ドキドキ同棲生活ー三日も持たずに終わりますー
『お母さん、お父さん、今日大変だったんだよ。今日もうまく学校へ行けなかった』
『あら、そうなの』
『いつものことじゃないか』
お父さんとお母さんは僕に振り向かず、ソファーで二人でゆったりとテレビを観ている。僕は雨でもないのに濡れたランドセルをため息交じりにおろして、両親が座るソファーの後ろの長いテーブルに置いた。
椅子に座って両親らが熱心に観ているテレビを見る。宇宙人はいた!? というテロップが流れていた。心底どうでもいい。
お父さんとお母さんを見つめるもののやはりこっちをみてくれない。毎日のことだから、聞いてくれないんだ。僕がしょげていると、後ろから声がかかってきた。
『どれどれ、おばあちゃんが手相をみてやろう……………、ほれ手を出しなさい』
おばあちゃんだった。どこから出てきたんだろうと思いながらも僕は手を素直に差し出し、手相を見てもらった。シワのある手で僕の手を掴み、目を細めながら僕の手をいろんな角度からじっくりとみている。
『診断しなくても決まり切ってますよ、お義母さん。望は10歳にして大凶五年連続なんですよ。手相だってきっと最悪のはずです』
お父さんはこちらを振り返らずに言い放ち、しかも笑い飛ばした。お母さんはテレビに夢中みたいで前のめりで観ている。僕のことに全く関心がないようだ。むっとする。薄情な両親だ。おばあちゃんは気にせず手相を見続けている。そして突然驚いた顔をして、僕の顔を覗き込んだ。
『…………望、あんた、この家の誰よりも運勢がいいわよ』
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ
アラーム音が響いている。僕は目を瞑りながら目覚まし時計を探す。頭の上を手探りで探し、当たった物体をガツンとたたく。しかし止まらない。
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ
僕は目を開けて、頭の上にあるはずの目覚まし時計を見る。ぶっ壊れていた。なんで壊れているんだ? ぴぴぴと耳障りなアラームが部屋に響き渡っている。音の元はどこだと必死に眠気眼で探すと部屋の中央にある丸いテーブルの上に携帯があるのに気づいた。目覚まし代わりにしてたのか。覚えてない。立ち上がって素早くアラームを消す。やっと止まった。時刻をみると6時ジャスト。
ほっとする。ちゃんと起きれた。でもここからが大変だ。時刻通りに学校へ行けるかが問題。よし制服を―――ってあれ、ない。いつも寝る前にすぐ着替えられるようにテーブルの上にたたんで置いてあるのに。机の上には携帯しか置いてない。って待て。自分の腕をみて気づいた。僕の服装、学校の制服じゃないか。しかも、なんだか全体的に濡れているし、腰のあたりをみるとなんだかねっとりとしているねばねばしたものがついている、気持ち悪いな。一体どうしたんだ? なぜか昨日のことを思い出せない。うーむ。
コンコン
部屋の外からノックの音がする。誰だ? 今、家族は世界一周旅行中で誰もいないはずなのに。不審者かと思い、僕は机に置いていた携帯を手に持つ。そして110番を押そうとしたときだった。がちゃっと扉が開かれるとそこから超絶美少女が現れた。
美少女は扉を半開きにして首を傾けながら見ているので、片方に高く結い上げられた長い金色の髪が揺れている。なんだ、この女の子は! ものすごいかわいい。携帯を持ちながら硬直していると女の子がテテっとかわいく小走りし、僕の前にやってきた。まじまじ彼女を見る。
僕と同じ学校の制服を着ている。やばい超かわいい。こんな子いた? ひかりんに負けず劣らずかわいいよ!? 本当に昨日僕になにがあったんだ!?
「おはよう。のぞむ。今日はこれ、作ったよ」
照れ笑いしながら前髪をいじくり、パンが数個入った透明な袋を僕に突き付ける。
もしかしてこれは手作り? 僕もなんだか照れながら、携帯をポケットに入れ、その袋を受け取った。目の前のこの子は危険人物かもしれない、そんなことを考える余地を与えないほどの破壊力がある。かわいさの。
ああ手作りかあ、僕のために作ってくれたのかあ……なんでだろう、昨日本当に何があったのかなあってあれ、あれ? 手作り??! なんか嫌なことがあったような………!!?
