宇宙から来た謎の美少女到来!!-服が信じられないほどダサいんですけど-
「宇多川くん」
先生の声にハッとして前を向くと樋口先生が物凄い剣幕で僕を睨んでいた。そしてクラスのみんなも僕を睨めつけている。
「す、すみません」
非難の眼差しを一身に受け、血の気が引くのを感じながら、席に座り、頭を抱える。
(あああああほんとなんでこんなことに。今日は本当にひどい。いつもひどいけど、こんなのってほんとない)
この世の終わりかと思うほどの絶望感が僕を襲う。
そこにはひかりんがなぜ僕に手を回そうとしていたか、持っていたあれはなんだったのか、なぜ僕の名前を知っていたかーーそんな疑問は微塵もなかった。ひかりんに嫌われたことに対するショックが大きくてそれ以外何も考えられない。今僕の頭の中ではひかりんの舌打ちが回り続けている。
ちらっと隣をみると、ひかりんは頬杖をつきながらそっぽを向いていた。
嫌われた。最悪だ。相手は超多忙な一押し女優だ。話す機会なんて今後あるはずがない。永遠に僕の印象は最悪なままだ。
自分の運の悪さとドジを呪いながら、頭を掻きむしった。
***
授業後、ひかりんはマネージャーらしき黒いスーツを身にまとった女性といかにもボディガードといった風貌のガタイのいい男性陣に連れられて教室を出て行った。ひかりんが去ったあと、樋口先生に説教され、それが終わると同時にクラスのみんなから嫌味を言われ、傷ついた僕の心は粉々に砕け散った。
そして今、僕は帰り道を歩いている。近くを走る車の音を聞きながら、カバンが時折、肩からずれるのを直す。ふと顔を上げると、カーブミラーが僕の顔を映していた。ああ、なんて漂う負の空気。
ポンポン
誰かから優しく肩をたたかれた。
振り向くと、そこには両手で鞄を持ち、コートを着て優しく微笑んでいる花咲さんが立っていた。一瞬なんでだろうと思ったが、花咲さんは僕の近所に住んでいたのを思い出した。いつもなんだかんだで家に辿り着かないから、忘れていたけど同じ道のりだった。花咲さんは口に手を当てて、ふふっと笑い、僕の横に来て一緒に歩き出す。
「望くん、寒くないの? 今12月なのに」
「……寒いけど、寒くない」
寒さも感じないほど、ショックを受けているからだ。
「まあ、朝あんなことがあったら、コートを着るのも忘れちゃうだろうしね」
僕は路上の消えかかったペイントを見ながら、軽く頷く。
「ねえ、さっき何してたの? またドジしちゃった?」
意地悪く聞いてくる花咲さんにまたもや軽く頷く。
(気にしているんだから、そっとしておいてくれ)
そう思っている僕とは裏腹になんだか楽し気に花咲さんは笑い、そして小走りして鞄を後ろ手に持ちかえ僕の前に回り込み、顔を覗き込んできた。
地面を見ていたのに急に上目遣いで首を軽く傾げる花咲さんが目に入ってきたので、ドキッとしてしまった。
「望くん、クラス中で今、いろんな噂がたってるんだよ。ひかりちゃんを押し倒したとか――……」
花咲さんが言い終わる前に僕は慌てて口を挟んだ。
「うわわわなにそれ誤解だよ!」
実際は突き飛ばしたのが正しい。それはそれで最低だが、事実を歪曲されては困る!
