている。
(宇宙組織って警察みたいなものだって言ってなかったか、なんで殺し屋? どういうことだ!!?)
パニックになりかけたが、視界に入った学校に目を向けると、そんな疑問はどうでもいいかと思った。だって第一志望の高校の朝礼を2年目にして初めて受けられるんだから! 僕はドキドキワクワクしながら、そして今までのドジと運の悪さと三好先生の説教の苦い記憶を振り返りながら、校門に向かい、そのまま入ろうとするが、ガツンとぶつかってしまった。そうだよな、閉まってたよな。知ってたよ。
「どこかで時間をつぶそうか」
頭というか体ごとぶつけて痛いなか、サラに向かってにこやかに言うと、小さくこくこくと頷いていた。
そしてどこかぶらつこうとしたとき、どこからか声がしてきた。
「宇多川くん!」
それは強烈に猛烈に聞き覚えがある女の子の声だった。