「!!!!」
僕はとっさに彼女にパンの袋を突き返した。彼女はきょとんとしている彼女を尻目に、僕は頭に手をやる。急激に昨日の記憶が蘇ってくる。
確か昨日は宇宙人に囲まれ、そこで宇宙組織である彼女に連行されそうになって、なんだかんだでなぜか助けてくれることになり、そして家に一緒に帰って、そうそうだ、そこで――――
***
『あの、何をしているんですか』
なぜか家に一緒に入った直後キッチンに直行し、料理をし始めているヒト型美少女エイリアンに僕は疑問をぶつけた。
『敬語は使わないでって言ったでしょ。あの時みたいにため口で気軽に言って、のぞむ』
彼女は振り返らず返答し、キッチンで何かを作っている。
あのときって抱きかかえられたときに言ったセリフのこと? 振り返れば確かにため口だったけれど、そう言われましてもね、あのときはヤケになってただけで、僕は仲良くなるまでに結構時間がかかるタイプなんです。しかも相手がエイリアンといえど超絶美少女であれば、おいそれと仲良さげにできませんよ。照れがありますよ。
僕はなぜか心の中までも敬語になりつつ、キッチン近くの椅子に腰かけ縮こまっている。入ってすぐにキッチン横にある机の前の椅子に彼女に座らされ、数十分。なにがしたいんだろう。いや、料理してるのはわかるけど。
ちらっとキッチンに立っている彼女をみる。家に入る前までは確かに探偵服姿だったのに、いつ着替えたのかわからないが、フリフリのエプロンを付けてシャツにズボンという服装に変わっている。なんだか、彼女の初めての手料理っていう環境になっているけれど、そんなことよりもだ。一番気がかりなことがある。
『あの……ロケット飛ばしちゃったし、逃げるってもどうやって逃げていくんでしょうか』
キッチンで作業をしている彼女に聞く。宇宙組織ってのがよくわからないけれど、宇宙に指名手配されて地球にいるということがわかっているのならば、どこかに飛んで逃げていくのが一番いい選択だと思う。宇宙に逃げても指名手配されているから追われるって彼女が言っていたけれど、それでも地球にいるより宇宙で逃げた方が捕まる率は圧倒的に少ない。一緒に逃げようと言うが、どうしろというのだろうか。
『のぞむ、地球には何気に多いの。宇宙人。隠れて住んでいる宇宙人は宇宙組織にいたときからリストとして知ってる。宇宙組織はね、不法滞在者を取り締まったりもするの。だから存在を知ってる。探してそいつらとの接触を取れば、ロケットを持っている可能性がある。あるいは仲間を呼び寄せてもらってってこともできる。大丈夫。私に任せて』
そんなの簡単にできるのかなあと思っていると、彼女が振り向いて、ウインクした。
『脅しは得意なの』
脅し……、なんだか背筋に寒気が走った。
『それより疲れたよね。のぞむ。ごはん食べよ。わたし頑張って作ってるから! おいしいのね。あと敬語はやめよ。あと、わたしのことはのぞむの考えた愛称で呼んでほしい。恋人から呼ばれる愛称! あこがれてたの!!!!』
ガンガンガンガンと音がする。びくっとして首を伸ばして彼女を見てみると、包丁をものすごい速さで大きく振り落としては何かを切り裂いている。それが何かはわからないが、家の中にある食料であってほしい。
僕はそう願いながらもさきほどから感じている不安を彼女に伝える。
『いやですけど、僕宇宙から狙われているんですよね、怖くて怖くて。一緒に逃げてくれるのはありがたいんですけど、そしてご飯を作ってくれるのもうれしいんですけど―――』
言い終わらないうちに、僕の顔のすぐ近くをなにかが通り抜けた。
バリーン
後ろを振り返ると床の上で粉々になっている皿が見えた。
『ため口でって言ってるよね』
彼女をみると、包丁を片手に冷血な目つきで僕を見ている。何人も人を殺してそうな目つき。いや人でなく宇宙人か。あ、それは僕か。っていやそんなことはどうでもいい。恐ろしい、背筋も凍るほどの目つき。もしやこれがさきほど言ってた脅し……!!