花咲さんが口に手を当てて笑う。
「そうだよね。わかってるよ。そんなことするはずないってみんなに言っておいたよ」
ジーンとした。彼女ぐらいだ、味方になってくれるのは。
「ありがとう、花咲さん」
心からの感謝の言葉を述べると、花咲さんはなぜか不服そうな顔をした。てっきりにこやかな笑顔を返されるかと思ったのに。
「昔みたいにゆかりちゃんでいいのに」
花咲さんはむくれた顔して呟いた。
「そんな、馴れ馴れしくできないよ。いろいろ迷惑かけてしまっているし」
本当に花咲さんには迷惑をかけっぱなしなのだ。
花咲さんとは小学校一年生のとき、となりの席だったことがきっかけで友達になった。そのときからというか生まれてきてから僕はドジだったので、いろいろ迷惑かけてきた。話せば長くなるからここでは省くけれど、とにかく迷惑をかけてきた。それなのに笑って済ましてくれて、今日まで友人として付き合ってくれている。本当に感謝しかない。いい幼馴染みだ。
だからこそ、みんなから疎まれている僕と仲がいいと思われることで、花咲さんが周りから嫌な目で見られたくはない。少しでも負担を減らしたいのだ。帰り道だって同じだけど一緒に帰らないのは、ドジに巻き込ませたくないからだ。
しかし、花咲さんは先ほどから無言でじっと僕を睨んで、口を尖らせている。むっとしている。
「えーと……」
困ったな。花咲さんから顔を背けて悩む。
(でも、そうか。さんづけも他人行儀で逆に失礼かもしれない。花咲さんの気持ちを考えてなかったかもしれない)
「ゆかりちゃん、いつもありがとう」
微笑みながら、再度感謝の言葉を口にした。しかしゆかりちゃんは顔を赤くして、「や、やっぱ花咲さんでいい!」とそのまま猛スピードで走り去ってしまった。
ポツンと取り残された。
どうしたんだいったい。
あんなに慌てて。
なにか予定があったんだろうか。
「はあ」
ため息をついて歩き出したが、すぐにこれじゃいけないと首を振った。今日から悟ったような見方で生きていくと決めたじゃないか。前向きになれ、僕。
そうだそうだ。考えてみろ。今日のことだって、芸能人で今活躍している女優さんが僕の隣の席に座って少しでも話す機会が持てた、それだけでも奇跡だ。いい思い出になるじゃないか。超幸運なことだったよ。一生に一度だってないことだ。
まぁ、一生に一度も大ファンの憧れる女優さんから嫌われることもないことだけど。
最後に放った自身の余計な一言にグサッと刺されながら、うつむいて歩いて行った。
**
19時現在。
僕の家までご存知の通り10分で着く。
だから、そのまま帰ることができれば到着時刻は17時10分のはずだった。
しかし、なんということだろう。
最悪な日々はまだ続いていた。
19時になってしまった理由はこうである。
花咲さんが走り去ったあと、横断歩道で信号待ち中、歩道に乗り出してきたトラックに轢かれそうになって、危うく天に召されそうになり、それなのに運転手がなぜか僕に逆切れしてきて、警察がやってきて事情聴取という形で僕も連行されてしまい、一時間拘束されたのち、歩き出したら、今度は迷子の男の子がいて泣きついてきたので仕方なく一緒にお母さんを探してあげると、なんと見つけたそのお母さんがトラックの運転手の奥さんで、謝罪の言葉やらなにやら聞いていたら、こんな夜遅くになってしまったのだ。
そして今現在まったく家とは逆方向のひと気のない公園の近くにいる。
なんだかほんと疲れたよ。ひかりんもショックだけど、普通に疲れた。もうなんか、人生に疲れた。
はあとため息をつく。ああ、待て僕。またネガティブになってるぞ。ため息なんてついたらもっと悪くなる。ポジティブだ。ポジティブシンキングだよ。そうさ、上を見上げてみよう。きっと綺麗な星が輝いているはずさ。
見上げるとまったく星が出てなかった。それどころか昼見たときより天気はさらに悪くなっていて、ゴロゴロと雷が落ちそうな気配を醸し出していた。
なんだよ、ちょっとは希望通りに、明るくしてくれたっていいじゃんか。あーあ、もーやってられないやー。
半ば自暴自棄になりながら、鞄を振り回し歩いていると、電柱の陰に潜んでいるなにかと目があった。身をかがませながら接近してみると驚いた。
なんだ!? あれは!!
まるで子供のころにみたアニメや映画に出てくる宇宙人のようだ。見た目がクラゲに似ていて、頭は異常に大きい。まるくて触ったらぬめぬめしてそうで、目は横並びに三つあって青光りしている。その大きくて丸い頭はかるく数えても8本以上ある足のような手のようなうにょうにょしたもので支えられている。
電柱の陰からこちらをみていたそいつは、うにょうにょと左右に不規則に高速移動しながら、僕の目の前に立つと、突如ぺったりとくっついてきた。しかもうにょうにょした手足かなにかで縛り付けてきた。
遠くからだと高さはわからなかったが、僕の胸の高さまである。多分150センチはありそうだ。結構でかい。
「うわ」
そいつを離そうとするが手が滑ってどかせられない。見た目通り、ぬめぬめしてるうえ、べたついてる。手になんかべたべたしたものがついている。うわああほんとなにこの気持ち悪い生物。
「○▽▲××◎」
んん?
何か言ったぞ。なんていったんだ、まったく理解できない。
どこから声を発したんだ。
僕に張り付いてるそいつはたくさんあるうにょうにょした手足の一本を上に挙げた。するとそいつと同じやつらがうにょうにょでてきた。
電柱の陰から。
空から。
木から。
後ろから、横から、前から。
至る所からやってくる。
みるみるうちに僕のいた道が埋め尽くされていく。僕のいる場所が果たして道だったのかわからないぐらいやってきた。数え切れないほどの宇宙人が僕を囲んでいる。多分数は軽く千は超えている。
こういうとき、あまりに驚いた場面だと人ってなかなか声を出せないものだけど、数々の修羅場的な場面を潜り抜けている僕にとっては叫び声はたやすかった。
「だれか助けてー!!」
しかし、反応はなかった。この通り、マンションもコンビニもなんにもないんだったよ。あるのは廃れてる公園だけだ。
ひっついてたやつが僕の体から離れる。ああ、やっと離れたかと思うと同時に今度は複数の宇宙人らの頭の上になぜか持ち上げられた。そして運ばれた。うにょうにょした手で僕をまるで大玉転がしのようにピョンピョンとどこかへ運んでいく。
うわぁぁぁ速ぇぇ、気持ち悪いし怖いし、やめてくれー。
「だ、だれかーーー!」
するとピタッと動きが止まって、僕は落とされた。痛い。扱いが雑すぎないか。僕は倒れてうずくまった。うずくまりながらも目の前をみると、大量のぬめぬめしたやつらが所狭しと並んでいてホラーだった。そう思っていると、突然後ろからうにょっとした手で縛りあげられ、無理やり立たされた。同時に目の前にいるぬめぬめしたやつらは両脇にずれ、道を作った。
すると、その道から人影がみえた。
ーーカツ
ーーカツ
ーーカツ
最初は影にしかみえなかったが、だんだんと近づいてきてわかった。女の子だ。それも超美少女。何時間でもみていられそうな、超絶美少女だ。髪は金色に輝き、サイドに高く一つに束ねられていて、それが肩まで伸びている。青い目は透き通っていて、この世のものとは思えないぐらい綺麗な顔立ちをしていた。
でもあれ?
視線を顔から下にずらして気づく。
服が酷すぎる。
なんだあれは!
なんだあの不協和音は!!
まるで宇宙から来ましたよと言っているかのような見た目は例えるなら、そう昔のSF映画に出てきそうな服装だ。まるでエリマキトカゲのような襟で、肩の部分は異様に膨れ上がっている。色は紫だが光沢が凄い。そしてその下は半ズボンのグレー、それもまたテカテカしている。足はブーツなのだが、それは紫できらびやか。
ダサい。ダサすぎる。
服に気をとられていると、先ほどまで彼女の右手は人の手をしていたのに、周りにいるクラゲ型宇宙人と同じようなうにょうにょした手に変化し、いきなり僕の首をつかんで、ぐいっと顔に近づけて凄んだ顔でこう言った。
「宇宙法◎×▼法により、あなたを処罰します。逃げたところで無駄です。我々、宇宙組織から指名手配されているあなたはどこへ行っても、たとえ地球外へ行ったとしてもあなたは狙われるでしょう。おとなしくご同行願います」
なんだって?