僕はたじろいでしまって反論できなかった。ただ一言、
『皿……』
彼女をみてそれしか言えなかった。本当ならいくら怒ったからって投げるのはよくないよ、もし当たってたら大変だよと言いたかったけど、無理だった。あの迫力の前では無理。むしろよく言えたよ、一言でも。
『……サラ!? やだ、私の愛称考えてくれたの!? サラ、サラ!! いい愛称! 嬉しい』
彼女は顔を赤らめながら、ぴょんぴょん撥ね出した。都合よく勘違いしてくれたおかげでさきほどの嫌な空気が変わった。よかった。
『サ、サラ、僕今後の方針について考えたい……んだけど』
たどたどしいため口で僕がいうと、彼女は、いやサラはニコニコして調理したものをこちらにやってくる。
『それより、できたよ』
出来上がった料理を僕の目の前のテーブルに置く。おお、見た目は完全な麻婆豆腐だ。おいしそうな匂いもする。しかし、僕の直感が告げている。これは食べてはいけない、と。横をみると机に両肘をのせ頬に手をやりながら、ニコニコ笑顔で僕が食べるのを待っている。食べるしかない……。
僕は嫌な予感がしつつも、えいっと食べた。そして意識を失った。
***
完全に昨日のことを思い出した僕は全力で食べるのを否定した。
「しょ、食欲がないので大丈夫です!」
そう言った後、サラが睨めつけてきた。いけない、敬語は禁止だった。言い換えなおさなければ。
「大丈夫だよ」
はははと力なく僕が笑うと、口を尖らして手に持っているパンの入った袋を見せてくる。
「昨日は失敗しちゃったけど、今日は大丈夫」
パンを押し付けてくるサラに僕は話を変えようと彼女の服の話を持ち出した。
「サラ、なんで制服を着ているのかな」
よくぞ聞いてくれましたといったように、ぱあっと明るい表情になったサラはパンの袋を丸いテーブルの上に置き、そしてポケットからなにかの機械を取り出した。それはテレビのリモコンのような形をしていた。
「これでコピーしたの! デザインがわかれば変形できるの。だからたとえば……」
そうして僕の部屋を突然物色し始めた彼女はクローゼットの下に隠していたひかりん写真集(なんで場所を知っているんだ!!!)を取り出してきてその表紙に向けてリモコンをピッと押すと赤い光がリモコンから放たれ、表紙全体を覆った。そして彼女はリモコンを自身の服にもあてる。すると赤い光が全身を包みたちまちひかりんが着ていたちょっと肌が露出しているキュートなフリフリアイドル衣装に変身した。サラは写真集をテーブルに置き、ふふんとスカートに手をやりながら僕にフリフリ衣装をひけらかす。
「おお」
僕は思わず感嘆が漏れ拍手をしてしまう。
いやいやそんなことより、いや部屋を物色されてなぜかひかりん写真集のことを知っていたこともそうだけど、そんなことよりもだ。
「逃げるのに学校いくの? 大丈夫なの」
「一日なら大丈夫、わたし夢だったの、恋人とルンルンで学校生活するの」
うっとりとした恍惚とした表情で話す彼女に僕は何も言えない。
まあ、でもいいか。これが友人らに別れを告げられる。束の間の学校生活を味わった後、僕は逃亡生活を開始するのだから。不運なことに……。
「さ、行こ?」
僕が項垂れている一瞬のうちにサラは制服に着替えていた。
「あ、そうだ、どうせだから、汚くなっているその制服、きれいにしてあげる」
リモコンを押し、赤い光が僕を包むと、まるでクリーニングに出したようにきれいな制服になった。すごい。
「ありがとう、サラ」
僕は微笑むと、サラも照れながら微笑んだ。今日が最後の学校になるのか……と思っていたのだが、ハッと気づいたことがある。
「ねえ、逃走準備とかなんにもしてないよ!? 僕学生服と教材とかそんなのしか持ってないけど大丈夫かな!」
「大丈夫大丈夫なんとかなる!」
なぜか自信満々な彼女は僕に手を差し伸ばしてニコニコしている。僕は納得がいかないものの彼女を信じることにした。差し伸ばされた手を遠慮がちに握り、机の近くに置いてあった鞄を片方の手で持ちあげ彼女に引きずられる形で部屋から出た。
しかし部屋から一歩出た直後、突然彼女は僕の手を握っていない片方の手を複数本のうにょうにょした手に変形させ、そして複数ある真ん中の一本をにょっと伸ばし扉を開いたかと思うと、テーブルに置かれたひかりん写真集を持ち上げ、僕の目の前に持ち出してきた。すると突如本を持ち上げていない両脇のうにょっとした手が鋭利に変わり、ひかりんの笑顔が映っている表紙の写真集をズタズタに引き裂いた。床に紙切れが落ちていく。ひかりんが引き裂かれたショックよりもあまりのことで頭が真っ白になって呆然としてしまった。
「もし浮気したら、殺すからね」
目を見開いて言い放った彼女をみて、僕は単にうなずくことしかできなかった。
(怖ぇええええ)
「じゃ、行こう?」
さきほどまで冷血な雰囲気を漂わせていた彼女が優しい笑顔に切り替わり、僕を握っていた手を引っ張って楽しそうに弾みながら、歩き出し、部屋から出て、玄関からも出ようとしたときだった。
「あ、待って」
僕は一言発した。彼女は不思議そうに僕をみる。僕は彼女の手を放し、ごめんごめんと言いながら、キッチンの近くの机に向かった。そして、鞄からノートを取り出し、何も書かれてないページを一枚破って机の上に置き、胸ポケットに入っていたボールペンを取り出して殴り書いた。
「拝啓お父さん、お母さん、どうやら僕は宇宙組織に指名手配されてしまったようです……」
ペンを置き、書き終わったところで、僕は彼女の元へ走り、差し伸ばされた手を握り、玄関を出て、庭を通り、家を出る。
家から出た後、僕は後ろを振り返った。レンガ調の塀からでは、あまり家が見えないけれど、今日できっと最後になるかもしれないから、しんみりしつつ見上げていた。
「あ」
「どした、のぞむ」
「おばあちゃんって書くの忘れた」