宇宙組織?
呆気にとられていると、彼女はうにょうにょした手を僕の首から離した。その手は人型に戻り、彼女は僕に背を向け、なにやら宇宙人らに手招きしだした。
すると、遠くから大量のクラゲ型宇宙人たちが、頭の上に子供が絵に描いたような先端が三角で丸い窓が一つあるロケットをのせながら高速でやってきて、それを彼女の何メートルかいや何十メートルか先にドコッと置いた。
ゴォオン
置いた衝動で地面が揺れる。軽い地震が起きた。
遠くからではわからなかったが、かなりでかい。人が何十人も、いや何百人も、いやそれ以上は軽く入りそうなぐらいの大きさのロケットだ。
ロケットをまじまじと見る。近くになるとあまり全体像がわからない。見上げると首が痛くなってしまい、先を見るのは無理だった。なんとかわかったのはまんまるい窓があるだろうということぐらいだった。視線を前に戻し、目を凝らしてみるとおおきなおおきな扉のようなものがあることに気づいた。あそこから入るのだろうか。
「宇宙で裁判を行います。さぁ一緒に行きましょう」
彼女がロケットへ歩き出すと、ウイーンとロケットの扉が開きだす。扉の中からはなにやら黄色い光が放たれている。
僕を縛り上げたクラゲ型の生命体らが彼女に続き、ゆっくりと動き出す。僕は必死に抵抗しながら後ろをなんとかみてみると他の大量の宇宙人らはぞろぞろとついてきているようだ。なんともいえない地面を擦る音が聞こえてくる。そして地面を見るとなにやら気持ち悪いぬめぬめしてそうな液体がそいつらの足の跡として残っている。
ハッとして前をみると、巨大な扉が近くにやってきている。やばい。
「ちょ、ちょっと待ってください! 嫌です! 僕がなにをしたっていうんですか!」
必死で声を上げる。しかし女の子は立ち止まってくれないどころか、見向きもしてくれない。彼女は姿勢正しく、かつかつと前を向きながら歩いていく。それに続いて僕も無理やりクラゲ型宇宙人によって歩かされる。
そしてあっという間にロケットの目の前までやってきて、いつの間にか扉から出てきた階段に彼女が姿勢を崩さず機械的に上り出してしまった。
(うっわー、もう終わりだ)
そう思ったのだけど、あと一歩でロケットの中に入るところで、彼女は僕の方に向きかえって淡々とした口調で聞いてきた。
「何か言いたいようですね」
先ほど投げかけた質問を今返された。今なのかと一瞬思ったが、とにかく止まってくれてよかった。少しホッとする。
僕はキッとして彼女を見据える。
「僕が何をしたっていうんですか。まるで悪人みたいです! 僕は善良な一般市民です! 虫やありだって殺したことはありません! 僕はドジで運が悪いけれど、人から指をさされるようなことはしてきていません!」
彼女はなんだか呆れたような顔をし階段を駆け下りて、僕の近くに寄ってくる。そしてまるでテレビに出てくるどこかの探偵のように向かってビシッと人差し指をさし、声を張り上げた。
「地球人から指を差されることはなくても、あなたは宇宙人に対し、数々の罪を犯してきました。あなたの日常は最悪です!」
凄い剣幕だ。剣幕に圧倒され、僕は少し動揺する。
「……確かに僕の日常は最悪ですが、僕が宇宙人に何をしたというんですか。証拠はあるんですか」
なんだかいかにも犯人がいうようなセリフを言ってしまった。証拠は証拠はというセリフは大抵ドラマじゃ黒である。
「○×▽☆」
聞き取れない言葉を彼女が発し、後ろを振り返りながら、なにやら手招きをしだした。どこからか、周りと比べると少し背が高いクラゲ型宇宙人が僕と彼女の近くに現れてきた。そしてそいつは頭の上にスケッチブックのようなものを掲げた。
読んでみる。
ーーそれはまた次回ーー
拍子抜けして変な声が出てしまったが、また次回にわかるそうです。